04-35 守備隊の覚醒


「ナギっ! 東はまだ大丈夫か分かるかっ!?」

「……大丈夫。まだ姫達が頑張っているよ。でも、追加の新人類が現れてる。あまり時間はないかも」


 俺達は南から東へと、町中を走る。

 背中にはナオをおんぶし、激走中だ。

 定期的にしつこく、俺はナギに、東で戦うギアのネットワークを侵入してもらい、状況を中継してもらっている。


 二千程の新人類は姫達が倒した。

 だけど更に新人類は残っている。


 東にはどれだけの新人類がいるのかと呆れてしまうほどの軍勢だ。


 凪様像の質量爆撃――通称凪様ストライクを東に放った方がよっぽどよかったんではないかと今更ながら思うが後の祭りだ。


 つい先程俺が放った不可逆流動じばくわざで、ポンコツとナギの修理に時間がかかり、かなりのタイムロスをしていた。


 ナオの修理が遅かったわけではない。

 ポンコツが意外とボロボロだったためだ。


 リミッターを解除して自分が出せる最大出力を放って内部の各パーツはショート。

 そこに俺の不可逆流動ドライブだ。


 壊れないわけがない。

 だからあんなご褒美ご褒美と意味わからんことを……いや、あれは素か。


 だとしても、俺はいくら砂名を殺すためとは言え、なんであの場で刻の護り手の力を解放してしまったのかと悔やむ。


 おまけに肝心の砂名には逃げられているし。

 仲間達は見事に壊れるし。

 直ったのが何よりの救いだ。

 ギア達に死ぬなとか言っておきながら、自分が殺すところだった。


 何であんなもん使ったんだ。

 いや、あんなことになるとか思っても見なかった。

 だって、刻の護り手なんて何かと思うし。

 言葉くらいでしか知らなかったし。

 あんなことが起きるなんて分かるはずがない。

 しかも、俺も一部ギアなんだから自爆してるし。

 時間も惜しくて俺の左腕はまったく動かないままだ。

 しばらくしたら俺の自己治癒力で勝手に直るとは思うが、待っていられない。


 なんて自爆技。


 でも、少し考えれば分かる話だ。

 あの母さんが持っていた力だ。

 これくらい起きてもおかしくない。


 守護の光にギアは弱い。それは、分かっていたことだ。


 なぜならギアは、人工知能だ。

 人が作った模倣品で、そこに人のような魂があるわけではない。

 その人の魂が放つ光に、ギアは弱いんだ。

 ギア自身がそれを持っていないから、その光に耐えられない。


 だから、ギアは観測所に帰って輪廻の輪に入ることもできないし、魂が放つあの場所にギアがいられるわけもない。


「……あれ?」


 焦りながら考えていた思考に矛盾を感じて、思わず足を止めてしまう。


「お兄ちゃんっ! 急いでっ!」

「凪君っ! 今は止まってる時間ないよっ!」


 碧は自分の足で走りながら、皆に付いていこうと必死だ。

 弥生もポンコツも火之村さんも、東の救援に向かうために先行して走っている。


「あ、ああ……」


 今は東の戦いへと早く合流することが先決だ。


 俺は思った考えを胸にしまいこみ、走る。





 ・・

 ・・・

 ・・・・





 避難して人の少なくなった町を走り続けていると、俺の家が見えてきた。


 途中碧はへばって走れなくなり、置いていくわけにも行かず、今は俺がおんぶしている。

 ナオは弥生におんぶされながらぶーぶー言ってるが今はそんな状況じゃない。


 というか、お前らはこんな状況でも俺の背中を取り合うなと思う。

 なんでお姫様抱っこを所望するのか、今そんなこと言ってる場合じゃないし、俺は左腕が動かないっての。


「凪くんっ!? 朱っ!?」

「弥生っ!」


 後もう少しで東の戦いに参戦できる。

 聞こえ始めてきた様々な戦いの音に、まだ戦いは続いていると、意識に緊張感が伴ってきた中。

 三原商店を通り過ぎる時に声をかけられた。


「お母様っ! 無事でよかったっ!」


 貴美子おばさんだけではなく、三原商店の軒下には負傷した守備隊と思われる仲間達がいた。

 他にも、巫女から人具を受け取り戦いに向かおうとしている住民の姿も見える。


「南は大丈夫なの!?」

「お兄たんの凪様ストライクででっかいクレーター出来た」


 しゅたっと、弥生から降りたナオが貴美子おばさんにどや顔する。

 ナオの代わりに今度は巫女が弥生に抱きついて、弥生は大忙しだ。


 くっ。羨ましい。


「さっきの凄い音と揺れのこと?」


 巫女が弥生に満足したのか振り向いて俺に聞いてきた。

 音と揺れは知らんが、ぶるんと音と揺れを表現する二つの肉まんなら知っている。多分合ってそうなので頷いておく。


「あなた、町を壊す気!?」


 ……はい。少し壊しました。すいません。


 ついでに、碧とナオから頬をつねられる。


 ……すいません。何か妙に久しぶりに思えたのでガン見しました。


「貴美子おばさん、南はとりあえずは大丈夫です」

「奥様。負傷している方々には申し訳ないのですが、念のために南の警戒に向かって頂けないでしょうか」

「え、ええ……分かったわ。後で説明してもらいますからね」


 そんなフレーズも妙に懐かしい。


「水原君っ!」


 貴美子おばさんが負傷者の元へ指示を出しに向かい、入れ替わりに橋本さんが現れた。


「橋本さん。東にいたはずじゃ……」

「いや、それがだね……近衛を壊しちゃって、姫さん達に一時任せて、避難誘導がてらに人具を取りに戻ってきたところなんだよ」


 そんな橋本さんの手には達也に渡していた則重のりしげがあった。

 近衛をこわ……いや、あの大軍と近衛で戦った……?

 橋本さんが、戦った!? そっちのほうが驚きだ。


「あ、おにーさん。無事だったんですね!」


 橋本さんの後ろから、ひょこっと小動物のような動きで達也が現れた。


「達也も無事だったか」

「はい! 死ぬかと思いましたけど、今からまた姫さんを助けに向かいます!」


 達也は俺が森林公園に行く前に渡した『天国あまくに』と『義弘よしひろ』を使って活躍したらしい。

 やはり、達也には小回りの効きやすい人具のほうが使いやすかったようだ。


「お前はとっとと殺られてこいなの」

「いや、それ、今の状況だと本当に殺される方の、やる、だからね!? せめて頑張れとか言って欲しいよ!?」

「ん……頑張れなの」

「うん! 頑張るよ!」

「で、殺られてこい、なの」

「やっぱり死を願われてないかなっ!?」


 ナオの毒舌も、達也のうざい絡みも懐かしい。


「ギアを仲間にしたんならもっと事情を説明しろよ? 無事で何よりだ」


 そんなうざい絡みに、ぽんっと俺の肩を叩きながら白萩が安心したような表情を浮かべている。


「おお……普通そういう対応だよな」

「……普通で悪かったな」

「いや、悪くないが……お前達がここにいるってことは、まだなんとかなりそうだな」

「いや……数が多すぎる。正直、俺達と同じ力が皆にあればまだなんとかな」


 俺達と同じ力……守護の力、か。


「正直、あの数は、俺達だけじゃ――」

「あの数じゃないよ」

「あ?」

「更に多くなった」


 ナギの言葉に、周りの守備隊も「あの数より……」「守りきれるのか!?」「でも、まだ……」「俺にもっと力があれば……」「南にいた守備隊は!?」「逃げた!? 何をやっているんだ!」とざわめいた。


「まじかよ……」

「じゃあ、姫さんは……」

「まだ、戦っ……っ!?」


 達也達の悲痛な声に、ナギの返答が急に途切れた。


 何かがあった。

 状況は思わしくないと、それだけで理解が出来た。


 ……やるしか、ないか。


「そこの、これから俺達と一緒に東に向かえる奴等、集まれ」


 俺は、ざわめく守備隊に声をかけた。


「なんだよっ!」と不満の声が出るが、今は時間もない。

 ……こんなところでゆっくり騒いでいる時間も、無駄ではあるのだが。


「強く、なりたいか?」

「え……?」


 この場に残った守備隊と、これから南に向かう負傷兵が、沈黙した。

 俺は、ナギを碧に投げる。碧はお手玉が上手だ。


「今すぐ、こいつらと同じ力を、使えるようになりたいか?」

「凪、君……?」


 弥生や白萩と同じ力――守護の力は、生命から漏れだす力だ。

 守りたい。ただその強い心があれば、その生命は輝き、光を漏らす。


「守れるなら、欲しい」


 一人の守備隊員がぼそっと、呟き、決意の籠った眼差しで俺を見つめてきた。

 やがて、集まった皆が、頷き、意思を俺に見せる。


「じゃあ、そこから、動くな」


 集まった守備隊に向かって、腕を向ける。


 ぴっ。


 ⇒発動者と一部への範囲を固定します。

 ⇒発動しますか?


 左目に映る言葉に、命じる。



不可逆流動ドライブ



 守備隊四十人と負傷者二十人と俺の間を、白い光が包み込む。

 その光に驚き守備隊は光に包まれたまま立ち尽くす。

 暴れるような輩は、ここにはいなかった。


「『解放』」


 光が守備隊員達の人具に宿り、それぞれの体を巡り、戻り、循環していき、光に包まれた守備隊員達はあっさりと、弥生達と同じ力を得た。


 以前は、一人一人に集中して力を分けて解放していたが、今は力が戻り、刻の護り手となった俺には広範囲での力の解放などたやすい。


「おお。力がみなぎる!」

「これならやれるぞ!」


 守護の力を得た守備隊達が一斉に歓喜の声をあげた。


 これで、皆で町を守れる。

 俺は、三原商店から東を見つめる。


「お……こんなこと、まで……」


 驚きのあまり声が出ていない白萩に無言で頷く。

 とりあえず、力の扱い方は白萩に任せよう。この中で、常時使えるようになるのは、何人ほどだろうか。


 何にせよ。


 腕と、左目が。

 とにかく痛くて喋っていられない。


 東へと。


 皆と共に、無言で、走る。

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