04-18 この日の決断 1


「今、何て言いました?」


 ――森林公園。屋敷前。


 俺は、碧のスマホから聞こえた言葉に焦りを感じていた。


 新人類が町を襲撃していて、すでに戦闘が始まっていると聞こえたのだ。


『始まる前に、東の拡神柱が破壊されたわ。南側に爺とか、主要な守護者候補生を配備していたけど、東から来るとは盲点だったわ』


 碧がスピーカーモードにしたので、周りにも声が聞こえて、貴美子おばさんが言った言葉に皆が驚いた。


「町は、皆は無事なんですか?」

『……正直に言うと、かなり厳しいわ』

「すぐ戻ります。何とか耐え抜いて……そうだ。俺達が背後から迫れば少しは楽に――」

『いえ。あなた達はそこにいなさい』


 俺がすぐに動こうと、姫に出発の準備を整えるよう目配せをしたところで、貴美子おばさんに遮られた。


『状況はあまりよくないわ。だからこそ、あなた達がまだこの町にいなかったのが救いとも言える』

「なにを」

『あなた達がいれば再起も図れるでしょう。凪くんは人具を作れるし十分戦える。姫もいるし、ナギもいる。碧がそこにいれば華名家もコントロールできるし、ギアさえ作り出せるかもしれないナオもそこにいる』

「だから、何を……」

『私の大事な子供達は皆そっちにいるから。ここで私達が時間を稼げば逃げられるでしょ?』

「ばっ――馬鹿なことっ! 皆がそこで戦っているなら俺もっ!」


 まるで別れのような発言をした貴美子おばさんに一気に頭に血が上った。


 そんなスマホ越しに返ってきた反応は、いつもの愉快そうな笑い声だった。


『大丈夫よ。言ってみただけよ。だから、あなた達は、こっちのことは気にせずゆっくりでいいから戻ってきなさい。戻ってきたら全てが終わっているわ』


 スマホは辺りの音も拾う。

 貴美子おばさんは安全な場所にいるはずなのにそこにも被害が及んでいるのか、爆発音にも似た音が聞こえていた。


『大丈夫よ。あなた以外の、あなたが人具を解放させた爺達がいるし。修練場で見たあの馬鹿程度なら……守護の光だったかしら? あの力を持った守護者が数人いれば何とかなる話でしょ』


 貴美子おばさんが妙に饒舌だった。

 それが今の状況を俺達に説明して安心させようとするためなのか、自分に言い聞かせているようにも聞こえ、普段の貴美子おばさんとは思えない。

 聞こえてくる爆発音や破壊音のような大きな音が、より状況が悪そうな印象を俺に持たせ、不安が募る。


 町は大丈夫なのだろうか。

 貴美子おばさんが言うような軽い状況とは思えず、スマホを持つ碧の顔面も蒼白していた。


「貴美子おばさんの所にも聞こえるくらい戦闘が激しいなら、もう町に入られているんじゃ――」


 そうとしか思えない程に、スマホ越しから聞こえる音は近くに聞こえ、尚更戻るべきだと焦りが生まれる。


『ああ、後ろの音ね。……確かに少し騒がしいわね。切るわよ』

「お母様、まっ――」


 碧の声も聞かず、ぷつっと音とともに電話終了のメッセージが流れて電話が切れた。



 どんな状況なのかさっぱりわからない。

 分からないがかなりまずい状況だとは理解できた。

 あれは冗談ではなく、本気だ。



 全てが終わっている。



 その言葉が深く心の中に残る。

 撃退できるから終わっている。それならいいし、問題なく俺らもゆっくり帰ろうとも思う。

 確かにあそこには戦いにおいては俺以上に信頼のおける人がいるし、砂名程度がたかだか何十人、何百人規模が集まろうが、あの町には森林公園で戦った時の三人以上に人がいるから大丈夫ではあろう。

 少なからず、火之村さんや弥生がいるのだから、森林公園での戦いで、あれだけのギアを倒したあの時を考えればなんとなるようにも思える。


 拡神柱が破壊されている。

 それは新人類だけではなく、ギアからも狙われる状況と言うことになる。

 もしそれがあの場で起きていたとしたら。

 力を解放していると言っても、たかが五人だ。

 ギアがいればそちらに向かわざるを得ないし、残った人具を鈍器程度にしか扱えない町民が新人類と戦うとなれば、被害だって大きくなる。


 その『終わっている』が、俺達が町に辿り着いた時には『町は支配されている』から終わっている。なら話は別だ。


 それに、何があってあの柱が壊されたのか。

 貴美子おばさんが伝えてくれた情報には穴がありすぎるし、少なすぎる。その情報の少なさも、町の現状があまりにも悪いということに拍車をかけているようにも思えた。


「……拡神柱が破壊された?」


 その中で、分かっている事象を、俺は誰に言うわけでもなく呟いた。


「お兄たん。拡神柱は内部からはスイッチ一つなの」

「御主人様。私は一度、外から破壊しようと試みたことが鎖姫の頃にあります。かなり難しく、ギアであればかなりの被害を考えなければ無理でしょう」

「だったら内側からってことになるぞ」


 俺の疑問に、誰もが内側からの犯行だと気づく。


 ギアは拡神柱を壊す方法を知らない。ギア自体は新人類よりも拡神柱に影響されるのは、姫の言葉からよく分かる。

 以前拡神柱を壊したのはギアだと思っていたが、あれは新人類の仕業だった。

 だとしたら、今回も新人類が壊したと言うことになるのだろう。


「……お兄ちゃん、少し気になることがあるの」


 そんな中、スマホをポケットに突っ込んだ後、すぐに考え込んだ碧の発言に、皆の視線が碧に集中した。


「……拡神柱は、南は砂名家が管理していたのは、知ってる?」

「ん? あ、ああ……。北は亞名、西は華名家が管理しているって話だよな?」

「うん。あのね。新人類は砂名家だから、南から来ることを想定して、皆で南の警戒をしていたの。だけど、東は……太名家は、新人類の話を打診したときから、反応がないのは、知ってる?」


 反応がない?

 以前、華名家と亞名家が砂名家を包囲するために情報を渡し、協力体制を作ろうとしていたという話は知っているが、まさかそれを無視されていたと言う話は今初めて聞いた。


 いや、聞いていないのは当たり前で。

 あくまで財閥間の話だから俺のような一般人に伝わる話じゃないことは確かだ。


 ……俺を一般人とするかはまた微妙な話ではあるが、俺に話すような話ではないと言うことなんだろう。

 多分、知っているのも極一部ってところだと思う。


「御主人様。東から攻めてきたとしたら、太名家になります」

「……なぜ? 人同士で争っても」

「そこなの。太名家はこの地域全体を守る守護者の集団なの。だから、新人類を知ればこっちに味方するはずだから東から攻められるはずないの」


 姫の補足をナオがする。

 今の話と、人、または新人類が拡神柱を壊したと想定すると、太名が東の拡神柱を壊したことになる。


 貴美子おばさんは、東から攻めてきたと言っていた。

 主力は、南に配置されていたなら、東へと向かうには時間がかかる。

 しかも、南の警戒も疎かにできない。


 砂名が南から攻めてこず、太名の目を掻い潜り東から攻めてきたとしても、南からギアが攻めてくる可能性もある。


 ギアが数体いればそれだけで守護の光を使えない部隊に被害が出る。

 それが数十体もいれば一気に崩れるだろう。


「うん。東の柱を機能停止するのはおかしいと思わない? わざわざ敵を作り出す行為になるし、新人類を知っているなら攻めてるはず」

「……太名は砂名と関係してるってことか」

「多分、そうなると思う……」


 二つの財閥が敵に回っていることになり、

 その内の一財閥はギアとも戦える、戦闘のプロになる。


 だとしたら、東から攻めてきたのが太名なら、南は砂名が挟撃してくる可能性もあるし、そこにギアが絡むと余計に南の部隊は動けない。


 ……確かに、俺が一人戻ったところで意味はないだろう。


 だが、そんな話を聞いてじっとしていられない。


 あそこには、俺の仲間やよくしてくれた人がいる。


 だが、今は――


「凪。ここは、世界を変えるポイントだよ」


 今まで黙っていたナギが一言。俺の肩の上で言った。


「今の貴美子おばさんの話は、他の凪の時もあった」

「……俺以外の凪にも?」

「うん。皆、この後の選択は一緒だ。……ここに残る選択をした。勿論、神夜が死んで、絶機と戦った後だから、憔悴しきった凪達は、動けなかったってこともある。だから凪達はこの場に留まった。それに、あの時との違いは、町の状況が分からなかったってこともある」


 つまり、その後に起きたのは……


「町が新人類によって滅び、凪達が辿り着いた時にはすでに町は蹂躙後。神夜の死んだショックに絶望に絶望を塗り、そして君が巫女と行方を眩ました選択だよ」


 そして、俺達人類はどんどんと少なくなっていき、世界は――

 新人類とギアに支配される未来が待っている。


「そう。彼等の世界は、あまりにもあっさりと、考える時間さえもなく滅んでいった。……君は、どちらを、選ぶ?」


 やはり、俺とはまったく違う。

 この違いは何なのだろうか。いや、今はそこを考える場合ではない。


 ナギは「君の判断に任せる」と言い、言葉を発しなくなった。






 俺は……どうしたらいいのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る