03-52 華名朱 1
⇒ごめんね。
ナギはその一言を俺の左目に表示させ、それから静かになった。
ナギは悪くない。
なぜナギが観測所に行ったのかは分からないが、そこで碧を守るために戦い、実体のない碧を逃がすために碧を生まれ変わらせるという選択をとったのだから、むしろ感謝すべきだとも思う。
だが、そう思いたくとも思えない。
碧に会えなくなった。
それが、一番大事だったんだ。
なのに、生まれ変わらせたとか。
助けに行ったんだろ? 助けてないじゃないか。
そんな考えが、じくじくと沸き上がってくる。
恨みたいわけじゃない。
でも、恨まずにはいられない。
だけど、恨んだ所で意味もない。
恨みはどこへ。吐き出し先もなく、感情はぐるぐると渦巻く。
そう思いたい訳じゃないんだ。
でも、思わずにはいられない。
俺が、この世界でやっていけたのは。
家族に――碧に会うためだったんだから。
もし生まれ変わった碧と会えたとしても、碧は俺のことは覚えていないだろうし、別の人生を送る他人だ。
俺の、観測所に行くという目的は――母さんには悪いが、もう、なくなった。
もう、観測所に行くことはないだろう。
俺が助けたい、また会いたいと思っていた彼女は、そこにはもういない。
……何なんだろう。
この世界に来てから上手くいかない。
こんな世界だし、特殊な状況に身を置いていることも分かっている。
……だけど。
せめて、大切な人を救って、また会いたいと思うのは。
彼女の笑顔をみたいと思って……
もうすぐ迎えに行けるかも。やっと、行き方が分かるかもって思ったときに、また会えるって、思えたときに。
それは……それは、ないよ……。
俺はどれだけこの部屋で考えていただろうか。
もう、何も。何かしたいと、思うことはできなかった。
このまま、この屋敷のように、朽ち果ててしまえばいいとさえ、思った。
かちゃっと、扉が開いた。
誰かが来たらしい。
この屋敷に人がいたのかと思うが、そんなわけがないし、いたとしても興味が沸かない。
「お兄たん……ほんとに、ここにいた……」
「凪様。……心配しましたの。無事で……よかったですわ」
そんな声が聞こえて、驚いた。
扉の前には、朱と、ナオが立っていた。
「……朱、とナオ、か……」
「はいな。凪様の朱ですの」
朱のそんな言葉も、今は辛い。
ナオは扉の前で座り込んでしまって、動けなくなったようだ。
だが、それがどうした?という考えしか、今は頭を過らない。
なぜ、朱はここに来たのだろうか。
ここは、それほど町から遠い場所ではないのだろうか。
どうやって来たんだろう。
来れたってことは意外とここは町中なのかもしれない。
……どうでも、いいか。
「凪様。元気がありませんね」
「……ああ……」
元気でいられるわけがない。
「私にお話は、頂けませんか? 前も、相談いただけませんでしたの」
話……?
ああ、そうだな……。
話をして、少しは楽になれるなら。
話してみてもいいかもしれない。
だけど、多分この気持ちは、晴れない、
心にぽっかり穴が開いたかのようだった。
いっそのこと、本当に穴を開けて、俺も生まれ変わればいいかもしれない。
話しても無駄だとも思える。
だが、誰かに話すことで、この悲しみが伝わって、そして……
そっとしてくれるのなら、話してみようか。
と。そう、思った。
「俺には大切な人がいた。……でも、その子は、もういないんだ」
「そう、ですか」
「ごめんな。……俺……」
駄目だ。
何も話せるような、言葉が浮かばない。
たった、それだけだ。
もう、俺は……。
俺はもう……駄目だ。
碧がいない。
ただ、それだけだ。
だけどそれは、俺にとっては欠けてはならないことだったと、今以上に深く感じることはなかった。
「凪様。何を謝ってますか? 碧さんがいないなら探せばいいじゃないですか」
……探す?
もう、いなくなった人をどう探せというのか。
探して見つけても、所詮は、弥生達のように俺のことを知らない碧だ。
碧に会って、もし知らないと言われたら……それこそ、俺はもう……。
「お兄たん……朱お姉ちゃんが、碧お姉たんんの場所、知って――」
「――神夜と巫女の子供に、だろ? 俺もさっきナギから聞いた。だから、もう……会えないだろ」
おどおどしながら声をかけてきたナオがびくっと震えたのが分かった。
どうやら俺は、酷く冷たい声になっているようだ。
自分の妹さえ怖がらせるって、駄目だな。
でも、それでいい。
ナオにも、今は会いたいと思えなかった。
だから、それでいい。
そのまま、帰ってくれ。
「凪様は、碧さんとの思い出は心の中にありますか?」
何を急に言い出したのかと思う。
当たり前だ。
そうでなければ、何でこんなに悲しむ必要がある?
「……少し、お話しますの。ナオちゃんはここで待っててくださいな」
「あ……うん……」
まだ帰ってくれない二人がそんな会話をして、一度扉が閉まった。
しばらくしてまた扉が開くと、朱が「よいしょ……っと」と、机に乗り、俺の隣に座った。
このお嬢様は、ほんと……俺が思うお嬢様がしないようなことを平気でするなって思う。
「凪様。凪様は小さい頃のこと、覚えていますか? 私の大切な思い出、ですの」
座ると、朱は俺にそう質問してきた。
「何を……」
「
……知らない。
「あの時は、ギアがいる拡神柱の外に行くことが怖くて……でも凪様はずっと私と手を繋いで安心させてくれました」
……覚えてない。
「魚が釣れなくて、凪様は泣いてましたの。……覚えていますか?」
なんだ。なんだその思い出。
そんなの、覚えているわけがない。
「……記憶にない」
俺の素っ気ない返しにも、朱は怯まない。
ただ隣に佇み、笑顔で俺を見ながら話している。
「では。お母様に内緒で、お母様の誕生日プレゼントを買うためにデートしたことは?」
覚えてない。俺じゃない。
多分、原初の凪だ。
記憶にないのは、俺じゃない凪が朱と過ごした日々だからなんだろう。
……ああ。そうか。
朱は、原初の凪と約束して、原初の凪のことをずっと、想っていたんだ。
「覚えてない」
俺のことが好きな訳じゃない。
そう思うと、余計に辛かった。
大切な人はいなくなり、想ってくれている人も俺ではない俺のことが好きと語る。
酷く、惨めな気持ちも沸いてきた。
「では、凪様が、私の旦那様になっていただけると、言質とられたことは?」
「それは……」
何で、そんなことを聞いてくるんだ。
それが、今必要なのか?
「あんなことしなくても、私は凪様のことが大好きでしたの。だから、必ず、凪様のお嫁さんになるって決めてましたの」
俺じゃない俺が好きって言われて……俺に更に追い討ちをかけるようなことをしな――
「では、もうひとつ。私が。
……私が――――」
……え?
今、何て言った?
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