03-30 修練場はただただ広い
俺は、目の前の状況に、持ち歩いていたタブレットに表示されている項目に視線を落としていた。
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本項目は、この学園に携わる関係者は目を通すこと。
なお、我等が人類を脅かすギアについての分類を示す項であり、認識があればその限りではない。
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そんな言葉から始まる、俺が知らなかったこの世界の情勢が書かれたタブレット内の情報。
そこには、俺の前にいるそれについて知るには、丁度いい教科書だった。
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ギア。
人類が作り出し、人類の発展を助け、人類に反旗を翻して人類を滅ぼさんとするアンドロイドの総称である。
反旗を翻す前から人類の発展に大いに貢献したギアは、当初から四種、三階級に分類されている。
家庭汎用型ギア。
作業支援型ギア。
工作多用型ギア。
そして、多目的戦闘型ギア。
それぞれの役割はその言葉の意味のままではあるが、学習の一貫としてギアの脅威と種別について記載する。
家庭汎用型ギアは、その言葉の通り、主に家事関連を手助けするようプログラムされたギアである。
人間の娯楽のために作られたギアでもあり、人型の場合が多く、メイドや執事といった、人に従事する姿を真似ていることが多い。
人の生活を助けるために最も量産されたギアでもある。
以前はどこでも見かけた、ギアポットが量産機として有名だ。
ギアポットは、人が出すゴミや塵を片付け、常に人の住む地を清掃するようプログラムされていたが、ギアの暴走を切っ掛けに人類を襲うようになり、大勢の人類をゴミと称して駆逐。自分の体内に取り込み圧縮し潰して集積所送りにするために殺し回った惨事は、当時を生きてきた人類からしてみると、恐怖の象徴であったとも言える。
各所にある集積所には、いまだ現役のギアポットが配備されており、犠牲者は回収できていない。
多数配備されているあの場所に行くことは死を意味し、以前、大規模な駆逐作戦が行われたと言われているが、大敗を喫し、貴重な守護人も犠牲になったと聞く。
まだ現在のようなネットワーク体系も確立されていなかったこともあり、定かではない。
作業支援型ギアは、細かな作業を行うギアの総称である。
ギアが暴走するきっかけとなったA.Iを搭載しているものはほとんどなかったが、パソコンのような電子機器も含まれており、実際に起きた話ではあるが、電子レンジや冷蔵庫に閉じ込められ、死んだ人も多かったと聞く。
A.Iを搭載したパソコンは世界の情勢を一気に狂わせたことでも有名だ。
スーパーコンピューター並みの知能を持ったギアもあり、催眠効果のある映像を大々的に流すことで人類の思考を狂わせ殺し合わせ、都市が丸ごと人類の殺し合いで滅んだこともある。
守護人『鞘走る火』こと、火之村賢伸率いる守護人達がそれらを殲滅しなければ、更に被害は出ていただろう。
工作多用型ギアは二つに分かれる。
一つは建築・土木関連のサポートギア。
一つは、近代兵器に関するギア。
暴走した工作多用型ギアは、兵器や、敵と判別したものを殺しやすいように自らを改造し、それを使って襲ってくる。
改造されたギアの力は凄まじく、一人で戦うことは自殺することと同一だと考えるべきだ。
上記の三種類のギアのうち、工作多用型は、一番危険な存在であるため、出会えば逃げることを推奨する。
次に、ギアの三段階について表記する。
ギアという名称は、ギアの体内で使われているメインパーツの『ギア』から取った名前であり、ギアの可変式の大きさによる階級分けがなされている。
小口径ギア。
中口径ギア。
大口径ギア。
上記三階級である。
ただし、この階級はあくまで、ギアの出力標準値を元に決めたものであるため、その通りの強さを表すわけではない。
最低階級である小口径でさえ、人具持ち数人で辛うじて倒せる力を持ち得ており、中口径は災害級と呼ばれることから、単機で人類を滅ぼすに足る力を持ち合わせていることは間違いない。
大口径については出力定義上、工作多用型ギアに分類される特殊ギアに該当される。
中口径より出力は高いが、重機型が多いため動作は緩慢。人型の多い小口径、中口径に比べて脅威とはされていないが、広域戦場等ではまさに破壊兵器である。
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以降はしばらくギアの脅威について記載がずらっと並んでいる。
教科書とも言える全学園共通の情報の中に知り合いの名前が載っているとは思わなかった。
守護神名鑑と言う有名な守護人の一覧と偉業が書かれたリンク先もあった。
特に、火之村さんと同格とされている『
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それらギアが、最近支配圏を広げ始めている。
災害級としたギアには、固有名称をつけられているが、まだ脅威となるギアは多数いるであろう。
それらを『名前付き』と我等は呼ぶが、ギアは元から言語を理解し、話すこともできた。
反乱以降、ギアはさらなる発展を遂げ、人格形成にも成功している。
それは人に近づこうとしていることに他ならないと、研究機関は考察している。
稀代の英雄・水原基大が人類を守る為に作り出した拡神柱も、ギアの高度に発達した知識により破壊され始めている。
人具も、三原凪が製作方法を確立したものの圧倒的に足りていない昨今である。
我等は、常に窮地にいると理解した上で、下記に最後の四種目のギアについて記す。
人類にとって最も脅威となるのが、三種類とは別格となる、多目的戦闘型ギアである。
階級もなく、戦闘用として作られたギアの総称だ。
戦争が起きた場合の仮想人類として製作されたギアであり、各世界で戦争を起こさない為の抑止力として製作された超高性能機である。
人類を遥かに凌駕する知識を保有していたとも言われてはいるが、国が押さえていた兵器であるため、詳細は不明である。
なぜなら、この我らのいる国は戦闘型ギアによって、中枢のすべてを蹂躙され、すでに国としては機能していない。
本項の最後とはなるが、君等に助言を与えよう。
国は、我らを護ることはない。
そのことを君達は念頭に置いた上で、自分達で生き残る術を見つけ、人類が滅ぼされない道を歩んでくれることを願う。
その生き残る術を見つけるきっかけを、この学園で見つけて欲しい。
切磋琢磨し、この学園から次世代の英雄が生まれることを期待する。
それが、全国に五ヶ所ある護国学園の創設理由である。
――守護者機関――
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……なるほどね。
鎖姫が恐れられていた理由が何となくわかった。
そう思いながら、俺はタブレットから視線を戻す。
この世界で初めて戦った鎖姫が目の前に立っている。
頭にはホワイトブリム。
黒を基調とした服に白のエプロンドレスをつけ、短めのフリルの入ったスカートの上にはエプロンスカート。
瞳はあの時とは違い、今は俺達と同じく黒い瞳だ。
あの時と同じではあるが、流石に人に仕えるために造られたアンドロイドだ。
人間――特に男性が見とれてしまう程に、整った顔立ちで作られている。
その無表情さえも美しいと思えるのは、やはり製作者がとことん美を追求したからなんだろう。
発注者がメイドとして自分の周りに置くためにそのように依頼したのであろうが、人ならざるその美貌、というのは、まさにこの鎖姫のようなことを言うのだろうと思う。
これがギアでなければ、間違いなくこの学園の男子生徒が黙ってはいない。
だが、これは、ギアだ。
先程読んだギアについての階級を見る限りは、まごうことなき、中口径。
そして、名前付きの災害級だ。
でなければ、あの時ガトリングをぶっぱなしながら馬鹿でかい牛刀を振り回すなんて芸当が出来るわけがない。
俺が森林公園や隣町で戦った小口径のギアとは出力自体が違うのだ。
現に、今……
鎖姫は、俺の目の前で。
懐かしの牛刀を腕から生やし、俺と今から戦おうとしている。
「御主人様。あまりの嬉しさに、姫は今にも自爆しそうです」
「あれ、痛いんだから絶対止めろ」
「残念です。あの時の抱擁は今でも忘れません」
「頼むから……トラウマなんだから、あれ」
「御主人様の心に残れているならこれ幸いです。次も抱かれるときは自爆を、と」
少しずれた会話にツッコむ気力さえない。
なぜ俺は鎖姫とまた戦うことになったのか……。
「御主人様との逢瀬は、私は目覚めてから何度も心待ちにしておりました」
今は俺の春が来たと思った次の必須授業。
体育の時限だ。
体育は、学園の敷地に立てられた馬鹿でかい『修練場』と呼ばれている館内で行われる。
教室のある学園棟から渡り廊下を歩いて辿り着く修練場は、丸いドーム型だった。
大きな丸いドームが二つ並んでいて、片方が少し大きめなことから見た目が妙に瓢箪に似ている。
中には様々な飲食可能な売店等もあり、本格的なスポーツジムやボルダリング施設等も完備し、公式サイズのプール等も併設されている大規模な施設だ。
娯楽施設として一般解放も目的とされていることから、学園の敷地内ではあるが、生徒達は学園の学園棟から渡り廊下を歩かなければ辿り着けない。
だが、ほんの少し歩いて辿り着ける場所にこのような大規模な施設があれば、誰だって楽しみを求めて向かってしまうだろう。
大きめの丸型ドームが修練場であり、中に入ってみると、観客席に囲まれた円形の何もない空間があるだけだった。
もう一つのドームとは大きな違いすぎて、この違いは一体なんだろうと思ってしまう。
印象としては、修練場ではなく、闘技場。
別学年の生徒達も、観客席に座って何かを見学に来ているようだった。
隣のドームの売店で購入した食べ物等を持ち歩いている生徒もいる。
その何かが、ここで行われる、まさに先程このドームに感じた闘技場という印象や、周りの同級生が各自様々な場所に散らばり、練習や演舞の準備を行っている様から、戦う様を見に来ているのだと感じ取れた。
つまりは、この場で行われるのは、デモンストレーションだ。
いい人材を発掘する場として別学年、同級生が見学することを許可しているのが、この体育の場なんだと感じた。
血沸き肉踊るといった娯楽の意味も兼ねているのかもしれない。
そんな場所に辿り着いてすぐ。俺は鎖姫に声をかけられた。
「私と模擬戦を行って欲しい」と。
それが、今、俺と鎖姫がこのドームの中央で向かい合っている理由だ。
この場で最も注目を浴びているのは、俺の目の前にいる鎖姫だ。
誰もが、ギアの強さを目の当たりにして自分の糧にすることとともに、この美しく強いギアを手中に治めようと、躍起になっているのかもしれない。
そんな鎖姫が、今から模擬戦をするとなれば、相手である俺も注目を浴びてしまうのは必然だ。
だが、なぜ、俺が模擬戦を鎖姫としなければならないのかが、理解できない。
鎖姫が、以前と同じ強さを持ち合わせているのであれば、恐らくは模擬戦ではなく、殺し合いになるだろう。
それに、いくらこの場が戦う場だとしても、祐成を起動させるのは憚れた。
辺りの、鎖姫と俺に注目する生徒達を見ても、人具を解放できるようには見えないし、そんな奴等の前で解放すれば、間違いなく厄介ごとが降りかかるのは目に見えている。
祐成は使えない。
鎖姫と戦ったあの時。
祐成の恩恵を得て辛うじて勝利できた俺が、祐成を使えないとなると、間違いなく俺は負ける。
「御主人様」
「なんだ? 鎖姫」
「……私はすでに、人が私につけた、私の固有名称である『鎖』は持ち合わせておりません」
そう言われて鎖姫を見てみると、あの時見たガトリングはない。
あれは確かに、鎖のように腕からは背部に繋がっていた。
そのガトリングを使ってあらゆる町を滅ぼしてきたことから、『鎖姫』と名付けられたのだろう。
「じろじろ見られると恥ずかしいですね」
「ああ……すま……え?」
牛刀が腕から生えたメイドが何を言っているのかと驚いた。
この目の前の鎖姫は、どうやら人に見られることに羞恥を覚えているらしい。
ギアも、進化を遂げれば人と全く変わらない感情をもつと言うことに驚いた。
「ですので。私のことは、鎖姫ではなく、姫、と」
「……は?」
「御主人様には是非とも、姫と呼んでいただきたいために戦いを。模擬戦にて、私が勝利した暁には、ご褒美として、是非」
「ご……ご褒美?」
「御主人様が勝利された暁には、私を思うままにお楽しみください」
その言葉にどよっと騒がしさが訪れ、注目が集まった。
辺りの同級生から、いや、辺りだけではなく、観客席に座っている見学者からも、殺気が漏れている。
鎖姫が本当に人気なのだと分かった。
分かったのだが……
……俺へのご褒美にならねぇ。
そう思いながら、修練場で突如始まることとなった戦い――
鎖姫との再戦が幕をあける。
……はずだった。
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