05-24 三人と共に


 その姿は、凪様像の頭頂部にあった。


 凪様像は守護の光の塊だ。

 あんなところによく立てたものだと。

 自殺行為のようにも思えた。


「ではっ! 私にも御褒美いただけますかっ!」


 大音量で発せられた意味不明の言葉が、凪様像の頭頂部から響き渡る。


「今から頂きに参ります!」


 そう言うと、あいつは「とうっ!」と声をあげて飛び降りた。


「余韻にも浸れませんね」


 姫の怒りのガトリングが凪様像から飛び降りた台無しにする元凶に容赦なく放たれる。


「待てっ! 姫っ! そこで、あの位置でそれ撃ったらっ!」


 止めてくれっと、思わず叫ばすにはいられなかった。


 あいつ――ポンコツに、秒間百発の銃撃が間髪いれずに襲いかかる。


 だが、ポンコツはあれでも第七世代だ。

 笑顔を恐怖にひきつらせながらも銃弾を必死に避けて、凪様像の足元に着地を果たす。


「あ……ああぁ……」


 ポンコツは避けた。避けただけなんだ。


 ただ、それだけだ。当たっていたら大破間違いないレベルの銃撃なのだから、避けるが正解だ。それは分かる。分かるんだ。


 避けた先――背後に凪様像があったことが、問題なのだ。


「もう……もぅっ! 台無しだっ!」


 このセレモニーの最後を締め括るものが、こんなことなんて。


 思わず悲鳴と共に顔を手で覆ってしまう。





 俺の……俺凪様像の股間を執拗に責めないで。









 自身が生きていることを自分の体を触って感激しながら、ポンコツは猛スピードで走り出した。


「ご褒美ご褒美っ!」


 はっはっはっと、興奮した犬のように息を荒くしたポンコツが俺の前で、まさに犬のようにお座りしている。


「何がご褒美だっ!」


 怒りのあまり、お座りしているポンコツの頭を思いっきり殴ってしまった。


 じーんと、痺れの衝撃が拳から腕全体へと拡がっていく。

 忘れていた。

 こいつ、硬いんだった。


「ご褒美ありがとうございますっ!」


 五体投地するポンコツを見て、しまったと感じた。


「御主人様。ポンコツにそれは御褒美になりますよ」

「だったら、こいつをしばらく縛り上げて放置とか――」

「それも御褒美に」


 ……どうせいっちゅうねんっ!


 こうして、祭りのセレモニーは、最後の最後で、台無しに終わった。





 ・・

 ・・・

 ・・・・






 セレモニーは無事(?)終わり、祭りは始まった。


 護国学園さえも一般開放してのその祭りに、この町に住む何万もの住民が、学園や学園前に拡がる商店街に全て集まっているかのように大盛況だ。

 俺がいる護国学園の昇降口からもよく分かる程、辺りは人、人、人。所によりギア。といった賑わいを見せている。


「凪様、なーぎーさーまーっ!」


 セレモニー中、ずっと朱モードだった碧は、そのまま朱モードを貫くそうで。

 久しぶりに見る朱に、嬉しくもあり、絡まる腕から感じる二つの感触にどきどきと。


「さてさて。お兄ちゃん」

「?」


 ちょっと碧に戻った碧に、どっちなんだよ、と思わず心の中にツッコミを入れてしまう。


「凪様が三原で、水原で、奈名なのはすでに皆さんに知られてしまいましたの」


 碧の言葉に、少し疲れが出た。


 俺が人具を作る『三原』で、稀代の英雄『水原』の息子で、大財閥『奈名』家の後継者だと、先程ポンコツが台無しにしたセレモニーで大々的に発表されていた。


『ここにその救世主がいるからこそ、この町は平和です!』


 そんな言葉と共に、貴美子おばさんと母さんから発表され、メインモニターにドアップで映されたウォーターハラッパーに歓声は止まず。


 おまけに、仮面等も外させられて、護国学園に通う『水原凪』がその正体だと公開されて、ちょっと恥ずかしかった。


 だって、青のシルクハットに青タイツなんだから。



 この発表は、亞名の統括する北の地でも公開され、この公表によって、北でまだ生きている人類をこの町に引き込む為の戦略だったそうだ。

 更に、町はこんなにも活気付いていると知らしめる為の祭りの開催。

 一部のギアは味方として、町の皆と仲良くやっているということの宣伝も兼ねて。

 そういう意味では、ポンコツのあの行動もよかったとも思えなくもない。


 なんだかんだで母さんもよく考えているんだなって。

 話の腰を折る天才ストーリーブレイカーってだけじゃなく、ちゃんと財閥当主として仕事しているんだなって見直した。


「で? 知られたから何かあるのか?」

「……鈍いですの、凪様。凪様はそれ以外にも、守護神だとも知られましたの」


 守護神。

 この町を救った英雄として、世界に貢献した功績もあり、俺は大々的に町を守る守護神として発表もされ、まるでプロパガンダに使われたようにも思えて困った。


「守護神だから、何かあるのか?」

「お兄たん、そこまで行くと、天然超えて馬鹿になるの」


 ぴょこんっと、気づけば黒猫が碧と反対側の腕に絡まっている。



 ……

 …………

 ………………



 うおっ!?

 ……なんだナオか。

 どこかから現れた黒猫の天使かと思った。

 でも、お兄ちゃんを馬鹿って言うのは頂けないな。


「そんなこと言うと、にぎゃあするぞ」

「ち、違うのっ! お兄た――にぎゃあぁぁっ!」


 そんな、ナオを愛してやまないお兄ちゃんを馬鹿呼ばわりする悪い天使には、伝家の宝刀アイアンクローの刑だ。


「ナオを苛めないでくださいな。凪様は今は飛ぶ鳥を落とす勢いで人気者ですの」

「にぎゃあぁ……」

「御主人様。周りの声をお聞きください。いえ、私達の声を常に聞いていたいのなら。それなら幾らでもお聞きください」


 背後からするっと綺麗な両腕が俺を絡め取るように前へと出された。

 姫だとすぐに分かったが、言われている意味が分からず、とりあえず周りの声に耳を傾けてみる。


「あ……あの人が水原様?」

「ああ、護国学園の美女三人が傍に……羨ましい」

「守護神なんですよね? だったら私達も」

「でもいいよなぁ……その気になったら何人でもいいんだろ?」

「ああ、らしいな。やっぱり羨ましい」

「あの大財閥の後継者とも聞きましたよ?」

「本当なら、玉の輿よね」



 ……頭が痛い。

 思わず、ナオへの愛のおしおきの手を緩めてしまうほどに。


「お兄たん。だからナオ達が傍にいるの」

「いつどこの女狐が御主人様に襲い掛かってくるかわかりません。いざとなったら姫が……」

「凪様はそういうとこ弱そうですの……だから――」


 絡まっていた腕がすっと離れていき、碧が俺の正面に立つと、ほんの少し悪戯を思いついたかのような笑顔を向けてくる。


「さて。先ほども申し上げましたように。凪様が三原で、水原で、奈名なのはすでに皆さんに知られてしまいましたの」

「うん?」

「このように祭りの中で、出待ちや企む女性が周りに多そうです」


 出待ちという部分で隠れている表現なのか両方の手のひらで顔を隠した後、ひょこっと顔を出す。


 ……ああ、その残念な行動で思い出した。

 懐かしい。


「さて、凪様は。この状況を、無事切り抜けることができるのかなぁ?」

「……できません」


 その言葉を聞いた碧がずいっと前に出てくる。

 勢いよく近づいてきたので以前と同じように顔が近い近い。


「じゃあ、が、凪様の恋人になってあげます」


 以前とは違って恥ずかしそうにではなく、今は嬉しそうな、俺の大好きな笑顔を向けて俺を見る碧が。

 また、こうやってあの時のように俺の傍にいてくれることが嬉しくて。


「お兄たん。ナオ、今の知ってる」

「あっ、思い出しましたのっ! 凪様っ! ボクの記憶を見たって話、あれどういうことですの!?」


 ……朱なのか碧なのかはっきりしろと。

 まさかここでそんなことを思い出されるとは思わなかった。

 やっぱりナオはアイアンクローの刑だな。


「……なんだか、姫の知らないお話のようで少し寂しいですね」

「姫ちゃん……でも、さっき凪様といいムードでしたの」

「あれは……そうですね。至福でした」


 うっとりとした表情を浮かべた姫に、辺りに屯していた男性陣がざわめく。


「お兄たん。ナオだけああいうのされてない」

「んあ?」

「だから、するの」


 くいっと裾を引っ張るナオが、「んっ」と背伸びしながら口をほんの少し尖らせて目を閉じるナオが何かを待っているようだが、今ここですることなのかと叫びたい気分だ。


「今だからするのですよ、凪様」

「そうですね。今ここで見せ付けておけば、悪い虫もつきません。さ、御主人様、一気にずずいっと。そしてついでに姫にもお願いします」


 姫はとにかく無視だが、ここでやらなかったらナオが可哀想だとも思う。


 ……つくづく、この三人には頭が上がらない。


 そんなことを思いながら、俺は――


「これで勘弁だ」

「……これはこれで、ちょっとドキっとするの」


 ――ナオのおでこにキスをして、それで終わりだ。



 辺りに見せ付けることが目的なのか、それともただ単にしたかったからなのかは分からないが、三人とこれからも仲良くやっていけたらいいなって。


 そう思ったことが伝わったのか、三人が一緒に商店街へと繰り出してくれる。








 護国学園前に設置された、最後の凪様像が、イルによって股間を重点的に破壊されていなければ、なおよかったのだが……。


 それはまた別のお話として。


 楽しい祭りは三日間続いた。

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