04-07 絶機を崇めるギア
現れたのは森林公園の門の先からだった。
火之村さんと弥生の三人で、警戒しながら歩いた森林公園の入り口の門から、五体のギアが現れた。
木陰になった暗い道から。木々の間から赤い瞳が灯り、こちらがそれを見つけたと同時に走り出された。
何が安全だ。
ギアに見つかって襲われるじゃねぇか。
こうなりそうだから碧達は安全な所にいてほしかったのにと、強く言い聞かせて帰らせなかった自分を恨む。
「姫っ!」
「はい。後方で碧様とナオ様を守ります」
黒い機械の体。
遠目に見れば全身黒タイツを着た赤い瞳の人間のようにも見えてしまうその姿。獲物を見つけて嬉しそうに走り出したその姿は、黒タイツの人間より、今は黒豹のように四つん這い。
どの種類に該当するかは分からないが、フォルム的には家庭汎用型で階級は小口径だろう。
例え階級が低くてもその動きは早い。
人からしてみれば、ギア全てが脅威なのだから。
距離にしておおよそ300m程の距離。こちらが視認したと思ったときにはすでに目前。人より遥かに高性能な視界を持つとなれば、その視界も人より遥かに広い。
人が見える範囲以上に辺りを見渡せるその瞳は、恐らくは森林公園に近づく俺達を以前から視認していたのだろう。
これが、ギアの恐ろしさ。
人からしてみれば奇襲を受けたと思えるその早さは、ギアからすれば普通に走って近づいただけである。
後は振り上げた足やら腕を振り下ろすだけで肉塊の出来上がりだ。
俺も、佑成を発動していなければそうなっていただろう。
守護の力を纏った俺の体は俊敏に動き、相手が近づくこの長い距離をお互いに走り、門と俺達の丁度真ん中辺りの距離で対峙する。
まだ四つん這いで走るギアは俺が向かってくるとは思っていなかったのか、まだ体勢は整っていない。
まずは一体。
五体のギアの先頭を走っていたギアの顔面に佑成を突きだすと、前へ走る動きを止めれず、串刺しになるかのように佑成に吸い込まれていく。
横薙ぎに払って俺を通り過ぎようとしていたギアを切り裂こうとするがギアが気づいて回避したことで一体の動きが止まった。
さっと視界の隅に反対側から抜けようとするギアが映る。踏み抜いて切り返し、抜けようとしたギアを佑成が切り裂いた。
火花を散らし、上下に避けたギアが勢いそのままに地面を削りながら滑っていく。
二体が空を駆けて俺を飛び越えていく。
追いかけようとするが先ほど俺の攻撃を回避したギアが俺に襲いかかってきた。
「くっ、姫っ!」
ギアの攻撃をバックステップで回避しお返しとばかりに俺へと伸びた腕を切り落とし首に一閃。が、俺の動きも止まってしまう。
勢いそのままに走っていくギアに追いつけない。
時間差で一体のギアが姫へと向かい、一体は逃亡を選択したのか離れていく。
姫の腕が伸びてギアへ向かう。一直線に走ってくるギアが姫の腕に捕まれ宙に投げ飛ばされ、しゅっと、姫の牛刀が飛び、ギアの首筋を軽く切った。
「では、ナオ様」
「任せてなの」
そのギアに向かって、姫がおんぶしていたナオを投げた。
「おまっ! 何を!?」
ナオが姫が切った首筋に何かを差し込みくるりと地面に着地。
その傍に、宙に浮いていたギアも同じく着地する。
「ナオっ!」
「大丈夫なの」
すくっとナオとギアが同じ動きで立ち上がり、ピースサインを俺に向けるナオと同じく、ギアもピースサインを俺に向けてくる。
「ナオの言うこと聞くギアの完成なの」
「ゴメイレイヲ」
「……え?」
いや、ギアを手懐けるとか、戦闘中に?
姫を直しているから? 構造わかっているからと言って、短時間でなんとかできるものか?
だが、これで一段落だ。
走っていた足を止め、ほっと一息つく。
「っ!? すぐアレを止めるのっ!」
ナオが焦って叫びだす。指差す先は、残りの一体。
遠回りして死角からギアが碧へと迫っていた。
碧が目の前に迫りくるギアにあたふたして逃げようともしない。いや。逃げれないのだ。
その場で驚いた表情を浮かべて、頭を抱えるように蹲ろうとする。
俺は走るが間に合わない。
碧にギアが迫る。
ナオがすぐに気づいてギアを差し向けたが、半歩届かない。
姫が肩のナギを掴んで投げるが、こつんっと当たるだけで効果はない。
碧に、ギアの凶刃が迫った。
「みどりぃぃーっ!」
ぐちゃ。
世界が震えた。
いや、震えたのは、世界なのか、それとも俺なのか。
少なからず、地面はそれによって軽く揺れたのは確かだった。
……え、なにこれ。
碧は無事だった。
碧の前には、巨大な物体が。
どこからともなく現れ、ナオが手懐けたギアごと押し潰していた。
目の前に、そそり立つ大きなナニか。
「御立派です」
「りっぱなの」
「みないでーっ!」
そそりたつ
……俺だ。
え、ほんとにこれ何なの……
美化してないか? なんだあのきらきら光る瞳は。なんだあのしゅっとした輪郭。
腰に手を置いて遥か彼方を指差しているが、どこ指差してるのあれ。
「あっはっはっはっはっ! ああ、これ、これねっ!」
ナギの大笑いがどこかから聞こえる。
「……何か知っているのか? ナギ」
「ナギっ! だめだからねっ!」
「いやぁ……碧が観測所で絶機から身を守る為に、必死に考えて作り出した凪像だよ。またここで見れるとは思わなかったよ」
「……なにやってんの?」
碧は真っ赤になって両手で顔を隠しながらくねくねと身を捩らせる。
むしろ、どうやって具現化させた? 観測所ならまだあそこの話を聞く限りでは出来そうではあるが、ここで具現? 母さんの力か?
「碧様の愛ですね」
「愛なの」
「愛だけどみないでーっ!」
いや、それはそれで嬉しいけど何なの。
ナオはナオでギアに何かして手懐けるし、碧は何か具現するし。
なんだよ。全然戦えてるじゃん。
……守るって、なんだろう。
ってか、これ、消せるの……?
森林公園の目の前に俺の像があってもなんか怖いし。なんか美形だし。
「消えないよ」
そんなナギの言葉に呆れて、自衛の手段が実はあった妹どもに、文句の一つでも言おうとしたとき、
ぴゅんっと。閃光が走った。
その閃光は俺の背後から。
その閃光は俺の頬を掠めて凪像の股間に突き刺さり、腹部を裂くように上っていくと、像は粉々に砕けていく。
この閃光は覚えていた。
ぶるっと、あの時を思い出して体が震え、今はある右腕に幻痛が走った。
「絶機様のお傍に、汚らわしい像を立てるな、人間」
森林公園の先にあった廃墟の地下で、俺の右腕を焼き切り、殺そうとしたあのギアが、俺の背後で腕から駆動音を立てて立っていた。
「ちっ」と舌打ちをしながら俺の隣を通り過ぎ、恭しく地面に向かって片膝をつき
「お久しぶりでございます」
「やあ。随分な出迎えだね」
「その節も絶機様と気づいていればあのような歓迎はしなかったのですが、申し開きもございません」
「あれはお互いが気にしないことにしようじゃないか。今回はどうしてかな?」
そんな地面から聞こえる声に、そこにナギがいることに気づいた。
そう言えば、姫がギアにナギを投げていたなと思い、姫をちらっと見ると、にこっと、普段見せない笑顔を見せられ悩殺されそうになった。
「申し訳ございません。私の配下のものではなく、野良の同胞です。そちらの目麗しい非常食の女を見て見境なく」
碧とナオを見て、ギアはごくりと喉を鳴らしたようだった。
その行動に、俺はいつでも斬りかかれるように警戒しながら碧とナオの前に立つ。
「……君、次に人を食べ物と考える発言したら、消すよ?」
「失礼致しました。我らが主。絶機・ナギ様」
ナギが不愉快そうにギアに警告を与えるが、あの時の殺し合いといい、先程のギアの行動といい信用ができない。
あの地下でこのギアが言っていた『絶機』がナギだったのかと考えると、ナギに絶大の信望があり、このギアとナギの関係性が何となく分かる。恐らくはナギがいる限りは襲いかかることはないとも思えた。
流石に、自分の像が嫌がらせのように股間を重点的に焼かれる様を見ると、ナニが縮みこみそうになって、いい気分はしないなとも思うが、そこは別の話だ。
「……絶機様。あの男への発言と質疑を許可させてください」
「ん? なんだい? 彼等に危害を加えること以外なら聞くよ」
「失礼ながら。回答によっては敵対させていただく所存です」
その言葉を聞き、ナギにも分からないことなのか、ナギはギアに無言を返した。
ぴっと脳内に音が聞こえ、左目に文字が走る。
⇒彼はこの森林公園で唯一の仲間と思って。……ただ、僕が体を使ったとはいえ、君は彼の仲間を目の前で破壊している。彼が君を許せないと言うのであれば、僕は止めない。一応、仲間を倒されているんだ。ギアとは言え感情があるタイプのギアだ。僕も彼の気持ちは分かるつもりだ。
ずらっと久しぶりの文字が左目に表示され、不可解なことはあるが、俺はナギの言葉にこくりと頷いた。
だけど、一応言っておきたい。
お前がほとんど破壊したんだからな?
⇒君を助けるための処置さ。君達があそこに行かなければこうはならなかったんだけど。仕方ないよね。この場所は凪達にとってどうしようもないポイントだからね。……正直に。発言には気をつけて。最も、君達は僕が守るから、君達に味方するよ。
ナギとの密会に、心強さを感じつつ、俺は未だナギに頭を下げるギアの前に立つと、ギアはすくっと立ち上がり、その赤い瞳で俺を見た。
「絶機様のお許しの通り、あの時の戦いでの貴様の破壊行為は咎めるつもりはない」
「こっちも穏便に済ませたいからそれはこちらも助かる」
俺の言葉にギアはこくりと頷く。
「だが、貴様達が来るその前の話だ」
「前の話?」
「貴様に問いたい。……あの時、貴様達はなぜ我が同胞を連れ去った?」
……?
何の話だ?
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