03-50 居場所

 凪が行方を眩ましてから数日が経った。



 戻ってくる気配のない凪に、華名家は捜索隊を、町長である橋本に打診した。


 砂名家に漏れれば、別世界の凪が言っていた、新人類の攻勢が早まる可能性がある。


 秘密裏に行う必要もあり、華名家が動けば察知されるのは目に見えていた。

 その為の隠れ蓑として、町長である橋本への打診である。


 橋本自身、凪の身を案じており、快く応じてくれた。


 だが、早急に探すなら人手が圧倒的に足りないのは事実であり、比較的安全である拡神柱から外へ出るのは、死を覚悟する必要もある。

 ギアがいつ襲ってくるか分からない未知の世界だ。

 特に、先日発生した近場の森林公園でのギア大量発生も外へ出るという行為の危険性に拍車をかけていた。


 捜索隊の人員は、時間をかければ少なからずは集まりはしたであろう。

 しかし、時間はかけられない理由もあり、困難であった。


 彼が一般人であればそれほど大きな問題とはならなかったのだ。


 彼は、この世界で人具を作り出せる『三原』であり、世界中に名を知らない者がいない、稀代の英雄『水原』である。


 彼がいなければ、人具は出回らない。

 彼がいなければ、人々が安全に過ごせる拠点を作る拡神柱も完成しない。


 それは、人類がまたギアの脅威に怯える暮らしに逆戻りすることに他ならない。

 まだ、この町以外でも必死に生きる人がいる。

 そんな人達が安心して暮らせるようにするためにも、それ等は必要不可欠だ。


 まだ復興し始めて手付かずの部分も多くあるが、凪はこの世界にいなければならない存在だということは、彼と付き合いのある皆が知っていることだった。


 しかし、そんな彼の父も行方を眩ましていることから、皆の中に、不安と焦りが押し寄せていた。


 彼も、このまま戻ってこないのではないか。


 必然的に捜索隊は、現れる可能性が低く信憑性の疑わしい新人類のリスクを無視し、大規模にすべきではないかと意見が出始める。


 そんな焦りも、選択肢を狭める一端でもあった。


 各地域への派遣、人員構成、この町近辺にいない場合のことを想定し、砂名家を除く各財閥への支援体制を考え、北の亞名あな、東の太名たなの両財閥へ、どのように声をかけるべきか。


 二人は、護衛も兼ねて話し合いに参加している橋本の息子達也と、砂名財閥のお抱えであった元モノホシの君メンバーの白萩、弥生と巫女、当時その場にいたメンバーで数日学園の理事長室で話し合っていた。


 凪を探すためにも、今は時間が惜しい。


 皆の意見は一緒だった。


「失礼しますね。お母様」


 かちゃっと、理事長室の扉が開き、朱がそんな理事長室に現れた。


「朱……体は、大丈夫なの?」

「はいな。……元々大丈夫ですの」


 朱は修練場での一件の際、凪がいなくなった時に気を失ってから、大事をとって自宅で療養するよう貴美子から言われていた。


「なら、あなたの意見も聞きたいわ。……亞名と太名。両方に話して支援を受けるかとか、ね」

「まだ、公になってなかったからね。水原君が英雄の息子で三原だってこと」


 公表されていれば、もう少し動くこともできた。

 彼の重要性が世間に知れ渡るのだから。


 だが、それは彼の自由を奪うことになる。

 だからこそ、橋本や貴美子は、公表することを躊躇っていた。


「でも、そんなこと言ってたら凪君が危険だよ。やっぱり僕らで探すしか――」

「駄目っ!」


 弥生の言葉を遮り、巫女が急に大声を出し、注目を浴びる。


「弥生は……駄目……」

「巫女……?」

「だって、また……死んじゃうとか、そんなの起きたら……」


 森林公園で弥生が実は死んでいたことを、つい先程詳細を聞いて、巫女は狼狽えていた。


「巫女……大丈夫だよ」

「弥生は、怖くないの……?」


 そっと、涙を流してしがみつく巫女の涙を指で掬いながら、弥生は巫女を優しく抱き締めた。


「僕は一度死んだ。でも、凪君の中にいるナギが救ってくれた。……今度は僕が凪君を助けないと、ね?」

「でも……嫌だよ……怖いよ……」

「大丈夫だよ。今は強くなったし、それに……成頼がある」

「弥生……」

「凪君と、巫女を守るって約束したからね。……もう、死んだりしないよ」


 いつもと変わらない笑顔を向ける弥生をじっと巫女は見つめる。

 やがて、どちらともなく顔を近づけていき――


「はい、そこまで、だ」


 白萩が弥生の頭を軽く小突き、二人が我にかえった。


「お前らな……場所を考えろ。言っておくが、俺は彼女いないからかなり羨ましいぞ、新婚おふたりさん」


 二人の顔が一気に赤くなり、弥生がこほんっと咳払いして気を取り直して話を続け出す。


「……でも、外で戦えるとしたら、僕達くらいだよ? やっぱり、時間もないから少数で探すべきだと思う」

「そうなんだけどね。場所が分かればすぐにでも僕らで行きたいところだけど。……どこへ向かえばいいか分からないからね……。がむしゃらに探しても労力と時間だけが過ぎるのは、探索者も危険だよ」

「それに、お兄さんみたいな人が言ってた新人類も気になりますよね」


 橋本親子の返しに、弥生は焦れったさを感じた。

 だがそれはここにいる誰もが感じていることだとも思い、他にいい方法はないか考え始める。


 凪のいる場所が分かれば。


 それだけ分かれば、後は少数でも事足りる。

 特に、この場にいる仲間達なら。


「……新人類――砂名家は一旦忘れましょう。あれは爺に任せてあるわ。私達は凪くんのことを優先しましょう」


 火之村は今ここにはいなかった。

 砂名家に数人の部下を連れて動向を監視の為出払っている。

 砂名家の主要な拠点とも思われる場所は、華名家の精鋭が現在監視を行っているが、今のところ目立った動きはないと報告が入ってきている。


「とにかく、凪くんの場所に心当たりがある人は、いる? いないなら、さっきの話の通り、亞名と太名に支援を受けるための話に戻しましょう」


 貴美子の言葉に、全員が口を閉ざした。

 それは、この数日、皆が考え、出しあった結果でもある。


 やはり、自分達だけで探すのは難しい。


 そんな現実に、沈黙がしばらく訪れた。



 だが、その中で、一人。


「凪様の行方なら分かりますの」


 朱が、そう言った。

 その場にいた誰もが、その言葉を疑う。


「あ、朱君は行方不明の水原君の居場所を、何で知っているのかな?」


 橋本が驚き声のでない皆の疑問を代弁するかのように聞く。


「凪様の中にいる、ナギに頭の中に入られた時……少しだけあの方が凪様に伝えようとしていることが流れ込んできました。だから、知ってますの」


 それが分かっていれば、こんな議論は必要なかったのだが……という感情は後回しにし、皆がその場所を聞きたがる。


「凪様は『奈名なな』家にいますの」

「え……何で大財閥の話が?」

「朱ちゃん。もう、後継者がいなくて潰れてるよ? そんなとこに何で?」


 白萩が新婚二人の言葉に軽くため息をつく。


「二人とも知らないのか?」

「え? 何を?」

「水原の母さんの名前」


 そう言われてもぴんとこない二人が同時に首を傾げた。


 俺より付き合い長くて知らないとか……

 白萩はただ呆れるだけだった。


水原命みずはらみこと。それが凪様のお母様の名前ですの」

「みこと……?」

「旧姓は、奈名。だから、凪様は私の婚約者なんですの」


 さらっと凄いことを聞かされて、二人が固まる。


「それだけじゃないけど。二人は小さい頃から仲良かったからもあるわよ?……言質、とったの懐かしいわね」


 口許を抑えて笑う貴美子の言葉に、二人が再起動する。


「待って……待って……。じゃあ、凪君って……」

「英雄の息子で、三原で……大財閥の、跡取り?」

「そうなるね。……二人とも、本当に知らなかったのかい?」


 橋本がここぞとばかりに、ふんすっ、と鼻息が荒い。


「由緒正しき家系なので私の婚約者ですの」


 でも、その凪様の心は私にはない。

 そんな考えが過り、朱の心は沈んでいく。


「……ですから、ナオちゃんと姫さんに。今、向かう準備をしてもらってましたの」


 そんな沈みは一瞬。

 今は、凪様に会うことが先。

 だから、皆が集まるここに来た。


「向かう準備って……奈名家にかい!? 遠いよ!?」

「遠くても大丈夫です」


 かちゃっと、理事長室の扉が開き、ナオと姫が姿を現した。


「朱お姉ちゃん。準備できた」

「ありがとう、ナオちゃん」


 入ってすぐのところで止まるナオに近づき、朱は頭を撫でる。


「皆さんにお願いがあります」


 改めて、朱は皆を見て、告げる。


「私と一緒に、凪様のいる奈名家に、向かって頂けないでしょうか」

「朱……あなた……外に、あなたが出るの?」

「はいな」

「死ぬ気? 貴方はここで……」


 貴美子の心配をよそに、朱は急にくるっと踵を返し、姫を見つめる。


「意外と安全かもしれませんよ? 姫さんより強いギアに遭遇したら大変かもしれませんけど」


 そう言われてみれば。

 この姫はここにいる誰よりも強いであろう事は間違いないと誰もが納得し、それと共に、皆が凪を見つける可能性を感じ、喜びを隠せなかった。


 が。そんな中。


 朱は、先の発言の後、「ん?」と不思議そうな表情を浮かべ、姫を二度見した。

 姫をじっと見つめ、にこっと笑顔を向ける。


「姫さん。凪様の本妻は私ですの」


 ぞわっと。

 笑顔の朱の背中から、姫の本妻エプロンを見て白犬が立ち昇った。


「いえ、御主人様は言われました。華名様やナオ様を気にしなくていいと。ですので気にせず本妻を名乗らせていただきます」

「違う。お兄たんの本妻はナオなの。きせいじじつ作るの」


 そこに、譲れないナオが黒猫を纏って乗っかる。


 突如始まった、白犬と黒猫、メイドギアの奇妙な争いに、皆は出鼻を挫かれ――


 そして。

 案内役として貴美子と、護衛として弥生、と、弥生から離れたくない巫女と共に、拡神柱の外へ。


 凪のいる奈名家へと、旅立つ。

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