04-21 南から来るもの


 それらはゆっくりと。

 南から侵攻してきた。


 南の砂名家を警戒する火之村と弥生は、異様な気配に気づき、すぐに壊れた拡神柱から外へと飛び出した。


 守備隊の筆頭である二人の動きに、慌てて守備隊として南の拡神柱に配置されていた守護者候補生達も動き出す。


 総勢三百人が拡神柱の外へと向かう様は圧巻であるが、武器を携帯して真剣な表情で走り去る候補生を見た町民達は、この町の危険が迫っていることを嫌でも感じることとなる。


 町もまた、慌ただしく動き出す。


 もし襲来したのがギアであれば、ネットワークを介しての情報操作を行われる可能性がある。

 すぐさま町のネットワークは遮断された。


 ネットワークを使えばいくらでも情報は得ることはできた。だが、ギアにはその情報の早さを使って人類を滅ぼしかけた存在もいる。

 その時の状況をよく知る、そのギアを倒した英雄の知識が町民にはもたらされており、その判断が瞬時に行われた結果だった。


 何があったのかは分からない。だが、騒々しくなった町を、各場に伝えるために人力で伝令が走り、異様な雰囲気を感じた戦うことの出来ない町民は、中央へ、安全な西へ北へと逃げる準備を始める。


 拡神柱が壊されていることに、守備隊が守りを固めているとはいえ、この町は安全なのかという群衆の不安は、拭いきれるものではない。


 特に南は、大都市となる前に橋本が町長をしていた町でもある。

 ギアが襲来し、拡神柱を破壊し、町へと入り込んできた一年前の恐怖は根強く、あの時のように彼は助けてはくれないだろうという、自分達の愚かさが招いた後悔もまた根強く残っていた。


 あの時、この町をギアから救ってくれた彼――水原凪はこの町にはいない。


 そのことを知ることのない町民ではあったが、町を守る守備隊の中に、以前守ってくれた彼がいないことも、その不安を煽る一端でもあったと言えた。





 そんな町の状況を知ることはなく。





 町や人を守ることを主とする守護者候補生が集められた南の守備隊は、町の外の草原に、勇敢にも集結した。


 この集結した守護者候補生は、護国学園で修練しているとはいえ、初心者である。

 中には、これからの戦いに生き残れるか不安な者もいれば、この戦いで名を馳せようとする者、純粋に町を護りたい者等、様々な考えが錯綜しているであろう。


 互いの緊張は伝染し、緊張は緊張を呼び、皆が固く、真剣な表情を浮かべていた。


 緊張が周りに伝わる候補生の先頭――頭ひとつ飛び出て、平らな廃墟が転々と残る草原を睨み付ける弥生と火之村と同じく、遠くの少しずつ見えてきたこれから戦うべき相手を、三百人の候補生が同じように見据える。



 その見据えた先から。

 南の廃墟の先から白い光が、蜃気楼のようにゆらゆらと揺れながら、まるでご来光のように少しずつ昇りだしてきた。



 守護の光だ。



 その光は、人の体を纏う程には強くはない。恐らくはその光を放つ人具からのみ放たれる光ではあるが、それが複数人、何十人と集まれば、纏まり眩しく輝きを放つ。

 廃墟が立ち並ぶ草原の先から光が現れるその光景は、神々しささえ感じさせる。


 その神々しさを放つそれは、人――いや、人ではない。自分達の体を弄り、ギアの体へとすげ替えた、新人類だ。



 その新人類が、南からゆっくりと。

 光を放ちながら歩いてくる。



 その数は、およそ百体ほどであろう。

 それぞれが、黒い棍型の人具、物干を持っていた。


 その物干は、物干と名付けもされていないただの人具だ。

 だからこその微量な光ではあるが、その光を新人類が、目の前にいる百体程の軍勢全てが守護の光を開放していることが弥生と火之村の二人には信じられなかった。


 あの光は、ギアに対して有効であるが、ギアと同等に戦えるだけ、身体を強化する。

 それは、対人戦においても有効であることは、使い手である二人はよく分かっていた。


 火之村や弥生が、ギアを森林公園で殲滅するほどに戦えたのは相手がギアだからであり、人具から出る守護の光はギアが忌み嫌う力であったがため、簡単に倒すことが出来た。


 その力は少なからず、人へも有効であり、この力を人が際限なく持てば争いの種にもなり得る。

 対人においては身体強化だけのそれは、人がギアと同等の身体能力を得ることのできる簡単な方法だ。

 その力をもって人が人と争えば、それはギアが暴れていることと相違ない。


 その守護の光を、ギアと同等の力を持つであろう新人類が使えばどうなるか。


 それが、百体。

 まだまだ後方にいるかもしれないが、その百体でも、力さえ使えない人類にとって、これは脅威そのものだった。


 それを知る二人は、これから行われる戦いは簡単に終わるものではないと思いながらも、この人数が南に配備されていたことに少なからずの安堵を感じていた。

 もしこの軍勢が、少ない守備隊の東に向かっていれば、恐らくは容易に町は蹂躙されていただろう。


 そして、守護の光の力を知り、扱うことのできる二人は、一つの疑問を感じていた。


 守護の光を、人具から放つことができるということは、『刻族』の力を有していることになる。

 その開放方法は、刻族の力を有した凪の力を持っての開放ができるということは、その周りの一部しか、知られていないはずであった。


「……砂名の御曹子とモノホシの君が、修練場で守護の光を纏えていたのか、考えるべきでした、な」

「火之村さん。新人類ってギアじゃないんですか?」


 まだ遠くに見える新人類の光を見ながら、守護者候補生が慌てふためく中、二人は今の状況を冷静に分析する。


「さて? 分かりかねます、な」

「人具や神具は、人にしか使えないって話を聞いてましたけど。こうなると、彼が特殊だったわけではなくて、新人類も人だから使えてしまうことになりますよ」

「そうです、な。それに私達が人具の力を知ったのは、水原様が教えてくれたからになります、な」


 凪が観測所の力を使って教えたその力の開放は、二人は観測所の力を知り、それを人に流し込める存在でないと出来ることではないはずと考えていた。


 それが新人類が出来るのなら、人具さえも作り出せることにもなる。

 なのに、彼等が持つ人具は、凪が作ったであろう物干。


 これはどういうことなのかと、二人は考え出した。

 だが、その思考はすぐに止まる。


「ああ。聞き苦しい声が聞こえると思ったら、あの田舎者の仲間か」


 すでに後はどちらかが切っ掛けを作れば戦いが始まるであろう距離。


 お互いの顔さえはっきりと見える状況で、聞いたことのある声が聞こえた。


 人と見た目が変わらない新人類の中から、その声と同時に、中央が分かれて道が出来たその道から一人の男が、南の守備隊の前へと姿を現した。


「俺の朱の執事じゃないか。俺の元に俺の朱と来る気になったかな?」


 固めるのに時間がどれだけかかるか分からないオールバックな髪型に、眉尻が上がってはいるが、比例するかのように目尻が下がっているその男。


 朱を執拗に狙い、新人類という存在をこの町に知らしめ、ナギに修練場で倒されてから行方を晦ましていた砂名家御曹子が姿を現した。



 折りしもそれは、東から太名家率いる新人類が橋本達東の守備隊が遭遇していた時。


 砂名家率いる新人類もまた、南から襲来してきていたことは、東の橋本達は、知ることはなかった。



 町が、二大財閥の新人類に襲われていることを、凪はまだ知らない。


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