03-47 別世界の話


「――間に合わなかったか」


 俺は、の中に集まる俺の仲間達を見つけてその場へと降りていった。


 火之村さんが主人である華名さんに恭しく頭を垂れている。


 火之村さんのあの行動は覚えている。

 やはり間に合わなかったのだろうか。


 すでに、砂名さなが――あれ? 砂名がいない。


 ……おかしい。

 この時間に砂名がはずだが。


「……。巫女。今の状況を教えてくれ」


 フードを外すと妙に驚かれた。

 まあ、驚かれるのも無理はないだろう。

 なんせ俺がふた――あれ? 俺がいない。

 ……おかしい。

 俺はどこへ行った?


「なあ、神夜」

「……ああ、僕のことかな? 凪君」

「君付けとか……え、キモいんだけど」


 神夜は神夜だろう。

 何を惚けたことを言っているんだこいつは。


 ……あれ……? え? 待て待て。


「……何で、お前生きてる?」

「はっ?……いや、ナギ君が助けてくれたんじゃないか」


 神夜を見るのは久しぶりで、思わず涙が零れそうになった。

 決して、恐かったからじゃない。


 だが、今、なんといった?

 俺が? お前を?


「そんなことよりっ! さっきの何だったのさっ! いきなり現れて、ナオちゃんを苛めて、朱さんなんか意識ないよっ!?」

「……」


 なんだ? 何がどうなっている?

 ナギ?……俺とは違うニュアンスで言っている?

 俺が他にもいる?

 それに……


「ナオ? 朱?……誰だそれ」


 何を言っているのか。

 それは、だ?


「流石に、それは……ないんじゃないかな」


 ぴきっと、神夜から怒りが漏れだしたのが分かった。


「いや、誰だよ。そこにいる子達か?」


 俺は華名さんに抱かれ意識のない少女と、その隣で放心状態の少女を指差す。


 どちらも、俺は知らない。


「……なんか、凪君、おかしいよ?」

「おかしいのはお前だろ。華名さん。その少女は誰ですか」

「あなた、本気で言ってるの? それに私のことは義母さんと呼びなさいと」

「いや、なんであんたが母さんなんだよ。あんたはこの世界では他人だろ」

「……あなた……凪くんじゃないわね」


 ああ。確かに俺は、凪ではない。

 この世界の凪では。

 すっかり忘れてた。……いや、忘れかけてた。のほうが正しそうだ。

 これも、無理をしたせいなのかもしれない。

 こちら側にも影響していなければいいが。


「……なんだ? この世界はこんなにも違うのか?」


 俺の一言に、華名さんがぴくっと反応した。


「まさか……旅行ドリフトしてきたの……?」


 どうやら、華名さんは知っているらしい。

 助かった。


「ああ。そうです。俺は旅行ドリフトしてきました。……別世界の凪ですよ」


 だからこそ、おかしいのだ。

 俺は、この世界にいる凪を、助けに来た。


 これから起こる惨劇を防ぐために。


 ……なのに。

 俺も、馬鹿だ。

 あまりにも普通に皆がいて、思わずいつも通りに話してしまっていた。


 もう、俺の仲間は、皆死んでいるのに。

 忘れて、このままでいればよかったのに。

 そう、思ってしまう自分もいた。



 ・・

 ・・・

 ・・・・



 修練場に、救護班が駆けつけ、負傷者――かなりの重傷ではあるが、救助活動が行われ、修練場が騒がしい。


 腕がなくなり壁に埋まっていた男が救助され、運ばれていった。

 同じく、地面に倒れて血の海を作り出していた男も運ばれていったが、恐らくは二人とも助からないと思えるほどの怪我であった。


 そして今は、もう一人の壁に埋まった男を必死に抜き出そうと救助活動がされている。

 例え助かっても大量虐殺の末の生存だ。これから先は、結果は変わらないと思うが。


「なるほど。すでにあそこで足だけ出してるアレが、砂名か……」

「いまだに信じられないわ……あなたが別の凪くんだなんて……」


 大体ここでなにがあったかを聞いたが、何が起きているのか、俺には分からなかった。


 俺の中にナギという別人がいる?

 腕が伸びる?

 おまけに。

 神具を作れるとか、婚約者がいるとか。

 碧ではない妹がいるとか。


 なんなんだこの世界の凪は。

 俺とは全然違う。


「そう言えば……碧は?」

「あ……凪君。今はその話は……」

「なぜだ? 碧はどうなったんだ?」


 神夜――この世界では弥生と名乗る神夜が皆に聞こえないように耳打ちしてきた。

 そう言えば神夜も死んでいたのに蘇生されたと聞いている。


 ……何のファンタジーだ。


「……ついさっき。碧さんが生まれ変わったって話があって、ナオちゃんが……」

「……」


 生まれ変わった?……無茶苦茶だな。


 だとしたら、砂名も違うのだろうか。

 あのような暴挙は起こさないだろうか。

 ……いや、俺の世界とは違うが、同じような出来事が起きている。

 俺の記憶が正しければ、すでにここに至るまでに、かなりの人が犠牲になっているはずだ。


 だが、俺の世界では、砂名は壁に埋まるなどの状況にはなっていなかった。

 奇妙な力で俺達を圧倒し、碧を自分のものにしようと襲いかかってきて、辛うじて撃退はしたものの、その後の報復で大惨事を引き起こしている。


 その後に俺もその力――守護の光を手にいれることが出来たため、あの時の砂名を今の俺が相手取ることは容易い。


 だが、例え無茶苦茶だとしても、やはり、砂名が生きているのであれば、これから先、起こる可能性は高い。


 アレがなければ、もっとギアと戦えたはずだし、俺達人類がこともなかったはずだ。


 だからこそ、俺は滅びを迎えるはずのこの世界に、観測所の力を借りて無理矢理旅行ドリフトしてきたのだから。


 俺が思う、世界のターニングポイントである、この場所へ。


 俺の命が尽きる前に、アレを止めることができれば、滅んだ俺の世界の皆も救われるだろう。


 ……そう思わないと、俺が、辛い。


「……話がある。あまり、俺の時間もない。皆聞いてくれないか」


 俺は、皆にこれから起こるであろう世界の行く末を話し始める。








「俺は、この世界の凪ではない。……流石にここまで俺が知る世界とは丸っきり違っているとは思わなかったが、俺も並行世界を渡るのは初めてだし、そのせいで俺も無茶をしているから時間もない。今から話すことは起きるかは定かではないが、起きると確信しているからこそ話すことだ」


 別の世界から来たという言葉に訝しげではあるが、そこを説明する気は毛頭ない。


 前置きとして周りに集まってくれた皆にそう伝えると、ナオという少女がぴくっと動きを見せた。


 だがそれで終わりだ。

 恐らくは実の兄ではない俺に、全く興味がないのだろう。殻に閉じ籠るよう瞳に光を失った。

 何かを見ているような、そんな目にも見えた。


 とはいえ。


「だから、さっきまで何があったのかなんて知らんし、そこの知らない二人がどうなっていようが関係ない」


 いくら「そんな言い方」と先程まであった何かしらを弾劾されても知らんものは知らん。


「砂名家は、ギアを量産している」


 俺の次の言葉に、皆が驚きの表情を見せた。


「とは言っても、意思のないギアだ。感情や意思を持たせるA.Iチップは搭載せず、あくまでガワを作っているだけだ」


 信じられない奴等もいるようだが、信じないならそれでいい。


 俺は、伝えることでアレを止めて未来を変えるくらいしか、もう出来ないのだから。


 伝えて、結局未来が変わらないのであれば、それはもう仕方がない。

 ……そう、なってほしくはないが。


「このご時世にギアを作るとか。正気じゃないわね……」


 華名さんが、今は気を失い膝枕されている朱という少女の頭を撫でながら、呆れた表情を浮かべていた。


 信じてくれる人がいれば、未来は変えられるだろう。

 例え、今このポイントを過ぎても、分かっていれば何とかなるかもしれない。


 この世界の凪に話をしたかったが、それも無理であれば、後は皆に託すしかない。


「俺の世界は、あいつ等が作ったギアが暴れ、結局滅んだ」

「あの……滅んだって……?」


 青ざめた巫女に、俺は懐かしさを感じる。

 また巫女と会えた。そんな想いも生まれたが、この世界にいる巫女は俺の知る巫女ではないと思うと、胸が痛んだ。


「そのまんまだ。人類は、滅んだ。……あいつ等の計画はすでに始まっている。数年前からな」

「それって……」

「砂名家は、自分達が新たな力を得るため、人体実験を経て、ギアの力を得ようと考えた」


 俺は、いまだ救助されていない足だけの砂名を見ながら話を続ける。


「あそこにいる砂名はその成功体だ。俺の世界では、旧体制を良しとせず、自分達が作り上げた新たなギアを使ってギアを殲滅しようと考えた。あいつ等はそれを新人類、旧体制の俺達を旧人類と呼び、従わない人類を殺していった」


 結果、俺達は元々いたギアと、その新人類から狙われることになり滅んだ。


「俺達の世界の行く末を決めるポイントは二つあった。一つは、砂名が俺達を襲った……この時間だ」

「水原様。新たなギアとは?」


 火之村さんも元気そうで何よりだ。

 この英雄は、最後まで俺と一緒に戦ってくれた親友だ。

 その呼ばれ方も今は懐かしい。


「自分達の体を捨ててギアの体に移植し、自分達を、チップの代わりにしたのさ」


 それが、新人類。


 ギアを一気に殲滅しようと集まった守護者達を殺し尽くし、新たな覇権を握った第三勢力。

 砂名家が世界を手にいれようと行動した結果の果てが、俺の世界の人類が滅んだ決定的な要因だ。


 そして、それを起こす張本人が、


 碧を手にいれるためだけに体を捨てた、財閥の後継者である砂名だ。

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