05-12 世界の真実 1


 朝早く起きて。

 どうせ誰も朝食を作らないだろうからと思いつつ、皆が起きる前に朝食の準備をしていると、通用口がかちゃっと遠慮ぎみに開けられた。


 とことこと怯えるように現れたのは、


「あれ? スイだっけ? 早いな、おはよう」


 双子の片割れ。

 昨日、なぜか女子部屋に連れていかれたスイだ。

 昨日着ていた千早のような古めかしい服ではなく、可愛らしい犬がプリントされた寝間着姿だ。

 誰の服だろうと思うが、あの中でスイの体に合いそうな服を持っているのはナオくらいだから、多分ナオのだと思うのだが、それにしては小さい気もする。

 まさかとは思うが、俺が小さいときに着ていた服とかじゃないだろうか。


「お……お兄さん……」


 声をかけられて、びくっと震えた後に俺を認識すると、スイは急に涙を瞳に溜めて、泣きそうな顔をしだした。


「……あまり聞きたくないが、何かあったか?」


 通用口から来たということは、昨日はずっと女子部屋にいたことになるが、この怯えよう……。嫌がるようなことをする女性陣ではないのは確かなのだが……。


「女の人がいっぱいで、何かいい匂いして……」


 ……ああ。

 何となくわかった。


 ふらふらとキッチンに近づいてくるスイを見て、皿などをダイニングテーブルに配置しながらスイに近寄る。


「いきなり女性がいっぱいいるところに一人放り出されてどうしたらいいかわからなかったんだな」


 というか、スイも男だ。

 目の前で泣くことを我慢しているスイをよく見ると、目の下に隈も出来ている。


 ――綺麗所に囲まれて、ドキドキしてぎんっぎんになって眠れなかったのだろう。


 ある意味ハーレムだな。

 こんな小さい子供に何を怯えさせてるのかと。


 ……ナニも、なかったんだよな?


 スイの頭を苦笑いしながら撫でると、スイが俺に抱きついて盛大に泣き出した。


「なんかすっごい柔らかくて、いい匂いして、暗くて分かんないけど、時々顔とか柔らかいもので包まれて息できなくなったりして……死ぬかと」


 ……ぉぅ。死んだほうがいいな。

 誰のだ。

 誰ので圧死されかけたんだ。


「……まあ、そのうちその良さには気づくと思うけど」

「良さ? 良さって何がですか?」

「……まあ、なんだ」


 なんだろうか。この、性教育をしているような感覚は。

 この子はまだ純粋だ。

 だから、まあ、あれのあれがあれであれな良さなんか諭しても分からないだろうし。分からせたいとも思わない。

 というか、俺もそこまで経験があるわけでもない。

 あれの良さを分からせるなら、常に人の情事をにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべて聞こうとする白萩えろはぎや、毎日たゆんな弥生のほうが分かるだろう。


 俺の役目では、ない。と断じられる。

 姫はまだあるほうだが、碧やナオに至っ――


 ぞくっと、背筋にひんやりとした何かを感じてしまい、このまま考えたら取り返しのつかないことになりそうだったので頭を振って考えを霧散させる。


「……とりあえず。一緒に飯でも作るか?」


 何か別のことでもして忘れさせるのが、俺の役目だろう。

 俺の先程の考えと共に、な。


 眠そうでふらふらなスイをキッチンまで連れていき、俺の戦場で、共に簡単なサラダの盛り付け等を手伝ってもらう。


 後は主食を作ろうと思ったところで、目がまったく開かなくなったスイを休ませるためソファーに座らせる。


 ……あいつら、説教だな。


 ころんとあっさりと力尽きて、幸せそうに安心したように眠ったスイを見て、俺はため息混じりに女子部屋で寝ているであろう女子どもを説教することを誓う。


 まだ誰も起きてこないのはなぜだろうかと思いつつ、静かに料理を作り出した。



・・

・・・

・・・・




 それからしばらくして。

 皆が元気に俺の家へと来て朝食に。


 女性陣が元気よく通用口からぞろぞろと現れ、中でも、さっぱりとまだ髪が乾ききっていないイルが元気に現れたときの大声に、スイがびくっと怯えるように起き上がったのを見たときは、もう不信になっているのではないかと、スイの未来が心配になった。


 女性陣がこの部屋に来ただけで女性特有のいい匂いが漂ってきたのだが、朝風呂でも入ってきたのだろう。


 ……これをずっと漂わせた部屋に純粋な男イルは閉じ込められていたとは……しかも、手なんて出せるわけもないから、これは……拷問とも言えるのではないだろうか。


「おいしそー!」


 用意されている朝食を見て目を輝かせるイルとは正反対……とは言えないが、当たり前のようにさっと席についてご飯を食べるのを楽しみに待つ妹達に、こいつらは飯を作る気がまったくないだろうと、二人の未来に別の意味で心配になった。


 姫と火之村さんがキッチンで飲み物の用意をしてくれているのが救いかなとも思う。

 橋本親子は……なんかもう不憫なので、いつものカウンターに座って小さくなってもらう。


「さて。行儀は悪いけど、食べながら話を聞こうかしら」


 貴美子おばさんが、妙につやっとした肌なのが気になるが……本当に、ナニもなかったんだよ、な?


「んー? あまり話したくないこともあるけど。何聞きたいの?」


 惚けたように聞き返す母さんに、あまり話したくなさそうな気配を感じた。


 母さんも、俺と同じ考えのようで。やはり、話すべきなのか迷う。



「まずはそうね。……特異点についてかしら」

「刻の護り手が世界を変えることのできる存在だから、世界の特異点。私が今までそうだったけど、なっくんが今は刻の護り手になったから、なっくんが今は世界の特異点ー」


 ……ぉぅ。

 なんともあっさりと。分かりにくい話から切り出したな。


「……凪くん。解説」


 ですよね。

 呆れる貴美子おばさんに、俺も苦笑いしか浮かべられない。


 だが、そう言う分かりにくい切り出しかたとはいえ、包み隠さず話す母さんを見て、俺も覚悟を決めようと思う。


「……この世界は、本来であれば、先日の新人類の襲撃で滅んでいたんですよ」

「それは……皆が頑張ったから何とか撃退できたでしょ」

「いえ。……はっきり言うと、そんな数人が頑張ったから何とかできる数じゃなかった」


 食事をする手を止めて、皆が俺の次の言葉を待つ。


「……特異点として、同じように進んでいた凪達と同じように、新人類に滅ぼされていたのが正しいって意味、かな?」


 ナギがころころとテーブルの上で転がりながら質問してきたが、テーブルには皆の食事があるので捕まえて俺の肩に乗せた。


「そうだ。世界には、ある程度その世界を変えることができるキーとなる存在がいる。この世界では、俺がそれだった。だとしても、数は違えど、同じように滅ぶ未来がこの世界の未来だった。……でも、俺がこの世界の特異点ではなく、刻の護り手となって、この世界の、ではなく、多重世界の特異点となって、この世界に干渉したから、この世界は滅ぶ未来を回避した」


 言い切って、今更ながら皆が俺と言う存在が規格外だと言っていた意味がわかった気がする。


「じゃあ、なにか? 俺達はお前の選択で生き残れたってことか?」


 頑張って守ったという矜持があったのだろう。白萩の声が少し荒い。


「そう、というわけでもない。進む未来を変えたのは俺だが、それと共に皆が頑張った結果が、今だ」


 俺一人で変えられたわけではない。

 それこそ、ノアに俺が負けていたら結果は同じだった。

 あくまで、新人類に滅ぼされる道を変えたってだけだ。


「この世界の通過点が、新人類に人類が滅ぼされるってことだったってだけで、それを、多重世界から弾き出され、刻の護り手として世界に干渉する力で、俺が、無理やり変えた。が正しい」

「世界の未来を変えるとか、信じられないけど……」


 弥生も信じてくれないようだ。

 当たり前だ。こんな大それたこと、誰が信じるかと。


「まー、刻族ってそれほど凄いってことよー。その世界にいないと変えられないけど」


 母さんが、むしゃっとサラダを食べながら言った。


「人の上位種って言われてるくらいなんだし。なんなら、昔の刻族は、本当に神様から観測所を見守るように言われていたくらいだからねー」

「か、神様から……?」


 眼鏡がずり落ちた眼鏡ちゃんの絞り出すように出た驚きに、「あら? 神様って偶像じゃないわよー?」と呑気に答える母さん。

 また説明がややこしくなったと思う。


 とはいえ、あまりにも壮大な話だ。

 刻族は、神様から多重世界である世界の均衡を守るように作られた仕掛けの一つだと知ったら。

 それこそ、信じられない話だろうなと思う。話がでかすぎて信憑性がまったくないからな。


「とーにーかーくー。すべての世界から外れた存在として、世界に干渉することができて、今回はこの世界になっくんがいたからこの世界の未来が変わったの。わかった?」


 いやぁ……こう言うときに母さんのこの特殊能力は助かるなぁと思いながら、納得していない皆に後で質問攻めに合うんだなと、自分の未来が見えてしまって、困る。


「……で、俺とは別に世界に影響を与えられる特異点が、二人いるって話になるわけだが――」


 俺は、この二人の特異点が誰か知っている。


 というか、そうでないと、説明ができないんだ。


 皆の食事は、以前俺が食べられなかったときのように、小難しい話で放置されていく。

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