ノヴェルより

??-?? 彼が見つけたそれは


 北の大陸。


 この『ノヴェル』において、北の大陸ほど住みやすい土地は他にないだろうと私は思っている。


 南の大陸は世界の均衡を保つと豪語し、他の大陸に最新兵器を輸出する商人達が根城とする『キカイ』の大陸。


 東の大陸は『自治区』と『帝国』が大陸の覇権を争い続ける戦乱の大陸。


 西の大陸は、奴隷を戦わせて催すギャンブルの大陸。他の大陸にも傭兵を派遣する統一国家『トミヤマ』が支配する狂乱の国。


 そんな大陸に比べれば。


 この『クリム王国』が治める北の大陸は、町から出れば緑豊かな自然に溢れ、彼方まで続くようにも見える草原に、冒険の始まりを感じさせる。

 クリム王都の精鋭『黒騎士』が他の大陸に睨みを利かせつつ、中央大陸から溢れでる魔物とも戦い、争いがまったくない大陸だ。


 その中でもこの町は。

 町の背後の『迷わずの森』と町の間に聳える大樹に見守られながら、日々を幸せに生きるこの町の、なんと平和なことか。


 そんなこの町を、更に豊かに平和に。住む人達を幸せにすることが私の役目だ。


 特に、私こと、ハシタダ・シモトがいる、この町『タダシ』には、何人たりとも悪者を通すことはない。


 なぜなら、私がいるからだ。


 このノヴェルという世界に生まれ落ち、この町を守れる感謝を込めて。


 明日の平和の一日の始まりのためにも。



「お疲れ。ほら、身分証」

「いや、ハシタダさん。この町を拠点にしている冒険者なんだから、毎回チェックするのやめてくれよ」

「ん? お前、初めて見る顔だぞ」

「毎回このくだり。勘弁してくれよ……あんた一応この町の町長だろう」

「町長? なんだそれ、美味いのか?」

「おーい。ハシタダさんがまた町長の役目放棄してんぞー」


 毎日町の出入りを取り締まる。

 今日も出入りは盛況だ。


 私は今日も、町の門番としての仕事カッコよく言うならゲートキーパーを全うする。


 町の平和を守る最後の砦と考えたら、門番も悪くない。


 共に守る仲間は、いつでも募集中だが。









「ハシタダさんっ! 大変だっ!」


 そんな町に、異変が起きた。


 町の冒険者ギルドを纏めているおやっさんが、私に焦ったように声をかけてきた。


 焦って走ってきたのか、その髪の毛がないつるりとした頭が、今はぬるりとしていそうなほどに汗をかいている。


「大樹が光っているっ!」

「な、なんだとっ!」


 とりあえず驚いてみたが、正直、ついにこのおやっさんは頭がおかしくなったのかと思っていた。


 大樹が光る?

 何を言っているのか。


 いくら迷いの森を守るように聳える不思議な樹だとしても、光るなんてそんなことが起きるわけがない。


 驚く声とは反対に、はんっと鼻で笑いながら私は町の反対側からでも見える大樹のほうへと顔を向けた。


「……光っている」


 大樹が、白く光っていた。


「いや、だからそう言ってるだろ!」


 おやっさんに心のなかで「すまん」と謝罪しながら急ぎ走る。


 こんなこと、私の代じゃなくても初めてだ。

 父親の代でも、爺様の代でも、そのまた爺様のまたまた爺様の代でも……


 ……いや、知らんけど。



 私は走る。

 大樹へと向かい。


 何が起こるか分からない。不測の事態に備え、手には先祖代々受け継がれてきた近衛の槍を持ち、私は走る。


 走りながら私は思う。


 この近衛の槍。

 見た目は気持ち程度に先端に穂が付いている、どこぞの衛兵や門番が持っていそうな素槍なのだが。

 なぜこんな物を先祖代々受け継いできているのかと。


 もっと伝説に詠われるような格好いい槍を受け継いで欲しいと何度思ったことか。


 門番を職業としている私からしてみるとしっくり来るが、やはりどこにでもありそうな素槍ではないものがほしかった、と。


「おい! ハシタダさんっ! なんで急に止まった!? また現実逃避かっ!」


 おやっさんの言葉に我にかえる。

 気づけば、じっと近衛の槍を見て足を止めてしまっていた。


 いやいや、おやっさん。

 私の代で不可思議な現象起きて町が滅んだとかになったら嫌でしょうが。


 だから町長なんてやりたくないんだよ。


 大樹の光に、町が滅びそうな事態であれば、すぐにおやっさんに町長の座を譲ろうと画策しながら私はおやっさんに追い付きまた走る。


 町を横断し、反対側の門へ。

 抜けた先から見える、不気味な気配の迷いの森。その手前に鎮座する大樹に、私は目を疑った。


「やはり、光っている」

「だからさっきから言ってるだろ!」

「いや、再確認だ」


 おやっさんがうるさい。


「とにかく、ハシタダさんは状況を確認してくれ。私は一度戻って――」


 逃がさんぞ。

 何かあったときに町長の座を明け渡すためにも、おやっさんは逃がさん。


 町へと戻って冒険者を呼びにいこうとするおやっさんの肩を力強く握り、動きを静止した時だった。



「光が……消えていく……?」


 大樹の光が少しずつ薄れていき、大樹の根本に丸い球体を作り出した。


 このまま何も起きなければいいのだが。

 等と思いながらも、起きなくても門番家業を続けたいので、目の前の球体を確認したらすぐに町長の座はおやっさんに譲ろうと考えつつ球体へと私は近づいていく。


 球体はやがて人の形を作り、ゆっくりと消えていった。


「……少女……?」


 そこにいたのは、見たこともない不思議な衣装に身を包んだ少女が倒れていた。


「ハシタダさん。こいつぁ……」

「私にも分からんよ」


 近づき抱え起こしてみるが、少女は意識を失いぐたっとしている。


 馬の尻尾のような髪型をした美しい少女だ。

 私にもし子供がいたなら、ちょうどこれくらいの年辺りだろうか。


「……まだ生きてはいるな。私の家に運ぼう」


 私は少女を背中に担ぎ直して町へと歩き出した。


「その子、何者だ?」


 歩き出した私に、おやっさんが追従するように、大樹を警戒しながら着いてきながら言った。


 おやっさんに聞かれても知らないものは知らない。


 だが一つだけわかっていることはある。




 町は、今日も平和だ。

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