04-32 ムイタという種族
俺は自分が思い至ったことが信じられず、左肩に乗るナギを見た。
「凪。言いたいことはわかるよ」
お前は以前、
俺の目の前に、分かりづらいのか分かりやすいのかよく分からないネーミングで名乗ったこいつは……
「うん。絶滅したはずだよ。だから僕も驚いてるよ。……でも、アレは『ムイタ族』と言った」
「でもそれが――」
ぴっと、久し振りに聞く音が鳴り、左目に文字が溢れた。
⇒刻族のことをアレに知られるのは危険な気がする。
ナギは、アレに警戒しているようだった。
なぜ? あの話振り、
あの口振りは、
観測所にアクセスできるなら、もしかしたら
⇒だからだよ。それに、
……いや、正しくは。記憶の共有しか出来ない、が正しいように思うよ。
別世界にいる自分達と記憶の共有ができる。
それは、ナギが俺達の記憶を見れることと近しい気がした。
違うのは、ナギは俺達が死んだときにその記憶を得ているが、アレは生きている限り記憶の共有が現在進行形で行えるということ。
その世界で生きる自分達が得た知識をダイレクトに得られるなら、とんでもないことなのかもしれない。
⇒それが今はまずい。そうなると、絶滅したはずの刻族である凪がいると知ったら、アレが記憶の共有ができるなら。別の世界でもアレがいたとしたら、君という存在を駆逐に動くだろう。
幾らでも、すぐに自分達の望みのままに、他の世界で暴れられ、自分の不利益を除外し、その世界で有利に動ける?
だけど。
それは世界が違う。
世界が違えばその人は関わりがないかもしれないし、同じことをやらないかもしれない。
⇒そう。だからそこが厄介なのさ。
アレが自分と関わりがないのに、他の世界での自分に不利益を被らせたら別世界で報復ができる。
もし、ナギが危惧していることが、そう言うことであれば……それは、あまりにも自分勝手ではないだろうか。
⇒そう。そうなると、君は今、もっとも被害を被らせようとしている。
それだけなら……いや、碧へのあの執着だ。すでに何かしらの手が打たれているかもしれないけど。そこに、自分が選ばれた存在と思っているのに同族がいた、と知ったらその優先度が変わってくる。
俺がムイタ族――刻族だと知られたら、自分が唯一無二だと思っていたのに、そこに同族がいると分かったら。
⇒原初から生まれた君は、一人、まだ残っている。その凪がアレに殺されるように動かれるのは、いいのかい? アレに残った凪が殺されて、その世界にいる君の知り合いに危害を加えられることは、いいのかい?
それは……
でも、俺が母さんを助けに行けるかもしれない。
⇒僕だってそれを望んでいるさ。
……チャンスが、目の前にある。
⇒チャンスだ。だからこそ慎重に、だよ。
ずっと知りたかった手段が分かるんだ。
それを逃すなんて……いつまたチャンスが訪れるか、刻族は他にいるとも思えない、限りなく低い、このチャンスを逃すのも――
⇒だったら君は。碧に被害が及んでもいいのかい?
ナギの、ため息が混じっているようにも見える文字。
その文字に、俺の思考は止まる。
⇒君の、誰とも平等に接しようとするその優しさは美徳だ。……だけど、今はそれが悪となる。考えるといい。君に対しても、碧に対しても。大きく纏めるなら、この町にも、世界にも。それは悪手だ。
⇒君はいま。誰に対話しようとしている? さっきまでアレに思っていた感情は一時のものかい?
俺はさっき……。
砂名という悪意から、碧を悲しませたくなくて、トラウマともなっていそうな苦しさから解放してあげたくて。
砂名を、殺そうとしていた。
⇒その感情が溢れるほどの相手と、君は仲良くできるのかい? 仲良くした、その結果はどうなる? そこを考えているかい?
その結果は……
碧が、悲しむ。
⇒だけじゃない。
⇒アレが碧に執着する理由は分からない。でもあれだけの感情だ。きっと、君から碧を無理やり奪う。奪われたら、碧は壊れるだろう。望まない凌辱の日々を送るだろう。
⇒例えばだ。知るために交換条件で碧を差し出せと言われたら、君は――
「出来るわけないだろっ!」
思わず、ナギに怒鳴ってしまった。
俺の急な怒りに、周りも驚いたようだ。
あり得ない。俺が碧を差し出すとか。
碧は、モノじゃない。
やっと出会えたんだ。
やっと、想いが通じたんだ。
朱として、俺とまた出会ってくれたんだ。
アレと会うためじゃない。
そんなわけがない。
アレが碧に思っていることは。言っていることは全て妄想だ。
それは間違いない。
自分を正当化して周りに悪意を撒き散らす、悪だ。
その悪を、俺は……碧のために――いや、これは碧のためじゃない。自分のためだ。俺だって碧が欲しい。
碧と一緒に、幸せになりたい。ただ、それだけだ。
碧も俺を頼ってくれている。俺もそれに答えたい。助けたい。救いたい。
「だったら、この場でやることは一つだ」
ナギが、過ちとなり得る選択肢から、救ってくれた。
ナギがいなければ多分この世界は……俺も、碧も、全てが終わっていた。
他の凪と、同じように。
俺は、左肩に乗るナギを見つめる。
多分、ナギも俺を見つめていると思う。
……丸いので分からないが。
「「こいつを、殺す」」
俺とナギの意見は一致した。
改めて、砂名に殺気を向けた。
怒りで、ではない。
人を殺すという、俺の倫理は、今はこいつに対してはない。
こいつは、新人類だ。
俺だけにであればまだ働いていたかもしれない。だが、俺だけじゃなく、世界に悪意をもたらす、世界の、敵だ。
殺したときにどうなるかなんて分からない。
分からないが、こいつは。この世界にいるこいつだけは、俺が、自分のためにも消さなきゃいけない相手だ。
殺意と共に、自身の決意も乗せて、俺達への悪意を睨む。
「へぇ。俺を、殺すと、まだ言えるか。俺が、ムイタ族という神ともなり得る存在だと知っても」
砂名は「くっくっくっ」と声を噛み殺すように笑いながら、俺に物干を向けた。
「この新人類となった、俺に。他の世界で過ごす俺から得た、異世界からの知識を使って、神ともいえる力を持った、この俺を」
誰が、神だ。
こんな奴が神なら、この町を守ろうとする全員が神になれるわ。
砂名の物干から、光が立ち上った。
守護の光。
刻族の血が流れるものが使える、純粋な、守護の光だ。
「ははっ! 見ろ! この力!」
だが、その光は、弱い。
これだ。
これがあるから、こいつが刻族だって信じられない。
「ふふふ。学のないお前達に教えてやろう。ムイタ族を」
微弱な光を物干から放ちながら、砂名は話し出す。
自ら情報をさらけ出してくれるというならそれは聞こう。
「俺達の上には観測所という、別の世界がある」
砂名の守護の光は、物干だけに留まり、そこから膨れ上がるような気配を見せない。
循環もされず、ただ呼び出されただけのようだ。
こんなことしか出来ないやつが、刻族?
弥生達だってもっと出来る。
「その世界には全てがある。そこを支配することができれば、何もかもが叶う」
……何を言い出したのか分からないが、確かにあそこには全てがあるだろう。
あらゆる並行世界は、ケーブルのように観測所に繋がり、
全てが帰り、また生まれる世界。
刻族が生きていた場所だ。
「自分の欲を叶えられる。金さえも、世界さえも、その場所では思うがままだ」
金? 世界?
何を言い出したんだ、こいつは。
あの場所は、そんな欲にまみれた世界じゃない。
「そんな至高の場所に辿り着ける種族が、ムイタ族。そして……」
……こいつ……まさか……。
「意識の共有で時間さえも短縮できるそこに俺が至れば、世界を、時間さえも支配することが出来るだろう。それが出来る最後の選ばれた種族。俺が、そのムイタ族の生き残りだっ!」
……全然、知らねぇんじゃねえか!?
あまりの分かってなさに、唖然としてしまった。
それこそ、怒りが吹っ飛ぶほどに。
だったら、思わせ振りにムイタとか、意識の共有が出来るとか、言わないでほしい。
「さあ、殺してみろよっ! この、選ばれし俺をっ!」
そんな砂名の声に反応して、五体の新人類が前に出た。
「まずは、お手並み拝見だぁ」
砂名の指示に、新人類がにたにたと笑いながら、近づいてくる。
「……はぁ。何か勝手に言い出したから、何か分かるかと思ったら。結局何もわからねぇ……」
「……だね。これはちょっと、きついね」
この妄想の強すぎる馬鹿に、思い知らせてやろう。
「やるのかい?」
「ああ、やる」
心からそう思った。
「「
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