05-13 世界の真実 2
二人の特異点は、考えてみたら簡単だ。
ただ、一人はまだしも。もう一人がどうしてなのか、そうなっていることが不可解だった。
なぜなのか。それは、さっきの母さんの一言が関係しているはずだ。
「水原君がこの世界の特異点で……更に世界の特異点という刻の護り手で……この世界の特異点ってことは変わらないってことですよね?」
「あーっ。特異点特異点って、よく分からないっ!」
眼鏡ちゃんの質問に巫女が頭を抱えた。
分かりにくいんだよな。
この世界の特異点と、世界すべての特異点が、意味は違うけど言葉が似すぎているからな。
「刻の護り手を世界すべての特異点として話しましょう。じゃないと分かりにくいわね」
貴美子おばさんが朝食を完食し、火之村さんが用意したナプキンで口を拭きながらそう言う。
「では……刻の護り手である水原様は、まだ、この世界の特異点ということです、な? それであれば、後二人、この世界には、世界を変えることのできる特異点がいるとのことですが、世界というものには、そのように特異点は多数いるのですか、な?」
みんなとは違って美味しそうに俺が作った朝食を食べ続ける双子のコップにジュースを注ぎながら火之村さんが聞いてきた。
「一つの世界には一人の特異点ね。それが正しいんだけどねー……」
「そうなんだよな……」
俺と母さんは、同じタイミングでため息をつきながら、碧を見た。
「え? え? なに?」
あちらの世界に、特異点が一人いた。
それが――
「碧ちゃん。あなたが特異点よー」
「ぼ、ボク!? なんで!?」
母さんに指差されて、俺の横で自分を指差して碧が驚く。
「お前は、あっちの世界の特異点だ。……最初は、
「な、なんで?」
「おかしいんだよ。……だろ、ナギ」
俺は、肩に乗ったナギを見た。
もし、ムイタ族――刻族である砂名があっちの世界の特異点なら、碧は今頃……。
あいつが全ての世界に存在していて、知識も共有できるから特異点に値するが、一つの世界に対してではない気がする。
あいつは恐らくは――
「驚いた。気づいてたのかな?」
「……ああ」
肩から聞こえたナギの声に、深く沈んでいく思考を戻す。
まさかナギが、あのときからここまで考えていたとは流石に思っていないが、気付いたときは驚嘆した。
だから、『英知』の絶機と呼ばれていたのだろう。
碧を生き返らせたのは、ナギだ。
「お前は特異点について、知っていたな?」
「……参ったね」
「なるほど。……そう言うことですか」
姫が、ぼけっといまだ眠そうなナオの口に食事を運びながら、納得するように頷いた。
……ちょっと待て。
おい。何でこいつらは飯を普通に食べているんだ。
俺の時は……食べさせて、くれなかったのに……っ!
「御主人様がギアのいる世界の特異点だと知っていて、この世界の状況も絶機だから知っていた。だから、変えることのできる何かを御主人様と共に、この世界に向かわせる必要があった、ということですね」
「でも、ボクは観測所でナオに体をあげたから、こっちに来れなかったよ?」
「そこは誤算だったよ。でも、まだ変えることができる手段として必要だった。だから、
くるくると器用に俺の肩の上で回りながら、「他の凪の未来を知ったら尚更さ」と付け加えた。
「だけど。いくつか僕の知らないことがあって、僕も考えが至らなかったこともあった」
「至らなかった?」
「後々考えたらすぐに分かったことだけどね。……他の凪も、碧は傍にいたんだよ。だから、凪と碧だけだと、世界を変えれるほどではなかった」
そう。もう一人の特異点がこの世界に現れてなければ、こんなにも他の凪と変わることはなかったはずだ。
世界を変えられるほどの――世界の抑止力に抗えるほど、一人一人の特異点には力がなかった、とも言える。
「そのもう一人の特異点って……誰のこと?」
巫女が不安そうに弥生にしがみついた。
巫女は弥生がそうかも、と考えているのかもしれない。
だが、弥生も巫女も違う。
視線を感じて顔を向けると、母さんと双子と目があった。
……言うべきなのかもしれないが、言いたくない。
だが三人は、言うべきだと視線で俺に合図する。
弥生は、この世界での、力を持っていない神夜だ。巫女も同じく……巫女はこのなかでは、誰よりも一般人だ。
そう思うと、ここにいる誰もが、何かしらの力を持った凄いやつらの集まりなんだとも感じる。
巫女が一般と違うところと言えば……
「たゆん、だな」
「「は?」」
思わず口に出して言ってしまった。
それだけ巫女は至高の究極の――
「凪? 戻っておいで」
ナギがけたけたと笑いながら俺を引き戻してくれる。
「やっぱり、巫女ちゃん手強い……」
碧の怒りの頬つねり、ナオの猫ぱんちが頬に炸裂した。
「七巳様は、なぜにそうも御主人様を……」
「私、なにもしてないよっ!?」
姫が自身の巫女よりかは控えめな、だが豊満な胸をくいっと持ち上げる姿を、達也が凝視していた。
お前はどこへ行こうとしているのかと説教したくなった。
後、今更どうでもいいけど。俺の初恋相手だから、気になるのは仕方ないだろ。
「真面目な話……言わなくていいのかい?」
ナギに聞かれたが、遺伝子を弄られていない二人がもしいたとしたら、の二人に、あえて言うことではない。
「凪君……僕達にも、何か秘密があるのかな?」
「えー? 実は刻族でしたとか止めてよー」
そんな、ナギの呟きのような言葉に、空元気な二人。
そんな二人を見て、俺はどんな顔をしたのだろうか。
話すことさえ忘れてしまっていた俺に、周りが静かになった。
「ほ、本当に、何かあるんだね……?」
「……ちょ……ちょっと……そこで黙られると、怖いよ?」
「お兄ちゃん……何、考えてるの……?」
こう言うときに、黙ってしまえば、それこそ、重要ななにかがあるなんて、誰でもわかってしまうことだ。
そんなことを考えられないくらいに、俺は、二人に、伝えられないことを、知ってしまっていた。
「……とかやったら、さぞかしびびるかなぁって、な」
と、顔を伏せて笑いを噛み殺すように、俺は笑った。
「ちょっ、本当にやめてよっ!」
「あー……ちょっと、最悪だぞ、今の」
「うーん……」
巫女がほっと安堵の息をつき、白萩が呆れたように責めてくる。
弥生がまだ疑うような目で見ていたので、「悪い悪い」と、声をかけて、溢れてしまった涙を拭ってまた俺は笑った。
言えるはずがない。
弥生と巫女は……
神夜と巫女のスペアだなんて言えるわけがない。
他の凪には、神夜と巫女が傍にいた。
あれは、二人がこの世界に来たからだ。
何も持っていない弱い存在が、遺伝子操作で人外と化した二人に上書きされた結果が、他の凪達の傍に二人がいたということだ。
俺がこの世界に戻ってきた時に、二人が傍にいたらどれだけ助かったか。そう、考えたこともあった。
だけど、俺は……この世界で、あの二人ではないこの二人に会った。
仲良く二人で、この世界を必死に生き抜こうとしていた二人。
何も力がないのに、それでも助け合って生きてきた二人。
俺と出会ってくれて、俺と仲良くしてくれた二人……。
だが、もし。
この世界に、神夜と巫女が現れていたら。
上書きがされれば。
弥生と巫女は――
――消える。
存在そのものが、消えるのだ。
なぜなら、この目の前にいる二人は、あの二人が死んだときに、また生き返るためだけに存在する、世界の戯れに作られた、まるで人形のような
それだけの力が……『S』の力を持つ神夜は持っている。
二人には会いたい。
だけど、それは――
こんなにも俺と仲良くしてくれる二人を、俺は失いたくはなかった。
だから、俺は……神夜や巫女には会いたいが、この二人のために、あの二人はこの世界に来てもらいたくはなかった。
世界は、残酷だ。
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