03-42 模擬戦 ――二人の開放?
先ほどの殺されかけた一戦で、自分の新作人具『
正直に言うと、仕掛けそのものは確かめられるとは思っていなかった。
火之村さん、本気で恐ろしいわ。
一撃ごとに声をかけてくれていたから何とかなったのであって、森林公園で見た連撃が来ていたら、例え力を体に纏わせていても今頃は病院行きだ。
もう模擬戦はいいかなぁと思いながら、俺はこっそり観客席と化したビニールシートの上に座ろうとしていた。
「え。凪君、なんで座ってるの?」
俺が戻ってきた時にすくっと立ち上がった弥生が、達也と白萩と準備している最中に俺の行動に驚きの声を上げる。
「え? 俺もういいかなって……だめ?」
「ダメだよっ。これから僕らと戦うんだから」
……僕ら?
それは複数形かい?
「いや、水原……あんなの見せられたら、なあ?」
「英雄と相打つとか、一人で戦ったら一瞬で終わりますよ、お兄さん」
そんな白萩と達也の会話に、すかさずナオが反応する。
「お前は一人で戦って一瞬で殺られるの」
「さっきから殺されてるよね!? 僕!」
むしろ、こいつ等は俺を休ませる気はないのかと、そこをまず考えてみてほしい所だった。
「そもそもお前等は――……ん?」
休ませろ。そう三人に言おうとした時に、なぜか朱が俺の髪の毛を触りだした。
「なんだ?」
「凪様……髪の毛……」
その一言に、まさか火之村さんの一閃が俺の髪の毛に多大なダメージを与えたのではないかと、思わず髪の毛の生存確認を行ってしまう。
「あ、あるじゃないか……」
「いえ……黒……ですの?」
「んあ? 黒だろ」
「だって、先ほど、茶色に……」
その言葉に、俺はこちらの世界に来て鏡を見た時に、黒髪になっていた事実をずっと忘れたままだったことに気づく。
「ああ。そう言えば凪君って黒髪だったよね?」
「いや、うん? ああ、そう……だな」
「どっちなのさ」
弥生がどっちつかずの俺の言葉に苦笑いする。
俺もどっちなのか聞きたいわ。
「水原様、先ほど、私と戦う際に力を開放したときのことですが」
「?」
「力の開放とともに、髪の色が茶色になっておりました、な」
「……今までは?」
「見たのは森林公園の時だけですが、あの時は黒髪でした、な」
「僕は何度か見てるけど、今回だけじゃないかな、髪の毛が茶色になっていたの」
観測所の力を使うと変化する髪の色……?
そう思った時、俺の頭の中にある一つの仮説が思い浮かんだ。
その考えは、火之村さんと戦っているときに考えていたことも影響しているのかもしれない。
観測所の力を受け取りやすくなり、良質な人具を作れるようになってきた、ではない。
元々作れていた状態に、戻ってきているのではないか。と。
元々の世界で俺は茶髪だった。
もし、この茶髪が、観測所と関係していたとしたら……。
母さんから受け継いだと思っていたが、茶髪が、刻族の種族上の遺伝情報だったと考えると、俺は今、力を失っている状態なのではないだろうか?
だとすれば、母さんがぶらりと観測所へと消えていたことも、今も観測所にいることも関係しているようにも思えてきた。
記憶にある母さんは常に茶髪だった。力が満ちているとも言え、自由に観測所に行き来もできれば、神具や人具の起動もできる?
それくらいできなければ、観測所で俺が見た、碧の体をナオへ変換するようなことも出来ないのではないだろうか。
観測所という場所だから出来たと言うこともあるかもしれないが、それが刻族の特性だったとしたら……
もし、力を失っている状態だったと仮定し、俺の力が戻って普段から茶髪になったとしたら。
俺も同じように観測所へ行き来できるようになるのではないだろうか。
そんな仮説が俺の中にぴこんっと浮かび上がるが、流石に突拍子もないことだとも思えた。
……馬鹿馬鹿しい。
茶髪はただ、母さんから遺伝上の性質を受け取っただけで、そんな大袈裟なものじゃない。
もし「さらさらー」髪がさらさらであれば、ナギから聞く限り、俺は刻族の純血だ。
父さんも「凪様、ちゃぱつー」そう。茶髪であったなら話は分かるが「綺麗なちゃぱつー……」父さんは綺麗な黒髪だった。
この時点で「ころころ変わる髪の色……」父さんがころころ変わらなければ「黒髪も素敵ですの……」素敵なはずだ。
……いや、何、さっきから考えてる間に聞こえる副音声は。
ころころ変わる父さんってなんだよ。綺麗な黒髪ってなんだよ。父さんを素敵とか考えちゃっただろ。
「……いつまで触ってるんだ」
「凪様、髪の毛さらさら……ふふっ」
おかげで考えが霧散していった。
・・
・・・
・・・・
妙に上機嫌な朱から解放されたのはそれからしばらく。
朱は、今は我にかえって、恥ずかしさのあまり貴美子おばさんの背後に隠れ、トリップした巫女に弄られている。
……朱が俺の髪の毛を触り続けている間、休めたからよしとしよう。
なんせ、小一時間「さらさらー」って言いながら夢中になって触ってたからな。
俺も今度は仕返しとばかりに朱の髪を触りまくらせてもらおうと心に誓いながら、待ち構える三人の前へ。
「……あのな、水原」
ぽりっと頬を掻きつつ、斜め上を見て頬を赤らめながら俺の名を呼ぶ白萩。
「いちゃつくのはいいけど、見てないところでやってくれ。後、人待たすな」
……はい。すいません。
そう思うものの、俺が悪いわけじゃないと理不尽さを感じた。
すでに三人は勝手に始めていて、俺はそれをぼーっと眺めていたわけだが、準備運動にしては長すぎるし、いい汗かいてる感もある。
そこまでして俺とやる意味あるのだろうかと思わなくもないが、少なからず弥生は楽しみにしていたようだった。
「凪君。最初から本気で行くよ?」
弥生がにこやかな笑顔と共に、わくわくさが止められないのか左半身を後方へずらし構えをとった。
そこから更に腰を落とすと、槍に見立てられた黒い棍は、ビリヤードのキューのように今は刀身がない口金部分が下がり、俺に狙い定められた。
恐らくは、初撃は突撃型の突きだろう。
構えやその動作から、何度となく修練しているように見てとれた。
……ナンデスカ。戦闘狂デスカ。
「成頼っ!」
弥生が叫ぶと、弥生の新しい神具『成頼』から白い光が溢れ出し、弥生を包む。
弥生の体を優しく包むように溢れる白い光を見て、明らかに火之村さんとは違うと思った。
火之村さんは、体全体に纏わす力は最小限に留め、宇多に集めているように見えた。
宇多の一撃を高めるために無意識的に行っているようで、その代わりに、お互いに当たるとダメージも高いのだろう。
その結果、先程の戦いが二撃目で終了したことにも繋がる。
守られていれば、あの一撃が例え刈り取るように首元に直撃していても、体勢を立て直して反撃されていたのは間違いない。
対して弥生は、体全体に鎧のように光を纏う。
その光は、攻撃を受けてもギアにダメージも与えられ、自分も最小限のダメージで済むであろう。
その代わり、一撃は火之村さんのような圧倒的さはないが、手数で攻めるようなスタイルではないだろうか。
とは言え、二人の光はギアにとっては忌むべきものであり、一撃一撃がギアにとって致命打ではあるため、あくまで対人においての話ではある。
ギアと戦うときには、火之村さんが弥生のように力を纏いつつ、宇多のように人具を一発で折るほどの一撃が出来ることが理想的ではないだろうか。
と、二人の違いを考察したものの……。
……え? 何でお前も力を開放すんの?
と、思わずツッコミたくなる。
ほら、また女性陣が火之村さんに続いて力発動した弥生を見て驚きのあまり口開けて呆けてるじゃないか。
俺は持っていた則重を放り投げ、ポケットの中に手を突っ込む。
先程の戦いで、則重が変則的な動きも可能だと見たのであれば、何かしらの対策も思い付いているだろう。
……本当はあんな使い方ではないのだが。
で、あれば。
いくら神具と同じように力を流せるとしても、人具は人具。
神具である成頼に対抗するには、やはり、神具。
この世界に来て、俺のことを救ってくれた、何度も力を貸してくれた相棒。
ポケットの中から出したいつもと変わらず黒い柄だけのその相棒を握り締め、名を呼ぶ。
「『祐成』」
力は自然と祐成に流れ、祐成からも俺の体へと戻してくる。
その力は、いつもと変わらず俺の体を包み込み、祐成からも純白の汚れのない刀身を現すが、何かが体に戻ってくるような、ふわふわする感覚にも襲われる。
その感覚が、まるでいつもと同じ場所に収まるかのように感じた時。
体に力が取り込まれる感覚と、左目が、空から俯瞰する景色を映し出した。
⇒
そんな文字が、キーボードのかたかた音とともに左目の映す光景に小さく重なる。
あの時ナギと会うきっかけとなった
刻族の力を開放したらどうなるのだろうか。
また、ナギに会えるのだろうか。
ナギとまた色々話をすれば観測所への行き方も分かるかもしれない。
そう思うと、俺は自然と
「『
正体不明のその文字の単語を呟いていた。
ぴっ
電源が入るような音が脳内で聞こえた気がして、ざざっと、目の前の景色にバーコードのような黒い線が走った。
その黒い線が入るこの先に見えた光景は、本来見ている景色とは違う景色。
家だ。
これは、俺の住んでいる家だ。
カウンター式のキッチンがある。
ああ、今も住んでいる家のキッチンだ。
なぜこんな景色が見えるのだろうと思うが、その景色は、見てはいけないものだと、俺の何かが訴えかけているようにも感じる。
なぜなら。
そのキッチンは、所々が引き裂かれ、破砕され、辺りに割れた皿やコップが散乱していたからだ。
そして、この先には――
「――凪君っ!……茶髪に……また左目が赤くなってるよっ!?」
その言葉に目の前の景色は消え、本来見ているはずの殺風景な修練場が視界に映る。
自分では鏡などを使わないと見ることは出来ないが、今は左目がある。
空から俯瞰するような視線の先で俺自身を見ると、弥生の言うように瞳は赤く、髪も茶髪に変質していた。
久しぶりに見る、茶髪の自分。
ほんの少し前なのに、あの頃に戻ったような酷く懐かしい気分を味わうとともに、やはり、この髪の色は遺伝じゃないとも理解できた。
刻族と観測所に関係している。
俺にとって重要なことだとも。
「み、水原のお兄さん……」
そんな驚く達也の声が、霞がかかるような俺の意識に届く。
ああ……そう言えば。今は戦おうとしていたんだっけか。
ギアに仇なす、人類と。
「その光って……なんですか」
その言葉に、一気に頭の中にかかっていた霞が晴れた。
……あ。
この二人に説明とか力が開放できるのか試してなかった。
ぴっ
⇒『刻の護り手』を前所持者からの譲渡を確認。
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