04-39 その名は――


 戦いの火蓋はゆっくりと。


 火之村、橋本が率いる守備隊員とギア勢は、わずかに微笑む敵となった鎖姫と、それを抑える為に残り相対する凪の横を通り過ぎ、いまだ鎖姫から受けた被害冷めやらぬ新人類の下へと走る。


 火之村と弥生がギア勢を引き連れ向かい、守備隊員は橋本、達也、白萩が統率しながら進む。


 ギア勢を鎖姫から離すのも、この行動の目的の一つだった。

 凪をよく知る皆が、二人を見て心配そうに通り過ぎていく。


 所詮はギアだった、と思ってしまえばそれでいい。

 実際に、守備隊の中には、先程助けられたことさえ忘れ、そう思う者もいる。


 だが、火之村達はそう思えない。

 まだまだ生きてきた時間の中でも短い間ではあるが、彼女と会話し、彼女が凪と、皆と接してきた楽しい時間を考えると、そう思うことはできない。


 必ず、元に戻して、また皆で笑いあいたい。


 そんな想いが、彼等の心に渦巻く。



 そんな彼等とは違い、守備隊は不可解だった。


 達也から聞くナオの伝言からすると、凪以外は、新人類を抑える必要がある。

 姫に何が起きたのか分からないまま。ただ、何かが起こす最悪の事態を回避する為、先へ進むことに、守備隊は不満があった。


 なぜ、あの男だけ。

 いきなり現れたあの男が何ができるのか。


 力をくれた。だが、この男とは、面識がほとんどなく、短い間に芽生えた、戦友とも言える友情が彼に対してあるわけでもない。


 信用していいのか。

 町長である橋本達――自分達を守り、導いてくれた彼等は、彼を絶大の信頼を寄せているようにも見えるが、彼は誰なのか。


 達也が伝えた、新人類より脅威。これから先に起こる事態。

 それを彼だけが止めることができるのはなぜか。なぜ、彼だけで戦うのか。


 凪のことを知らない守備隊は、不安だった。

 守備隊はこれから何が起きるのかと、士気にも関わってしまっている。


「お前ら……走りながら聞け」


 白萩が、そんな守備隊の不安や疑惑に感づき、守備隊全員に聞こえるように声をかける。

 目の前には新人類が先程の猛攻から復帰し、太名の指示の元、隊列を立て直す光景が見えた。


「あの、鎖姫の強さを、見たか?」


 その言葉に、守備隊はあのギアの凄さを思い出す。


「正直に言うと、俺は、ああなる前の姫にさえ勝てない」


 ここで何が起きたのかはその場にいなかったから分からなかったが、自分達が苦戦し、敗走した新人類と戦い、無傷のギアに。それを指揮し、恐らくはこの惨状を作り出した姫というギアに、勝てる気がしなかった。


 ギアという存在に、恐怖さえ覚えてしまう。


 それは、すぐ傍を無言で走るギアに、姫に。守備隊全員が思っていたことだった。


「その、姫に勝ったことがある唯一の人類が、あいつだ」

「あー、それ知った時は驚いたねー」


 皆が止まり、隊列を整える。

 すでに、新人類は目と鼻の先とも言える距離だ。


 橋本が白萩に乗っかる形で守備隊員達に伝えた事実に、話が長くなりそうだと思いながら、火之村はギアを守備隊を守るように前面に配置させる。


「考えてみたら、おにーさんって、凄いですよね」


 達也が、「そう思ったら、勝てる気しないや」と、ぼそっと呟くが、誰もその呟きには反応しない。


「お前らさ。あいつのこと知らないだろ。だから、あいつがどれだけすげぇか分からねぇんだよなぁ」

「あはは……凪君って、凄すぎてよく分からないよね」

「そう、です、な……料理の腕前も一流ですし、な」


 そんな情報はいらない、と思うが、守護神名鑑にも載るほどの有名人である、『鞘走る火』さえも、彼を信頼している。


 その事実に、尚更守備隊員達は困惑した。


「稀代の英雄の息子だからね」

「人具を作れる三原でもあるな」

「私にも勝ちました、な」

「拡神柱も直せるね」

「華名家も安泰です、な」

「ギアにもなぜか凄い好かれてるし」

「「ゴシュジンサマヲアイシテマス」」

「ナオちゃんの好きな人で……」


 「いや、その自虐ネタ、今必要か?」と、彼を知る皆が達也の言葉に苦笑いする。


「あとは、あれだね」


 橋本の締めるような一言に皆が頷く。


「「世界を救えるかもしれない唯一の男だ」」


 彼を知る皆が声を揃えて笑う。


 世界を救うことができる。

 彼の世界に対する功績は、十分すぎるほどで。


「み、三原?」

「拡神柱を、なお……」


 守備隊員が、一斉に自分が持つ人具を見た。

 三原といえば、ギアと戦うための人具を復活させた人物だ。


「み、みずは……稀代の英雄……!?」

「鞘走る火に、勝った!?」


 あまりの事実に、開いた口が塞がらないとは、まさにこの事かと思えるほどに、驚きを隠せない。


 思わず、いまだ相対したまま動いていない遠くの凪を、守備隊達は見てしまう。


「だから、あいつがいれば、俺達は、負けない」

「凪君がいればなんとでもなりそうだよね」


 そんな会話をしながら、自分達も準備を整える。


「だから、安心しろ。あいつは、俺達をずっと守ってきた、この町の――」


 相手も準備は終わっている。

 新人類を纏める太名が手を挙げた。


「いや、この世界の――守護者だ」



 全員が、守護の力を発動した。

 その光は大きく立ち昇り、戦いの合図となる。

 凪から離れた場所で、町を守る為の戦いが再度、始まった。


 そんなことを言われているなんて、凪は思ってもおらず、鎖姫とみつめあう。





・・

・・・

・・・・




 町から離れた遠くで、戦いの音が聞こえだした。


 どうやら、火之村さん達の戦いが始まったようだ。


 俺も助けにいきたいが……


「始まりましたね」


 目の前の姫が、それを許してくれそうにない。


「碧、離れてろ。出来れば町に逃げろ」


 俺の傍で不安そうな碧に声をかけると、碧は頷き少しずつ後退していく。


「姫ちゃん!」


 途中、碧が姫に声をかけた。


「お兄ちゃんの元に帰ってこないと許さないからねっ!」


 そんな言葉を残し、また後退していく。


 碧が近くの地面にナギを置き、祈るような仕種を見せると、空から凪様像が複数降ってきた。


 凪様ストライクの凪様像よりは小さいが、それでも町の外壁よりは大きいその像は、今は機能していない拡神柱の前に立ち、その場に固定される。


 壁だ。


 俺達が負けたときに、すぐに町に入られないように、事前に碧に凪様像で壁を作るように頼んでいた。


 守護の光がまだ残るそれは、簡易的な拡神柱のようなもので、ギアや新人類にとっては破壊が難しい物体だ。


 これで、後ろを気にせず、戦える。

 碧が役目を終え、町の中へと避難したことを確認すると、俺は佑成をポケットから取り出した。


「ああ、やっと、二人きりですね」


 姫は、碧の言葉なぞ聞こえていないかのように、話し出す。


「あれが傍にいると厄介ですから」


 姫は紅い瞳で俺にいつもと変わらない無表情で見つめてくる。


 あれ? あれとはなんだ。

 碧のことか?

 ……碧は観測所で絶機に襲われたと聞いている。碧には、ギアにとって何かあるのだろうか。


 いや、姫が碧が傍にいると厄介だと考えるのもおかしい気がする。

 碧に関係していないとすると、あれがいると厄介だと思われるのはなんなのか。


 それに、何で姫は俺と戦いたがるのか。

 本当に目の前にいる姫は、姫なのだろうか。

 別人のようにも思える。

 ……別人と、思いたいだけなのかもしれない。



「佑成」


 だが、今はそんなことを考えている暇はない。

 今は、目の前の姫を何とかしないと。

 俺がやられてしまえば、今度は町に被害が及ぶ。守備隊として守ってくれた皆の想いを、行動を、全て無駄にしてしまう。


 相棒に声をかけると、純白の光が溢れて刀身を作り出す。


 にやぁっと、俺を殺すために向かってきた時と同じように、不気味な笑顔を見せる姫。


「あの時にその力を使われていれば、もっとあっさり負けましたね」


 その言葉に違和感を感じる。



 なんだ? やはり、なにかおかしい。


 あの時に力?

 あの時だってこの力は使っていた。


「……お前、誰だ」

「鎖姫と申します。御主人様」

「違う。お前は、鎖姫じゃない」

「では。終末世代の鎖姫でございます」

「そうじゃない。お前は、鎖姫じゃない」


 お前は、姫だ。

 鎖姫って、言わないでくれって、言ってただろう。

 姫って呼んでくれって……


 やはり、なにかおかしい。

 この、目の前にいる姫は、何かが違う。


「ふふ……」


 そう、妖艶に、楽しそうに笑う姫に、ぞっとした。


 辺りに、重苦しい空気が漂う。

 息が出来なくなるほどに重い雰囲気。


 その空気を出す姫から、少しずつ、溢れ出す光。



 紫の光。



 場の空気さえ凍らすようなその気配に、全身から汗が噴き出した。


 直感的に体を駆け巡り、脳に到達した想いはただ一つ。


 ――殺される。


 その光に恐怖や不安、人の負の感情をない交ぜにしたような威圧感を覚え、今すぐこの場から逃げたいと脳は叫ぶ。


「では、改めて名乗らせて頂きます」


 姫が恭しく丁寧にお辞儀をし、俺に言った。



「ワタクシ、この鎖姫の体を借りて話をしております。



        ノア



 と、申します」



姫が名乗ったその名に。





 ……冗談きつい。

 そう、思った。

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