04-19 この日の決断 2



 森林公園。屋敷前。


 俺は今、突きつけられた未来の選択に、迷っていた。



 ここで待機して、ほとぼりが冷めてから町へ向かうという選択肢と、今すぐ町へ向かうという選択肢。



 このまま町へ向かえば助けられる人もいるかもしれない。

 でも、一人で行ったところで何か起きるわけでもないような気もする。


 他の凪達の未来では町は滅んでいることを考えると、それだけの数の新人類が攻め寄せてきているということなんだろう。


 だが、俺の進む道とは大きくずれているからこそ、行かなかったとしても、撃退できている未来に変わっている可能性もある。


 そう考えれば、貴美子おばさんの言う通り、しばらく待ってから進むべきだ。






 ……いや、そんなことを考えるより、向かうべきだ。




 町の皆を助けるなら今すぐ向かうべきだ。

 今の俺なら常に佑成を起動させて走れば短時間で向かえる。





 だが、碧やナオを置いていくことになる。そうなると、守りのために姫も置いていくことに。


 ポンコツをちらっと見ると、「お任せください」と言わんばかりの笑顔を見せた。


 ……こいつらに任せるのも不安だ。

 ナオの調整が行われていたとしても、あの、人の皮を剥いでいたギアなのだから。


 いくら供養したからと言っても、つい先程まで、人の血は飲み物。人の皮は衣服としてしか思っていなかった奴らだ。

 あの時のことを思い出してみると、あの点眼容器の液体は肉と血と皮で分けられていた。

 肉の話はあった。皮の所在は分かる。


 では、血液は?


 こいつらの中には、飲んだやつもいるかもしれない。

 あの時のギアは、俺らとナギが殲滅しているからいないとも思う。

 あの後に創られたギアが今ここにいるだろうとも思える。

 ポンコツはあの時の生き残りだ。そして、碧とナオを見たときに飲み物と見ていたことを思い出す。


 こいつは、血の味を知っている可能性が高い。

 俺がいなくなった後、二人に手を出す可能性がある。



 そう一度思ってしまえば、信用はできないという感情が沸き上がってきた。



 そんな怪しむ心が表に出てしまっていたのか、ポンコツはショックを受けたように躊躇い、大人しくなった。




 ……やはり、そうなると。

 今の状況は一択だ。


 皆で向かうべき。


 だけど、恐らくは……












 間に合わない。














 そう分かっていたから他の凪は向かわなかった?

 いや、知らなかったから向かわなかったと先程ナギは言った。


 知っていたらどうした?


 向かうはずだ。神夜が死んでいたからショックを受けていたのは分かる。あの激戦の後だから動けなかったということもわかる。

 だが、俺なんだから。知っていれば向かうという選択肢しかない。

 知らなかったから、この場で休んだ。

 恐らくは神夜を弔ったりもしたのだろう。


 だけど、向かったとしても、他の凪は俺のような観測所からの力を強く持っていなかった。

 だから、向かってもそこまで早くは辿り着けなかった。

 俺がいくら他の凪より力があって全力で走っても間に合わないのかもしれないし、着いても力尽きて使い物にならないかもしれない。

 そう考えると、俺以外の凪は、向かわなかったのが正解だったのかもしれない。


 ……いや、これはあくまで、たられば、の話だ。

 考えたところで意味もない。




 救いは、ギアもあの町に襲撃するかも知れないと言うこと。

 不謹慎だが、裏を返せば、ギアは人類全てを滅ぼすためにある。新人類も人類だ。

 三つ巴になり乱戦になれば少しは時間も出来るかもしれない。



 だが、俺だけが辿り着いても……所詮は一人増えるだけだ。

 助けられる人は増えるかもしれない。

 でも、町が救えるかと言われれば……。




「俺は……」




 碧とナオを見た。

 碧は、俺の判断に、もしかしたら町が、自分の母親や友達が死ぬかもしれない、間に合わないかもしれないという諦めと、死ぬ未来を回避できるかもしれないという、ほんの少しの期待と、正反対のなんとも言えない、今にも泣きそうな不安顔で俺を見つめている。


 ナオは、俺に背を向け、地面に座り込んでいた。

 ナオに至っては、やっと自分の母親が自分を見てくれたのだ。

 まだまだ甘えたいはず。

 なのに、こんな状況になり、俺に着いてきたことさえ後悔しているのかもしれない。



「俺は……」











 辿り、着けない。












 二人を置いて、向かえない。









 俺の心は、町を守ることができないと言う結論に達していた。


 だからなのだろう。

 貴美子おばさんが、ゆっくり来いと言っていた意味も、心の中にすとんと落ち着き、分かってしまった。


「俺はここで――」

「御主人様。向かうべきです」




 姫が、俺の決断を遮った。

 俺の肩に手を置き、俺の決断を認めてくれなかった。



「いや、他の凪もそう判断したはずだ」

「他の御主人様のことなど知りません。私が知っている愛しているのは目の前にいる御主人様です」



 ……妙な副音声が聞こえた気がしたが、他の凪の選択は正しい。それが分からない姫ではないはずだ。



「御主人様は、ここに残れば、きっと後悔します。御主人様は優しい方です。今のこの迷いこそ、世界を変える選択だと思います」


 俺の選択が、世界を変える。

 俺の心は町を守りたい。皆を救いたい。

 そう言っている。


 だが、それは間に合えばの話であり、間に合ってあの町を守れたら、の話だ。


 それが出来ないと分かった。

 分かったからこその、今の俺の選択だ。


「間に合わなくても、それでも御主人様は行くべきです」

「お兄ちゃん。ボクも、そう思う」


 碧さえも俺の決断を否定する。


「ボク達のことなら気にしなくていいよ?」

「でも……」

「お兄ちゃんを待つのは、ボクは慣れてるし。それに、今皆を助けられるかもしれないのは、お兄ちゃんだけだよ」



 助けられる?

 助けられるのか? 本当に?




「助けられなくてもいい。でも、お兄ちゃんが後悔しない選択をして」

「後悔しない選択……」

「救えない人もいるのは間違いない。全部救えるなんて思ってもいない。でも、救える人はいるかもしれないし、もしかしたら何か奇跡が起きるかもしれないよ?」



 奇跡……?


 今、この場にいる皆を一人ずつ見てみる。


 ナオはいまだ背を向けて座り込んでいるが、碧は俺の判断に期待しているように見つめていて、姫もじっと俺の言葉を待つ。


 ナギは、無言で肩にいるが、きっとこいつのことだ。他の凪とは違う選択を期待しているだろう。


 第四世代のギア達も、静かに俺の言葉を待ち佇んでいる。

 ポンコツは悄気しょげているが、「命令されれば湖の水さえ飲み干すのに」と、どこぞの怪盗のようなことを呟いていた。



「御主人様。今なら私達ギアがおります。ポンコツ達も弱いとは言え、数に入れるべきです」

「「ゴシュンサマノタメニ!」」

「わ、私も御主人様のためなら!」


 第四世代のギアが、姫の言葉に合わせて一斉に声を上げた。

 ポンコツは乗り遅れたことに悔しがっている。


 これだけの数の仲間が、俺の傍で俺の言葉を待っている。


 向かえ、と。そう判断することを待ってくれている。





 そうだ。

 今の俺には、他の凪達にはない仲間が傍にいる。

 ナオのおかげで、本来敵だった第四世代のギアという、敵にするとうっとおしい仲間だっているじゃないか。


 人の皮を衣服としてしか?

 飲み物としか考えていない?


 些細なことだ。


 そんなこと、今はどうでもいい話だ。

 それに、ナオが人を襲わなく弄っているなら、信用してもいいじゃないか。


 使えるものは使う。

 今は、その時だ。


 奇跡は起こる。いや、奇跡が起こることを待つんじゃない。奇跡は、起こすために動いた結果だ。

 後でそれが奇跡だった。そう思えることこそ、奇跡なんだ。



 この数が行けば、助けられる!



 全員を救いたいとは言わない。

 確かにそうだ。

 俺一人がどれだけあがこうが、救えない人はいる。

 だけど、この数なら。一人でも救える人が多くなるなら、行くべきだ。



 迷う必要なんかまったくない!




 二人に言われて、俺は自分の落ち込んでいく思考を振り切った。

 やはり、最初に思った通り、救う為に、一人でも多く救う為に、俺はこの刻族の力を奮うべきだ。



「二人とも、ありがとう」

「ご褒美、期待しております」



 ……とりあえず、姫の言葉は無視だ。



 今から町に戻る。

 もう決めた。



 だが、選択が戻っただけで、何かが解決したわけではない。





 後悔しない選択と言うなら――






 俺はここにいる皆で助けにいくという選択を選ぶ。






 碧とナオ、ナギや姫と一緒に、町を、皆を、友達を、仲間を、助けに行く。

 ならば、今この屋敷や森林公園にある全てを使って、出来ることを考えるべきだ。


 これだけの数で、皆で助けに行くなら、一斉に動く必要がある。

 足がいる。

 華名財閥がいくつか持っている自動車やバイクだ。

 皆で行くとしたら自動車があれば尚いい。

 悪いが、ギアは疲れを知らないから走らせるのもいい。人が走るより早いから、すぐに追い付けるはずだ。



「ポンコツ!」

「はい! 御主人様!」

「ここには乗り物とかあるかっ!」

「ありません!」

「ないかっ!」




 ……

 ………

 ……いや、そこはもう少し……




 ポンコツの期待に満ちた速攻の回答に、思わず返事を返してしまったが、思いっきり出鼻を挫かれて心が折れそうになった。







「お兄たん」



 今まで、背を向けて座り込んでいたナオが、立ち上がって俺を呼んだ。




 皆がナオを見て、そして――



 この天使は最初から俺の選択なんぞ決まっていることを分かっていたかのように。


 俺の決断を、最後に後押ししてくれた。


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