04-17 東の財閥当主


 一筋の光の線が走り、それは左右に別れて倒れていく。


「いやぁ。凄い数だねぇ」


 目の前でがしゃんと音を立てて地面に倒れたそれ――新人類というギアにそっくりな存在を一突きしながら、橋本は誰に言うわけでもなく、に呟いた。


「パパ、凄いね」


 その声に反応が返ってきて声の主を見ると、丁度橋本の近くに迫ってきていた新人類に、肩車されるように人が乗っていた。

 その人が前に倒れこむように体重をかけると、新人類は重さに耐えられずにそのまま前へと耐えれていく。

 両手を突きだし、腕立て伏せのようにすることで地面との接触は免れていたが、その首に、すっと刃物が通りすぎて、力なく地面にうつ伏せた。


「達也……手慣れてないかな?」

「いや、これくらい普通だよ。一応学園で皆と訓練してるから」


 達也はそう言いながら、差し込んだ刃を抜き、血を振り払うように軽く振ると鞘に納刀する。


 辺りはすでに戦場だった。


 この戦場――新人類と町民達の戦いは、つい数十分前に始まった睨み合いを経て、どちらともなく駆け出し、始まっていた。


 町民達が、新人類が攻めてくることに気づいたのは町中に新人類への警戒を通達していたことが上手く機能した単なる偶然だった。


 この町は、隣町と合併したことと、華名家が護国学園を創設したことで大都市となり、今は北南に長く延びる町となっている。


 それぞれの町の外れには拡神柱が立てられており、拡膜でギアから町を守っていた。


 その先は、以前は道路に沿って家屋や店舗等の建物がところ狭しと並んでいたが、それらは今はギアに破壊されて原形は止めておらず。


 長い年月が経った今は、草原のような雑草が幅を聞かせ、時折蔓が絡まる廃墟が見見え隠れするような光景が拡神柱の先から広がっている。


 町の外れ――町の東側に位置する、昔は町の終わりとして地方へと繋がる道路があった町の出入り口とも言える場所も例に漏れず、草原が広がるその前に、東西南北を繋ぐ主要な二柱の拡神柱が、まるで入り口のアーチのようにそびえ立つ。


 その一つ。東の拡神柱の一柱に、先日不用意に近づく人が目撃されたと橋本に報告があり、町民が自主的に警戒を強めてくれていた。


 橋本達は、華名や亞名とともに、凪達が森林公園へと向かっている間、新人類がどこから攻めてくるか推察し、拡神柱がない箇所であり、最も砂名家に近い南側を警戒していた。


 新人類が攻めてくるなら、その場所が最もこの町へと入り込む簡単な方法であったからだ。


 南側の拡神柱を管理していたのは砂名家である。

 その柱――南と東を繋ぐ柱が機能していないことに気づいたのはつい先日。

 凪達が森林公園へと向かったその日だった。


 考えてみれば、砂名家の、すでに人の体を捨てた彼が出入りしていたことがおかしい。


 その考えに至ることに遅れたのは、凪が行方を眩ましたことが最も大きいが、例え彼がいる間に気付いたとしても、拡神柱の予備もないこの御時世に、すぐに復旧できたかは怪しいところでもある。


 拡神柱は、外側からは比較的強固ではあるが――凪は知らないが、外側に解除するための一時的に止めるスイッチはある。それを知るのは一部だけで、凪が知ることはなかったので拡膜の餌食全裸を解放になったのは必然だった――町中である内部は、どこにそのスイッチがあるかはオープンにされており、簡単に解除が可能だった。だが、それをすることは町そのものを危険に晒すことになるため、誰も触れることはないのだが、それが今回裏目になっていた。


 ギアにその間襲撃されなかったことが奇跡に近い。襲撃されなかった理由も、町中に姫がいて、ギア間ネットワークに絶え間なく発信される姫の力に、ギアが恐れて近づいてこなかったということがあるのだが、それに気づけるものは誰もいない。


 そして、今はその二人が町にいない。

 今、町は危険な状況に晒されており、襲撃者にとってはまさにうってつけの状況だった。



 この町を守る財閥や町長がそこに至る頃には、すでに侵攻は始まっていたとも言える。


 だが、こちらも負けておらず、町民達も自分達を守るために物理的なネットワークを駆使して密な警戒網が敷かれ、それがフルに発揮されていた。


 町と町を繋ぐ町内ネットワークではなく、町民達の物理的なネットワークが功を奏し、南側の拡神柱が機能してないことに気づき、火之村が率いる護国学園の守護者候補生が南側の襲撃に備え待機。

 戦える人材を分散させることは危険ではあったが、そうせざるを得ない状況だった。

 守護者候補生はギアと戦ったことのない初心者でもあるが、戦闘訓練を行っていない者よりはましであるため、主要な箇所への配置。

 町民が離れた警戒先との連絡を請け負ってくれた。


 町民と、町長である橋本親子と、華名家と亞名家専属部隊、そのリーダーである白萩が東側を警戒する。

 数としては南側より少なく、また、訓練さえ受けていない一般人で構成された東側は、来るはずのない東側を警戒するだけに留めていた。

 なぜなら、東は太名たな財閥が治める土地だ。


 北の亞名は生産特化し、西の華名が商業を扱い物流を活性化し、それらを東の太名が扱う。南の砂名は三財閥を支援。

 これが、今の財閥のサイクルである。


 太名家はこのギアが溢れる世界で唯一戦うことをメインとした武装集団で、地域を守る財閥であった。護国学園の優秀な人材を抱え、常に前線で戦っている集団として、常日頃から戦いに明け暮れている。


 いなければとっくに人類は滅んでいたとも言え、現当主は守護神名鑑に名を連ねる英雄でもあり知名度が高く、まさにこの時代だからこそ輝ける財閥で、ギアと戦う集団が新人類の存在を知れば新人類討伐を掲げるのは目に見えて明らかであった。


 だからこそ、東からの侵攻はない。

 あるとしたら、東にある他の町さえもすでに新人類に侵略されてしまったことにもなり、それは太名家が許すはずもない。



 そんな中、明らかに町民ではない人がまた柱に接近したと情報が入る。


 捕縛することは出来たが、柱は機能を失い、東と南を繋ぐ拡神柱がなくなったことで、南東全体が危険に晒されることになった。


 すぐに展開しようにも、互いの供給がなければ拡膜は不完全。

 起動スイッチも壊されていた。

 凪もいないことから、すぐの復元もできない。


 ギアが襲来すれば致命的な状況。

 そんな焦りを感じる皆の前に、それらは東から現れた。


 ぞろぞろと、遥か遠くから黒い人影が横一文字に歩いてくる。


 新人類の、大軍だ。

 ギアではないが、すでに町民にはギアの力を手に入れた人類で、旧人類と彼等が呼ぶ人類を駆逐するためにこの町を狙っていることは知らされていた。


 だからこそ、その圧倒的な光景に、ある者は自分達の死期を悟って座り込み、ある者は西へ、北へと逃げ出していく。


 南に配備されていない後方待機の守護者候補生も、戦うために三原商店で購入した人具を持ち、共に戦う意思を見せ、身を守るために、町の倉庫へ走り、溜め込まれた備品で戦おうとする人もいた。


 町民達が慌てふためく中、橋本は新人類を撃退するため、前へと出た。

 拡神柱の先である、荒れ果てた地へと、白萩率いる財閥専属部隊と共に、先行する。

 その数はおおよそ五十名程。

 後方で戦う準備を整える町民や守護者候補生を合わせても百名にも満たない。

 少しでも町民の逃げる時間を稼ぐために。南からの援軍が来るまでの時間を稼ぐためにも、前へと進む。


 対するは、東側全域を黒く染める新人類。

 数千の大軍とも思える大部隊であった。


 新人類の黒い波は、抵抗の意思を見せた橋本達が躍り出たことを確認すると、横一文字の編隊から、四つの編隊へと隊列を組み換え草原に待機した。


 その四つの隊から、数名の新人類と思われる人が橋本達の前へと躍り出る。


「ふむ。さほど上手く行かなかったようだ」


 橋本達の前に現れた男は、いまだ現存する拡神柱を見て、さも分かっていたかのように呟いた。


 町を今にも黒く塗り潰すかのように控える、第四世代のギアと全く変わらない姿をした新人類とは違う新人類。


「ふむ。橋本の、久しいな」

「……嘘、ですよね?」


 橋本はその男を見て、自分が今見ているものが信じられないと、悲痛な声をあげた。

 南の砂名家ではない、その男を見て、絶望さえ感じてしまう。


 その男は、金の装飾に身を固めた初老の、三本の槍タイプの人具を背負う男。


 その男が、橋本達東の部隊全員に聞こえるように名乗りをあげた。



「我が名は太名。この荒んだ世界を新人類で統一するために。旧人類との戦いを所望する。さて、我が同胞、鞘走る火は、何処いずこに?」




 東の財閥『太名』

 その当主。太名勝目たなかつもく


 またの名を、『狂乱の太名』

 鞘走る火こと、火之村賢伸ひのむらまさのぶと双璧と言われた、守護神名鑑に名を連ねる生きる伝説。

 財閥内でも戦いを生業とする財閥当主が、新人類として目の前に。



 敵として、現れていた。




 それが、凪が森林公園で一泊しているときの話で、戦いが始まる前の話である。

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