04-38 鎖姫


 あの時達也に言った言葉は、正しかっただろうか。


「達也……お前は、バカ、なの」


 あのまま、抱かれていたかった。


 優しい達也。

 いつも、ナオの我が儘を聞いてくれた大切な人。

 『初めて』をいっぱいくれた人。


 だから、達也に、答えたかった。

 そのまま、達也に甘えたかった。

 このまま、一緒にいたかった。



 でも――



『……でも、ナオは、お前に答えてやれないの』



 代わりにしちゃ、だめなの。


 達也はナオには、勿体無いの。

 達也にはもっと、相応しい人がいるの。


 ナオみたいな二歳児のこと、好きになっちゃダメ。

 だってナオは、きっと、迷惑かける。

 まだ何も分からないの。


 お姉たんの記憶とか見て、色んなこと知った。

 でもナオは、自分で知らなきゃいけないこと、何もまだ知らないの。


 だから、そんなナオのこと、好きになっちゃ、だめなの。



『な、なんで?……だって、さっき好きって、僕のこと……』



 あの時伝えた想いは嘘じゃないの。

 達也は、ナオに大切なものをいっぱいくれたの。


 でも。


『だって……ナオは……』


 好きな人が。

 達也より、大切な人がいたから。

 もっと、大切なものをいっぱいくれた人がいたから。


 だから、達也の想いには答えられないの。


 お兄たんのことが、大好きだから。


 でも、お兄たんには、大切な人がいる。

 ナオには振り向いてくれない。

 だから、代わりにしようとした。



 お姉たん。

 朱お姉ちゃんに生まれ変わったお姉たん。


 お姉たんからお兄たんを奪えないの。

 だって、ナオは、二人とも大好きだから。

 ナオのこと、ずっと好きでいてくれるから。幸せになってほしいから。




 家族、だから。





 でも、お姉たんは、家族なのに、お兄たんと一緒になったの。


 ナオも、一緒に、なりたいの。


 もう、仲間外れは嫌。

 一人になりたくない。


 ずっと、一緒にいたい。


 もう、失いたくない。

 あんな想いは、嫌。


 だから



「達也……ごめん、な、さい……」





 ・・

 ・・・

 ・・・・





「な……なんだよ、これ……」



 俺達が見た戦場。

 橋本さん達守備隊がそこでつい先程まで戦い敗走した戦場。


 その橋本さん達の驚き様から、見えたこの光景は、先程とはまったく違っていたのだろう。


 そこにあるのは、残骸――数多の新人類の残骸だ。


 二千や三千の数ではない。


 ばらばらに砕けたパーツは辺りに転がり、ぶすぶすと黒い煙を吐き出したまま動かない新人類。

 近くの廃墟を壊して突き刺さる新人類の体の一部。

 近場にあった大木は、雷が落ちたかのように貫き割られ、物によってはまだ真新しい赤い炎を灯す。

 数体であればまだ分かる。それが広い廃墟と草原の中に、あらゆるところに散らばっている。食い散らかされたように、あらゆる形となって。


 広範囲に炎が灯り、戦場を、赤く染めている。



 遥か遠くに、まだ戦っているであろう光や、微かに聞こえる斬撃の音。

 そんな音より、新人類が叫び、千切れ、地面に横たわる音の方が大きいその戦場。



「おにーさんが止めないと、僕らの町は、滅びます」


 言いづらそうに。その何かを信じたくなくて。

 達也はその存在を、認めたくなくて辛そうに言葉を搾り出す。

 達也は、この光景に、その何かの恐ろしさに気づいてしまったのだろう。


「まさか……」


 俺も、気づいた。

 でもまさか、と。俺の心は叫ぶ。


 このプレッシャー。この恐ろしさを、俺は、すでに知っている。

 身をもって知っている。


 体が、震えだした。


 空から高速度で人が飛来。着地の際に辺りに撒き散らす土煙と共に、それは現れた。


 それが現れた先には、まだ黒い壁が控えている。

 だが、その壁は思いのほか少ないようにも見えた。


 どれだけの数が、に倒されたのか。







「御主人様。お待ちしておりました」





 姫だ。

 そんな言葉とともに、俺に向かってエプロンドレスの裾を掴んで会釈する。


 無事でよかった。

 姿が見えないから心配はしていた。


 でも、先程まで。

 この圧倒的なまでに破壊の限りを尽くされた戦場跡の全てを作り出したのが姫だとは、思いたくなかった。

 思いたくはなかったが、そうだとしか思えない。


 そして、ナオが見た、達也が伝えてくれた、俺が止めなければならない――


「では、御主人様。始めましょう」


 エプロンドレスにいつも表示されている言葉は、今は何もない。


 姫の両手から、牛刀が現れる。

 先程まで使われていたその牛刀は、刃こぼれしているが、姫本体は無傷。

 ただ、埃がほんの少しかかって、いつもの清潔さがなくなっているだけだ。


「この、鎖姫と、また。あの楽しい戦いを。再戦を。私、鎖姫はお待ちしておりました」


 ――俺が、止めなければならない、敵。




        鎖姫。






 その瞳は、紅く。


 あの時と同じ、無慈悲な笑顔を俺に向ける。


 あの時戦った、鎖姫が、そこに、いた。





 ・・

 ・・・

 ・・・・




 東の戦いはあっさりと終幕した。


 姫とギア、そしてそこに加わった新たな力を得た守備隊達。

 そして、凪、弥生、火之村の、守護の光をもっとも扱える三人と、守備隊を指揮していた、橋本、達也、白萩の奮戦に、太名率いる新人類は、後方に控える軍勢を投入してもこの町を落とせないと判断し、東の地へと撤退する。



 町を守りきった守備隊達は、歓喜の雄叫びをあげ、皆が無事を喜び、死んだ仲間達を想う。


 そんな中。


 アレは姿を現した。


 守備隊だけでなく、火之村さえも動けなくなる圧倒的なまでの威圧感。


 唯一動けたのは、観測所の管理者となった凪一人。


 しかし、新人類との戦いに疲弊した凪も敵わず。


 凪にトドメを刺そうとするアレの前に、ポンコツが助けに入り生き延びた。


 ポンコツとアレの戦いはあっさりと終わり、その短い時間に離れることができた凪は助かるが、代償として、ポンコツがアレの力によって支配され、ギアと共に、凪に敵対することになる。


 すでに戦う気力がない守備隊達を守るため、凪は簡易観測所イントラを戦場一体に発動し、ギア全てをチリと化す。




 アレが宿った、姫も。チリとした。





 そして、凪も、自分を慕ってくれた全てのギアを自分が消してしまった悲しみと、簡易観測所イントラの負荷に耐えきれずに倒れ。



 そして、目覚めなくなる。








 それが、ナオが見た、未来。



 アレが姫に降臨するのは、もう防げない。


 姫には、アレに抗えるプロテクトはされていない。


 東で戦う姫は、もう、アレが宿ってしまっているかもしれない。


 あの時断片的に見た未来では、ポンコツもアレの代替品となってしまって、兄を苦しめた。

 ポンコツさえ、あの時アレに抗えていれば。


 あの戦いで、誰もいなくならなかった。


 だから。


 アレが起こす被害を軽減し、姫を助けるために。



 ポンコツが必要だ。








 カドウシークエンス

        ……キドウ


 半永久的に流れるはずの自家発電の電力が、脳内チップから各部へ。


 シコウゲート

  ……チェック

    ……キドウシマス


 チップからの指示の通りに電力は各部に流れ、思考が拓けてくる。


「言語システム

    ……確認」


 状況確認のため、チップは二つのメインカメラに指示を出す。


 真っ暗な闇のなかに、細長い白い光が溢れ、それは次第に大きく開いていく。


「……おはようございます。ナオ様」


 光に慣れた先にいた、御主人様の一人、ナオ様を見つけ、私はお辞儀をした。


 ナオ様は「うむ」と満足そうに頷いてくれる。


 体の稼働にも問題ないことをチップは確認し、体を動かす。


 ゆっくり立ち上がると、普段以上に体が最適化されていることに気づく。

 とはいえ、まだいつものような機敏な動きは難しそうだ。

 脳内チップは今の性能を把握し、適切な動きをシミュレートし続けることに必死だ。

 私は、オーバーホールされたようだ、と認識する。



 体がまともに動くにはもう少しかかりそうだが、今はそうも言っていられない。


 私は、向かわなければならないのだ。



「行くの、ポンコツ」

「はい」

「ナオの大好きなお兄たんを、助けるの」

「はいっ!」


 私の何よりも大切な御主人様を助けるために。


 ポンコツは、今から参ります!




 歩いてっ!

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