03-51 その道程は険しく

 太陽が頂点に達し、最も明るく輝く昼。


 四日間かけて辿り着いたその場所には、今は誰も使っていないだろう廃墟があった。


 そこに至るまでの道程は短くもあるが長く。


 華名家が用意した、この時代では現存していることが珍しい、ワンボックスタイプの六人乗りキャンピングカーで目的地までたどり着いた彼等は、それぞれが様々な想いを持ちながら車から降り、目の前の廃墟――奈名家ななけの屋敷を見つめる。


 いや、正しくは。その先にある遠くの青空を眺めている。


 その廃墟の前で、本妻エプロン装着のギア――姫が背後の皆に声をかけた。


「皆様。目的地に到着です」


 その言葉に、皆の緊張が解けて安堵の表情を浮かべる。


 皆の心に浮かぶ想いは一つ。


「久し振りに楽しいドライブだったわ。帰りも楽しみ」


 貴美子の運転する車には、もう、乗りたくない、と。


 貴美子のすっきりした笑顔を見て、帰りも乗らなくてはならないという、逃れられない恐怖に、がっくりと項垂れた。




 ・・

 ・・・

 ・・・・




 男性一名、女性六名。人員が隔たっている構成のこともあり、華名家所有のキャンピングカーで移動しているが、警戒しながらの道程で、思うように進まなかった。


 三日間、移動に費やすもまだまだ目的地には着かない。


 夜は車内で怯えながら就寝し、眠る必要のない姫に守ってもらいながらの旅路。


 このままでは、目的地までにはその倍はかかってしまう。

 食糧もさほど積んでいないことから、引き返して準備を整える必要も出てきたことに、単にギアに怯えながらのドライブの様相を呈してきたこの探索に、弥生は焦りを感じ始めていた。


 ギアと人類が敵対する前の時代では、各都市には交通手段があり、どこでも一日あれば辿り着いていた。


 だが、その手段は今はなく。

 車が通る道路は今は荒れ果て、道として機能していない道を、がたごとと車内を揺らしながら車は進む。


 ギアに遭遇することもなく、ただただ警戒しながらゆっくりと。


 ギアに遭遇しないことが唯一の幸運だと思いつつ、ふと疑問に思った弥生が、ギアに遭遇しない理由について、一度戻ることも踏まえて皆に意見を求めた。


「姫の力を広範囲にばら蒔いてるの。姫に畏れないギアしか近づいて来ないの」


 ナオから返ってきた答えに、皆が絶句する。


「それ……安全に自由に色んな場所に行けるってこと、だよね……」


 革新的すぎた。


 それとともに、一人だけ男で肩身の狭い思いをしていたのはなんだったのだろうかと考えが過る。


「……ナオ。その技術、公表しない?」


 運転席で運転をする貴美子の頭はナオのその技術の素晴らしさにフル回転する。


 その技術があれば流通が改善する。

 今は一部しか持ち得ない車での移動だけでなく、徒歩でもギアに怯えずに移動が可能となる。

 その技術を使えば、鉄道さえ復興が可能だ。


 それは、凪がギアに対する革新とすれば、経済面での革新でもあり、人類の繁栄のためにも必要なことだった。


 つくづくこの兄妹は……と、呆れもある。


「しないの」

「私と同程度のギアが、私と同じく人類に味方するなら可能です」


 それは、「無理」という意味だ。


 だが、貴美子は、ナオの母親である。

 その母親は、ナオが隠していることを機敏に感じ取った。


 ……面倒だからそう言ってるわね。と。


「……じゃあ、先急ぐわよ」


 ナオに無理強いするわけにもいかない。


「……あら、ちょうどいいわね」


 考えが無駄となった貴美子が、ぐっと、アクセルを一気に踏み込んだ。


 急にスピードを出した車の目の前には、斜めに崩れた柱があり、後部座席にいた全員(姫除く)が何事かと思ったときには、車体は空へと向かい斜めに。



 そして、ワンボックス六人乗りの車は。



 空へと飛び立った。



 急激に後ろへ引っ張られる重力。地面へ向かう浮遊感に、悲鳴が車内に蔓延する。


「にぎゃぁぁっ!?」

「ナオ」


 バウンドしながら地面に降り立つ車は何事もなかったかのように進み出す。


 激しく過ぎ去る周りの風景に目を点にしながら驚く目の前には、朽ち果てた一軒家。


 ぎゅるると音を立て、キャンピングカーは目の前の一軒家しょうがいぶつを際どくかわし、斜めに車体が傾く。


 片輪走行しながら車は進む。


 内部の全員は、落ちないように必死だ。

 特に弥生は斜めの下部に位置し、窓の外の景色は高速で過ぎ行く地面だった。

 そんな弥生の恐怖とは別に、反対側の女性陣はさぞかし浮遊感の恐怖に苛まれていることだろう。


「あなた、その技術。姫以外でも活用できる手段くらい思い付くわよね?」


 貴美子が、「ふん……」と鼻を鳴らすと、どすんと音を立てて車体は数回バウンドしながら四駆共に地面に付き、付くと同時にスチール音を立てて左右に揺れながら走り出す。


 後部座席の全員が、座席から少し浮いては落ちては左右に揺れる不思議な体験をしながら悲鳴をあげることしかできない。


「で、出来るのっ!」

「じゃあ、何で」


 目の前に黒い物体がいた。


 ぴっと、貴美子の右手が何かのボタンを押すと、車体下部から何かが迫り上がってくる音がしだした。


 うぃぃーんと、車内に響く音は、ただただ恐怖しか感じられない。


 音が消えると、車体の正面と後部に黒いカバーが現れていた。

 正面のカバーはなぜか尖っている。


「安心なさい。カーボンファイバーの塊よ」


 何を安心したらいいのか。

 何が起きるのか分からず恐怖しかない。


 黒い物体――人型のは、猛スピードで向かってくる車に気付き、臨戦態勢を――


「で、何でそれを」


 ――整えることもできず。

 黒いそれは、接触と共に宙を舞った。


 くいっと貴美子がサイドのブレーキを引きながらハンドルを切る。切りながらアクセルを踏む足はベタ踏みだ。


 タイヤが車内とは違う悲鳴をあげながら白煙を纏う。キャンピングカーはスピードを落とさず進みながらくるくる廻る。


「何でそれを公表しないのかしら」


 遠心力でどこに引っ張られているのかわからない感覚を覚えながら、車内はシェイク。


 ガシャァァンと、くるくる廻る車体に硬い物体――言わずもがな、宙を舞っていた黒い物体がぶつかり、細かい欠片――貴美子曰く、安心できるカーボンファイバーの塊の細かな欠片は、車体の周りに飛び散った。

 それは、くるくる廻る車体の風圧に吹き飛ばされていく。


 車内が衝撃で左右に揺れるが、くるくる廻る車は止まらない。


「ナオちゃんっ! こ、こ、公表してっ!」


 窓から、遥か遠くの木々を薙ぎ倒しながら消えていく、安心できるカーボンファイバーではない黒い物体に、巫女が戦慄した。


 ぐるぐると、まだまだ車は廻る。


「ナオ様。私、あの黒いカバー知ってます」

「何なの!!」

「私は、御主人様に出会う前、あれとぶつかりました」

「「「!?」」」

「ああ。あれ、あなただったのね」


 くすっと笑う貴美子が、更にハンドルを更に切ると、回転は更に加速する。


 勿論、前へ前へと進みながら。


「あの衝撃で体は破損。遥か遠くに飛ばされ辿り着いた先が、御主人様とナオ様の町です。懐かしいですね」


 その思い出に共感できる者は誰一人としていない。

 ただただ、貴美子がギアを牽き倒せるという事実があるだけで、一斉に皆が青ざめた。


 そして、実演も目の前で――


「す、するのっ! だからお母たんっ! お、お、落ち着くのっ!」


 ナオが半泣きで振り絞った声に合わせて、貴美子のギアシフトを握る左腕が残像を残し、前へ進みながらも回転は収まっていく。


「ならいいのよ。偉いわね。ちゃんと判断できて」


 その一択だけにしたのはお前だと叫びたいが、ぐわんぐわんとまだ廻っているような感覚に腹部から込み上げてくる何かを抑えるのに必死で喋れない。


 車は廻るのを止めた。

 止めたのだが。


「さ。すっきりしたことだし。とっとと先急ぐわよっ!」


 きゅいんっと、貴美子の左腕が握り締めるギアシフトが残像を残して最高速へチェンジされる。


「「「やめてぇぇーっ!」」」


 そして、三日間のろのろ運転していたことが嘘のように。


 一日後には、目的地に到着。


 目的地に到着した頃には、一部を除いた搭乗者達は、車が嫌いになった。




 ・・

 ・・・

 ・・・・



「お母様。ここからは、私とナオちゃんだけで行かせてください」


 そんな楽しいドライブから解放された皆が一息ついている時に、朱がそう言って立ち上がった。


「朱お姉ちゃん。ここにお兄たんいるの?」


 そんな質問をするナオに、朱は笑顔を向け、手を繋ぐ。


「朱……あなた、大丈夫?」

「心配ならあんな運転はお止めくださいな」


 朱も、先のドライブはようで、むすっとしていた。


「そうじゃなくて……修練場で気を失ってから、あなた、少しおかしいわよ?」

「おかしくはありませんの」


 貴美子の心配をよそに、朱は即答する。


「でも、ずっと待ってた婚約者がいるのに、他の碧という女性を好きになってしまった凪様に、少しだけ小言を言いたい気分はあります」

「朱お姉ちゃん?」

「私の気持ちを確かめるためにも、二人だけで行きたいのです……ごめんなさい」


 そう言うと、朱はナオを引っ張るように廃墟へと向かう。


「……凪くんに合流したらすぐ戻ってくるのよ」

「……はいな」


 凪の想い人である碧のことを知る貴美子としては、それを朱が知っていることやその碧に凪を会わせようとする朱の心中を考えると、複雑な感情もあった。


 そして、ここに本当に凪がいるのか、という疑う気持ちも貴美子にはあった。

 

 たが今は、母親として、ギアがいるかもしれない守られていない場所で個別に行動しようとする娘達のことが心配でならなかった。



 一方の朱は、迷いなくすたすたと歩き廃墟の豪勢な扉の前へとナオを連れて歩いていく。


「ナオちゃん、行きますよ。……凪様に会いに」


 朱が廃墟の豪勢な扉を開けると、中からカビ臭い匂いが漂ってきた。


 凪がここにいることを確信している朱とは正反対に。

 ナオは、この先に兄がいるとは、信じられなかった。

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