04-22 南の天然


 南の廃墟が建ち並ぶ草原。

 その場所では、静かに睨み合う新人類と、守護者候補生をかき集めた南の守備隊との中間地点で、弥生と火之村、そして新人類を束ねる、自らも新人類となった砂名さな家御曹子が戦いの前に対話を行っていた。


 お互いを殺傷しうる武器を手に持ち、どちらかが手を出せばすぐにでも戦いは始まる状況。


 守備勢はその相手より多い数に。

 新人類は負けるわけがないという自信を。


 互いが自分達の優位性に、戦う前の余裕を持ち、相対する。


「砂名家御曹子様には失礼ながら。あなたの為にお嬢様の傍にいたわけでもなければ、私はお嬢様に仕えているわけでもございませぬ、な」

「ああ。どっちでもいいだろ。俺は朱の旦那だ。華名は俺のものだからお前も俺の執事だろ」

「……その理屈がよく分かりませぬが。確かに華名家は間もなくなくなります、な」

「そう。なくなるのさ。俺と朱が結ばれることで砂名家の元に。朱と同じく財閥も一つになるのさ」

「そう言う意味ではありませぬが、まあ、言わぬが花、でしょう、な」


 垂れたその目は、下卑げびた笑顔で自らが求める獲物を探しながら、よく分からないことを言い出し、高々と、両腕を掲げた。


 まるで天が自分を祝福しているかのように空を見上げて恍惚な表情さえ砂名は見せる。


「火之村さん? 華名家がなくなるって?」


 そんな砂名をまるで無視するかのように、弥生は火之村が言った気になる単語に食いついた。


「夜月様。お嬢様が水原様と結ばれるなら華名家はなくなりますぞ。二人を見ていて、入る隙間がありますか、な」

「あー! そうですよねっ! そう言う意味なんですね」


 最近は弥生と巫女も、入る隙間なく、気づいたら世界に入り込んでいる様は、砂糖多めで見ているこちらが恥ずかしいと二人を見て思っている火之村は、「ほっほっほっ」と苦笑いを誤魔化すように笑う。


「お嬢様は素晴らしい方を見つけられたようですので。執事冥利に尽きます、な。小さい頃から見ておりますので尚更でございます、な」

「あー、確かに。二人の話を聞くと運命感じますよね。凪君は本当に頑張ってるし、すごい優しいから」

「優しく芯もしっかりございますし、リーダーシップもあります、な。……少し、女性関係が弱いところもあります、が」


 守護者候補生達はそんな砂名を無視するような会話に、毒気を抜かれたかのように呆れている。


 間もなく始まるであろう命の奪い合いに似つかわしくないその会話に、緊張の糸も切れたのか、いまだ二人の前で大袈裟なポーズで佇む砂名を見て声を圧し殺して笑い出す守護者候補生も出始めた。


「ちょっと待ってくれ。二人ってそんなに仲が進展しているのか?」

「あの華名さんの懐きようから進展したとなると」

「ま、まさか……」


 ざわざわと、二人の進展具合が気になりだした候補生達がざわめきだす。


 凪が奈名財閥の後継者とも、三原とも、稀代の英雄の息子だと知らない候補生達だ。


 人類が少ないこの世界とはいえ、ランクはある。

 庶民と財閥の一人娘という身分が違うその恋模様に、女性ではなくともワンチャンがあると希望を持たせてくれ、これからの学園生活を積極的に考えようと、別の意味で盛り上がりを見せだした。


 中には、「うぉぉ……あの麗しの深窓の令嬢が……」と血の涙を流して悔しがる候補生もいた。

 どうやら、ファンだったらしい。

 その数は一人や二人ではなく、崩れ落ちる候補生もいた。


 そんな緊張の切れた状況の中にも、油断せずに新人類を見つめる候補生もいる。

 辺りの盛り上がりを苛立たしく横目に見ながら、機会を伺っているようであった。


 そのほうが正しいとも言える。

 こんな状況で盛り上がれる方がどうかしているのだ。

 目の前には敵がいて、今にも襲いかかってきて、自分達は死ぬかもしれないという状況なのだから。


 とはいえ、緊張しすぎるのもまた問題である。

 二人の会話は、今から死ぬかもしれないという緊張と不安を解す清涼剤となったのは確かだった。


 これから死ぬのなら、最後は楽しく。


 そんな想いも、彼等にはあったのかもしれない。


 その候補生達のやり取りを、ぶったぎるかのように砂名は話し出した。


「さあ、旦那が迎えにきたんだ。俺の朱を連れてくるといい。そこの田舎者の傍にいる金魚の糞、とっととお前らの主である俺の前に俺の妻を連れてくるといい」


 和やかに、自分のことを無視する会話が聞こえていなかったのか、砂名はいまだ動かない弥生に苛立ちながら自分の要求を伝えてきた。


「? 金魚の糞? 誰のこと?」

「お前だよ。糞みたいなものを二つもぶら下げた、俺の朱の友達の男」


 誰のことを言っているのか分からない弥生は、自分の背後にいる守護者候補生達を見る。


「誰か知ってる?」

「……華名様の友達の彼氏っていうなら、夜月のことじゃないか?」


 近くにいた同級生が、どう考えてもお前だろ的言葉を返してくる。


「いやぁ、僕は凪君に金魚の糞みたいに毎日ついているわけじゃないし、巫女はそんなのぶら下げてないけど」


 心底言われていることが分からないと言う顔をして改めて砂名を見る。


「君、誰のことかしっかり言わないと、伝わらないと思うよ?」

「お前のこ――」

「ああっ! だからだよっ! だから君嫌われるんだよっ! すごく分かりにくいし、言い方も芝居かかってるから。君って、人が嫌だってこと分からないんじゃないかな!」


 得心がいったと言わんばかりに、ぽんっと手を叩く弥生に、言われた砂名さえ言葉を失った。


「ああ、でも君さ。巫女のこと悪く言ったみたいだけど、何かよく分からないこと言ってたから、悪口にもならないよ?」

「夜月様……」

「それに、僕は凪君とはお隣さんみたいな感じだからよく一緒にいるように見えるかもしれないけど、僕と一緒にいるってことなら巫女の方が一緒にいるし。……ああ。君、最近学園に来ていなかったから知らないんだね」

「夜月様。もう、止めてあげてください。彼が、可哀想です、な」


 聞く人が聞けば恐らくは心を抉られるような言葉が次々と弥生の口から出ては消え。

 聞いている周りが砂名が可哀想になってきて、火之村が止めるまで続く。


「き、きさま……なんなんだ、急に!」


 聞こえてきた自分を諭すような、貶しているかのような弥生に、ぷるぷると震えさせながら弥生を指差すが、更に天然は止まらない。


「なんだって言われても。君が分かりにくいこと言うからじゃないか。ほら、実りもしないのに勝手に俺の朱とか言ってるし、あんなんじゃ女性に嫌われるだけだよ。現に嫌われてるし。そうだ。修練場で華名さんの写真をばら蒔いたのもマイナスだよね。あんなの嫌ってくださいって言ってるようなものだよ」


 守護者候補生だけでなく、砂名の後ろに控える、敵である新人類も思ったであろう。



 こいつは、天然だ。と。



 トドメが入り、わなわなと砂名は下を向き、体を震わし出した。


 その瞬間。


 この、緊張感が薄れた時に、個の考えに余裕が出来たことも、要因だったのであろう。


 砂名がこちらに目を向けなくなった今がチャンスと思ったのか、一人の候補生が弥生達の横をすり抜け走り出した。


 首魁である、砂名を討ち取ろうとしたのだ。


「まっ――まだはやい――っ!」


 弥生の候補生を止める言葉は届かず。

 下を向いた砂名はぴくりとも動かない。

 高々と振り上げられたその棍は、砂名の脳天に振り下ろされた。


 ぎぃぃーんと、辺りに金属音が響く。


 棍は砂名の脳天に叩きつけられ、宙を舞った。

 全力で叩きつけた自分の武器が、あまりにも硬いものに弾かれたことに、思わず手を離してしまったようだ。


 下を向いたまま、その表情が伺い知れない砂名の腕が動く。

 唖然としながら痺れる手と、近くの地面に突き刺さるように落ちた棍を交互に見た候補生の首元を握り締めるように添えられ――


「貴様等が究極で至高へと至った私達に勝てるわけがないだろう?」


 ぽきり、と。

 まるで小枝を踏み抜いたように候補生の首がぐにゃりと曲がる。


 間髪いれずに、ぐちゃっと、その頭が割れた。顔は歪に、真ん中に寄るかのように潰れ、中身が露になる。


 砂名が持つ棍がぶつけられたのだ。


 その棍は顔面を裂くだけには留まらず。下へ下へと。

 硬い棒を押し付けられ、肉が無理やり潰され、ぶちぶちぶちと、肉が切り裂かれていく音とともに股まで抜けきり、候補生だったものは二つに裂けた。

 ぴゅーっと、辺りに赤いアーチを描きながら、二つはそれぞれ左右に揺れて地に崩れ落ちる。

 その候補生を弥生達は呆然と見つめてしまう。


 あっさりと。

 いとも簡単に人が、二つに無理やり裂かれた。


 人の力でできることではない。


 明らかに、人ではない力を持った存在が目の前にいるのだと、守備勢は、先程まで弛緩していた緊張を改めた。


 目の前で屠った候補生には興味はなく、弥生達に背を向け自身の配下が待つ場所へと、砂名は歩き出す。


 砂名が腕を振り上げる。


「そんなに死にたいのなら、幾らでもまきちらしてやろう」


 守護者候補生が一人犠牲になったことで、一気にその場は戦場へと早変わりした。


 守護者候補生が怒りで一斉に動き、新人類の群れに向かう砂名へと走り出した。


 砂名が上げていた腕を、つまらなそうに振り下ろす。


 主であろう砂名を守るために、新人類も守護の光で高まった身体能力で一気に距離を縮める。


 辺りに、鈍器のぶつかり合う音が響く。



 新人類百体 対 南の守備隊三百名の戦いは幕をあげた。





 これが、橋本達東勢が、太名家率いる新人類とファーストアタックをしていたときの、南の話である。

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