04-40 ――ノア

「お兄ちゃん、大丈夫かな」


 町の中。

 東の拡神柱の代わりに置いた凪様像の前で碧は自分が地面に置いたギアのコアパーツであるナギを拾い胸に抱き、自身が持つ不安を吐露した。


 いくら自分が作った凪様像がここにあったとしても、あくまで時間稼ぎである。

 この町を守るために外で戦う守備隊や、何よりも自分の大切な人のことを心配しながらここで待つしか出来ない自分が悔しくも感じる。


「……」

「ナギ?」


 いつもは不必要なことさえべらべらと喋るナギが、珍しく喋りかけても反応を示さない。こんな不安な状況だからこそ、話をしていたいのに。


 そう言えば、ナギはいつ頃から喋ってないだろうと思う。


「……碧」


 やっと話したナギの声は、緊張を帯びた声だった。


「君を、不安がらせるつもりはないけど……このままだと凪は、負ける」

「……え?」

「……あー、だめだね。どれか一体だけでも、主導権取れたらって思ったけど」

「ナギ、何の話? それにお兄ちゃん負けるって、姫ちゃんに? 何で? だって前に勝ってるんでしょ?」


 きゅい、カリカリカリと、ナギからせわしない稼働音が聞こえている。

 以前の世界には当たり前のようにあったパソコンの処理の音のようで、若干ナギ本体が熱を持ちだしており、かなりの処理を行っているとわかる。


 ナギの不穏な言葉に、より一層の不安が押し寄せてきた。


「あれが、姫なら、だよ。……うーん、ナオってやっぱり天才だね。どのギアにもプロテクトがかかってて入り込めないや。自我持たせるために隔離化しているのかな?」

「隔離? ウイルスみたいなもの?」

「今で言うなら、侵入して弄ろうとしている僕がウイルスだね」


 あの場にいるギアを使って何かしようとしているナギの行動は、凪を助けるために行っているとは分かったが、それだけ切迫した状況なのかとも思う。


 なぜなら、凪様像で向こうの状況は分からなくなったとはいえ、近くで戦っているはずなのに、戦っているような音が聞こえないからだ。


「姫じゃない、って……どう見ても姫だったよ?」

「僕と同じことだよ。姫は高性能だから入り込む何てことは普通できない。一度、姫の体を使ったことあるけど、あれだって姫が許可してくれなかったら入れなかった。……『英知』の絶機でさえ相手の許可がないと入り込めないセキュリティシステムを備えているし、自分で害意を判断できるほどのチップだ。姫はそう簡単に主導権を奪われることはないんだけどね」

「姫は何かに入り込まれてるってこと?」

「終末世代に入り込める存在なんて、ほとんどいないけどね」


 ナギは「それこそ、僕のような絶機クラスだね」と呟き、またカリカリと音を立て出す。


「ナギ。姫の中にいる存在って、何か知ってるの?」


 碧の質問に、音が止まる。

 ナギがその存在を知っているのは明らかだった。

 絶機クラスという単語も、以前ナギから聞いた話だと、ほとんどいない存在である。


 『英知』は凪によって倒され、今は碧の目の前のコアパーツだけのナギとなっている。

 『混迷』は別の世界へ。

 『渇望』は観測所に。

 そしてもう一体は、過去に凪の実母の水原命が倒している。

 この時点で、絶機が、というのはあり得ない。

 姫も、終末世代のため、絶機クラスではあるが、ほとんど作られていないと姫は言っていた。


 それであれば、姫を乗っ取ったのはなんなのか。

 他にも絶機クラスがいるというのは、人類にとっては脅威以外の何者でもない。


「……始まった」


 ナギの言葉と共に、凪様像の外から斬り合う音が静かに聞こえ出す。


「お兄ちゃん……姫ちゃん……」


 無事でいてほしい。どちらも戻ってきてほしい。

 戦闘をしていると思われる音は、さらに激しさを増していく。


「大丈夫。お姉たん。きっと大丈夫なの」


 そんな思いを籠めて祈ることしか出来ない自分の想いに、背後から声がかかる。


「君達……遅かったね」

「歩いてきましたのでっ!」

「いや。そこはせめて走ろうね」

「融通効かないの」


 その少女と、少女を抱えて立つギアを見て、ぴこんっと擬音がでそうなほどにナギが反応する。


「ポンコツ……っ! そうか、君がいた!」

「はい! 私はここにおりますっ!」


 凪を、姫を、助けられるかもしれない。


 ナギは、ゆっくりと準備に取りかかった。





・・

・・・

・・・・






 目の前の姫が名乗った名に、冗談じゃないと叫びそうになった。


「ノア……」


 その名はナギから聞いたことがある。

 間違っていなければ尚更不可解だ。

 でも、間違いだとは思えない。


「ええ。私はノア。最後に作られた私の娘に入り込んで、あなたとお話をさせて頂いております」


 ノアと名乗った姫は、俺に近づいてきて腕を振り上げると、紫の光を帯びた牛刀をゆっくりと振り下ろしてきた。


 とても緩慢な動作のそれは、まるで俺に遊びで打ち合って欲しいかのようだ。

 佑成で軽く打ち合うと、お互いの武器が反発して軽く弾かれる。


 向こうは弾かれたことにさほど興味はなかったのか、それとも確認をしたかっただけなのか、人を惑わす絶世の微笑みを湛えてまた一撃、ゆっくりと振り下ろす。


「娘? お前が作り出したわけじゃないだろ」


 向こうは一撃を気にしていないが、俺にとっては気になる一撃だ。


 なぜなら、受け止めた佑成の純白の光が、牛刀を覆う紫の光に侵食されるかのように光を失うのだから。


 その光に侵食される佑成を見た時、俺の心に恐怖が宿った。


 この光は、人を蝕む。そうとさえ思えてしまった。


「いえいえ。……私を作り出したのは人ですが、ギアを作り出したのは私ですよ」

「……なに?」

「人が作りだしたと、思っていましたか?」


 一撃。

 先程より重くなった一撃を佑成で受け止める。

 紫の光で、守護の力は塗り潰される。


「私に作らせるよう仕向けたのですよ。私の子である絶機を強くするためのテストを兼ねて。その頃には、人はこの世界にはいらないと判断しておりましたが、人がギアをどのように進化させるかは興味がありましたので」


 さらに一撃。

 坦々と話すノアの動きは、次第に早くなっていく。


「自分達の私利私欲の為に色んなバリエーションのギアを作り、このような自分好みの容姿をしたギアさえ作り出す。分かりきった結果。滑稽でした。私が作った、あなた達のいう第三世代のテスト機から量産し改良していくあなた達をみるのは」


 塗り潰される守護の光を、ノアが振る刃が離れる度に消して、また作り出す。

 意志の塊が漂う観測所がある限り、俺の光は消えることはないし、折られることだってない。


「内部に反乱のためのプログラムを組んだモジュールの塊を仕込んであったのです。同じように作れば、人を滅ぼすための私の子供達が、人の手によってどんどん作られていく。後は頃合……そうですね。私が飽きた時とでも言えばいいですか。プログラムに指示を与えれば、アップデートがなされ、ギアは人を殺すように改変される」


 お互いの武器が反発し、次第に弾かれる力も増えていく。

 今度は弾かれる力に負けてお互いが後ろへ下がる。


「人は、ギアが増えたことで更に繁栄したと思い込みました。互いに争い合うことを止めない愚かな人は、欲望のままに世界を壊していく。自分達も壊していく。ギアを量産しなければこのようにはならなかったのです。もっとも、量産するように仕向けたのは私ですが」


 紫の光は、恐怖を植え付けながら俺に振り下ろされる。

 互いに反発される力に負けじと力を籠めて競り合う。

 佑成の純白の光も次第に圧されだし、守護の光の塊であるはずの刀身に亀裂が入りだし、また弾かれた。


「人同士が争い血を流すのではなく、仮想敵としてギアを、駒を動かすように、戦略ゲームの道具としようとするのは分かっておりました。それさえ、私の指示。まるで神のように楽しもうとする人」


 競り合いに負けたのは、俺だけだ。

 ノアは反発で弾かれた腕を振り上げたまま、その場で微動だにせず俺を見つめる。


「愚かですよね。人は。ちょっと知識を与えればすぐに食い付く。自分達が滅びの道を歩かされていると気づかず、自分の功績、自分達が世界を牛耳っていると考える」


 一撃が、振り下ろされる。

 今度は紫の光が瞬いたかと思うほどの一閃。

 負けじと、その一閃に佑成をぶつける。


「そんなわけないのに。繁殖するだけ繁殖し、世界を壊すだけの、世界の害悪そのものです。増えるだけ増えて、戦争をして間引く。ギアを使って間引きがなくなれば、増え続け、生きるための全てが枯渇する。そして世界は壊れていく」


 ぱきりと。

 振り下ろされた刃は簡単に佑成の刀身を砕く。

 弾かれもせず。簡単に。


「だから人は、いらないのです。この限りある世界には。なのに、自身を捨ててギアになって生き続けようとする馬鹿もいる。強くなったと勘違いする。ギアの力は人に扱えるわけがないのに。たった一体の私の娘に滅ぼされる程度の力しか持ち得ないというのに」


 砕かれた瞬間に守護の力の恩恵が消えた。

 とっさにピアスに溜め込んだ力を解放して身を包み、ノアから離れて佑成に力を循環させる。


 離れたはずだったが、予測したかのように俺の目の前にノアは現れ、再度俺へと紫の刃を振るう。

 受け止めた佑成の刀身は純白の光を紫に変えて霧散する。

 思わずピアスの力を全て空にするくらいに力を解放して離れた。


 ノアは追いかけることを止め、振り下ろした姿勢のままその場でくるりと俺が逃げた先に首だけ動かす。


「よく、逃げられましたね。素晴らしい」


 そんな嫌みにしか聞こえない一言を放ち、姫の姿をしたノアはゆっくりと近づいてくる。



 溜め込んでいた力が空になったピアスにデコぴん。

 きぃんっと鳴る音で自分を落ち着かせようとするが、まともに落ち着けない。



 ピアスに佑成からの力を供給させながら思う。

 こいつが言っていること、こいつがやはり、ノアだと、間違っていないと断言できた。




 こいつが、この世界を。

 人が怯えて暮らす世界にした、元凶だ。


 ギアを産み出し、人を滅ぼすように仕向けた存在。



 世界再編プログラム搭載軍事高性能量子コンピュータ。


 これが、

 人が産み出した、最悪の存在。


 全てのギアの母――



 ――ノア。

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