04-20 東を守る戦い


 辺りには黒い残骸が緑の芝生のように。町の近郊の何もない草原に転々と転がっている。


「……達也、まだ元気かな?」


 橋本が目の前の突出した新人類を真一文字に切り裂くと、橋本達の周りを囲むように群がっていた黒い壁全部隊が引いていった。


 ほんの少しの休息時間が生まれたと思いながら、橋本は相棒の槍、近衛このえを地面に突き立て、近くで戦っていた達也に声をかける。


「パパ、元気に見える?」


 達也が離れていった黒い壁――新人類を警戒しながら橋本の傍まで歩いてきた。

 少しでも長く戦うために、体力を温存するため走ってなんていられなかった。

 とは言え、走る気力はもうないのも確かではある。



 次第に橋本の周りには、この休息を利用して、まだ戦える町民や守護者候補生が集まってきていた。


 先程まで橋本とともに戦っていた仲間達。

 それらの数はおよそ四十名程。十名が戦線離脱し、十名が戦場に散った。


 だが、その犠牲があったからこその戦果は、すでに、四つの編隊の内、一編隊は倒したと思われるほどの残骸が散らばる。


 残骸の数から、一編隊がおよそ三百体程と換算しても、この戦果はかなり大きい。

 この大きな戦果は、橋本親子と白萩の功績によるところである。


 三人は圧倒的物量に対し、最初から守護の光を開放し、戦い続けていた。

 被害を最小限に抑えるためである。


 圧倒的な力を持って次々に切り伏せていく三人に、仲間達は大いに奮起し、負けじと黒い壁へと立ち向かっていった。


 なのに、まだ橋本達が見据える先には、黒い壁は健在。


 先程から、波状攻撃のように、攻めては引きを繰り返されている。

 激しい数による波状攻撃にこちらの戦力はすでに全て出しきっての戦いだった。


 後方支援の町を守るために配備していた町民達さえを出しての戦い。


 本来行うはずのない負傷者の引き上げさえ、華名財閥のトップである華名貴美子が、戦えない町の女性達と出張って行っている現状。

 すでに貴美子の周りにいるはずの護衛の黒服達さえ戦場で戦っている状況だ。


 なのに、それを嘲笑うかのように、攻めては引いて、攻めては引いてを繰り返す新人類達。


 一斉に攻められればそれで終わり。それだけの戦力差がある。


 なのに、一斉に攻めることはせず、引いては別の編隊が、また引いては違う編隊がと、サイクルしながらゆっくりと攻めこんでくる。


 何度それを繰り返したのか分からない程の攻防を繰り返しても、目の前にはまだまだ黒い壁が立ちはだかる。


 生きていられるのは、この寄せては引く波のおかげでもあるが、その度に目の前に見える新人類の壁とも言える数に、すでに町民達の最初の勢いと士気は消え、地面に座り込み死を待つ者さえ現れていた。


「きついな」


 自分が指揮する部隊を引き連れ、白萩が橋本達、町民勢に合流した。


 最初は四十名程いた専属護衛部隊も、すでに半数まで減っている。

 その半分は負傷し町へと退避しているが、戦場に戻ってはこれないだろう。

 残りの半分は、この草原に、新人類の残骸と共に倒れて死んでいる。


 町民や守護者候補生に被害が少ないのは、間違いなく彼等の犠牲があったからだ。


「どうしたもんかねー」

「どうしたも何も、やるしかないけどな」

「でも、こうも繰り返して戦わされると、流石に疲れるね」


 橋本達も、最初から守護の光を使い続け常に先頭にたって戦い続けていたことで、集中力が切れ始めていた。

 何度も今のようなインターバルのような休息を挟まれると、疲れが出ていることに気づいて、より体が重くなる。

 守護の光を一度切り、また開放するという行動が必要となっていることも、余計に消耗する要因でもあった。


 恐らくは、これが狙いであろう。

 じわじわとゆっくりと。なぶるように、こちらの一人一人の戦力が低下していく様を見る。


 そして、それに飽きれば、最後は一斉に攻めて町へと雪崩れ込むつもりなのだろう。


 戦力は、後詰めと、勇気を振り絞り倉庫から人具を持ち出し参戦した町民や、守護者候補生、貴美子の護衛を入れても、一時は百人を少し超えるほどだった。

 それが今は六十人程までに減っている。


 対して、東から来た新人類は、まだ千体は控えている。

 目の錯覚かもしれないが、増えているようにさえ見えた。


「さっき、華名さんから聞いたけど。水原はここには来れないだろうってさ」


 森林公園に向かった三人と二体。戦力としては十分な力を持った凪と姫がここにいない。


「……いや、それでいいんだよ」


 橋本は凪達がここにいなくてよかったと思っていた。

 いても、生きている時間が延びるだけであり、この町は……自分達は負けるだろうと、思い始めていた。


「水原君達が生きていればきっとなんとかなるさ」


 負けは濃厚。

 それであれば、今生きている町の皆を逃がすためにも、少しでも時間を稼ぎ、凪達と合流して再起を図ってほしい。


 この町がなくなっても、きっと彼なら何とかしてくれるだろう。


 そんな考えを持ち、そして、自分はこの町を守るために戦い抜こうと、決意を固める。



「町に逃げなさい」

「パパ?」

「達也、白萩君。戦えない皆を連れて、森林公園へ向かうといい」

「……橋本さんはどうするんだよ」

「決まってるじゃないか」


 相棒の人具、やっと出番が出来たがすでにぼろぼろの近衛を地面から抜き取り力を流し込む。

 まだ、もう少しは戦えそうだと、確認すると、続きの言葉を発した。


「私は町長だよ? この町を守るために戦うさ」


 橋本は、振り返り、仲間達にいつもと変わらないにこやかな笑顔を向けながら、皆に自分の意思を伝えた。





 そんな橋本だったが、無言で橋本を見つめる白萩達と温度差があり、橋本は「あれ?」と、仲間達を見て、不思議そうな顔を浮かべた。



「……ああ。何か打開策あるのかと思ったら……何か残念な感じだな」


 そんな橋本に、白萩は呆れながら、心底残念そうに深いため息をつく。


「なんで!?」

「うん。パパがこれだけ残念に見えたことないよ」

「達也まで!?」


 二人を皮切りに、今まで戦っていた仲間達さえため息をつきだす。


「ねぇわぁ……」

「ないなぁ……」

「むしろ、この状況で言ったら格好いいとか思ってそう」

「ええぇっ!? 今、割りと本気で言ったよ!?」


 尚更だと、疲れて座り込んでいた仲間達が笑い出す。


 橋本には何故だか分からなかった。


「あのな。橋本さん。ここの町からどこへ逃げろって?」

「水原君達もいるから森林公園に」

「無理だろ。遠いし。町の皆を連れて一斉に逃げたらそっちに来るって。すぐに捕まって殺されるぞ」

「パパだけ一人残ってもねぇ」


 皆が笑いながら立ち上がり出す。

 何度も戦っているのだから、間もなく再度の進行が始まることが分かっているのだろう。


 黒い壁は、また新たに編隊を組み、今にも進軍の声がかかると同時に我先にと襲いかかるために準備を整え終えていた。


「町を守りたいんだよ。パパだけじゃないよ。自分達が住んでる町なんだから」


 そう言うと、達也は、凪が森林公園に向かう前に作ってくれた、腰に携えた自身の人具を抜き放った。

 二つの白鞘から現れたのは、細く反りが深い薄い小太刀程の長さと、剛直な真っ直ぐに伸びた太めの刀身を持った二振の刀。


天国あまくに』と『義弘よしひろ』と名付けられたその人具は、達也の意思のこもった言葉に呼応するかのように光を発する。


 橋本の、町や皆を守りたい想いは皆に届いていた。だが、それに負けじとここにいる皆も町を守りたいのだ。


「この中で、比較的傷の深いものは、後方の皆に伝言を」


 そんな皆に感謝しつつ、橋本はこの仲間達を死なせないために数人の容態の悪い町民に声をかける。


 打開策は実はあった。

 だが、それを行えば逆に町内部や他が危険に陥る可能性もあるため、最後の手段だとも思っていた。



「……学園への撤退と、南への援軍要請に走ってほしい」


 援軍がこちらへ向かうまでの時間稼ぎと、それが無理だったときの為の撤退指示。


 護国学園。

 そこに籠城しての籠城戦で、町を守る。


 その籠城のための時間稼ぎをする、と、その場にいる皆もすぐに理解し、捨て駒になる決心を固めた。



 南の火之村率いる部隊がこちらに向かってくれれば、まだ何とかなる。

 それが駄目でも、南の部隊と合流して籠城すれば、まだチャンスはある。町の皆が逃げ込むことができれば、町は守られる。

 そのための時間を稼ぐ。


 悔しそうに、その戦いに参加できなくなった数人の町民は町へと走り出した。


「さて。もう一回暴れてやろうぜ!」


 号令のような鼓舞と、白萩の持つ流星刀から光が溢れることが合図となり。


 黒い壁は、またもや四つの編隊に組み替えられ、その中央で支持を出す太名の掲げた腕が下ろされると同時に、再度の進軍を開始した。


 南の援護を期待しながら、橋本達東の守備者勢四十名も、黒い壁へと走り出していった。








 南も、援軍を出せる状況ではないことを知らず、ただ、援軍が来ることを信じての、皆が護国学園へ撤退をするための時間稼ぎの戦いが始まる。




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