03-48 交わるポイント


「爺、砂名家を――」

「はっ、至急手配……」


 俺は今すぐ動こうとする二人を手で制した。


 ずぼっと。

 壁に埋まったままの砂名が抜き出され、辺りの救助隊が騒がしくなる。

 担架が運ばれ砂名を乗せようとしているが、大の大人が二人で持ち上げようとしても持ち上がらないようだ。


 当たり前だ。

 体はすでにガチガチの機械で総重量もかなりある。


 その砂名は意識を失っている。無防備な状態だ。


 今なら砂名を殺せる。

 砂名が、逃げ帰る前に。

 だが、俺にはそれができない。


 思った以上に時間はなかった。

 伝えたいことさえ伝えられない。


 このよ。それまでは、ここに、存在していて欲しい。


「まずは砂名を……殺すことで変わる。それが、一つのポイント……滅んだのは、砂名が逃亡し、自分の財閥の全てをなげうって新人類と報復に来たから……」

「では、いますぐにでも――」


 火之村さんが見たことのない武器を持ち砂名へと歩き始めた時。





 爆音が響いた。




 ――そう、それが出来れば、俺達の世界もああはならなかったのだ。




 ……やはり、未来は変えられないようだ。




 急激に薄れていく意識が恨めしい。

 恐らくは、俺の世界に近しい事態が起きている……いや、事態を起こそうとしているのだろう。


 強制力による排除。


 同じ道を進む世界に、同一人物がいる。

 そして、進むべき未来を変えるために動く、不穏分子の世界からの排除。


 歪みを強制しようとする、世界の強制力だ。



 抗いたい。

 生きたい。



 だが、世界は俺を弾き出そうと動く。


 そして、俺が知る、世界へと――


 やはり、変えられない。

 だが、変えてみせる。

 だから、だから――誰か、俺の言葉を――






 辺りに爆音とともに壁の欠片が飛び散り、俺の声は消える。




「何があったの!?」


 そう驚き叫ぶ華名さんの近くに、べちゃっと壁ではない何かが落ちた。



 ぴくぴくと動く塊だ。

 液体を撒き散らしながら飛来したそれは、つい先程までは生きていたであろう、



 人の、肉だ。



 悲鳴が上がるが更に爆音は続く。

 辺りの壁が吹き飛び、男勢は必死に手に持った武器で彼女達を守る。

 だが、全てを守れる程の量ではない。

 神夜と達也は巫女と自分を必死に守り、同じく、火之村さんも白萩も、華名さんと華名さんが守るように抱き締める少女を守ることで手一杯だ。


 原形を留めた人が猛スピードで降ってきた。

 それが、ナオという少女に落ちていく。


 ああ。あの子はもうだめだな。


 助けてやりたかったが、俺には出来ない。


 この世界の凪と深い関係にあるだろう少女が死ぬ結末に、俺はゆっくりと目を閉じようとした。


 体も、もう動かなかった。

 動こうが、所詮、このには、何も出来ない。

 触れられないのだ。何にも。


「ナオ様、ご無事ですか」


 そんな言葉と共に、飛び交う瓦礫と共に人が現れた。

 降り注いだ人をいとも簡単に吹き飛ばし少女を守り、周りの降り注ぐ残骸さえも、伸ばした腕で一気に吹き飛ばす。



 頭にはホワイトブリム。

 穢れのない純白のエプロンドレスに、ピンクのフリルの着いた、『私が本妻』とプリントされたエプロン。

 元に戻った両手には、オタマとしゃもじ。



 まさか……こんなところで……

 第一級災害指定ギア『鎖姫』だと……!?


 なぜだ。

 なぜこんな所にこいつが……

 だが、本妻とは、何の話だ?

 なんだあの服は。


 思わず消えかけていた意識さえも持ち直してしまうほどに、俺は衝撃を受けた。


「姫ちゃん! ありがとう!」

「拡神柱が壊れておりましたので、難なく入れましたが……どういう状況でしょうか」


 そんな鎖姫に、巫女は抱きつきお礼をする。

 なぜだ。あの鎖姫だぞ。


 あらゆる都市を滅ぼし、ギアの中でも最強の部類に入ると言われた……


『鎖と踊る』『包丁使い』

機関銃ガトリングの微笑み』

『終わりを告げる姫』

『死神の鎖』『不死の女神』


 二つ名を挙げるとキリのない、俺さえ逃げた、あの鎖姫だぞっ!?


「鎖……姫……」

「……精神体を確認。あなたは、御主人様ではありませんね。誰ですか。私の御主人様はどこへ?」


 御主人様……?

 この世界の凪は、ギアに何て呼ばせて――いや、私のって……何をやらかしたんだ!?


「現状の説明を求めます」

「いや……」

「今は砂名を確保するのよっ!」


 飛来物が収まったことを確認し、華名さんが火之村さんと白萩に指示を出した。



 いや、もう遅い。



 二人が砂名を探した時には、すでに砂名の前には二人の男がいた。

 正しくは、二体の男型というべきか。


「砂名は、渡さない」


 先程担架で運ばれていった男達だ。

 砂名の腰巾着。

 モノホシの精鋭だ。


 軽々と砂名を抱え、ゆっくりと、後ずさっていく。


 ああ、やはり。

 俺達の時も、あのように砂名を抱えて去っていった。


 俺が守護の光を使って、戦えれば……


「華名さん」

「……あれを止めれば、あなたの世界のように、新人類は現れないのね?」

「華名さん……もう一つの、ポイントを……」

「それよりも、答え――あなた……」


 俺の姿を見て、華名さんが驚いた。

 ……あまりの衝撃に持ち直したと思ったが、持ち直しているわけがない。

 やはり、無理があった。

 だが、戻ったところで、俺の体はあちらの世界には、もう、ない。


 このまま、俺は消えるのだろう。


 華名さんに守るように抱き抱えられていた朱という少女も目を覚ましたようだ。


 ぼーっと辺りを見て、俺と目が合う。


「凪様……透けてる……」


 まだ意識がはっきりしていないのか、俺の姿を見て呟いている。


 この少女が何者なのかはよく分からない。

 なぜなら、俺の世界では、華名さんには子供がいなかったはずだ。


 死産、と、聞いている。


 やはり、この世界は違う。

 俺が来たからか。――いや、俺が来る前から違っているように思える。

 まさか、この朱は……この少女が産まれたことが――


 かくんっと、そこまで考えたところで、急に俺の足が力をなくした。


「時間がない。華名さん。もう一つのポイントだ」

「待ちなさい。あなた、消えそうよっ!? 何があったの!? あなたの世界で――」

「俺は、あちらの世界では死んでいる。今頃は、ギアにばらばらにされてあいつ等の腹の中だ。残った残骸さえも、新人類の研究にでも使われているだろうさ」


 体ごと、こちらに来たかった。

 それができれば、俺は、また――


奈名家ななけ


 声を出すのももう辛い。

 後僅かだろう。

 だから、その前には。

 この世界には。

 俺の世界のように、なって欲しくはない。

 ポイントの一つは潰えた。

 だが、もう一つある。


 だから、頼む。


 凪。


 この世界を守ってくれ。

 俺の仲間だった皆を。守ってくれ。

 その為に、俺は、道標として、もう一つのポイントを――


「ギアの――新――類の研究――あれがなければ、あいつらは――れない」


 俺は伝えられただろうか。


 最後に、一目、巫女を、見たか――










 そこにいたのかさえ幻だったかのように、凪は景色に溶け込むように消え、辺りに静寂が訪れた。


 消えた。何だったのか。

 そこに本当に凪がいたのか。もしかしたら、ナギが空へと消えていった時から、皆があまりにも混乱して見てしまった幻覚だったのではないか。そう思えるほどに、そこには何も残っていない。



 分かることは、彼が伝えた、新人類がまもなく産まれ、人類が滅びを迎える。

 それだけだった。


 警告。

 その為だけにここへ来たようだった。


 そして、その新人類を産み出す砂名は、すでにこの場にはいない。


 消え行く凪を見ていた皆が、砂名達が逃げていたことに気づいたのは、すでに姿が消えた後。

 奇しくも、世界を変えるために別世界から来た凪に、砂名は守られ、逃げ出していた。


 砂名が現れて始まったこの騒動は、砂名が逃げたことで、そして凪がいなくなったことで終わりを迎えた。



  


「ナオちゃん」


 そんな静寂の中、朱が座り込んだままのナオに声をかけると、今まで反応をほとんど見せなかったナオが、顔を上げた。


「朱お姉ちゃん……いくら未来を見ても、碧お姉たんがいないの」


 その顔は涙で濡れ、空笑いの笑顔がナオに張り付ていて、酷く悲しい想いをしていることがわかった。


「お姉ちゃんがいないの?」

「そうなの……碧お姉たんは、ナオがいくら未来を見てもいなかったのは、もう、碧お姉たんには未来がなかったからなの。もう、生まれ変わってるから」

「悲しい?」


 助けを求めるように見つめるナオの頬を伝う水を、そっとポケットから取り出したハンカチで拭いながら、朱は聞く。


「悲しいの……悲しいよっ!」


 また溢れだす涙を拭いながら、ナオを見ているといとおしさが込み上げてきて。朱がそっと抱き締めると、ナオは大きな声で鳴き始めた。


「大丈夫ですの――だから、大丈夫」


 そう、優しく抱き締めながら、朱は断言する。


 その言葉を聞いて、ナオの嗚咽が少しずつ収まっていく。

 顔をあげて朱をじっと見てきた。

 朱が呟いた、ナオにしか聞こえなかったであろう言葉を噛み締めるように、涙で濡れた顔を、驚いた表情に変え。


 この世は不思議に満ちていると言っていそうな、きらきらするいつもの大きな瞳が、今は涙で濡れて、台無しですの。


 そんなことを考えながら、朱は立ち上がり、ナオに手を取るように、立ち上がるように促す。


「碧さんの居場所は知ってますの」

「え……?」

「いますよ。ここに。この世界に」








 私は知っている。

 凪様が、ナオちゃんがここまで愛している碧という女性がどこにいるのか。


「さ。行きますの。碧さんを、凪様に会わせるために」

「朱……お姉ちゃん……?」


 嫉妬しちゃうくらいに悔しいけど。

 やっぱり、会わせるしかないかなって。


 あーあ。

 凪様の心が私に向かなかったのは悔しいですの。






 私は、今。


 笑顔でいられているかしら。



 ……ううん。

 きっと無理。


 だって、涙が溢れてますもの。

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