03-55 二人の邂逅
「そこでストップなの。お兄たん」
そんな声に、びくっと驚き二人揃って体を離す。
いや、別に離れなくてもよかったんじゃないか? と思いつつ、碧をちらっと見ると恥ずかしそうにしてたので俺も恥ずかしくなってきた。
「お兄たん。騙されたら駄目なの」
「部屋で二人きりになって何をしているのでしょうか」
黒猫オーラを纏ったナオが扉の前で佇んでいる。
キシャーと、黒猫も怒りの形相だ。
その背後に立つ姫も、いつも以上に無表情だが……それよりもなんだあのエプロンは。
『御主人様に尽くします』と書かれているがどこで手に入れたんだ。
まさか、手作りか?
「それは、少しのお話じゃないの、朱お姉ちゃん。……ナオを外に出して話すって、騙されたの」
「ナオ……」
「お兄たんがいつものお兄たんに戻ったのは嬉しいの。でも、朱お姉ちゃんがナオを外に出して二人っきりで言い寄るのはだめなの」
「ナオ、落ち着け」
落ち着きたいのは俺かもしれない。
まだまだ碧が朱になったことには謎がある。
だが、それとは別に。この子は何に怒っているのかと。
だけど、そんなことより今は。
「ナオ……おいで」
碧が嬉しそうに、涙を溜めながらナオを自分の元へ導く。
黒猫がいまだキシャーと威嚇しながらだが、ナオが不機嫌そうに近づいてきた。
「ナオ……大好きなナオ……」
「? 朱お姉ちゃん」
「本当に、ボクの知ってるナオなんだね……やっと、やっとボクとして話せる……」
いきなり何なのかと、怪訝な表情を浮かべるナオが俺に助けを求めてくる。
俺は机から久方ぶりに地面に足を付けナオへと向かい、ナオの背中を押して碧へと近づけていく。
「お兄たん!?」
裏切られた!と言ってそうなナオをすぽっと碧の胸へと押し込むと、碧はナオを羽交い締めするようにナオを力いっぱい抱き締めた。
「にぎゃぁぁぁっ!?」
酷く久しぶりに思える「にぎゃあ」に笑ってしまう。
嫌がる猫のように必死に碧のホールドから逃れようとするが逃げ出せないてじたばたしている。
「ナオ、ナオ、ボクの大好きなナオっ!」
「にぎゃ――ボク……?」
ぐりぐりと泣きながら頬擦りする碧の違和感にナオが気付きだした。
「ああ……ナオ……やっと話せるっ! お姉ちゃんだよっ! ナオが大好きなお姉ちゃんだよっ!」
「おね……お? お兄たん!? 朱お姉ちゃんが変っ! 朱お姉ちゃんは朱お姉ちゃんなの分かってるのっ! 離れるのっ!」
碧のぐりぐりは止まらない。
ナオのにぎゃぁも止まらない。
ああ、あれ。ぐりぐりされるとこ間違えると痛いよな。
何だか仲睦まじい二人を見ていたら落ち着いてきた。
嬉しくて泣いている碧と、いつもはあまり絡まないのに、いきなりスキンシップの激しい朱の姿に困惑しながら、必死に逃げようとしているナオが正反対すぎて笑える。
でも、本当は、こんな二人の絡みも、もっと早くにできたはずなんだ。
碧の記憶が、碧のままだったなら。
生まれ変わるってのはそういうことなんだろう。
碧が朱として生まれ変わって、碧だった頃の記憶を呼び起こすなんてことは、色んな偶然が重なった奇跡なんだと思う。
その奇跡に、感謝したくなった。
碧も、それが分かって、今までを取り戻したくて、想いが止まらなくてあんな感じに絡んでしまっているんだろう。
「ナオ」
俺が呼ぶ声に、必死に頬擦りする碧を両手で離そうとしているナオの動きが止まった。
助けてくれる。そう思っていそうな期待に満ちた目だが、助けるわけがない。
やっと二人が会えたんだ。
俺なんかより、ナオのほうが会いたかったはずだ。
「朱お姉ちゃんじゃない。碧お姉ちゃんだ」
「……へ?」
今まで見たことない不思議な表情を浮かべながら、ナオが止まった。
「ボクの体、不自由ない? 大丈夫?」
「碧お姉たん……?」
「お兄ちゃんと、仲良くしてた?……あ。ボク、朱の記憶もあるから、仲良かったのは分かってるね。ナオはお兄ちゃん大好きだもんね」
その言葉に、状況を少しずつ理解し始めたナオが、わたわたと両手を振って焦りだした。
「みどり……お姉たん?」
「そうだよ。ボクだよ? ずっと傍にいたのに……ごめんね」
謝りながら優しく抱き締める碧に、まだ理解が追い付かないナオが俺のことを不安そうに振り返って見た。
「……ナオの体が碧の体だって知ってるのは、俺達だけだろ?」
ナオがグリンと首をすごい勢いで振り返らせて碧を見た。
「本当に碧お姉たんなの?」
「お兄ちゃんもボクも、まだ信じられないよ? だけど、ボクは碧、だよ?」
「ほんとに……」
「うん」
「ぅ、うぁぁ……」
ナオが理解し、碧が微笑む。
ナオは大きく息を吸い込み、碧の胸へ顔を埋めた。
「会いたかったっ! 体、ごめんなさい! 体、くれて、ありがとう!」
「ううん。ナオが、生きてくれてよかった。……朱になっちゃったけど、ボクの事、好きでいてね?」
「うん。うん……っ!」
泣きながら叫ぶように必死に想いを伝えるナオの頭を、慈愛が溢れる碧が撫でる。
そんな中に俺も入っていきたかったが躊躇してしまい、やっと会えた姉妹の再会を少し離れて見るだけにした。
少し時間が経っても離れない二人をぼーっと見続ける。
猫のように甘えてじゃれつくナオに、ぶんぶんと尻尾を千切れんばかりに振り続ける碧の邂逅は、まだまだ終わらなそうだ。
「御主人様、無事で何よりです」
背後から姫が声をかけてきた。
「心配かけたみたいで悪い。……何で姫達がここにいるんだ?」
「夜月様と巫女様、華名様も来ておられます。私は、ナオ様が一人になったようだったので護衛に」
どうやら、かなり心配かけたみたいだなと思った。
貴美子おばさんや巫女が来ているとか、かなりの大事になっているんじゃないかとさえ思える。
「御主人様は混ざらないのですか?」
じっと、俺が二人を見ていたためか、姫が俺も再会に加わるように促してきた。
「いや……あの二人に、今は……」
本当は加わりたいがやめておく。
今は再会の喜びに浸っていてほしい。
「損なことされますね」
「……俺も、そう思うよ」
かくんっと、足が力を無くして座り込みそうになったので近くの机に腰かける。
そう言えば妙に腹が減っている。
俺は何日皆から離れていたんだろう。
今更ながら、この屋敷にいることや、記憶のない時間が気になってきた。
「では――」
机に腰掛けた俺の前に姫が立った。
「ん?……んぁ!?」
急に正面から抱き締められて姫の双胸に顔を挟まれる。
これ、前にもあった気がする。
「お二人が御主人様が寂しそうにしていることや、疲れていることに気づかれていないので、私が、と」
「いや……まあ……」
「少しは、癒されていただければいいのですが」
確かに、少し心の中に寂しさもあった。
寂しさや人恋しいという気分もあり、そんな気分も、ギアではあるが暖かさのある姫に抱き締められて、
……まあ、今はいっか。
二人が落ち着くまでは、少し甘えさせてもらおう。
「姫。どさくさに紛れてなにやってるの」
「姫さん……またお兄ちゃんを……何でそんな……タイミングよすぎだよっ!?」
仲睦まじい二人がめざとく気付き。
仲良く黒猫と白犬が立ち上っている。
あれはなんなんだろうか。
そろそろあれがなんなのか、いい加減知りたい。
姫が、ふっと、笑った。
「違いますよ。華名様。御主人様を落とすために、機会を伺い、狙って行っているのですよ」
いや、それ聞いたら俺も素直に甘えられんよ?
結局、甘えさせてもらえませんでした。
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