交わる世界
03-49 絶望は、話の後に
君の想い。受け取ったよ。
そんな声が聞こえて、俺の意識は覚醒した。
真っ暗な闇がぱっと
そう言えば、前にもこんなことがあった気がする。
自分の部屋で目覚めたあの瞬間もそうだった。
あの時は、自分の部屋の天井が最初に映った光景。
天井にシミなんてないのに数えてやろうかと思った。
それが、この世界で目覚めた最初。
あれから一年とちょっと。
色々知ったこともあれば辛いこともあった。
次はナギとの初めての邂逅。
真っ白な天井。真っ白な部屋。
真っ白だらけ。
色々知れたあの時は、分からないことだらけの俺にとって、有意義だった。
次は森林公園での戦いの後。
自分の部屋の天井が最初に映った光景。
天井のシミを数えるのは俺じゃないだろと、よく分からないことを考えた。
……天井ばっかじゃねぇか。
だが、今回は違う。
目の前に広がる光景は、廊下。
その廊下は人が四、五人すれ違える幅があり、地面には煤けてはいるが赤い絨毯のような敷物が真ん中に敷かれている。
天井を見てみると、大きなシャンデリアが続いている。
電気が通っていないのか、今はどれも光っていないし、廊下に落ちて破砕しているものもある。
廊下の壁には窓が一定の間隔で設置されていて、そこから外の景色が見えた。
外はもう夕方なのだろう。
赤い夕陽が、地平線に落ちて見えなくなる時間のようだ。
その窓の先には廊下に沿って続く空間があるが、そこは窓の下部にかかるほどに生長した雑草でよく見えない。
明らかに廃墟。
ぼろぼろになっていなければ、さぞかし大きく綺麗な屋敷だったのではないだろうか。
そんな廃墟に、なぜ俺は一人でいるのだろう。
そう思い、先程まで何をしていたのかを思い出してみる。
「あ……あぁ……っ」
皆を美味しそうだと思った。
皆を、殺そうとした。
腕が、伸びた。
まるで、ギアのように。
「俺は……ギア、なのか……?」
⇒違うよ。
そんな、俺の独り言に、左目が反応した。
「ナギ……?」
⇒久し振りだね。
久し振りの相棒に、ほっと安堵する自分がいる。
⇒ちょっと、色々あって、君から離れてた。
「離れてた? なんだよそれ」
⇒君にも関係ある話だよ?
⇒碧や、君の母さんに関係――
「碧!? 母さん!? お前、観測所に行ったのか!? どうやって!」
⇒行ったよ。行って、話してきた。
⇒……言わなきゃいけないこともある。
そこで、ナギの文字は途切れた。
何を? 何を言う気なんだ?
⇒絶機に襲われている二人を助けにいった。
絶機?
……ああ、森林公園で戦った、人の皮を被ったギアも言っていた言葉だ。
ギアの名前?
それが、観測所に?
⇒絶機はギアの名前じゃないよ。
⇒絶機は、ギアの頂点に君臨する、ギアの母――ノアが産み出したギア。
「ギアを産み出した? ギアがギアを?」
⇒そうだよ。
⇒残忍な、ただ人を殺すだけの機械兵器をね。
⇒そのプロトタイプが絶機。圧倒的な力を持った四体の、ギアだ。
そんなのが、この世界に四体もいるのか。
その絶機に、観測所は襲われた。
そして、母さんとナギが撃退した。
俺はこの時そう思って、別の気になった話をナギに聞くことにした。
「……その母って、何なんだよ」
⇒人が作った、世界再編プログラム搭載軍事高性能量子コンピュータ――
⇒通称『ノア』。ノアの方舟からとったそうだよ。
量子コンピュータ? パソコンのことか?
⇒君のいた世界では、まだ完璧に出来上がっていなかったから、知らないかもね。でも、この世界ではそれは一般的だよ。
それ位できなかったら、人の模倣であるギアなんかできるわけないからね。
パソコンのことをよく分からない俺は、無言で返しておいた。
ナギが笑った気がして、ちょっとムカッときた。
とりあえず、今はナギと話すにしても立ったままだと疲れる。このちょっとしたムカつきも、疲れからだろう。
話している間に一気に薄暗くもなってきていた。
⇒この廊下の先に部屋がある。そこだけは、電気が付くよ。
ありがたい。
ナギのナビゲート通り俺は進んでいく。
とは言っても真っ直ぐだ。
酷く歩きづらい廊下を、俺は歩いていく。
それほど長い時間歩いたわけでもないが、目的地に着く頃には辺りは暗く。
暗闇に慣れた俺の目に、扉が映った。
ドアノブを掴んで扉を開けると、酷く埃臭い匂いと鉄錆のような匂いがして、こほんっと咳払いを一つ。
扉の隣の壁を手で探り壁面タイプの照明スイッチを見つけて押すと、ぶぅんと音と共に、天井のライトが一斉に点いた。
明かりが点いて部屋の中を見ると、埃を被った机が複数あった。この廃墟は何年も人が住んでいた形跡がない。
机の上に、何かの実験器具のようなものが置いてあることに気づいた。
その実験器具と一緒に、丸い鉄のような物体がいくつか置いてあり、これが鉄錆の原因なのかと納得した。
⇒さっきの話だけど。
椅子がなかったから机の上に座って一息ついた後に、ナギの言葉が左目に表示された。
⇒君は、ギアじゃないよ。
「じゃあ……俺のこの左腕はなんなんだよ」
あの時、俺の左腕は、伸びた。
人間にあんなことができるはずがない。
腕が伸びるとか、どこのゴム人間だよ。
⇒僕が戻ってきたのは、ついさっきなんだ。
⇒君の
あの時――修練場で、俺はなぜか
そのタイミングで、ナギは観測所から戻ってきたのか。
……いつ居なくなったかは知らんが。
⇒その時に、一緒に観測所にいた絶機の考えが流れてきてしまっていた。
⇒悪かったね。嫌な気分にさせた。
⇒今はあの気持ちは僕が預かっている。だからあの考えは君が思っていることじゃないと、思ってくれて間違いないよ。
⇒君は、間違いなく、人だ。……ああ、人と言っても、刻族って人種だけどね。
……よかった。
本当に俺の感情なのかと思ってしまった。
それだけ分かっただけでも、安堵した。
これで、俺は皆の元へ戻っても大丈夫そうだ。
だったら、こんなところにいないで早く戻ったほうがいいのかもしれない。
だが、どう言って戻る?
ギアじゃありませんでしたーっ、とか茶目っ気たっぷりに戻ってみんな納得するのか?
やはり、まだ左腕が伸びた理由が分からないと、戻ることはできなそうだ。
⇒簡潔に言うと、君は左腕だけ人の腕じゃない。
⇒気にならなかったかい? 佑成で力――守護の光を使った時に、左腕だけ力が通らなかったことに。
「ああ、それは気になったけど、てっきり左腕だけその力の恩恵を得られないだけなんだと……」
⇒弥生達は体全体に纏えているのに? 君以上に観測所から守護の光の恩恵を得られる人はいないよ?
「……それもそうか」
むしろ、観測所から得られるあの力が、守護の光って名前だったことのほうに驚いてしまっている自分がいる。
なぜだろう。
もしかしたら、俺はこの左腕のことを知っていたのかもしれない。
⇒君の腕は。……君がこの世界に来る前から。とあるギアの腕が移植されている。
「……ギアの、腕?」
⇒そう。ギアは守護の光を纏えない。
だから君の左腕だけは纏うことができないんだ。
「ああ……そういうことか……でも、なんで俺の左腕は……ん? なあ、さっきの絶機に関係しているか?」
⇒君が知るには、もう少し知識が必要だね。それは今度やってほしいことがあるから、その時に話をするよ。そのほうが分かりやすい。
「いや、そう言われてもな……いきなり腕が伸びるんだぞ?」
何か思い出しそうな、そんな感情が渦巻いていた。
何か、忘れている。
でも、それは思い出してはいけないという気持ちもあって、今の話にとても重要な……そんな気がした。
なんだ? この引っかかりは。
何かを思い出す?
俺は、何かを忘れている?
それは、俺が昔この世界にいたということにも関係しているのか?
だったらそれは。俺の知らない原初の凪の記憶なのではないだろうか。
確か、原初の凪は、死んだと言っていた。
だが、俺――いや、オリジナルと呼ばれる五人は生きた場合の原初の凪だ。
何かがあって生き残る選択がされ、そして五人のオリジナルが生まれた。
そう考えるとしっくりきた。
その、生き残る選択が、今の俺のこの感情に直結している気がする。
⇒それよりも、一つ。
深く考え込んでいた俺の左目に、ナギの言葉が表示される。
「あ、悪い。何かあるか?」
⇒言わなきゃいけないことがある。
「なんだよ……あ。そうだ。観測所の碧は元気だったか?」
ナギが碧を実際見た感想も聞いてみたい。
早くあそこから助け出してやらないと。
ナギが行けたなら、行き方が分かったなら、すぐにでも俺も行けるかもしれない。
希望が見えた。
だから俺は、次のナギの言葉が、信じられなかった。
⇒碧はもう、いないよ。
「……は?」
何を言った?
こいつは、俺に何を伝えた?
言われた意味が理解できない。
⇒ごめん。君が望むように、助けられなかった。
嘘だ。
嘘だろ?
何から助け――絶機? 観測所に絶機が現れたって……まさか。
⇒絶機から救うには、あれしか方法がなかった。
⇒母さんと一緒に、僕は碧を助けた。
なんだよ……助けたんじゃないか。
⇒生まれ変わらせた。別の世界で。
……は?
「生まれ変わらせ……た?」
⇒もう、碧は、別の世界で新たな生を、迎えていると思う。
新たな生?
生まれ変わる?
碧は、いない……?
なぜ?
あれ?……そうだ。あの時。
観測所で、母さんはナオを救うときに何をした?
碧の体をナオに、渡した。
ナオに体を渡したってことは、体がない。
体がないから、あそこの世界にしかいられなかった……?
だから、碧には体が必要……。
体を手に入れるにはどうしたら手っ取り早い?
生まれ……変わる……。
だったら、だったら……
最初から俺が助けようとしても……
碧は、碧として。俺の知る碧として、助けてあげられなかった……?
⇒神夜と、巫女の子供として、僕が生まれ変わらせた。
⇒絶機から、助ける為に。
「……碧は……もう、いない……?」
俺の中で、何かが崩れる音がした。
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