04-34 東の攻防


 南での戦いが凪様像により一掃され、残った砂名が凪の力に恐れ逃亡し終わりを迎えた頃。


 東での戦いは、いまだ新人類の猛攻に耐え続けていた。


 先程、南の地から聞こえた轟音に、姫率いるギア勢は御主人様である凪が戦闘を開始したとすぐに解析。


 御主人様のためと、更に奮起し戦い続けている。


 当初の、東の守備隊百名程と新人類二千体の絶望的な戦いは、圧倒的兵力差により守備隊が破れ撤退し、守備隊の全滅を迎えて町が蹂躙されかけたが、そこに援軍として、姫率いるギア勢五十体が辿り着き、守備隊は救助され、今は何倍もの新人類の猛攻をギア勢が防いでいる状態だった。


 その防ぐ基軸となっているのは、『鎖姫』の由来となった姫のガトリングの射撃によるものが大きい。


 新人類率いる太名も、その単体の戦力に驚愕し、今は姫を倒すために戦力を集中させており、姫が守る正面は、返り討ちにあった新人類が死屍累々と倒れている状態である。


 その為、両翼に向かった各ギア勢に群がる新人類は比較的少なく、均衡を保っていた。


 後方から放たれていた姫の射撃は、次第に新人類へ近づきながら放たれるようになり、今では前線で撃たれている。


 姫が動けば数多の新人類が倒れていく。

 鎖のように数珠繋ぎになった銃弾の束は、一斉に放たれる度にガーっと電動音を立てて常に数十体の新人類に狙い放たれ、その度に空の薬莢が宙に浮く。時にはその空薬莢は蹴りつけられて新人類にめり込み、その度に数珠繋ぎの束は羽衣のように姫の動きに合わせて舞い踊る。


 その動きはまるで『鎖と踊る』かのように彼らを魅了する。


 絶え間なく聞こえる銃撃音。

 そのメイドがうっすらと浮かべる笑み。


 その妖艶な笑みに、今から自分達も辺りに転がる機械の塊の仲間入りをするとさえ忘れてしまいそうに見惚れてしまい動きを止めてしまえば、自分の目の前にガトリングの銃口が向けられている。

機関銃ガトリングの微笑み』かのように、射撃音と共に麗しき女神のような死神の微笑みを、銃口の先に見て絶命していく新人類達は、最後に見る光景が女神だったのであれば、ある意味幸運なのかもしれない。


 その姫のガトリングにも限りはある。


 姫の体の内部で姫が動く度に発せられる余剰電力と外部吸気の際のゴミで精製されている銃弾も、流石に撃ち続けていれば供給も追い付かなくなる。秒間百発は撃ち続けるのだから、尚更燃費が悪い。


 からからと空回りの音と共に最後の薬莢が落ち、姫は弾丸が補充されなくなったガトリングを捨てると、空になった数珠繋ぎの鎖を自分から外し、目の前の新人類に打ち付ける。

 その鎖に巻き付かれ、削られ、抉られ、鞭のようにしなるその鎖は、『死神の鎖』のように的確に相手の命を簡単に刈り取っていく。


 やがてその鎖も近くの新人類にぶつけ、埋めつけると、次は両腕から鈍色に輝く銀色の鉄の塊を生やす。

 長く鋭利な刃物のように尖ったそれは、包丁のようだった。

 牛刀と呼ばれる洋包丁に形がよく似ていたその包丁は、銀色の軌跡を描いて新人類の首元へと吸い込まれていく。


 ことりと、なんの抵抗もなく落ちる頭の切断面は、綺麗の一言。

 ただ真っ直ぐに、綺麗に斬られ、自身が斬られたことさえ気付かないのではなかろうか。


『包丁使い』は、まるで料理をするかのように新人類を解体していく。


 姫が動き、戦う様を魅せれば魅せるほど、姫を現す二つ名は、畏怖と尊敬をもってこの戦いとともに語られていく。



 だが、その戦いにも限界はある。

 圧倒的に、物量が違うのだ。


 ギア勢五十体と姫がいくら奮戦しようとも、それはその場に釘付けに出来る数も限りはある。


 辺りにばらばらに散らばる機械の数は二千を超える。

 当初守備隊と戦っていた新人類の軍勢はほぼ倒しきった。

 だが、その後方には、まだ三千の軍勢が控える。

 更に後方で駐屯する軍勢も存在し、まだまだ太名の軍は兵力を温存していた。


 その三千の軍勢が、前へ。

 ずらりと並ぶ黒い壁に、姫は顔をしかめた。


「数が多いですね。……まだ、人がこれほど残っていたと言うことですか」


 襲いかかってくる新人類を切り裂き、潰しながら、姫はこれから迫り来る数の暴威を見て呟いた。


 姫が守る町も、元々それほど大きな都市ではなかったが、今では二つの町を繋げたことで大都市となり、その大きさに、近場の町から避難する人も多かった。

 中には遥か遠くの町から、ギアに怯えながらこの町へと逃れてきた集団もいる。


 この町は、すでにこの世界でまともに人類が安心して暮らせる場所として知られ始め、安息の場所を求めて人が集まってきていた。


 その難民とも言える人類の数と同等とも言える新人類を相手にするとなると、流石に疲れを知らない機械の体を持ってしても、殲滅に時間を要する。



 やれないわけではない。

 時間があり、且つ、後ろに守るべきものがなければ容易であった。

 それこそ、自分一体ででも。

 今は、そこに簡単に新人類を潰して回り、次の戦いに備えて姫の元に集結しだす、同胞五十体もいる。


 いくら新人類がギアのパーツを使っていたとしても、それは人の意識を持ち得る限りは本領を発揮できない。

 最適化できずに人類の脳で処理できる限界で動くだけであれば、宝の持ち腐れであることは、この戦いの中で理解していた。


 新人類は、ギアにとって脅威たるものではない。

 だからこそ、時間をかければ殲滅は可能ではある。


 しかし、今は姫達の背後には町があった。


 姫に守るものがなければ――背後に何もなければもう少し戦い様もあり、凪という御主人様とその知人を通して知った人類がいなければ、もっと暴れ、ばらばらに裂き、滅ぼすことも出来たかもしれない。


 出来るのだが、姫は知ってしまった。


 暖かさを。弱さを。素晴らしさを。愛することを。


 知ってしまえば、それは一体たりとも、町へ向かわすわけには行かないという感情を作り出す。


 守る。

 それは、他のギアも同じだった。


 ただ暴れるだけなら何とでもなるが、町を守るという防衛戦には、迫る相手の数が問題だった。


 先程捨てたガトリングを、一体のギアが拾って姫に渡す。


 ガトリングで一掃出来れば簡単だ。

 自分の中で作られるカートリッジを確認するが、銃弾はまだ精製に時間がかかる。


 次の攻防で、ギア勢は誰一人壊れることはない。


「町を、守れませんね」


 先程より多い黒い壁は、左右に広範囲に広がる。

 このギアの数では、弾幕を張れない現状では、防ぎきれる範囲ではなかった。


 姫は、周りに集結したギア勢に大きな破損がないことを確認すると、新人類の数の多さについて考える。


 恐らくは、この町の東にある、あらゆる町を太名は支配し、そこに住む人類の悉くを新人類へと変えてここに来たのであろう。


 ここから先に、人類が生きている場所はない。

 瞬時に、ポンコツとは違って高性能な頭脳は、目の前の新人類は氷山の一角であり、まだ背後に軍勢が控えていることを理解した。


 ただ、その目の前の新人類を町へ向かわせないためには、力が足りない。

 数も、足りない。


 それは、他のギアも同じように考えていた。

 このままでは、町を守るという御主人様から与えられた使命が達成できない。


 それであれば、自爆を持ってしてでも……


 そう、考え出しているギアがいることに、姫は思い至った。

 だがその考えは、御主人様の意思に反する。


 なぜなら、御主人様は、全ギアに、壊れるなと命じた。


 で、あれば、それはやってはいけないことだ。


 姫は、ギア勢に見えるように手を挙げ、指示をだす。


 姫の傍に集結していたギア勢が、一斉に片膝をたてて、座り、姫の指示を待つ。



 



 この、町を守る防衛戦を。町を守り抜くには、もう一つ戦い方がある。


 ただ、それをすれば、今まで姫が姫として過ごしてきたそれらは全て消えるだろう。


 そう思うと、姫は踏み出せないでいた。


 それとともに。


 あの優しい御主人様が、この先に人類がすでにいないと知ったら、どう思うだろうか。


 そんな考えが脳内を巡り、姫の心を司る回路は張り裂けそうに感情を与える。


「……許せない」


 姫は、目の前に新たに現れた黒い壁に、怒りを覚えた。

 なぜ、私達に御主人様から与えられた指示を全うさせないのか。

 なぜこいつらは、御主人様に敵対するのか。

 なぜ、こいつらは……新人類として、人類を辞めたのか。


 それらから感じた感情が、姫の中に怒りとなって渦巻いていく。


『だったら、暴れればいいのです』


 内部の奥深くにある、箱が開いていく感覚を、姫は感じた。


『開ければ、あなたは御主人様の言い付け通り、町を守れる』


 開ければ全てが終わる。

 この町を守るために開ければ、全てが終わる。


『開けなさい』


「御主人様を悲しませるものは全て――」


『助けたいなら、開けなさい。あなた本来の力を、解き放ちなさい』


 ゆっくりと、姫の内部を満たしていく怒りは、封印していた『鎖姫』としての力を解放していく。


 瞳が、紅く、濁っていく。


「――許さない」


 終末世代として作られた、絶機に近しい力が、開け放たれる。


 無慈悲に、


『終わりを告げる姫』が、ゆっくりと内部から姫を侵食していく。



 脚部に溜め込まれた力は、爆発音にも似た音を立てて一気に三千体の新人類の前へ。


 まるで、その動きは、いかずち


 新人類の元に訪れる、圧倒的な、単騎で起こす暴威は、新人類を、太名を震え上がらせる。


 姫様。ご乱心。

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