03-40 新たな仲間と流星刀
暗い夜に全てをさらけ出して心も体も解放されたあの日から数週間が経ち、夏休み。
姫から肩をぽんぽんされ、
「御立派です。御主人様」
と、ナニに対して言われたのかは分からないが火之村さんやら達也から上着を借りて上や下に巻き付けて皆に囲まれながら家に帰ったあの日は思い出したくもない。
でも、あれはあれで……
いや違う。落ち着け俺。
巫女からも、
「弥生と違う……へ~」
と、ぼそっと言われたことに、ナニが「へ~」なのか、ナニが「弥生と違う」のか、これ以上察したくなかったので忘れてしまいたい。
達也には家に帰った後、泣きながらいろんな感情をぶちまけて作った人具を、制服を巻き付けたことと粗末なものを見せてしまったお詫びに渡して忘れてもらうことにした。
「え。お兄さん。これ」
「やる。今日、あれ、お前、忘れる」
「何でカタコト!?」
そんな感じで今まで人具を持っていなかった達也の為に、弥生も連れて修練場で互いの獲物を使っての模擬戦を行うことになった。
俺も自分の作った人具の性能を確かめたかったこともあり、参加することにした。
……決して、後日、皆にあの一件を忘れてほしくて自分の料理の知識を全て使っておもてなしした時に、
「凪くん。あなた、必死ね」
なんて貴美子おばさんから笑われたのが恥ずかしくて今も心に傷を負っているわけではない。
そして、今日は修練場での鍛練の日。
華名の名で今日は貸し切りとなった修練場に、俺は立っていた。
自由に、思う存分戦いなさいとのことで、ギャラリーもシャットアウト。
かなり広い場所に少ない人数でいるからか、いつもの激しい音が嘘のようで、人がいないとこんなにも静かなのかと驚いていた。
「……で? なんでこうなる?」
修練場に立つ俺の前には、男が並んでいる。
俺の一歩後ろでずらっといる女性陣に比べるとなんともまあ、むさ苦しい。
いずれも、自分の人具の感触を確かめるためか準備運動中で、暑さも相まって飛び散る汗も凄い。
「凪君と戦うのって始めてだね」
そんなことを言いながら嬉しそうに他とは違う黒い棍をぶんぶん振り回す弥生。
ナンデスカ、戦闘狂デスカ。
そんな俺も、なんだかんだで新作を二つ持っているのだから、弥生と戦えるのが楽しみなのかもしれない。
「お兄さんに稽古つけてもらえるなんて感激です! 頑張ります!」
「お前はとっとと殺られるがいいの」
「今殺すのほうだったよねっ!?」
つい先日俺から渡された人具を嬉しそうに握りしめている達也に、俺の傍にいるナオが不吉な発言をする。
分かった。ナオたっての希望だ。
達也は瞬殺だ。
「久しぶりにいい運動ができそうです、な」
その達也の隣でにこやかな笑みを絶やさない、白い鞘から赤い光が立ち昇る宇多を持つ火之村さん。
「爺、手加減しなさいね」
「ご冗談を奥様。本気で戦わねば負けますぞ」
「あら、凪くんはそれほどなの?」
「ほっほっほ」
「いや……手加減してください……」
激励した貴美子おばさんが、火之村さんの言葉に驚いている。
そりゃそうだ。
目の前の執事。二つ名持ちの本に載ってる英雄なんだぜ……。
なんでそんな人があんなにやる気なのか、理解できない。
宇多なんて、発動しちゃってるぜ?
「……あのさ。俺、こんな大物の近くにいていいのか?」
そして、もう一人。
火之村さんを見ながら恐縮している男がいる。
「いつもの感じでいればいいと思うよ?」
「いや、そうは言っても……」
弥生と仲良さそうに話す男は、俺とは初対面ではないのだが、話したことはまったくない。
「いや……だって。あの鞘走る火だぞ? 英雄だぞ? そんな偉大な人が普通に傍にいて普通に稽古つけてくれるんだぞ?」
「「いやぁ、それ言うなら」」
弥生と達也が口を揃えて俺を指差しながら苦笑いする。
「……ああ、そうだ。水原……今更すぎるとは思うんだが――」
こいつの属していたグループが印象悪い。
ただ、それに尽きる。
「すまんっ!」
「あぁん?」
謝られても、思わず威嚇してしまうほどに。
モノホシの君。
元メンバーの
正門前の婚約者発言事件の際に、最も申し訳なさそうにあれを抑えてくれていた男で、個人的にはあの四人の中でも一番格好いいと思える好青年。体もしっかりと鍛え上げられた、細マッチョだ。
一番物干を構える姿が似合っていた男だったので印象は強かった。
そんな白萩は、元々横暴さの目立つアレにあの一件で愛想をつかしてしまったそうで、
その時に『物干』も返却しているらしく、今は人具を所持しておらず、一人だけ立っているだけだ。
もっとも、あれは俺が物干と呼んでいるだけで、名付けもしていない。
出回っている赤い棍と何も変わりがないので、今は三原商店でお金を払えば手に入る品だったりするし、隣町の倉庫にも結構な数が置いてあったりする。
「悪かったとは思っているんだ。人具を手に入れられて浮かれちゃって……」
話を聞くと、隣町の防衛戦の際、俺が持ってきた人具を他の二人が盗むように拾ってきたことを知らず、三人で有名になろうと誘われて人具を手に入れていたらしい。
貴美子おばさんから聞くと、他二人は砂名家の一員だったらしく、事前に偵察のために正体を隠して隣町に潜伏していたそうだ。
砂名家に人具を持ち帰ってそのままなし崩しにモノホシの君としてデビュー。
その親の七光りのアレが、自分も有名になりたいと言い出して町長さんから無理を言って人具を接収。
抜けるきっかけも失い、疑問をもってグループの仲間に聞いてみると、盗むように人具を拾ってきたと聞いて、いつか俺に謝ろうとも考えてくれていたらしい。
……という、弥生から聞いた話だ。
「はぁ……まあ、今更だし。事情は聞いてるから気にするな。弥生とこれからも仲良くしてやってくれ」
「ああ。水原も、これからよろしく頼む」
今まで後悔していたのか、暗い顔をしていた白萩が俺に許してもらえて、少しスッキリした表情を浮かべた。
俺の前に手を出し、握手を求めてくる。
「ほい」
そんな握手を求める白萩の手に、俺はぽすっと、先程まで持っていた二つの新作の片方の人具を渡す。
「……え?」
「お前さ。人具持ってないだろ? だから、やる」
受け取った白萩は、その人具をまじまじと見つめていた。
見たこともない人具だろうから、当たり前かもしれない。
それは、宇多のような日本刀タイプの人具だ。
白萩が今回一緒に訓練すると聞いて拵えた最新作であり、今後は量産も考えている人具。
打刀程の長さの黒漆拵え。宇多とは正反対の、黒い鞘に納まった日本刀だ。
黒さが隕石を思い起こしたこともあり、俺はこの刀に『流星刀』と名付けた。
白萩にはぴったりの名前だと思う。
「やるって……お前、人具ってかなり高い代物だろ! こんなの受け取れるわけっ!」
「ん? 高いのか?」
俺としては、観測所からの力を流し込むだけで作れているので、材料分の金額程度しかかかっておらず。材料といえば、物干竿とか、木材とかなので高いわけではない。
「高いよー。だって、神鉱使ってるんでしょ?」
「凪くん。あなたの家には神鉱が腐るほどあるから気にしてないと思うけど、あれ、かなり高いわよ?」
巫女と貴美子おばさんの言葉に、俺は以前自分が発した一言を思い出した。
『服がなければ鉱石を売ればいいのよっ!』
そう言えば、あの時も裸だったなぁ。
……いや違う。
神鉱は貴重な鉱石だということをすっかり忘れていた。
「……まあ、いいんじゃね? なんか減らないし。あれ」
「いや、減らないとかよく分からないけど。しかも見たことないモデルだから三原の新モデルだよな? そんなの簡単には貰えないだろ」
「いや、減らなければいくらでも作れるだろ?」
「……おい、夜月。なんか話噛み合わないんだけど?」
こいつは何が不満なのかと、俺の方が不思議だ。
「「あー……」」
何だか知らないが、周りの皆も呆れて苦笑いしているが、その中で、朱だけがぼーっと、俺を見ていた。
「朱……?」
「……え? あ……はいなっ!」
といった感じで、俺が全裸を晒してからまともに会話できないことがしばしば起きている。
「えっと……凪様は、凪様なので……人具を持たれてるのは当たり前です……の?」
「言ってることが分からんよ」
何を言ってるのか分からない朱の頭を撫でると、更にぼーっと感が増す。
「なあ。具合でも悪いのか?」
「い、いえ……違うのですっ! ちーがーうのーですー!」
毎回のように、心配して声をかける度に両手で顔を隠して巫女の背後へと逃げていく。
……まあ、会話はできてるからいいのだが、流石に何度もされると凹みはする。
巫女から「上限振りきったのよ。ぐぇっへっへ」と、よく分からない回答を貰うが尚更謎を呼ぶ。
「お前さ、何者なんだ?」
「何者って言われても……人具作ってるだけなんだが」
「……へ?」
ぽんっと、弥生が白荻の肩を叩きながら、頷いている。その弥生の頷きに続くように達也が一言。
「白萩先輩。水原のお兄さん、三原ですよ」
「お、おま……」
「ん? ああ、知らなかったのか。だから話が噛み合わないんだな」
てっきりすでに知っているものかと思って普通に人具も渡していたが、高額(らしい)の人具をいきなり渡されたらそら驚くかと納得した。
「白萩様。私ごときに驚かれていたら、水原様と付き合うなら心臓が幾つ合っても足りませぬ、ぞ」
「いや、正体不明の人具を復活させた三原が目の前にいることでもう……」
「水原様は稀代の英雄の息子ですぞ」
ぽんっと、今度は俺の肩が叩かれた。
「彼、モノホシの君の中でも有能よ。取り込んでおきなさい」
ぼそっと、俺だけに聞こえるよう、貴美子おばさんが耳打ちしてきた。
近くに白萩はいるものの、火之村さんが白萩の意識を自身に向けている間に言ってきたその言葉に、火之村さんも貴美子おばさんの耳打ちを見越して暴露話をしているように見えた。
「……は?」
暴露話を聞いて、恐る恐る振り返って俺を見る白萩の隣で、ウインクをしている火之村さんこそがその証拠だ。
「……いや、気づこうぜ。水原って名前で」
「いや、よくある名前だろ。……って、本当なのか?」
「父さんは行方不明だけどな」
「お、お前……」
聞いちゃいけないことを聞いてしまったと言わんばかりに顔を覆いながら項垂れるその姿に、俺は他からみたら何に見えているのだろうかと思ってしまう。
「……え。あれ? じゃあ……そういうことか?」
「ほら、有能じゃない。気づいたわよ」
何か思い至った白萩に感心する貴美子おばさんと火之村さん。
「だったら、華名さんとの婚約とか、田舎者とか言われてたけど、全然じゃねぇかっ! うわっ、砂名、だせぇ!」
言ってる意味が分からない。
やはり、三原のネームバリューはそれだけ凄いのだろうか。
だが、田舎者呼ばわりは違う気がした。
「そうよ。だから、協力してくれるわね?」
「いや、理事長にそんなん言われたら……これ、強制ですかね?」
「そう取ってもらってもいいわよ?」
「うわぁ……圧力すげぇ……」
俺のことは、俺が分かるように話してもらえないだろうか。
とりあえず、貴美子おばさんサイドの陰謀は無視して、とっとと新しい人具の感触を確かめて、この場から逃げたい気分だった。
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