防衛戦

04-15 別れと、今更な話

「この際だからはっきり言う」


 俺はごつごつぶつかる丸い塊をがしっと掴み、自分の目線に合わせて持ちあげる。


「なんだい?」

「ごつごつと痛いわっ!」

「愛情表現だよ。弟君」

「お前が弟。俺が兄だ」


 兄歴舐めんな。


「えーっ」と不満を垂らすこの丸い塊をぽいっと捨てると、碧が慌ててお手玉しながらキャッチする。


 それさえも新鮮なのか、ナギはけたけたといつも通りの笑いを見せた。


 俺とお前は、こんな悪ふざけしつつが丁度いい。


 俺はその笑い声を聞きながら、佑成を起動させると、姫の背後に控えるポンコツを見る。


「ポンコツ」

「わかっております。御主人様」

「いいんだな?」

「はい。如何様にも。私のこれからは、御主人様と共に」


 ポンコツが恭しくお辞儀をすると、周りの四世代ギアも、ざっと音を合わせて一斉に跪く。


 姫とナオがうんうんと満足そうに頷くが、お前らはどこの立ち位置なのかと思う。


「じゃあ。やるぞ」


 佑成を、意識がなく、ただ試験管へと液体を送り込み続ける、目の前の座り込むギアへ向ける。

 意識がないのは当たり前。

 意識は――本体は俺の肩の上だ。


 最後に、肩に乗るナギをちらっと見て、ナギからも了承を得る。



 そして、俺は。




 他の凪と同じであろう行動――ギアを作り続けていた絶機に、佑成を突き刺した。


 突き刺した箇所から吹き出す白い煙。

 ぴくりとも動かず焼かれていく絶機の赤い瞳が、光を失い稼働を止める。


 ほんの少しだけ、ポンコツの顔に悲しみの表情が浮かんでいるような気がした。


 試験管への液体供給も止まり、この錆び付いた先にあった部屋のすべてが止まっていく。


 やがて全てが止まると、しーんと、静寂が訪れた。


 絶機と呼ばれた、圧倒的だったはずの存在は簡単に消え、今はガラクタのようにその場所で静かに座るだけ。

 


 静寂の中。

 がしゃんと機械が落ちるような音がした。

 先程生まれたギアが試験管から落ち、まるで絶機が最後の力を振り絞って産み出した赤子のように、生まれたての小鹿のように立ち上がろうとしている。


「終わったね」


 ナギが活動を停止した自分の体を確認したようだった。

 俺も、産まれたギアから目を離し、赤くなった左目で活動を停止したことを確認すると、佑成への力の供給を止めた。


 なんとも呆気なく、世界に数体しかいない、世界の脅威である絶機を一体、倒したことになる。

 これで、世界の脅威の一部がなくなり、少なからず、俺の町の脅威が減ったのは確かだと思う。


 これで一つの区切りがついた。

 俺はほっと体の中に渦巻く感情を吐き出すようにため息をつく。


 周りに目を向けると、ポンコツを含めたギア勢が生まれたばかりのギアに近づき、肩を貸して立ち上がらせている。


 顔を上げたギアのこめかみと思われる場所に、ポンコツはさくっと自分の人差し指を差し込む作業を行うと、しばらくすると先程まで立てなかったギアがしっかり二足で立てるようになった。

 何となく、プログラム的なものを書き込み、自律出来るように調整したのだろうと思われた。


「ゴシュジンサマ」


 だが、余計なことをやったようだ。

 他のギアが喋れないのに、そのギアは喋るよう調整されてしまっている。


 俺を御主人と崇めるギアがまた一体……


 くるりと振り返り「褒めてください!」と言わんばかりに笑顔を向けるポンコツを見て、先程の悲しそうな雰囲気や、このポンコツをもし火之村さんが見たらどう思うのだろうかと、呆れてしまう。


「ポンコツ、考えなさい」


 姫が怒りを露にしてポンコツを呼び、ポンコツがびくっと体を震わせた。

 なぜか他のギアも一緒だ。

 すぐに一糸乱れぬ動きで跪くが、さっき俺に見せた動きよりかなり早い。


「御主人様を慕うギアが増え、私達以外にも御主人様に愛されたいと思うギアが出来たらどうなるか、考えなさい」

「――はっ!?……そ、そうかっ!」

「そうです。私達への愛が半減する可能性が出てくるのです」

「な、ならば! 今すぐこやつを壊せば……つ!」

「それこそ本末転倒。ギアを愛する御主人様が悲しみます」

「わ、私は……なんということを……っ!」


 いや。お前の言ってることのほうが意味わからんからな。

 何の話だよ。と思いつつ、姫の頭を小突いておく。


「いや、生まれたもんをすぐ壊すとか言うな。後、何か愛が半減とかよくわからんし」

「ゴ、ゴシュジンサマ……」


 ふるふると、生まれたてのギアがなぜか俺の言葉に体を震わせだした。

 それは周りにも伝染したのか、他のギアも震え出す。


 ……もう、なんか……どうでもいいや。


 軽い脱力感を感じなから、俺達は部屋を出ることにした。


 ナギが扉を閉めるまで、ずっと自分の体を見ていた。



 今まで僕の命令を聞き続けてくれていて、

 ありがとう。



 お疲れ様。

 ゆっくり休んで。


 僕の、体。


 ありがとう。




 俺だけに聞こえる、ナギが祈るように自分の体へ労う言葉をかけているのを聞きながら。


 俺達はその部屋の扉を閉めた。





・・

・・・

・・・・




 森林公園の屋敷から出て、澄み渡った気持ちのいい風と空気を思いっきり吸い込みリフレッシュする。


 夕方前ではあるが、ここまでかなり急いでの道程だったこともあり、碧やナオが疲労していたので今日はここで一泊することにした。


 幸い、この森林公園にいるギアは俺達を襲うことはなく、襲ってきたとしてもポンコツや姫もいるので安全だ。


 それに……


「……これ、どうすんだ?」


 総勢五十。

 四世代の黒いフォルムのギアがずらっと並んで跪く光景は、ちょっと怖い。


「ゴシュジンサマ」


 全員が気づけば、ナオの『いじくり』で俺を御主人様と呼ぶ始末。


 満足そうに「うむ」と頷くナオの頭を掴んで「にぎゃあ」させたのは言うまでもない。


 ナオ曰く。


「プログラム改変してあるから、人は襲わないし、暴走することないの」


 天使天才め。どれだけ天才天使なのかと思う。

 ただ、それは確かに必須ではある。

 ……俺を御主人様と呼ぶこと以外は、な。



「茶髪」


 落ち着いた所で――いや、目の前にギアがもっさりいるので落ち着けないが――碧がぼそっと呟いたかと思うと、俺の前に立ち、軽く背伸びしながら俺の髪を撫で始めた。


「お兄ちゃん、茶髪だね」


 自分で見ることは出来ないが、どうやら俺は茶髪らしい。

 佑成を起動してなくても、不可逆流動ドライブしなくても茶髪のままになっていることを知り、前の世界の俺に戻れたことを嬉しく思う。


 これで、刻族の力が戻った、と言うことなんだろう。

 小さい頃の俺の記憶が戻り、今まで中途半端だったものが一つになったことで、本来の力が戻ったのだと思う。


 多分ではあるが、何度も不可逆流動ドライブしていれば元に戻ってはいただろうが、新人類のこともあり、ナギはこの辺りも考えて、俺をここに連れてきたんだろう。


 ただ、問題は。


 力が戻ったところで、どうしたらこの力を活用できるのか分からないってところだ。


 母さんと父さんなら、力の使い方がわかるのかもしれない。それこそ、二人はちっちゃい頃の記憶では、俺を助けるために観測所ポートを経由して前の世界に辿り着いているのだから。


 やはり、父さんを探して、観測所にいる母さんに会う方法を知るべきなんだと思う。


 ……そう言えば。

 母さんって、今どうなっているんだろう。


 確か、ナギは碧を絶機から守るために観測所に行き、碧は観測所で母さんの力をもらって生まれ変わったと聞いている。




 ……ん?

 絶機は、どうなったんだ?

 それに、今更だが。何で碧は生まれ変わるなんて選択肢を選ぶことになったんだ?

 その辺りをしっかり聞いてなかった気がする。



「おい。二人とも。母さんって、観測所で絶機と戦っているんだよな?」

「「……あ」」


 あ?

 あってなんだ。


「そ、そうだよっ! ボク、何で忘れてたんだろっ!」

「あー……うん。朱が碧だったってことに驚きすぎて、忘れてたね」

「忘れてたじゃないよぅ!」

「君に責められたくないよ?」


 なんだなんだ?

 なぜそこまで焦る?


「……まさか」


 まだ絶機と、観測所で戦っている?

 いや、前にみんなの前で話してたときにもそんな話はしてたけど。

 まさか、今も? そして、そんなに、いい状況では、ない?


「まあ、気にしなくてもいいよ」

「いやいや! 気にするべきだろっ!」

「そうだよっ! みことさん助けにいかないとっ! お兄ちゃん、あのね――」


 碧が観測所の状況をあたふたと教えてくれて、それと共に、話がずれて碧が神夜と巫女の居場所についても話し出した。


 母さんは、ナギと共に絶機と戦ったが、あまりにも強い絶機から精神体の碧を逃がすために、碧に力を渡して逃がしていたことを知った。

 逃がすには体が必要だったから、生まれ変わる選択をナギと母さんがした。

 ナギが母さんのために、観測所で別の凪を作り出し、力尽きたから、その後、母さんがどうなったのかは二人も知らない。


 その後、碧の生まれ変わり先が、元の世界の神夜と巫女の子供だったこと。その子供が砂名に引きずり出されて死産したことや、二人がいた場所が西洋感溢れる異世界のような場所だったこと。


 すでに聞いている話がほとんどだったが、母さんがそんな窮地の状況だったとはまったく考えていなかった。


 てっきり、絶機を二体も撃退している母さんのことだから、観測所に現れた絶機はすでに倒しているんじゃないかとさえ思っていたのに。


「お兄ちゃん、ボク、命さんも、巫女ちゃん達も助けてあげたいの。だから、お兄ちゃんに助けてもらうために、お兄ちゃんに会うために必死に願って……願って……?」


 必死に状況を説明しようとする碧が、急に言葉を止めた。


「……どうやって、朱に生まれ変わったの、かな……?」


 こっちが聞きたいわっ!

 そもそも生まれ変わるとかどんだけ凄いことをしてるのかと、今更ながらに驚きを隠せない。


 でも、その願いが通じて、碧は生まれ変わって俺とまた出会ってくれた。


 それは、俺にとって、嬉しいという言葉では言い表せない程の感情だ。



「まあ……母さんのことは今はまだ大丈夫だよ」

「なんでさっ!」

「いや、落ち着きなよ。あそこ、時間の流れ違うから」


 時間の流れが違う?

 ナギの言った言葉が理解できない。


「不思議に思わなかった? だって、母さん、ほとんど歳とってないでしょ」

「あ……そうか」


 観測所にいる母さんは、確かに二十代前半くらいの若さだった。

 歳のことを言えばすでに四十近いのに、碧とあまり変わらないと言えるほどの若さに見えたことを思い出す。


 貴美子おばさん童顔の人がいるからそう言うことあまり考えたことがなかったが、言われてみれば不自然だ。


「観測所は、時間が止まっているようなものだから。僕達がここに来た数日間も、あちらではほんの数秒くらいじゃないかな」


 そう考えれば、確かに俺がナオの夢の世界で観測所に着いた時、俺はこの世界で一年くらい過ごしていたのに、碧は飛行機墜落直後だった。


『それに。時間軸無視しすぎ』


 俺があの世界から戻りかけている時、母さんの言っていた時間軸を無視していると言うのも、そう言う意味だったのかと思う。

 碧と初めてあの世界で会ったとき、碧は朱に生まれ変わってもいなかった。

 確かに、時間軸無視しすぎだ。


 だとしたら、やはり、母さんはあそこでまだ戦っている。

 とは言え、確かにまだ急ぐほどにあちらでは時間も経っていないのだろう。


 今は、考えても仕方がない。

 母さんが無事でいてくれることを願うだけだ。

 その間に、あの場所へ行く方法を確立して、助けにいけばいい。



 ……というか、二人とも。

 そう言う大事なことはしっかり伝えとけよっ!

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