ターニングポイント

??-?? 碧のターニングポイント


 温かい。


 ボクが感じたのはそんな想いと気持ち。


 ふわふわと浮いているような。

 まるで人肌の温かさのあるお湯に包まれているような、そんな中をふよふよと浮いているような感覚。


 あ、そう言えば……


 ナギが、何か言っていたような気がする。


『君は、これから生まれ変わるんだ』


 あ……そっか。


 生まれ変わるんだ。

 ううん。

 もう、生まれ変わったんだね。


 観測所ポートって場所で黒い機械――ギアに襲われて。

 みことさんや、急に現れたお兄ちゃんそっくりな二人や、子供の頃のお兄ちゃんの姿のナギに助けられて……


 その後、暗闇の中でナギに言われたこと話をボクは思い出した。


 命さん、大丈夫かな……。

 ナギはお兄ちゃんと助けに行くって言ってたから大丈夫なのかな。


 もう、助けられたりしてて。

 だったら嬉しいな。


 ……でも、ボクはそこにはいない。


 お兄ちゃんには、もう……会えない。


 だって……さっき、ナギが言ってた。


『君は、これから神夜しんやと巫女の子供として生まれ変わるんだ。君が凪と会ったあの世界の神夜と巫女だよ』


 御月みつきさんと巫女ちゃんの?

 じゃあ、二人には会えるんだ。


『本当は、凪のいる世界に生まれ変わらせたかったけど。残念だけど、難しかった。僕には凪や母さんのような観測所の力はないからね』


 少し悲しそうなナギが印象的だった。


 じゃあ、もうボクはお兄ちゃんに会えないの?


『いつか会えるかもしれない。でも、それは君じゃないと思う。君が君でいられるのは後僅かだし、凪だってきっと違うと思う』


 ……うん。何となく分かるよ。

 碧としては、もう会えない。

 お兄ちゃんも、お兄ちゃんじゃない。


『ごめんね』


 ううん。気にしないで。



 ……お兄ちゃんを助けに行くんでしょ?


『うん。凪はきっと助けるよ。……君のためにも』


 ……うん。



 ナギの声は聞こえなくなった。







 いつまでこうしていたのかは分からないけど、しばらくゆらゆらと揺れに身を任せた。


 ボクは動けなかった。

 必死に動こうとしてみたら、足が少しだけ動いた。


「あ」


 声がうっすらと聞こえた。

 その声に耳を澄ます。


「神夜っ。動いた!」

「え、何が?」

「赤ちゃんっ! 私達の赤ちゃんっ!」

「おおっ!? ほんとかっ!」


 そんな、ボクにとっては懐かしい声。


 ああ、巫女ちゃんだ。

 御月さんの声だ。


 ボクの。

 新しいボクのお父さんとお母さん。


 ふふっ。もし、産まれて喋れるようになったら驚かせちゃおう。


 ボクは碧だよ。って。


 あ。これがテレビで見たことのある、前世の記憶がある子供なのかな?


 ボクは、産まれたら覚えてるかな?


 今から楽しみっ!


 そう、産まれることを楽しみにしながら。

 ボクは巫女ちゃんのお腹の中で成長していく。


 後少し。後少しだよ。













「やっ―――手に――」

「――みど――ぼ――の――り」







 なに?

 何の声?


 やめて。

 なんで?

 何でここからボクを出すの?




 なに。

 なにこの冷たい周りの――液体?


 冷たい。

 苦しい。

 何が? 誰?








「僕の、碧――やっと――手に入れたっ」




















 ボクの意識は新しい体から離れてそこにいた。


 ここはどこだろう。


 辺りは西洋風の部屋の中。

 ボクの体はいつもと変わらない姿で、その部屋に。

 すぐ後ろには木製の扉があって、部屋の中には石囲いの暖炉や壁には剣や盾が飾られている。

 部屋の中央には、紫とピンクの天蓋付きのお姫様ベッドがあって、そこに一人、ボクに背を向けて女性が俯いている。


 知ってる。

 あの後ろ姿は間違いない。



 巫女ちゃんだ。

 懐かしい。巫女ちゃんだっ!



「巫女……」


 がちゃっと背後の扉が空いて、懐かしい人がまた現れた。


 御月さんだ。

 ああ……変わらない。

 サンタみたいな帽子。まだ被ってる。


 ……あれ?

 御月さんと巫女ちゃん、まったく変わって……ない?

 赤ちゃんが出来たってことは、二人ともいい大人なんだって思ってたけど。


 そんな風に思ってたボクは、二人の間に流れる異様な空気に気づいてなかった。 

 ううん。

 気づきたくなかった。


 巫女ちゃんは御月さんが現れても動かない。

 御月さんも悲しそうな顔して巫女ちゃんに近づいていく。

 ボクも、ふよふよと浮きながら近づいていった。


「神夜……」

「巫女……」

「あのね。赤ちゃんが、いないの」

「巫女……」


 そんな言葉に、愕然とした。

 ボクは、どうなったんだろう。

 巫女ちゃんのお腹の中にいたボクは?


 ボクは、生まれ変われなかったの?


「あんなに元気だった……私の……」

「いい。巫女……お前のせいじゃない」

「ごめんね……ごめん……ね……っ」


 御月さんに抱き締められながら巫女ちゃんはうわ言のように謝り続ける。


 何があったの?

 それに。ここはどこなの?


 今にしてみればおかしい。

 こんな部屋の中に、巫女ちゃんがいることがおかしい。


 なんなのここ。

 御月さんも巫女ちゃんも、なんでそんな……旅人みたいな服を着てるの?

 壁にかけられた剣も、あれ本物の……


「すまない。私がもう少し……」


 いつの間にか、もう一人。

 知らない人がベッドの傍に立っていた。


 体を鎖のような鎧に身を固めて、細長い、壁に立て掛けられているよりももっと豪華そうな剣を携えた人。


 まるで、剣と魔法の世界に出てきそうな、西洋の騎士みたい。

 背中の青いマントなんて、豪華すぎ。


「……あんたは、あの場にいなかったんだ。悪くない……俺が……あの時、無理矢理にでも、力を、使えばよかったんだっ!」


 放心状態でお腹をさすり続ける巫女ちゃんを御月さんはぎゅっと抱き締めた。


「……私達、東の国は、彼を――サナを、永久追放する。あいつは、狂っている」

「……だからなんだよ。あいつがいなくなったら、俺達の子供は戻ってくるのかよっ!」

「……すまない」


 多分、この人は偉い人なんだと思う。

 この人がいなかったから、ボクは産まれなかった?

 産ませてくれなかった……?


 誰?

 サナ?

 その人が、ボクを――


 サナ……? さ……な……?



「……俺達は、ここを発つ。もう、ここには来ない」


 御月さんが、巫女ちゃんをお姫様だっこして男の人の横を通りすぎていき、扉から出ていった。


 巫女ちゃんは、終始、ずっと涙を流して、呆けるようにお腹をさすっていた。

 ずっと、何もないお腹に語りかけている。






  産んであげられなくて、ごめんね








 ……大丈夫だよ。


 ボクは知ってるよ?

 巫女ちゃんがどれだけボクを好きでいてくれたか。

 巫女ちゃんがどれだけ優しいか。知ってるよ?


 だから……巫女ちゃん。泣かないで。






 ボクがきっと。

 きっと何とかしてみせるから。

 きっと、何か方法があるはずっ。




 でも、どうやって?

 ボクはもう、生まれ変われない。




 生まれ……変わる……?




『ここはね。刻族って人種の世界。なっくんも私みたいに行ったり来たりは、そのうち出来るけど。まだまだ先。誰の力で来たのかは知らないけど。なっくんの力じゃないでしょ?』


 ……あ。観測所の力……?


 あの時、お兄ちゃんは誰かの力を使ってあの場所に精神だけ来てた。


 その精神は、あの場所で命さんに形作ってもらえてた。

 ナギが呼び出した二人のお兄ちゃんも、あの世界にいた、精神体? 複数お兄ちゃんがいる? 別の世界?


 そう言えば、ボクも命さんから体を形作ってもらってた。


 だったら。あそこにいる精神体は……

 誰かに呼んでもらえる、意識してもらえたら、形作れる?

 ううん。違う。

 多分、ある程度は合ってるけど、どこかが違う。

 命さんやナギだから出来たこと?


『観測所から力が流れ込むなら逆もできるでしょ? 流れを作ってお邪魔してみた』


 ナギが言ってた。

 観測所の力は逆に流し込めるって。

 ナギはその流れを逆に辿って観測所に来てた。

 じゃあ、その力を辿れば。

 ボクもお兄ちゃんの世界に、辿り着くことができる?


 ……力?


『あなたは直ちゃんに体をあげたから、精神だけになった。この観測所は、そう言う精神とか、何かしら終えたものだけが、次の為に集まるとこなの。だから、ここから、次へ生まれ変わるのよ』


 観測所は、次に生まれ変わるための場所って命さんが言ってた。

 でもその力は、ボクには――


『その力を行使できるのは、刻族。私となっくん。後は精神に今ちょーど、力を流し込まれている碧ちゃんね』


 ボクには、観測所の力が、命さんの力が、ある!


 そう、だ!

 あそこの力を使えば、きっと……っ!



 待ってて!



 きっと。きっと会いに行くからっ!

 お腹の赤ちゃんだって、助けてみせるからっ!



 ボクがそう強く願うと、白い光がボクの体から溢れ、ボクの意識は薄れていく。







 そして、ボクは。



 



    生まれ変わった。


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