05-23 戦闘狂達との競演 3


 先程観客席の子供達が言っていた。


「本物みたいだ!」


 と。

 いや、目の前のギア。本物だから。と叫びたい気分だ。


 俺、と言うより、他の四人は少なからずそうだろう。


 なぜなら俺は、クサリーこと姫の前で互いに睨み合うように立っているだけだから。


「くっ! きついねっ」

「あー……やっぱ力使ってないと勝てそうにないな」


 互いに背をつけ、ぼそぼそと会話をする弥生と白萩。


 それぞれがいつもの自分達の人具を持って戦っているが、俺達の体から昇る光は守護の光ではない。


 ナオがこの時のために、俺達が着ているマチナカスーツに細工して発光させているだけなのだ。


 純粋にギアは強い。

 このギア達がエキストラであれば二人も苦戦することもなかっただろう。

 かく言う俺も、間違いなく苦戦する。


「いやぁ、火之村さん。こんな強いのとよく力使わずに戦って生き延びましたね」

「ほっほっほ。流石に全盛期をとっくに過ぎておりますので、辛いです、な」


 新たな相棒となった『則重のりしげ』を振りながら、橋本さんが火之村さんと楽しげに会話している。


 そんな火之村さんは、やはり桁違いに強い。


 見えない斬撃。

 鞘に納まる『宇多うた』の柄に触れたときには、「チンッ」と音が鳴る。

 鳴った時には、火之村さんに襲いかかっていたギアは一筋の赤い一線を胸部に残して吹き飛んでいく。

 流石にダメージはなさそうだが、吹き飛んだギアが、「ワタシノホデーガ」と悲しそうな声でその一線のついた胸部を撫でる様に、火之村さんの恐ろしさを垣間見た。


 あれでも切り裂かないように手加減、してるんだぜ?


 新たに近づくギアの突きを避けた火之村さんが、意識を統一するかのように開けた場所で立ち止まる。


 腰を落とすその姿は、ミツルギ最大の神速技の構え。


「フライヘブン流、九頭くず――」

「「だめだ! それ言っちゃダメだよ、ミツルギさんっ!」」


 必死に皆が火之村さんが技の名を名乗ることを止める。

 危うく事故が起きるところだった。

 抜刀術を使う左の頬に十字傷な時点でアウトなのに。


 そんな余裕さを見せながら、乱戦は続く。

 俺らの相手をする第四世代のギアも、結構必死だ。

 心を入れ替え――ナオに弄られて――人を殺すことのないギアになったとは言っても、やはり、素の力は人類を遥かに凌駕している。


「んがっ」

「オウ、スミマセン」


 鋭い突きに、とっさに白萩が守護の光を一瞬開放して避ける。

 ギアの手加減がなければ死んでしまう回らない殺陣たてにちょっとしたぎこちなさも見える。


 なぜ、俺達が自身の人具を持って戦っているかは先程の一部始終でよくわかるだろう。

 あんなの食らったら、死ぬっての。


 だが、ギアの凄さを知らない子供達や、戦ったことのない大人には、それもピンチの演出だと感じるようで、会場は大盛り上がりだ。


「御主人様」


 そんなみんなをちらりと見ていると、姫が目の前に迫っていた。


 どうやらこちらも始めるようだ。


 早くもなく遅くもない姫の腕から生えた牛刀を、持っていたウォーターハラッパーの人具、物干ものほしブレードこと『物干』で受け止める。


「なんか、こうしていると、初めて戦ったときを思い出すな」

「……御主人様、私は少々、怒っております」


 以前あの時のように戦いたいと言っていたのを思い出したから話を持ちかけたのに、全然違う返答が来て驚いた。


 俺は何か姫を怒らすようなことをしただろうか。


「御主人様は、間もなく元いた世界へ戻られる」

「……ああ」


 キィンッと、牛刀の残像が俺の持つ物干にぶつかり甲高い音をあげ、台本にない強めの斬撃に腕が軽く痺れた。


 鍔競り合うように力で圧され、押し返すとお互いの顔が一気に近づく。


 至近距離で見る姫はいつもと変わらず美しかった。

 こんなにも男を魅了する顔立ちは他にあるだろうか。そう思えるほどに。


 だが、その美しい顔は――


「御主人様は、姫を置いて、あちらに向かわれるつもりですね?」


 瞳に悔しそうに涙を溜め、今にも泣き崩れそうな顔。


「質問を、変えます。……ナオ様と碧様は連れていくのに、姫だけは、連れていかないおつもり、ですね?」

「お前……」


 そう。

 俺は、姫を連れていけないと、考えていた。


 向こうに行くには、観測所を通る必要がある。あそこに行くには、姫には無理なのだ。


 人の輪廻を司る場所。

 つまりは、人の意志が集まる場所だ。


 人でないと、人のように意志を持っていないと辿り着けない、帰れない場所。


 姫は――


「私が、ギア、だから。ですか?」

「ギアだから、だ」


 ――ギアだ。

 いくら美しく、人のように振る舞っていても。


 姫は、ギアだ。


 体の中にある機械、演算チップ等の脳内チップが、姫を、人のように振る舞わせているだけで、人であればこうする。こう動く。こう答える。と、人よりも回路として高性能なその機械の塊が、姫を人のように見せているだけで。


「なぜ。なぜ私が、あの場にいけないと、お考えなのですか。ギアだから、あの世界に連れていけないと、そう言うことですか」


 姫から放たれる一撃は強く。

 次第に速度を増し、重くなっていく一撃に、物干が悲鳴をあげた。


「人ではないから。だから連れていけないと」

「違うだろっ! そう言う意味でギアだって言ってるわけじゃないって、わかってるだろっ!」


 そんな意味で連れていかないわけじゃない。


 碧とナオは元々あちらの世界の人間だ。だからあちらに、またこの世界に戻ってくるとしても、一度は戻してやりたい。


 姫は、観測所にはいけるだろう。だけど、行けば姫は死ぬかもしれない。守護の光にほんの少し抵抗のある新人類でも、簡易観測所イントラで崩れ落ちたのだ。


 そんな力が溢れる場所に連れていったら、戻れないかもしれない。

 観測所に、純粋なギアが行くということが初めてで、何があるか分からないから。


 この場に残せば、そんな姫が死ぬようなことは滅多に起きないはずだ。


 死なせたくないから。


 もう、俺達の中では、姫はいなくてはならない存在で。だからこそ、俺がやらなきゃ行けないことに、死ぬ危険性のあることに、付き合わせたくなくて。


 姫は、観測所を抜けられないかもと思うと、また会えなくなると思うと――


「分かっております。分かっておりますが、それでも――」


 姫の一撃に、物干が耐えきれず折れた。


 すかさず離れて相棒を取り出し力を開放すると、白い純白の刃に姫の牛刀がぶつかり、火花を散らす。


「御主人様は、姫をどう思っていますか」

「どうって……」

「姫は、御主人様を愛しております。これは本来のギアが持つ、プログラムされた人への慈しみとは違う感情です。だからこそ、この愛は、本当だと心から言えます」


 頭を割るかのように振り下ろされる遠慮のない一撃を佑成で受け止める。

 今度は、佑成とぶつかり合う姫の牛刀が削れだす。


「だからこそ――」


 それでも、姫の連撃は止まらない。


「姫は、御主人様と、一緒に……いたいのにっ! どうして、姫の前からいなくなろうとするのですかっ!」


 振り上げた牛刀が、再度佑成へと振り注ぐ。

 その牛刀を下から斬り上げると、牛刀は半ばで折れてくるくると宙を回りながら地面へと突き刺さった。


「やはり、御主人様は、強い……あっ」


 斬り上げた反動で、ほんの少し佑成の守護の光に当てられた姫がバランスを崩す。

 倒れかけて後少しで地面に接触しそうだった姫を、俺は腰を抱くようにして抱きとめた。


「俺が、お前に、来いなんて……言えるわけないだろ」

「……いいえ。言ってほしいのです。御主人様に、一緒に来いって、言ってほしいのです」


 ぽろりと、涙を零す姫が映る。


 ギアだから、なんて、思っていても。

 こうやって見ていると、やはり姫は人にしか見えない。



「姫は御主人様を御守りします。御主人様を、助けたいのです。一緒にいたいのです」



 ……なんで、こうも。

 ここまで俺を慕ってくれるのか。



 俺には碧がいて。

 碧と共に生きて、碧と添い遂げる。

 それが俺の想いだ。俺の答えで。


 でも――


 姫と会ったのは敵としてが最初だ。

 俺にとって、この世界での初めて出会った強敵で。

 勝てたけど、それでも。いまだに俺は姫との戦いが、目に焼き付いていて忘れられない。


 そんな風に出会った姫と、こうして仲良くなったのもまた不思議な感覚で。


 短い時間のなかで、いつも傍で俺を見守ってくれている。

 そんな、肩を並べて一緒にいてくれる姫に、どれだけ救われたか。


「死ぬかも、知れないんだぞ。だったら、ここに残ってくれていたほうがまた会えるだろ」

「戻ってこないかもしれません。一緒にいないと守れません。あちらで死ぬかもしれません」


 もし姫に何かあったら、今度は俺が救ってやりたい。


 いつからそう思ったのだろう。



 だから、俺はノアに乗っ取られた姫を救いたいと思ったのだろうか。


「壊れてもいいのです。御主人様の為に。御主人様の傍に。常に、寄り添っていたいのです。だから……」


 気づけば傍にいて、助けてくれる姫に。


 いつから俺は、


 目の前の、少し年上に見える、姉のような姫に――




「姫のことは、好きだ」

「御主人様……」






 恋を、していたのだろうか。






あいつら碧とナオには言うなよ?」

「言っても、なにも起きませんよ。お二人とも、御主人様の奥様ですから」


 姫に傍にいてほしい。

 なんて、碧やナオには申し訳ない。

 碧は俺にとって、何よりも大切な人なのは変わらない。

 ナオだって、この世界に初めて来たときからずっと一緒にいるんだ。


 一緒に来たいと言うなら、それだけ救いやすい。守りやすい。

 どうすれば姫をあの場に連れていけるのか、あの場でなにも起こさなくできるのかは分からないままだ。


 だけど、俺だって。

 着いてきて欲しいと思っているのは確かだ。


「なんとか、してみるよ」

「はい。是非何とかしてください」

「俺のこと、そんなに想ってくれて、嬉しいよ」

「御主人様は、姫にもう少し優しくするべきですよ」


 俺に抱き止められた姫の顔が、少しずつ近づいてくる。


「……御褒美。頂けますか?」

「そうだな。……これからも一緒にいてくれるご褒美だ」


 流石に子供達には刺激が強いかなとか思いつつ。

 青いマントで姫と自分を包むように。


 初めて、俺から、姫へ。

 ゆっくりと顔を近づけ、唇を合わせ――


「――だから、俺と来い」

「これからも、姫は御主人様のお傍に」


 あちらの世界に。

 一緒に連れていく。

 ギアがいない、俺が育ったあの世界を。

 こことは違った平和な世界を、見せてやりたい。


「ほどほどにな」

「これからも御褒美頂きますから」


 気づけば辺りは歓声の嵐。

 修練場内でも戦いは止み、観客席では皆が立ち上がり。


 俺達がずっとメインモニターに映っていたなんて今更気づき。


 ……隠した意味ねぇじゃん。












 なんて。

 思っていたら、


 が、現れた。

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