04-13 ナギの望み


「僕は言ったはずだ」


 何を?

 お前から俺は何を聞いた?


「君の腕は僕だって」


 ああ、聞いた。

 聞いたが、その過程はなにも聞いてない。


 お前が――俺の腕を引きちぎったことなんて。お前が俺の家――奈名家ななけを崩壊させたなんて、聞いてない。


 俺はてっきり、お前が母さんと戦って、腕を切り落とされて逃げたと。


「それに至るまでに、僕は君を殺そうとした。……いや、生きていようが死んでいようが、どっちでもよかったし、どうでもよかった。なぜなら、あの時はノアからの命令が絶対で。僕は母さんを殺すためにあの場所へ来たんだ。だから、殺せればなんでもよかった」


 そうだったら、何で。

 何で俺を――


「僕はあの後、父さんと母さんに叩きのめされ、必死に逃げた。死にたくなかったんだ。体を犠牲にして、オートで逃げさせた。本体は左腕を切り落とされた時に左腕に残しておいた。だって、切り落とされた左腕に本体がいるなんて分かるはずないだろ?」


 ナギが腕を切り落とされたのもさっき見たし、俺の腕を引きちぎったのも見た。左腕にコアを残したことだって、以前それっぽいことはナギから、推測を姫から聞いている。


 だが、それは、俺の知りたい回答じゃない。


「体を失ってでも、僕は生きたかった。ギアが死にたくないって思うなんて、僕も想定外だった。でも、思ってしまった。だから、本体には必要最低限の命令だけ残しておいた。……僕の本体がいる左腕の回収と、それを行うための兵士の製造を行わせた。次に母さん達と戦うための駒として」


 それが、森林公園――ここの今の状況。

 ナギの命によってナギの体である絶機ぜっきは、そのときが来るまでずっと、ここでギアを作っていた。

 それが、今目の前で様々な機械に繋がれ、試験管のような容器に液体を流し込んでいる絶機コレ。だから、ここにいる第四世代のギアは絶機に似ているフォルムをしているのかもしれない。


 でも違う。違うんだ。

 そんなことを俺は聞きたいわけじゃない。


 こいつが、俺の家族を引き裂いたり、俺の腕を千切ったりなんか、どうでもいい。

 そんな今思い出した、忘れてしまっていたことを、責めるつもりはない。


「いつか、自身の体に戻るために隠れていた。でも、父さんは君を助けるために左腕を君に移植した。……今の新人類と同じさ。彼は今いるでき損ないの新人類ではなく、完璧に融合した本来の新人類とも言える存在を造り出した。最も、その時はそんなことを知るはずもないけどね」


 俺も考えてみたら、ギアのパーツが移植されている。で、あれば。俺は新人類に分類されるのだろう。

 何年も前に造られた、初めての新人類。


 父さん……あんたは一体……やっと今、この世界は父さんに追い付いている。

 神具だって人具だって。

 何でそんなことが出来るんだ。


 父さんのことが不思議だった。

 でも今は。そうじゃないんだ。

 こいつは、俺を、いや、俺とずっと――


「だから、君を殺そうとした僕は。君の家族、そして、屋敷の皆を殺してこの財閥を潰した僕を。君は、壊すべきなんだ。他の凪はここにいる僕を、ただの製造機として世界のために壊したけど、君は違う。君は、僕に恨みがある。だから、君は明確に。他の凪とは違って、明確な意思を持って僕を滅ぼすべきなんだ。滅ぼされることが、僕の贖罪なんだ」


 ナギは何か勘違いしている。

 ずっと、その勘違いをし続けていたからなのか。だから……


 だから――


「そうじゃないっ!」


 記憶の奔流は、ずきずきと俺の頭を痛め付けるが、そんなことより、今は、この目の前にいる、絶機――ナギだ。


「だったら、何で、俺をすぐに乗っ取らなかった! お前ならすぐに出来ただろっ!」


 お前が生きたいと願った。

 俺は以前こう考えたことがある。

 俺の体を奪い、復讐しようとしていたのではないか、と。


 出来たはずだ。

 なのに。

 なぜ俺の体を乗っ取らなかった。

 いや、乗っ取るつもりだった。でも、なぜかそれを途中でやめた。だから、俺は左目だけが侵食されただけで済んだ。


 ……なぜ、途中でやめた?


 俺の体を使えば幾らでもお前のやりたいことができたはずだ。


 なのに、なぜ――



 なぜ、俺を。俺だけでなく、俺の周りさえも、何度も助けてくれるんだ。



 ずっと疑問だった。


 ずっと、俺を助けてくれたナギ。

 何度も何度も、俺の知らないところで俺のために動いてくれていた。


 いなかったら俺はとっくに死んでいる。

 切っ掛けはどうあれ、俺にとってお前は恩人なんだ。

 お前のお陰でナオや碧と会えた。朱とだって会えた。また、母さんとも。

 碧だってナオだって。

 ナギが助けてくれているんだ。いなければ、俺はもう二人に会えなかった。


 誰が、お前を恨むのか。

 恨みはある。あるが、そんなの些細なことだ。

 起きてしまったことは今更覆しようもないし、覆したことで俺が生きてきた今までが変わるなら、変えたいとも思えない。


「できるわけ、ないじゃ、ないか」


 ナギの悲しそうな声が、俺の耳に届いた。

 彼の、閉じ込めていた記憶が、俺へと流れ込んでくる。

 その記憶は、俺には覚えがない記憶だ。

 だが、確かに。それは俺とナギの記憶なんだろう。

 流れ込む記憶は、更に俺の脳に負担をかけて、今にも意識を失いそうだった。

 だが、知りたい。知らなければならない。


 知らなければ、俺はナギを、ナギがどうしたいか、どうすべきかなんて分かるはずがない。


 流れ込む二つの記憶と。

 ナギの言葉が、俺に染み込んでいく。






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