03-56 屋敷にあるもの

 二人の姫への追求は激しかった。

 だが、それをひらりとかわす姫も凄い。

 特にエプロンの話については激しかった。


 どうやら『私が本妻』エプロンもあるらしいが、やはり自作なのだろうか。


 ⇒そろそろ話してもいいかな?


 姫が俺から離れて二人と言い争っている間に、ナギの言葉が左目に表示された。


 カタカタと脳内で鳴る音も聞き慣れはしたが、やはり何度も鳴り続けるのは少しばかりきつく、左目が使えなくなるのも不便だと思う。


 ⇒ああ、そうだね。確かに不便だね。


 俺の心を読んだナギがそう言うと静かになった。


 静かになったので、三人の言い争いに耳を傾けてみる。


「ナオ様は脱落ですね――っ?」

「脱落? 何から?」

「まだ大丈夫なの。お兄たんと『きせいじじつ』作ればいいだけなの」

「ナオ?……お兄ちゃんが兄妹として好きだからじゃれてるだけだよね?」

「異性として好きなの。だから碧お姉たんより先にきせいじじつするの」

「させないよ?」

「するの」


 なんだ。急に何が始まったんだ?

 既成事実って、ナオはまた何を言い出しているんだ。

 つーか、なんて話してんだ。聞かなかった。俺は聞かなかったぞ今の発言は。


 というか、俺の意見は無視なのか?


「お兄ちゃんはボクのなのっ! あげないからっ!」

「じゃあ、どうして守護神にするの?」

「う……」

「知ってるよ? 朱お姉ちゃんがお母たんにお兄たんを守護神にすれば複数で幸せになれるって言ってたの」

「うう……どこで」

「墓穴掘ったの」


 言い負かされる姉ってどうなのよ。


 にやりと、悪い笑みを浮かべて抱き締められたままのナオと、ナオを抱き締めたままがくりと項垂れる碧の言い争いに終止符が打たれた。


 なんだかんだでこの二人は、関係が変わっても変わらなそうだ。


 後、俺の行く末を俺の知らないところで勝手に決めるのも止めて欲しいところだが、多分、無理なんだろうなぁ。


 このままだと、一人減ったが、実妹、お嬢様、メイドと気づいたら結婚させられていそうだ。


 ……あれ?

 ナオは碧の体だし、碧は朱に生まれ変わってるし、姫は人じゃないし。

 誰とも血が繋がってない……。


 あれ? いいのか?


「いいんじゃないかな?」


 そんな俺の思考に、文字ではなく声で反応が返ってきた。

 しかもその声はさっきまで間近で聞いていた声だ。


「悩むことないんじゃない? 人類ってギアに狩られて少ないんだから。繁殖しちゃえば?」


 その声は、姫から聞こえる。いつもとは態度の、言葉遣いも違う姫の声。


「ん~。しっくり来ないなぁ」


 ひらひらとエプロンをはためかせる。

 そんな行動に、碧もナオも固まる。


「とりあえずさ。繁殖の話は後にして。僕の方の用事を済ませていいかな?」


 くるりと振り返った姫の、普段は見せない笑顔に、思わず惚けてしまう。


 が、しかし。


「ナギ……お前、姫になにした」

「何って? 君が左目に文字でるのが嫌だって言うからこのギアの体を間借りしてるんだよ」


 姫の体を乗っ取ったナギが、爽やかな笑顔と共に言うと、またくるりと振り返ってナオと碧に笑顔を向ける。


「改めて、数日ぶりだね二人とも」

「……ナギ?」

「そうだよ。碧としては何年ぶりになるのかな? 僕からすると数日ぶりだけどね。何をやったのかは分からなかったけど、また会えて嬉しいよ」


 ナギを疑う訳じゃないが、体を手に入れたナギが何をするのか分からず、俺も重い腰を上げ、三人に近づいた。

 どうやって姫の体を使っているかなんて二の次だ。


「凪、心配しなくてもいいよ。危害は加えないし、それに、興味しかないからね」

「興味? ボクに?」

「ああ、そうだよ。君は僕の知らないことをやってのけた。凄いことなんだよ。仮にも『英知』の僕が知らないんだ。誇るといい。だからこそ僕は君を知りたい」


 体を得て、喋れるようになったからか、饒舌だ。

 姫もこんな風に喋ることができるのかと驚く。


「君は碧で間違いない。間違いないからこそ知りたい。何があったんだろう。何をしたんだろう。何を――ああ。調べたい。知りたい! ねぇ、凪。凪はわかるかい? 分かるなら教えてよ。何をしたら碧は朱になるんだい? いっそのことバラしたら分かるかなっ! ああでもダメだ。そんなことしたら知りたいことも知れないし凪に嫌われちゃうね。ああ、でも知りたい!」


 知らんわっ!

 俺に聞くんじゃなくて碧本人に聞けっ!


 こんな暴走じみた内容を、カタカタ音込みでずっと脳内で流れ続けていたら発狂しそうなほど、ナギは喋りだす。


 本心じゃないにしても、バラすとか何言ってるのかと思う。

 碧もナオも。姫ではあるがギアでもある姫から出た言葉に若干の怯えが出ている。


「――と、思ってるけど、そのうち知ることにして。僕の用件なんだけどね」


 さっきまで軽く発狂じみたことを言っていたナギが普段の姫のように居住まいを正し、改めてけらけら子供のように笑いながら話し出す。

 相変わらず、子供みたいにころころ変わるやつだなと思った。


「僕はさっき、凪の記憶を手に入れた」

「俺の?」

「違うよ。別世界の凪だ」

「な……」


 つまりそれは、五人いた凪のうちの一人が観測所に来た――死んだことになる。

 これで……俺を除いたら、一人になった。


「お兄たん。ナオ達も知ってるよ」

「なんで……」

「お兄ちゃんそっくりな人がこの世界に来たけど、あの人のこと?」


 碧も知っている。

 この世界に来た? どういうことだ?


「君だけ知らないだけだよ。……彼の世界は滅んだ。君が修練場で戦っていたあの新人類とギアの手によってね。……その世界はもう、ギアと新人類しかいない」

「滅んだ……? 新人類?」

「ギアの体に自分達をコアとして埋め込み、ギアの体を持ちながら人の意思をもつハイブリッド。そんな人類とも呼べない奴等が、人類を滅ぼしたようだね」


 人の体を捨てる?

 ギアになってどうするんだ。

 ギアと戦うために体を捨ててギアになるとか、本末転倒ではないだろうか。


「彼の記憶では、新人類が膨れ上がる時期があったらしい。それに関わるものがこの屋敷にあってね。僕の用事にも関係していることが腹立たしいところさ」


 人類が滅ぶとか、規模がでかすぎて話についていけない。

 だがそれは、この世界でも起こり得る。いや、すでに起こっていることが分かった。


「……それって、なんだ?」

「そこにある、丸いのだよ」


 ナオと碧の座る机の上に乱雑に置かれた丸い機械を指差しながら、ナギは話を続ける。


「それはね。ギアのコアなんだ。僕はそれに用があってね」


 鉄錆びの匂いを発していた丸い鉄のような物体を、ナギはギアのコアと言った。


 これがギアの中枢?

 何でそんなものがこんな大量に……。


「ナオ、だったかな? 君にやってほしいことがあるんだよね。凪の体使ってやろうと思ったんだけど、君のほうが早そうだし」

「お前にナオ呼ばわりされる筋合いないの」

「嫌われたもんだね。一応君の大好きな二人を救ってるんだけど?」

「……そなの?」

「そなのー……ああ、もうっ! ナオ可愛いっ!」


 ふるふると感極まる碧の、ナオを抱き締め頭なでなでが止まらない。

 ナオの「にゃぁぁ……」なんて可愛らしい声なんて初めて聞いた。


 確かに助けてもらっている。

 だが。


「悪戯も多いけどな」


 気を抜いたら別の凪と巫女の情事が流れて悶々するのは俺だけの内緒だ。

 今は姉妹の絡みに別の意味で悶々しそうだが。


「じゃあ、手伝う。何するの」

「転がってるギアのコアを一つ、使えるようにして欲しいのさ」


 ナオ達が座る机や辺りに散らばる丸いコアのなれの果てを指差しながら、ナギは俺を見る。


「いつでも、凪が凪でいながら助けられるようにね。凪を助けるときは、今は入れ替わらないと行けないし。これから凪に頼むことにも必要なことだからね。それに、僕の声が君だけにしか聞こえないのも不便だ」


 コアに自分を移植する。

 確かに今のままだと不便かもしれないが、それはそれで、自分の中からナギがいなくなるような寂しさも感じた。

 それは新人類とやらと何が違うのだろうかとも思う。


「発声を使うだけだから、君の中にずっといるけど?……ああ、でも。この姿のままで君を愛でるのも悪くないね」


 そんな言葉と、ぱちっとウインクをしながら、瞬時に目の前から消えたと思ったら頬にキスされていた。


 思わず柔らかな唇が触れた場所を押さえて立ち尽くしてしまう。


 だが、中身も姫ならまだしも、ナギにキスされても嬉しくないし、男同士の仲を疑われるのは、弥生だけで十分だ。

 いや、今は姫の体を使っているから……どっちで考えればいいんだ?


「つれないなぁ。僕は君のこと大好きだよ?」


 ……止めてくれ。

 姫の姿で言われると過ち犯しそうになる。


「この姿なら君を癒せそうだけど、癒されてみるかい?」


 ひらひらとスカートを上げては下げてをちらちら繰り返しはするが、それが姫ならまだしもなんて口が裂けても今は言えない。


「癒し? ボクがお兄ちゃんを癒すよっ! 任せてっ!」

「ナオが癒すのっ! 碧お姉たんは邪魔しないのっ!」


 また二人の言い争いが始まる。


 なんか知らんが、話の流れで二人とも俺を癒してくれるらしい。

 俺は、そんな兄想いの姉妹をもって嬉しいよ。

 大丈夫。お前達には昔も今も十分に――


「巫女と君の絡みで君の弱いところは知ってるよ。さあ、癒そうじゃないか」


 ――ぴしっと、空気が音をたて、すべてが止まったように見えた。


「巫女ちゃんとの……?」

「巫女お姉ちゃんとの……?」

「「絡み!?」」


 ……なに爆弾投下してんだこの野郎!


 姉妹と、中身は子供、見た目は女(ギア)に、愛でられそうになるも……


 結局、癒してもらえませんでした。

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