04-06 そして再びの、森林公園


「「「おっきなまちーをまーもるぞはーしもとさーん♪ きょーも毎日みまわりだー♪ えいへいみたいなそのやりはー♪ みはーらくんとのきずなのあかしー♪ きょぉーもみんなにえがおみせぇー♪ ゆいいーつむにーのこのえでまもるー♪ もぉんばんみたいにたたずむそのすがたぁー♪ みんなをまもーるはさいごのとりでー♪」」」


「…………うん」


 ……俺は、どうしたらいいのだろうか。


 ナギと共に、楽しそうに仲睦まじく歌い出した三人に絶句する。


 今は夜。

 空も星空を讃え、暗闇を仄かに照らす。

 森林公園への移動中に夜となったため、近場の屋根が現存していた廃墟で今日は寝泊まりをすることにしていた。


 焚き火を囲んで話をしていると、護国学園での普段の生活の話になり、ナオが図書館で低学年の子供とよく遊んでいて慕われているという話から皆が歌い出したのだ。


「お兄たん。もしかして『近衛の橋本さん』、知らない?」

「知らん。それはあの俺が知る橋本さんのことか? いや、その歌詞なら間違いなくあの人だな」

「ボクも知らなかったけど、あまりにもナオが楽しそうに歌うから覚えちゃったよ」

「御主人様。最近の低学年の学生に人気な歌でございます」


 えー、なにその歌。

 なんで橋本さん人気なの。

 俺の偽名も出てるし、近衛が唯一無二ってなんだ。

 確かに近衛は量産してないから出回ってないが、つい最近達也のために作ったぞ?


 ……あいつ、壊したけど。


 そこまで考えて、今は確かに唯一無二かもしれないと思った。


 俺が作った最初の人具で、最後に手元に残ったものだ。

 名付けもされていない物干三本は、今は新人類の手にあり、成政は森林公園で壊れている。


 三原が、初めて公開した五つの人具だと考えると、確かに貴重なのかもしれない。


 だが、それでも。

 その歌はないだろう……。


「ちなみにね」

「ん?」

「お兄ちゃんの歌もあるよ?」


 すすっと右腕に抱きつくように絡みついてきた碧の言葉に声がでない。


「そっちのほうが人気なの」

「御主人様を体現した、とても素晴らしい歌でございます」


 ナオが指定席とでも言うかのように胡座をかいた俺に乗っかり見上げるように話をしており、姫は焚き火を挟んだ反対側から動く気配はなく、からりと焚き火の中に燃料用の薪を淡々とくべて火が消えないように火の番をしてくれている。


「聞いてみる?」

「勘弁してくれ……」

「いや、聞いておこうじゃないか。楽しみだ」


 今は俺の肩ではなく姫の肩に乗るナギが

 楽しそうにくるくる回る。


「やめてくれ……恥ずかしくて顔から火が噴き出しそうだ」

「それも見てみたいね。どうやって噴くんだい?」

「比喩、だからな?」

「なんだ。本当に噴くわけじゃないんだね」


 そんなやり取りをしながらぱちぱちとはぜる焚き火の薪の音を聞きながら朝を待つ。

 そろそろ碧達は寝ていたほうがいいのだが、緊張しているのかもしれない。


「なあ……本当に危険なんだが、お前達はついてくるのか?」


 何度も聞いた質問を改めて聞いてみる。


 今から行く場所は、俺が知る限りもっとも危険な場所で、守護の光を使えた弥生だって死んでいる、そんな場所だ。


「今ならまだ、姫に送ってもらえれば帰れる距離だ」


 こんな場所で、もしギアに大量に襲われれば、戦う術のない妹達を守れる自信がない。

 今から行く森林公園だって、あの時のようにギアが溢れている可能性があるのだ。


 そんな中、大事な妹達や慕ってくれている姫を連れていきたくはない。

 だが、この三人はどうしても一緒にくると言って聞かない。


「お兄ちゃんがまた帰ってこないのは嫌」

「ナオも」

「私は御主人様と二人きりで旅したかっただけですが。そのまま連れ去ってくれることを期待していました」


 姫はとにかく、二人は単なる我が儘だ。

 死んだら元も子もない。

 あの場所を舐めすぎている。この押し問答をする度にそう思った。


「今だって、襲われる危険だって」

「大丈夫なの。姫がいるから」

「いや、姫が強いのは分かるが」

「姫がいるからギアは寄ってこないの」

「んあ?」

「姫の体内にあるギアとの中継ネットワークに姫の力を広範囲に広げて、姫以上に強いギア以外は近づかないように調整してあるの。だから、安全なの」


 ……それ、姫がいたら安全に移動できるってことだよな。


 なんだ俺の天使は。天才かっ! いや、天才なのは知ってたけども。


「でも、ナオは歌にならないの」

「ナオ様が歌になればさぞかし可愛らしい歌になりそうです」

「天使だからな」

「お兄たんの天使なの」


 そんなことを言うナオの頭を撫でると、「にゃぁ……」と声をあげた。


「……明日になったらまた歩くから、もう寝な……」


 頭を撫でられてナオは眠くなってきたようだ。俺の声が聞こえたかは分からないが、しばらくすると丸まり静かな寝息をたて始める。隣の碧も眠そうにしていた。


 ここまでかなりの距離を歩いている。流石に疲れていたのだろう。

 半日程度で着く場所とはいえ以前の火之村さんと弥生との旅とも大分違う。

 明日の昼頃には着くとしても、移動には時間がかかっていた。


 碧が立ち上がってナオを抱き抱え、今度は碧が俺の前に座る。

 いくら夏とはいえ、流石に夜になると肌寒い。俺が碧とナオを包むように毛布をかけると碧はナオを撫でながら体を預けてきた。

 嬉しそうな碧と二、三会話を交わすと、碧も安心できたのか眠そうに欠伸をする。


「ボクももう寝るね」

「ああ、おやすみ」

「おやすみのちゅー」


 そう言って「んっ」と目を閉じて唇を突き出す碧にフレンチキスをすると、満足したのか碧も目を閉じるとすぐに眠りについた。


 そこで寝られると俺がとても寝づらいのだが、胸元の碧の重みや体温が、そこに本当に碧がいるという安心感を与えてくれて心が暖まる。


 俺に傍にいるだけで安心感を与えてくれる二人。だからこそ、安全な場所にいてほしかった。

 新人類が襲ってきたときのことを考えれば、町中よりは今はこちらのほうが安全かもしれない。だが、これから行く場所のことを考えると、どっちが安全なのかと思えなくもない。


「……正直に言って、守れると思うか?」


 すやすやと眠りについた碧とナオを見ながら、俺は起きている姫とナギに不安を吐露する。

 あれだけのギアがまたいたら、まず全滅だ。

 姫に二人を守ってもらうとしても限度はあるだろう。

 二人の意見も聞いておきたいが、何故か止めないことも不思議だった。


「まあ、なんとかなると思うよ」

「ナギ様が言われるように、私もなんとかなる気がしております。先程より強い気配を感じられませんので、以前、御主人様が殲滅してから数が揃っていないのではないか、と」


 相変わらずの無表情を浮かべ、姫は闇夜の森林公園がある方角を見ながら言った。

 姫のギア間ネットワークがどこまで信用できるかはともかく、あそこのギアを殲滅したナギも同意見のようだ。


 二人がそう言うのであれば安全なのかもしれないとは思うが、やはり心配だった。


「君が不安がるのもわかるよ。死にかけたわけだし、死者もでていた。執事君みたいな手練れがいても逃げるしかなかった。……でも、あそこにいるギアは、基本は安全だよ」

「何でそんなことが分かるんだ?」


 根拠は分からないが、ナギは何か隠しているようにも聞こえる。


「……君達には危害は加えさせないよ。とにかく君も寝るといい。火の番は僕達がやっておくから」



「御主人様。私にもおやすみのちゅーを所望致します」

「……まぢで言ってるかそれ」


 胸元に彼女がいるっての。

 そう考えると妙に背徳感があるが、なんだかむず痒かった。


「まあまあ、メイド君。ここはだね――」

「――なるほど。ではそれで手を――」


 何を話しているのかは分からないがナギが話を反らしてくれたようだ。姫は色んな所でぶっこんでくるなと、嬉しいような複雑な感情を覚えつつ苦笑いしながら目を閉じるとあっさりと眠りにつくことができた。



 ――次の日。


「……ん、むっ?」


 息苦しさで目を覚ます。

 視界に広がるのは目を閉じた姫の整った顔だった。

 ちゅぽんっと音をたて唇が離れていき、姫は自分の唇に触れながら少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「御主人様、御馳走様でございます」

「いや、メイド君。そこはおはようございますだよ」

「なるほど。では、おはようのちゅー、御馳走様でございます」


 けたけたとナギが笑う。

 昨日眠る前に話していたのはこれかっ!


 碧やナオがまだ起きてなくてよかった。現場見られたら何言われるか分かったもんじゃない。


 もぞっと、胸元の碧が目を覚ましたのか動いて胸元から重さが消える。

 しっかり眠れたのかは分からないが、欠伸しながら背伸びをし、辺りをきょろきょろと見て眠たそうに目を擦りながら俺を見ると、にへらっと相変わらずの締まりのない笑顔を見せた。


「……ん……ぉはょぅ……」

「おはようございます、碧様。御主人様とのおはようのちゅーは私が先に済ませておきましたので」


 聞こえた言葉に無言でゆっくり顔を動かし姫を見つめ、くるりと俺をまた戻すと、背中から懐かしの白犬が立ち上る。


「……お兄ちゃん……? ボクが寝ている間に何してたの」


 姫よ……なぜそれを言う……。


 そんなやり取りをしつつ、焚き火で飯盒を使ってご飯を炊き、ナオを起こしてからご飯を食べ終わると、俺達はまた目的地へと進む。


 姫の勝ち誇った表情に碧が悔しがり、「次はナオ」とか言う一波乱がありはしたが、もうそこは無視だ。


 緊張感もなく、やがて俺たちの前に、数ヶ月前に激戦を繰り広げた、相変わらずの鬱蒼うっそうと繁った森林公園が見えてきていた。

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