04-14 凪の望み


 ――ねぇ。

 どんどん近づいてくるけど。

 君は僕になりたいの?



「僕は、君の心に触れた。君の想いを知った。君とひとつになったとき。確かに僕は、君を乗っ取り、自分の体ではなく、凪の体を使って母さんや父さんを殺すことを考えた」




 なりたいじゃない。

 君を乗っ取って生き残りたいんだ。

 君にとっては楽しくないかもしれないけど、僕にとってはさぞかし楽しいと思うよ。




「あの時はそれはとても楽しそうだと思った。だって、母さんがあそこまで感情を僕に剥き出してくれてたのだから、僕に乗っ取られていたと気づいた時、どんな感情をぶつけてくるかなんて、想像するだけで楽しかった。だから少しずつ、少しずつ侵食していこうとした」



 そっかぁ。


 怖いだろ?

 泣き叫ぶといい。

 それを見ながら、僕はゆっくりと、君をいたぶるように君を壊していくよ。

 たがら、怖がるといい。

 それこそが僕が君に求めるものだ。



「でも、君は……君は、抵抗さえしなかったんだ。自分が少しずつ消されていっているんだよ? 記憶だって蝕み、体だって、機械に書き換えられ、意識だって僕に飲み込まれようとしているのに」



 んー?

 よく分からないけど、痛くしないでね。


 ……は?



「なのに……君は、抵抗しなかったんだ」



 君は、僕が誰だか知ってるのかい?

 君の腕を引きちぎったギアだよ?


 あ。あの時の黒いのかぁ。

 痛かったよあれ。

 でも、僕は生きてるし、君は生きたいんでしょ?


「君は、君は、僕を受け入れた。引きちぎった僕を、母さんを殺そうとした僕を」


 君さ。寂しいんじゃない?


 さびしい?


 そうじゃなかったら、あんなにお母さんを執拗に狙わないでしょ?


 さび……しい……?

 なんだい、それは。


「守って、あげたくなった。だって……」


 寂しいって分からない?

 君って、子供なんだね。


 子供に子供って言われたくないよ。

 僕は英知だ。

 ギアのなかでも、最も深く、知恵のあるギアだ。


 へー。

 じゃあ、ギアって皆子供なんだね。


「君は、『英知』のギアを子供扱いさ。さも、自分より子供だと言うようにね」



 そうだ! お母さんもお父さんも色々教えてくれるんだ!

 君も、お父さんとお母さんに教えてもらいなよっ!



「でも、君は、僕に、感情を教えてくれた。その温かい感情……そんな初めてを、君は教えてくれた」


 さ、ほら。そんなとこにいないで。

 一緒に行こう!

 僕の友達ってお母さん達に紹介するんだ!


 は?

 君は、殺し合いをした相手同士を引き合わせる気かい?


 そんなのどうでもいいよっ!

 だって、起きてないじゃんそれ。


 起きてないから、怒られるくらいでしょ。


 おこられる?


 怒られたこともないの!?

 ……羨ましいのか可哀想なのか……。



 うらやましい? かわいそう?


 やっぱり、ギアって子供じゃない?

 ……あのね。怒られるとか、羨ましいっていうのはね――



「だから、だから……殺せるわけ、ない。君のお陰で、世界が変わったんだ。人を知れたんだ。人の素晴らしさを知ったんだ。人の想いを、ギアが持ち得ることを知ったんだ」


 そう。君は、僕に、世界を見せてくれた。

 だから――



『パパ……僕ね。友達、出来たよ……?』



譫言うわごとのように、僕のことを父さんに友達として紹介しようとしてくれた、僕の初めての、友達を」


 腕を無理やり繋げた結果、浸食されて、苦しむ君を。


『凪、必ず父さんが助けてやる。母さんと父さんの刻族の力を使って、観測所を経由して、別の世界に行けば。……お前の体は一度浄化され、あの世界に定期的に保存セーブされる』

基大もとひろさん。急いで』

『……ああ。凪。ここから、俺達は旅行ドリフトして、違う世界で生きるんだ』


 助けようと、戻れるかさえわからないのに、君のために観測所へ迷わず向かおうとする、君の親を見た。


 ……ああ。そうか。

 羨ましいって、こういうことか。

 世界を捨ててまで彼を助ける二人が。それを出来る二人が。彼のために迷いなく世界さえ捨てられる二人のように。


 僕は君を傷つけた。

 だから、僕が君を救うのはおかしい。

 だって。この状況を作ったのは、僕なんだから。

 だから、だから――



「父さんと母さんが、君を助けたように。助けたかった。君を。君の友達として、僕は君を助けたかった」



 僕も。

 君のように。


 彼等に愛され、愛し、助け、助けられ、そして、僕の――


「初めてできた友達。僕に素晴らしい世界を、愛を教えてくれた、君を。



  初めての僕の家族を。



 僕が、消し去ったりなんか、できるわけ、ないじゃないか」






 辺りにはぽこぽこと、まるでコーヒーメーカーがたてるような音が響く、機械に埋め尽くされた部屋の中。


 ぷしゅーと音を立てて、試験管の中の液体が抜けていき、中で造り出され、今にも動き出しそうなギアが出来上がったその部屋で。


 酷く悲痛な声が、ナギという丸いコアパーツから聞こえる。


「……俺は、今お前が流し込んできた記憶は、持ってない」

「……そうだろうね。でも、それが正しいんだよ。あんな意識の奪い合いなんて覚えてるほうがおかしいよ」

「そうだな」


 少しずつ、頭の痛みも収まってきた。


 俺は、俺として、今、目の前のナギとナギの体を見つめながら、痛みで座り込んでいた体をのそっと立ち上がらせた。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「ナギたん。お兄たんに何した」


 俺の傍で、まだふらつく俺の体を支えてくれる心配そうな碧の声と、支えながらナギを敵意剥き出しで睨み付けるナオの頭をぽんぽんと叩き、俺は大丈夫だと知らす。


「でもナギ。俺はさっきの話は覚えてないけど、それでも。俺はお前に助けてもらっているんだ」

「……」

「碧とか、ナオだって。俺だって。お前がいなかったらこうやって会えなかったんだ」


 命の恩人どころじゃない話なんだから、ナオはとりあえず、そのドライバー下ろせ、と思いながらナオの頭を撫でる。


 後、ナギたんって可愛い呼び方だな。

 お兄たんより可愛いぞ。羨ましい。


「だから、お前には、感謝してもしきれない」

「でも、僕は、それを作り出した――」

「お前がそれしなかったら、俺はナオにも、碧にも。姫にだって会えてないぞ」

「でも……」


 姫が背後でこっそり俺を支えながら、「あ。カウント頂けている……」と呟き、俺を支えていた手に力が込められた。


 ここまで慕われてたら、そりゃカウントするだろ。と思いつつ、俺は更にナギに言葉を投げかける。


「だったら、俺もそう思ってるって思わないのか?」

「え?」

「お前は、ずっと俺と一緒にいた。そりゃ最初は初めてお前を知った時、怖いとも思ったさ」


 初めてナギを認識したのはこの場所で。白い部屋で話したときだ。

 あの時はあまりにも色々知ってて、俺の体を勝手に動かしていたことに恐怖を感じた。

 でも、あれさえも、俺を助けるためにやっていたことだ。


「お前は俺を何度も助けてくれている。思い出せば、前の世界でだって助けてくれているはずだ。だったら、俺がお前のことを嫌いになるはずもない。それに――」


 お前は、さっき、俺のことを、家族と言った。


「――俺にとっても家族のお前を。お前は俺に殺させたいのか?」


 俺がそう言った時、情報が一気に流れ込んできた。


 それは、ナギからの感情。


 嬉しい。


 ただ、それだけの感情だ。

 それだけの感情ではあるが、ナギにとって、俺の一言はとても感情を揺さぶるものだったらしい。


 一気に流れ込んできた嬉しいという感情は俺にも影響を与え、俺の心も温かくなった。


「僕は……君の家族で……いいの……?」


 不安げな声。


 当たり前だ。

 切っ掛けがどうであれ、お前は俺だ。


『まあ、そうなるよね』


 頭のなかに別の嬉しそうな声が聞こえる。


 原初の凪の残滓だとすぐにわかった。

 こいつも、俺がこう言う結果を出すって分かっていたのだろう。見届けたことに満足したのか、その声は以後聞こえなくなった。

 恐らくは、俺として俺に溶け込んだのだろう。


 お前の記憶は、これからも大事にさせてもらうよ。

 俺の記憶なんだ。

 別のなにかじゃない。俺が生きてきたその記憶なんだから。


 だから、これからも俺の中で見ててくれ。

 ちっちゃい頃の俺。


 そう、自分の胸に手を当て念じると、心の中が擽ったさに溢れて消えた。


「……ははっ。……どっちが兄なのかな」

「いや、どう考えても俺が兄でお前は弟だろ」

「えー……」

「……まだ、俺と世界を。俺と一緒にいろんな経験、するんだろ?」

「……ああ」

「だったら。これからも俺と来い」

「そうだね」


 その言葉を聞き、俺はナギがこれからも傍にいてくれることに安堵し、思わず顔がにやけてしまった。

 そんな俺の心が通じたのか、ナギが自分の体からぴょんっと跳ねて、俺の肩に乗る。


「これからもよろしくな、ナギ」

「こちらこそ。期待しているよ。君のこれからを」


 いつものけたけたと笑い声がナギに戻る。


 そう。これでいいんだ。

 俺達はこれからも一緒だ。


 丸い塊がころころと肩の上で転がり俺の頬に擦り寄る。

 ごつごつと勢いよくぶつかるそれは嬉しさの表現なのかもしれない。



 ……痛いのだが。






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