03-41 模擬戦 ――鞘走る火


 ゆらりと、火之村さんの体が左右に揺れたような気がして、直ぐ様目の前の何もない空間に棍型の人具を振り下ろす。


 ギィンっと金属と金属がぶつかり合う音が響き渡り、俺の持つ人具に重い衝撃が伝わり弾かれた。


「ほぅ。今のが見えますか、な」

「いえ、まったく見えてません」


 火之村さんの抜刀は速い。

 速すぎて見えないからこそ、とっさに正面へ人具を振り下ろしただけだ。

 だからこその、何かが当たるかさえもわからないから弾かれる。

 力をどれだけ入れればいいかさえなんて分かるはずがない。


 火之村さんの右手が柄に触れたと思った時にはすでに動いていないと、簡単に斬られることが、初撃でよく分かった。

 森林公園で何度も仲間として火之村さんの抜刀を見ていなければ絶対避けられない自信がある。


 それほどまでに見えない斬撃。

 そして、こうやって対峙し、改めて『鞘走る火』という意味が分かった。


 火之村さんが鞘から抜き放った刃は、銀色の刃の煌めきではなく、血のように赤い煌めきを放っている。


 その赤は、恐らくは摩擦。刃が摩擦によって熱されているのだ。

 どれだけの高温で鋼――そもそも、人具の刃は鋼なのだろうか――が赤くなるかは分からないが、それが赤くなる程の熱さで抜き放たれ、斬り終わる時にはその刃の軌跡だけが炎のように揺らめきながら残る。

 その一閃が、鞘から火が走り薙ぎ払われたように見えることから、『鞘から走る火』なのであろう。


 その一閃を垣間見て生き残った人がつけた二つ名だとすると、その生き残った人の名付けや戦いのセンスに感服してしまう。


 鞘の内部にも何か仕掛けがあるのかもしれないが、流石に鋼が熱される程の摩擦を起こすとは人間業ではない。とだけは分かる。


「……昔は本当に火を出せていたのですが、歳は取りたくないものですなぁ」

「いやぁ。こっちとしてはもっと歳取ってくれてたほうが嬉しかったです」

「今でも十分歳ですぞ? 今は刀身を、昔のような『火』を連想させることが精一杯です、な」

「どちらにしろ、見たことなかったら避けられないです」


 自分が作った人具なのに仕掛けが全く分からない。


 分からないが、俺が持つ人具は、宇多の斬撃には耐えられる、と言うことだけは分かった。


「ほっほっほっ。水原様、流石に私も抜き放つ速度だけで火なぞ起こせませんぞ」

「……よかったです。そんなん人間業じゃないと思っていたので」


 出せたら本当に漫画の世界だ。刀身が赤くなるほどの熱も、漫画レベルで人間業じゃないのは確かだが……。


 600度くらいで鉄は赤くなると聞いたことがある。摩擦はあらゆる融点まで起こせると聞いたことがあるが、火之村さんの抜刀は見えなさすぎることからも、それくらいの摩擦は起きていそうな気もしてぞっとした。


 それが、俺に向けられているという事実と、何でこの人は本気の抜き身で戦っているのかと。

 殺す気なんじゃないだろうか。

 俺も、持っている人具で人を撲殺できることからお互い様かもしれないが、流石に見えない動きはやりすぎだと思う。


 それが修練場での当たり前で、よく大怪我を負って運ばれている生徒も見るので、やりすぎという言葉もここでは軽いのだろう。


 でも、こんなラスボス的な人が初戦とか、流石に辛い。

 意気揚々と「では、私から」とか言って楽しそうに出てきたこの初老は、まだまだ現役過ぎて怖すぎる。


「現役時に使用していた宇多国光うたくにみつは、発火するよう鞘の内部に細工がありましたから、な。焼けていたほうが斬れますし、斬れた時に重度の傷になりますから、な」


 刀身焼けていたとしてもギア斬る時は関係ないんじゃなかろうか。

 もう、考え方が人斬りだよこの人。


 そう言うと、火之村さんは刀身を鞘に納め、半身を半歩後ろへ下げる。

 腰を落とし、柄に触れるか触れないかのところで右手を固定する。

 鞘を握りしめる左手から宇多の力が火之村さんへ流れ込み、火之村さんの体がうっすらと恩恵の光を帯びた。


 光としては微弱。

 だが、周りを覆う力は弱くても、鞘の中の刀身には大量に溜め込まれているのだろう。


「次の一撃が避けることができたら、まぐれではないです、な」

「……殺す気ですか」

「殺す気で戦わなければ強くはなりませぬぞ」


 いや、むしろ。何で人具を発動しているのかと。

 この場にいる仲間内で、その力をしっかり見ているのは火之村さんと弥生くらいで、隠しておこうと話し合ったはずなのに。


 ちらっと自分の背後を見ると、あまりにも修練場が広いために近くで観戦することになった女性陣と、これから模擬戦を待つ男性陣が、まるでピクニックのように地面にビニールシートを広げて食事をしながら見ていた。

 その皆がこぞって口を開けて驚きの表情を浮かべている。


 ……ほら、皆が火之村さんから溢れる光に驚いて声失ってるし。


 弥生だけが「うわぁ……」と声を出して見ているのが印象的だった。


「ねぇ! あれって凪君が前に隣町で見せてくれてたやつだよねっ! 弥生、聞いてるっ!?」


 巫女が問い詰めるように弥生を揺らしているが、弥生はただただ焦っている表情を浮かべるだけ。


 弥生……俺も多分、今お前が思っていることと同じこと考えてると思うよ。

 でもな。次お前がこれ食らうんだからな?

 死ぬぞ、これ。


 俺は諦めにも似た溜め息を付きながら、目の前の火之村さんを見つめた。


「折れるなよ、『則重のりしげ』!」


 新たに作り上げた人具の名を呼び、力を流す。淀みなく流れる力は、棍の形をした則重を通って俺への力へと変わっていく。

 その力の流れ方は、感覚的なものではあったが、祐成を起動する時と同じような感覚で人具に力を流すことができた。

 今の則重は、佑成と同じくらいの光の輝きを俺に与えている。


 ……やはり、観測所から流れる力の流れや練度が上がっている気がした。


 恐らくは、神具は元々が突っ掛かることがないほどに力の伝達力が高いのだろう。

 それに比べて、人具はその伝達力が低い。神具と人具の違いはこの辺りのような気がする。


 その違いとは別に、俺自身も観測所から力を受ける容量キャパシティが上がっていることも関係しているかもしれない。

 それらが人具の製作能力でも発揮され、弥生の『成頼なりより』が出来た理由にも思えた。


 そう考えると、小さい頃に祐成を作れた俺は、天才なのではないだろうか。


 火之村さんと相対しながら、今から火之村さんのあの一閃を受けると思うと、別のことを考えて現実逃避をしたくて、あれこれ考えてしまう。

 おかげで自分のことを自画自賛だ。


 ただ、この力が増加していくことによって、良質の人具も出来ているのは確かで、これが観測所へと向かう手掛かりにもなるのかもしれない。


 そう思うと、どのようにしてこの力を高めていけばいいのか、考える必要もあると思えた。


 とはいえ、今はこの危機を脱することが先ではある。


「……行きますぞ?」


 俺が人具に力を循環させ開放したことを、準備ができたと思ったのか、火之村さんがわざわざ声をかけてきてくれた。


「いや、ダメといってもきますよね?」

「……ですな」


 ほんの少しの会話。

 火之村さんが少しだけダンディな笑顔を見せると、真剣な表情へと変わる。


 俺も覚悟を決め、則重を上段に構えて迎え撃つ準備をする。



「……」

「……」



 静寂が訪れ、





 ぴくっと、火之村さんの右手が動いた。





 ――来るっ!


 力を開放したからか、その斬撃が――火之村さんが鞘から赤い刃を抜き放った瞬間から見ることができた。


 まるで鎖姫と戦った時のように、ゆっくりと動く景色が目の前に映る。

 すかさず、その赤い斬撃にぶつけるように則重を叩きつけた。


 再度の金属音。

 先ほどとは違い、どこにぶつければいいか、見えているからこその、全力で叩きつけた結果が――


 ――バキィンッと音と共に俺の目の前で起きた、則重が二つに割れる光景。


 くるくると俺の目の前の宙で回り、空へと飛び立とうとする則重の片割れ。


 折れた人具に、火之村さんの表情も、少しずつ目を見開き、驚きへと変わっていく。

 まさか、初撃で折れなかった人具が、折れると思っていなかったのだろう。


 そうだ。それでいい。


 にやりと笑みを浮かべながら、くるくる回るその片割れを、左手で掴み取ると、俺は振り下ろした右手に残る片割れの石突に叩きつけた。


 則重は、石突と折れた先端の間でぼこっと音を立てると、片割れと片割れがくっつき、また元の折れる前の則重へと。


 バックステップで一歩後ろへ後退しながら、元の長さに戻った則重の新たに出来上がった石突近辺まで右手を滑らせ握りしめる。

 そのまま、くるりと一回転して斜めに斬りつけるように火之村さんの首元へ。


 ぴたっと、火之村さんの首筋に則重が当たると、急速に辺りの景色の速さが戻っていく。

 火之村さんは、抜刀し、振り切ったたままの体勢で硬直していた。


「……これは、また……」


 火之村さんは、額に汗をかきながら、いつの間にか自分の首につけられた棍に驚愕していた。


「止めれてよかったです……本当に」

「……止めてなければ、吹き飛んでました、な」


 その言葉の後、火之村さんはいつものダンディな笑みを浮かべ、首筋の則重に軽く触れる。

 その動きを合図に、則重を首筋から離すと、火之村さんも立ち上がって宇多を鞘に納めた。


「たったの二撃でしたが、いい勝負でした、な」

「もう……ほんとその二撃が死ぬかと思いましたよ」


 そんな会話をしながら、どちらともなく握手を交わすと、自然と笑みが零れる。


「後、いきなり力を発動とかさせんでください」

「おや? あの時以降使っていなかったですからな。つい」


「つい」じゃねぇよっ!

 模擬戦じゃなくて、単なる殺し合いじゃねぇかっ


 せめて、抜刀する時に、『ほにゃらら閃』とか技名を名乗って発動してくれ。


 漫画とかの、叫んでから発動される技のほうがいつ来るかわかるのであっちのほうが羨ましいと感じつつ。

 

 次は力の開放を見てしまった達也と白荻に、力の循環と開放を伝えなくてはいけないのかと。なんで俺だけこんな疲れるんだろうと、殺す勢いで向かってきた火之村さんの、いつもと変わらない笑い声に、ただただ呆れるばかりだった。


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