05-10 刻の護り手の正体


 がじがじと噛まれ続ける俺が解放されたのは、貴美子おばさんの怒りの声が響いたときだった。


 あまりにも怒る貴美子おばさんに、さすがの母さんも焦り。


「いつでも噛めるしね」


 と、これからも噛むこと前提の一言を発して、双子が座るソファーへと。


 逃げたつもりの母さんのそこに、逃がすはずのない怒りの足音がずんずんと近づき、母さんの前に立った貴美子おばさんが説教。

 母さんはのらりくらりと適当に返し、疲れきった貴美子おばさんが諦めて座ったことでまた話し合いが始まる。


 やっと皆がかなっぷぬーどるに手をつけるが、汁がなくなるほどに吸いきった麺は重く。


 なんだか侘しい夕食となった。


みことさん。観測所では助けてくれてありがとうございました」


 どうせ今日も皆は泊まっていくだろうから明日の朝はしっかり食事を作ろうと思っていると、碧が母さんにお礼を言い出した。


「んー? 朱ちゃんを観測所で助けた記憶はないけど?」

「ボク、碧です」

「……なにがあったの?」


 話の腰を折る天才も、碧の生まれ変わりには驚いたらしい。


 その後から少しずつ、双子と母さんに説明をし、現状についてやっと話をできる段階まで進んだのは夜中となっていた。


「はー……なんか私のいない間に大変だったのねー」


 本当に大変と思っているのか疑わしいが、母さんは今の状況をしっかり理解してくれたようだ。


「ギアの体を持ちながら人として生きる新人類と、まだこの世界で圧倒的な力を持つギア。……で、その親玉のノア……ねぇ」

「命。あなたならなんとかならない?」

「なーらーなーいー。貴美子は私を何だと思ってるのよー」


 いや、あんた絶機を二体も倒してるだろ。と、皆の呆れた声が聞こえてくるようだ。


「うーん? やっぱりおかしいわね」


 そんな常に能天気な雰囲気を出す母さんが、急に真剣な表情を浮かべる。


「……双子ちゃん。あんた達、何かやったでしょ」


 母さんと同じく座る双子は、スイは眠そうにしながらも話をしっかり聞こうという姿勢は崩していないが、イルのほうはソファーでぐったりと眠りの体勢だ。


「うん。ちょっと」

「ちょっとじゃないわよ? ただでさえなっくんっていうがいるのに、更にもいるとか、あり得ないからね?」


 むぎゅっとスイが母さんに頬を潰されている。

 「痛いよ、おばさん」と言われ、「おば……」と言葉を失う母さんに、貴美子おばさんが「ぶふっ」と吹き出した。


 そんな光景に、母さんと貴美子おばさんは仲がいいんだなと思いながら、先程の母さんの言った『特異点』について考えを巡らす。


 俺も『刻の護り手』になってから色々知ったことがある。


 最初は、この世界は『俺』という存在から生まれた世界だと考えていた。

 これは、あながち間違っていない。


 それぞれが歩く世界。多重世界のなかで、俺という存在の世界。

 それが、今ここにいる俺であり、本来であれば、こうやって考えている俺も、周りの皆の世界にいる。

 俺が見ている目の前の多重世界。だから、間違ってはいない。


 世界は、生命全てのそれぞれの選択肢によって、幾重にも大きな大樹から枝分かれした枝のように、常に分かれ続けていく。

 俺という大きな木が一本あって、その木は俺の成長とともに大きくなりやがて大樹となる。

 その大樹になる上で、選択という枝が、俺の色んな判断によってできていき、またその選択から選択へと、無限の樹系図を作っていく。

 それが、一人一人にあって、その人の選んだ道が人生という大樹となる。その枝分かれした枝にも、それぞれの人生が宿る。


 この樹系図のあらゆる選択肢――未来を見ることができ、選ぶことができるのがナオの能力だ。

 人が持つ全ての樹系図を統括、記録している世界記録の記録層アカシックレコードに無意識に干渉することで、最悪の未来を回避することができる唯一の存在だ。


 以前、砂名が自分のことを選ばれた存在といっていたが、それはナオにもっとも適した言葉であるとも言える。


 だが……


「母さんは、何を、知っている?」


 ナギが以前言っていた、特異点というのは、俺という人物に焦点を当てた場合に、俺の周りで起きる様々な事象が、『この世界に与える影響』という意味での特異点だ。


 だが、母さんの言う特異点は違う。


 世界の特異点。


 これは、俺という人物に、ではなく。世界という、まさにナオが干渉する世界記録の記録層アカシックレコードに対する特異点という意味だ。



「うん? ある程度のすべて、かなー?」



 母さんの、俺からの質問への回答は、それだった。



「それは、今の俺よりも?」

「なっくんよりほんのちょっと、ね。お母さん、なっくんの前の刻の護り手だからねー」


 俺は、世界から弾き出された存在――世界に横から干渉することが出来てしまう存在だ。


 つまりは。俺が動くと、本来辿るべきだった未来の道を変えることができる。



 例えば。


 この世界は、本来であればギアや新人類に人類が滅ぼされる道を歩いていた。

 だが、俺が現れたことで、その道から外れてしまい、本来終わるべき場所で、人類が勝つ道に乗った。


 これは、世界にはない選択だ。

 他の凪と同じく辿るはずだった、世界が作った道から変わりすぎてしまったことからも分かる。


 彼等も特異点だったので、それぞれが違う道を歩いているが、人類が滅ぶ結果は変えられなかった。

 だが、俺だけが……世界の特異点――刻の護り手になったことで、世界に干渉し、世界が作った道を滅ばない道に変えることができた。


 これからも、人類が滅ぶ結果が付き纏うであろうが、俺が干渉することで、人類は護られる。


 この力で、俺は、砂名という存在を。

 奴の能力を、世界に干渉する力で、塗り潰した。


 これが、人の守護者――刻の護り手が、人を守るために執行できる、世界の外から干渉し、世界を。人の生を。変えることのできる力だ。


 世界にない選択肢を作ることができる力。


 それが、世界から弾かれた、世界の特異点、『刻の護り手』だ。


「命さん……お兄ちゃんが世界の特異点って……他にも特異点って?」


 俺以外――いや、双子も恐らくは理解しているであろうが、刻族ではない皆が怪訝な表情をしていた。


「碧ちゃん。おかあさんって呼んでいいよー?」

「い、今はそんな話より……っ」


 と、なぜか碧がそこで止まった。


 しばらくの硬直の後。

 ぼんっと、音が聞こえるかのように碧が真っ赤になった。


「……命さんをお母さんって呼んだら……ボク、もうお兄ちゃんのお嫁さん……」


 ……それはそれでいいんだけど。

 なに誘惑に負けてんのかと。

 そんなの、俺のなかでは決定事項だっての。


「待つのっ!」


 ナオが今までにないくらいの勢いで立ち上がり、大声で周りに待ったをかけた。


「ナオもお兄たんのお母さんをおかあたんって呼ぶのっ! そしたらナオもお兄たんのお嫁さんなのっ!」

「そ、それでしたら、私もっ!」


 ナオの一言に、姫も慌てて乗っかった。

 姫は特に、母さんへの先程の失態に必死のようにも見える。


「あら……? あなた達……なっくんのこと好きなのねー」



 ぴしっと。

 またもや、俺への寒気が。



「命。凪くんは守護神だから複数人いいのよ」

「あのねー。そこは気にしてないわよ貴美子。私が言いたいのはー」


 びしっと、母さんが俺を指差す。


「なっくんがちゃんと平等に愛せるのかって話よっ! どこぞの馬鹿基大もとひろさんみたいに知らないうちに再婚してたり!」


 先程母さんの言った、『特異点が二人もいる』という意味も、俺を含めた三人の特異点という話は……


 ……その話は、どこへ……?


「まだ結婚は早いけど。はい、なっくん。お母さんの前で誓いなさい。お嫁さんが複数いてもしっかり愛しますって、ちーかーいなーさーい」


 話の腰を折る天才は、たった一言でまたもや腰を折り、俺は、みんなの前で公開処刑の誓わされるようだ。


 ……何だろう。

 多分、これ……父さんのせいな気がする。

 父さんが、母さんがいるのに、義母さんと結婚したからじゃないか?


「お兄ちゃん」

「お兄たん」

「御主人様」


三人の期待に満ちながらも不安そうな表情にため息をひとつ。



 ……はい。全員平等に愛します。



 そう、言わされて、周りに呆れやら笑われながら拍手喝采され、感極まった三人の嫁に抱きつかれ……。


 父さんに会ったら絶対ぶっ潰す。


 そう思っていたら、


「弥生も、凪君と愛、誓い合う?」


 ……巫女が、ニヤニヤと、十八番トリップした。

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