04-33 刻の護り手


 俺の後ろで動く気配がした。

 弥生やよい火之村ひのむらさんが人具じんぐに守護の光を灯し、ポンコツなんぞ今すぐにでもレーザーを撃とうと構え出している。

 その表情は固く。何かに怒っているようにもみえるが、多分小もないことだろう。


 俺はその三人を手で制する。


 二人は十分に戦ってくれた。

 ポンコツも十分に働いてくれた。


 東のこともある。

 少しは休んでいてほしい。


 だから、ここは。

 俺が、動く。


 砂名さなは俺に五体の新人類をけしかけて後ろで高みの見物だ。

 五体の新人類は、砂名と同じように人具から微弱な光を放ちながら、見下した態度で近づいてくる。


 自分の配下であろう新人類と同じレベルの力の引き出し。

 それくらいしか出来ない砂名に笑えた。


 それで刻族ときぞく? それで世界を支配する?


 どうやって力を引き出せるようになったのかは分からないままだが、刻族の血を引いているってのは間違いないのかもしれない。


 それは信じよう。

 なぜなら、知るはずのないことも知っているからだ。


 でも。

 力の循環を行い、更に増幅させない力はたかが知れてる。

 もっとも、出来たとしても、知っていたとしても、それが限界なんだろう。


 このストーカーが、自分がムイタ族とか、刻族とか言うのであれば……。


 俺が知ってる刻族だと言うのなら、せめて――


「――これぐらい、やってみせろよ」


 ぴっ


 ⇒不可逆流動ドライブを、使いますか?


「使う」


 ⇒『刻の護り手ときのまもりて』を継承します。



 機械のように選択を迫る、俺の左目に、答えた。





不可逆流動ドライブ





 俺の指示に従い、俺の体は光る。

 奴等のとは違う自分そのものを包む光だ。



 でも、今回はそこから更に。

 辺りが真っ白に、輝いた。


 その光は南の地を。凪様像が作り出した破壊の痕が残る南の町を包んでいく。


 今までこんなことは、起きたことはない。

 起きたことはない現象だったが、これが起きた原因はすぐに分かった。


 『刻の護り手』――左目に流れた追加の情報だ。



 感覚が広がる。

 あらゆるものがそこに手を伸ばすだけで掴まえられるような感覚だ。この広がった光の中でなら幾らでも。何でもできそうだ。


 全能感。

 それこそ、砂名が言っていたそれが、今、俺の体を、心を満たす。


 俺の脳裏に、守護の光の使い方が焼き付いていき、刻の護り手とは何か、頭に記憶されていく。

 観測所ポートとは何か……いや、これは大体わかってる。だが、意識的なものではなく、感覚として、記憶・理解が俺の中でされていく。


 さしあたって、この感覚は、ナギや原初げんしょが俺に記憶を植え付けていく時のように。


 当たり前のようにそれが理解されていく。知識が上書きされていく。



 ……そっか。

 この力はこうも使えるのか。



 くいっと、右腕をあげると、その手に手応えを感じた。


「『直れ』」


 背後の拡神柱かくしんちゅうがぼこぼこと音をたてて直っていく。

 更に水平に腕を振るうと、南の外壁が逆再生のように戻っていく。


 南の町が、傷痕が、全てが、俺の手の動きと共に、直っていく。



 ……そうだよな。

 人具を作るときと同じ要領だ。

 それを広範囲に起こすことだって出来る。

 それを起こすには、この守護の光でその場を満たせばいいだけだ。


 この力をいかに辺りに拡げられるか。

 これが出来るのが『刻の護り手』の力。


 それは、その場の中であれば、力の続く限り、その場に、簡易的な観測所イントラを作り出せる。

 人だって、生き返らせれるかもしれない。

 この円の中は、俺の体を通って呼び出された、無数の生命から漏れた力。


 生命の光の塊だ。


「な、なんだ!? なにをした!? い、ぃぃいなかものぉぉぉっ!」


 光に当てられた新人類を見て、光の外にいた砂名が怒りだした。


 砂名の目の前で、新人類の体がばきばきと音をたて、崩れ出す。


 先行して俺に近づいていた新人類を包んでいるのは、極大の、守護の光だ。


 ギアのパーツを使う新人類にはさも痛いだろう。


 だが、これが本来の守護の光だ。


「この力の使い方を、引き出し方を知らないなら、お前はその程度ってことだ」



 なぜなら、守護の光は。


 人のように生命が宿らないギアに対して有効な、人類を照らす光だ。 


 生物の命。

 全てを司る観測所の慈愛の光。

 全てが帰り、全てが生まれ、全てが形作る。

 それらから溢れる意思、想い、理想、あらゆる感情が作る、圧倒的なまでの、不可視な想いの力。


 形を作り出し、新たに生まれ変わりたいと願う想いの力が漏れた光。


 それが、守護の光の正体なんだから。


 それらが、簡易観測所イントラとなったこの場所に満ち溢れている。


 だから――自分の体を放棄し、不純物が混じった、純粋な力を自ら持ち得なくしたこいつが。こいつ等が。


 軽々と扱える力じゃない。


 例え刻族だろうが、十全に使える代物ではないのだから。



 何が、ムイタ族だ。

 そんなちっぽけな力で、何が神だ。


 せめて、そのムイタ族の力で皆を救うためにこの力を使えば。

 こいつが出来るはずの他の世界の自分との意識の共有ができるなら。


 もっと、この力を使って、自分のためじゃなくて、世界のために動いていたのなら。



 ぱりっと。

 新人類達の顔に、真ん中に亀裂が入った。



 俺に。

 守護の光を不当に扱う輩に。

 観測所を、刻を護る、刻族の力を使える俺に。



『刻の護り手』に。

 となった俺に。



 お前等ごときのちっぽけな力が、敵うわけがない。


「あ、あぁぁぁっ!?」


 ぱりぱりと、少しずつ割れていく体。

 少しずつ崩壊していくように、ぽろぽろと崩れて落ちていく体。


 そんなのを、自分の体が起こし、そして目の前で見てしまったら。


 戦うどころじゃ、ないよな。


「佑成」


 右手に持った佑成に力を与え、前へと進む。

 ただ一歩。

 普通に一歩進んだだけだが、二十メートルほどの距離を、ほんの一歩で、距離を縮め、崩れ落ちていく新人類達の前へと。


 距離さえ支配するように、新人類の前へ瞬時に現れた俺は、佑成で撫でるように、


 横に一閃。縦に一閃。


 それだけで、新人類の首から上がことりと地面へと。左右にがしゃりと地面へと。


 慌てて壊れた体を無理して動かそうとした一体が足を折り、地面に倒れこむ。

 倒れる新人類の首筋に佑成を差し込むと、さくっと貫きそのまま灰になるかのように細かく砕けて消えていった。


 驚き逃げようとする二体にも同じように。


 腹部に、肩に。

 佑成を差し込むだけで灰になって消えていく。

 跡形もなく。消えていく。


「ひ、ひぃぃっ!」


 砂名が、逃げていく。

 どうやら、この光を見たときには逃げの一手だったようで、俺に背中を向けながら走っている。


 逃げるなよ。

 本当は、お前に思い知らせるための不可逆流動ドライブなのだから。


 だが、脇目も振らずに逃げる砂名は速い。

 流石に、ギアの足で、守護の力を借りながらの逃走だ。

 すぐに見えなくなった。


 あいつがこの簡易観測所の中に入っていればすぐに追い付けたかもしれない。


 だが、逃がすと厄介だ。

 別世界と意識を合わせられても困る。


 だから。

 観測所にアクセスできないよう、あいつと観測所の繋がりを、遮断する。



 ⇒観測所へのアクセスを、一部のみに限定します。



 文字が左目に流れた。

 この左目の能力は本当に有能だ。

 ナギがくれたこの左目は、俺の指示を忠実に行い、俺の力を適切にセーブし、時には俺に有利な力を自動的に最適化し使ってくれる。



 そして今は。

 観測所と繋がる俺の指示を観測所に通し、事象を起こしてくれる。



 これで、あいつは守護の光を失った。

 恐らくは、意識の共有も観測所にアクセスして行っていただろうから、それさえも出来なくなっただろう。



 ⇒不可逆流動ドライブを終了します。



 と、そこまでやった後に、急激に力が抜けてきて、簡易観測所は消えてしまった。

 流石に、観測所に接続して意思を乗せて指示を受理させるのには莫大な力が使われたようだ。


 砂名を逃がしてしまったが、あいつが何なのか分かり、あいつの力も奪うことが出来た。

 これで、あいつは何もできなくなるだろう。




 ……とんでもない力を使ってしまった。

 だが、この刻の護り手となって得た知識は、かなり有益だし、ギアや新人類と戦うときに、かなり有利な力だと感じた。


 感じたのだが……


 この力には、問題があった。


「あばバば……ご主じんさまぁ……これはすばらしい、ご褒美ぃィイっ」

「きちゅい。きついよ、凪」

「い、いってぇぇっ!」


 ポンコツとナギががくがくと揺れ、俺の左腕と左目もずきずきと痛む。



 ……ですよね。

 それ等は、守護の光に弱いギアなんだから。

 円のなかにまともにいちゃいけない存在なんだから。



 今度はしっかりコントロールしよう。


 じゃないと自爆技だ、これ。


 俺にとって自爆の力となったこの力は、後一回くらい使ったらコントロール出来るまでしばらく封印しようと、そう決めた。



 俺の……俺の全能感。

 返してくれ……。


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