04-08 ギアの話より姫
目の前のギアが言った言葉を頭の中で復唱してみるが、何を質問されたかよく分からなかった。
碧とナオを見てみるが二人も首を傾げる。
真似て姫も首を傾げたが、下唇に人差し指を当てて傾げるその様に、なぜか小狡さを感じてしまった。
「すまん。何の話だ?」
ギアを連れ去る?
そんなこと、俺達がするわけがない。
俺達からしてみたらギアは死の象徴みたいなものだ。
今こうやって話していることも俺達だからであって、本来は話すこと、話せるということさえ、普通の人は知らないのだ。
「そこにいる麗しきメイド型がその証拠であろう」
ギアが姫を見て、少し恥ずかしそうな表情を見せた。先程の小狡い動きにやられてしまったのだろう。
ナギが感情のあるタイプのギアと言っていたが、姫もこのギアのように、感情を顔に出せばもっと可愛げがあるんじゃないかとも思う。
「あなたのような屑にそのように言われても全く嬉しくありませんし、お門違いです」
無表情で辛辣な言葉を返され、ギアが酷く驚いた。
「屑……君は、私よりも高性能だと、そう言いたいのか」
「当たり前です。御主人様を疑う愚か者」
「御主人様……?」
ギアの右の掌からしゅぅぅんっと力が溜まるような音と光が漏れだす。ぎろりと、睨まれるが、今のは俺が悪いわけではないと叫びたい気分だった。
「貴様……このように美しい
「あー。何で御主人様呼ばわりなのかはいまだによく分からないが……姫はかなり前に戦って、妹に修復されてからは俺の身内だ。だから、その話とは多分関係ないと思うぞ?」
このギアの勘違いで何かが始まりそうなので話を元に戻しつつ訂正する。
訂正、したつもりだったのだが……
ばっ、と、俺の言葉を聞いた姫が、俊敏な動きで口元を両手で隠すように押さえ、両の瞳を潤ませだした。
「ご……御主人様が私のことを、身内、と……」
その仄かに赤く染まった頬は、機械の体で一体どうやっているのかと。
後、気のせいかもしれないが、『身内』の意味を勘違いしてないか?
「ナオ様、碧様。ついに、私こと姫は、御主人様に身内として認めて頂けましたっ!」
ナオの両手を握り、嬉しさの表現か、ナオとくるくる回りだす。
「にぎゃあぁぁっ!?」と不意にくるくる回されたナオから悲鳴が上がるが、姫は気にしない。
いつもの無表情が嘘のように、嬉しさが表現された笑顔が眩しすぎた。
「身内認定頂きましたぁぁーっ」
前言撤回。
姫は意外と感情豊かだった。
「あー、うん。姫ちゃん。多分前からお兄ちゃんは身内って思ってたと思うよ?」
「じゃなかったらとっくにお兄たんは姫を壊してるの」
「そ、そうなのですか? なら、なぜ私には愛を頂けないのでしょうか」
二人の言葉が衝撃的だったのか、しゅんっと子犬が悲しむように、先程の嬉しさを表現した微笑みが消え、悲しさに溢れて今にも泣きそうな表情を浮かべる。
「お兄ちゃんの愛は、ボクのだからっ!」
「違うのっ! ナオのなのっ!」
もう、なんでもいいよ……。
話がややこしくなるわ……。
「お前……あの美しい女性がいながら他にも手を出しているのか」
「出してねぇよっ!」
敵対しているはずのギアなのに思わずツッコんでしまった。
もう、何か……こいつの感情豊かな話し方に敵じゃないと思えてしまい、普通に人と話すように接してしまう。
姫のようにナオに作り直されたギアではなく、調整を受けていないこのギアと話せていることは、ギアが暴走したこのご時世で、人にギアが仕えていた頃と同じように会話できるのはとても貴重に思える。
「そこの屑。御主人様に何の疑いをかけているのですか」
姫が怒りを露にし、牛刀を両腕から出して威嚇する。
その姿を見て、碧とナオが怖がって姫から少し離れた。
「屑……君は、私を第七世代ギアだと分かって言っているか? 君は第五世代辺りの過渡期のギアだろうに」
やれやれと、ため息をつきながら、ギアは呆れを表現すると、その言葉を聞いた姫が、ふっと鼻で笑い、両腕から出した牛刀をしまう。
勝ち誇ったようにギアに興味をなくした姫も気になるが、第七世代とか第五世代とか言われてもさっぱりだ。ギアには種別や階級以外にも優劣があるようにも聞こえる。
「ああ。今の人類には分からない話だね」
ナギが俺の心を読んだのか、草むらから飛び出し、ナオの頭の上に乗った。
「ギアは十世代まであってね。十世代は終末世代と呼ばれている。数が上がれば上がるだけ、その時の新技術、新機軸で製作されるから、新しければ新しいほど高性能なんだよ」
ナオが気だるそうに頭の上に乗ったナギをがしっと捕まえると、姫へとパスする。
「とは言え、一世代から三世代は特殊だから四世代から数えられる。一世代はギアの母のみに与えられた世代番号で、二世代は、性能度外視の絶機を表し、三世代はテスト機だ。ガワだけだったり形になってなかったりするけど、人類が初めて実用化したギアだね。四世代からやっと人へ従事するギアへと変わるけど、当初は人のような見た目はしていなかったし。ほら、フレーム剥き出しのギアが四世代といったほうが分かりやすいかな?」
姫はナオに渡されたナギを片手で受け取り、じっと見つめると、今度はナギから碧へと視線を移す。
「へ~。朱の記憶にもないけど、何で知られてないのかな」
姫から碧へナギが投げられ、あたふたしながらナギをキャッチした碧が、ナギを両手で包むように持ちながら質問する。
「ギアが暴走したときに、ギアに関する情報は母が抹消したからね。データ化した情報は全て消えているから、人類が当時知れたのは書類で残っていたものだけなんじゃないかな」
ナオに向かって山なりに投げられたナギが、宙を舞いながら説明を続ける。
「十世代が一番強いなら、ナギ、弱いの」
「な……絶機様を弱いと……」
「残念だけど、絶機は常にアップグレードされていてね。最新技術を度外視しているものに作り替えられているから強いのさ」
ギアがナオを睨むと、それをナギが制する。
ナオがまた姫へ、今度は振りかぶって投げつける。
「御主人様。十世代が終末世代と呼ばれているのは、絶機に近づく性能を持ちながらも、製作過程で暴走事件が勃発したので稼働されなかったからとなります」
ナオの豪速球を簡単に受け止めると、姫が間髪入れずに碧へと。
「終末世代のギアは、絶機以外ほぼ存在していないと言っても間違ってはおりません」
碧がまた取りこぼさないように両手でキャッチすると、またナオへ。
「お前さ。絶機が弱い云々に怒る前に、ボール代わりにされてるナギの状況に悲観しろよ」
「……はっ。違和感なくて気づかなかった」
……こいつ。俺と戦ったときと段違いだ。
あの時ぼろぼろにされてポンコツにでもなったのか?
今もどこかぼーっとしながらいまだボール扱いのナギを見つめている。
あれだけ絶機様と言っていたのに、何かあったのだろうか。
「御主人様。私は今、そこの屑に攻撃を仕掛けております」
碧からナオへ。ナオから姫へ。ナギキャッチボールは止まらない。
ナギもなんだか言葉が少なくなっているような気がする。
そもそも、なんでいきなりナギを使ってキャッチボールしているんだ? 丸いからか?
「は!? まさか、さっきから思考回路が途絶えるのは」
「今更気づくとは遅いですねポンコツ。七世代は性能が高かったのでは?」
「あ、あり得ない……私のジャミングをくぐって回路に侵入など……」
「当たり前です」
「当たり前だね」
姫とナギがほぼ同時にギアに同じことを伝えた。
ギアは二人の言葉に意味が分からず、姫の攻撃を受け続けたせいなのか、かくんっと、膝を曲げて地面に座り込んだ。
「ポンコツ。私を五世代と言っていましたね?」
「あ……家庭汎用のメイド型ギアは五世代頃に、人間への奉仕用として大量に作られたと……」
「以降、作られていないわけがないでしょう」
「え……?」
「私は十世代で唯一製作された家庭汎用カスタムオーダーメイド、通称・姫ですので。御主人様へのご奉仕もお手の物です」
俺から目をそらさず、姫は特にご奉仕部分を強調するように言うと、ナオから飛んできたナギという名のボールを、地面に叩きつけた。
「ひ、姫……?」
「お前ごときポンコツに、姫と言わせる気はない。ポンコツ」
ポンコツの前へと進み出た姫が、ポンコツの顔面を足蹴にする。
「姫。準備できた?」
「ナオ様。そこのポンコツはもうポンコツなので動けません。いつでもどうぞ」
しゃきんっと、猫の爪のように手に握りしめられた様々なドライバーと、メスのようによく切れそうなナイフを手に、ナオがじりじりとギアへと近づいていく。
「ま、待てっ! 聞きたいことが何一つ聞けて――」
「崇高なる御主人様に嫌疑をかける信用ならないポンコツを、矯正してから聞けば事足ります」
「きょ――何を!?」
恐怖に顔を引きつらせるギアが、逃げようとしているようだが、体に力が入らないのか全く体はその場所から動いていない。
「じゃあ、弄っちゃうの」
「あ、あ、あぁぁぁ~……」
そんな情けない声を出しながら、ギアは、ナオの手に、堕ちた。
どうやら、キャッチボールは暇だからやっていただけで、このギアを確実に自分達の仲間とするために、時間をかけて無効化していたようだ。
……あれ、俺、こいつに殺されかけたんじゃなかったっけ?
……で? 誰がギアを連れ去ったとかその話は……?
何だか、緊張感もなければ、女性達が逞しい。
そんな思いも空しく、ぎゃりぎゃりがりがり、俺の目の前で、ポンコツは……
綺麗なポンコツへと変わった。
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