03-29 授業は自習

 やっちまった。


 そう思いながら、俺は教室の自分の席に座りながら、目の前の取り外し可能な高性能タブレットを机の上に立てて、出題される問題を適当に回答しながら苦悩していた。


 元いた俺の世界では担当の教師が授業内容ごとにいて、時限ごとに別の教師が教鞭を振るいながらかつかつとチョークで黒板に文字を書いたり教科書片手に説明したりしていたもんだが……


 この世界はインフラが前の世界より発達しているからか、それとも、ギアが蔓延はびこる世界なために教育が家でも出来るようになっているからか、授業は全てこのタブレットで終わらせるらしい。


 周りを見れば、問題を解いている学生もいれば、仲間内で楽しく世間話に花を咲かせている学生もいるし、教室から出ていってどこかで遊んでいる学生もいる。

 別のクラスの学生が――とはいっても、所属クラスはあるが自由にどの教室にいてもいいので、ないようなものなのだが――教室に来て遊んでいる光景もちらほら見えることから、決められた時間を自分で考えて自由に使い、伸び伸びと自主性を持って学園生活を満喫するということが、この学園の主旨のようだ。


 前の世界の学校と比べるとどれだけ放任なのかと思ったが、授業よりも周りとのコミュニケーションを主体とし、協調性を重んじることを徹底すれば、こうもなるのかとも思う。


 なんせ、出会いの場としても使われているのだから。

 中には必死に相手を探している学生もいるとも聞いた。


 ただ、いくらコミュニケーションを優先していても、あくまでここは学園だ。


 学園に通ってタブレットから出題される授業を、学校に通わなければ受講できないように出来ていて、且つ、とっとと必要単位を取ってしまえば後は自由な学生生活ができるとはいえ、学業を疎かにしていると簡単に留年、退学は起こり得る。


 話に聞く大学のようでもあるが、単位取得がより自由になっているようなイメージで捉えると分かりやすかった。


 少し違うのは、元の世界では電波なんぞどこにでも飛んでいたが、この世界では限定的に限られた場所等でしか使えない。

 学校内では持ち運び自由なタブレットではあるが、学園の外に持ち出しても使用できないので、予習も出来なければ、タブレットの各授業内容は、各学生の学力に合わせて出題されるため周りに聞いてもあまり参考にはならないようにも出来ているらしい。


 それが、学校に通う理由だ。


 家に帰ってのズルは出来ず、学校内で自分のペースで自由にどこででも受講し、卒業までに必要単位を取ればいいというスタンスだそうだ。


 とはいえ、俺は、そんな自主性を重んじすぎる学園のスタイルに苦悩しているわけでもなく、タブレットから出題される問題に苦悩しているわけでも、さっき出題された問題をミスったとかそんな理由に苦悩しているわけでもない。


 むしろ、出てくる出題はほぼ間違えてはいないし、先程からやたら難しい問題が出てきているが、ある程度こなせてはいる。

 このペースでいけば、一学期内には二年の必須単位は取り終わるくらいの早さで終わっているだろう。


 もちろん、この時限の後にある、この学園の唯一と言ってもいいのではないかと思える、必須授業に苦悩しているわけでもない。


 体育という名のついた授業のみは、各学年で合同で受講しなければならず、決まった時間に参加が必要だ。

 ギアと戦う術を学ぶ授業だけは、この学園の創立理由であるため学年合同訓練となる。

 別れているとは言え、学年ごとの受講時間はずれているので、別学年が見学に来ることは多いらしい。


 どんな授業内容かは分からないが、それ以外はほぼ自由。

 なんともまあ本人任せで、学園の教師も楽なんではないかと思う。もっとも、それ以外に苦労はしているとは思うが。


 そんなことは、今俺が悩んでいることとは関係なく。


 ただただ、俺は校門の前での告白に苦悩していた。


 朱の婚約者と大々的に発表してしまった。


 守護人と伝えるのは別に構わない。だが、そこで止めればよかったのだ。

 その後の婚約者発言はやっちまったと思っている。


 だけども、ああ言わなければ、あいつはちょっかいをかけてくるのは目に見えていた。


 守護人だけでは手を出させない理由としては弱い。


 だからこその婚約者発言ではあったし、間違ってもいないしいいのだが……


「お兄たん。悩んでる?」


 気づけば隣にナオと鎖姫が立っていた。


「ああ、ナオか……」

「問題難しい?」

「いや、そう言う話でもないし、ある程度は終わった」

「だったら、さっさと婚約解消するの」


 ナオにそう言われてどきっとした。


 今日は校門の一件以降妙に刺々しい。

 ナオにとっても、やはりあの発言はないものとしたいのかもしれない。


 このまま朱となし崩しにいい関係になるのは、俺もどうなのかと思っている。


 俺は、その内この町から出て碧を助けなくてはならないし、碧のことを愛している。


 だから……朱と一緒になるなんてことは、ない。

 なのに、いない間に他の女性と仲良くなって、しまいには婚約して。……いや、この場合は、知らない子供の頃に婚約していた、が正しいか?


 どちらにしても、そんなの、観測所ポートで待ってくれている碧に申し訳なさすぎる。


「婚約解消してナオと結婚するの」

「……色々ぶっとんでるなそれ」


 ナオはナオで、最近スキンシップが激しい気もするし、ナオと結婚なんて考えてもいないし、実の兄妹だから無理だっての。


「御主人様。では私とはいかがでしょうか」

「いや、そっちのほうがぶっとんでるわ」

「そうですか、残念です」


 残念そうには見えない無表情の鎖姫が、ついでとばかりに話に入り込んでくる。


「では――」


 かちゃかちゃと、自分の右腕の間接部分を弄り始める。


 その行動に思い出すのは、あの時の激闘。

 ガトリングを向けられ発砲されたあの日。


 今はその腕にはガトリングが着いているわけではないが、癖なのか、鎖姫はその間接部分を触っている所をよく見かける。

 そう言う意味から、鎖姫やギアにも、人間と同じように感情があるのだろうと思う。

 あの森林公園の地下で出会った、人の皮を被る光線を放ってきたギアもそうだ。


 感情があるのであれば、この鎖姫のように、を行えば、またギアと仲良くすることもできるのではないだろうか。


「では、本当にぶっ飛びますか?」

「……いや、なぜそうなる?」

「御主人様に若干のイライラ感が募りましたのでつい」


 無表情ではあるが感情はあるのは分かる発言だ。

 だが、なぜぶっ飛ばされるのかがわからない。

 そんな発言の後に、すすっと、俺の背後に控えるのも止めて欲しい。


「駄目だよー凪君。姫ちゃんだって女の子なんだから」


 目の前に二つの丸い壁と巫女の声が聞こえた。

 机に手を付いて、俺に説教するように前傾した巫女ではあるが、座った俺からの視点では凄いことになっている。

 何が凄いって、たゆんがぽよんして、目の前でぷるんしてタブレットが見えなくなっている。タブレットが飲み込まれているように見えて若干タブレットが羨ま――


 そんな光景を目の前に出されたらほんの少し上にある顔なんて見ていられるわけもない。


 ……にしては近いわっ。


「なぎさまっ、なぎさまーっ」


 で、巫女と一緒に現れた、俺が悩む原因の朱はすぐさま俺に抱きつく始末。

 むにっと感が顔半分に当たって、もう何が何やら。


 ……嬉しいよ? うん。嬉しいさ。


 朱は、タガが外れたのかのように俺にべったりしている。

 今までは静かで深窓の令嬢と言われ、近寄りがたい高嶺の華の財閥令嬢で通っていた朱も、今日の一件から周りの印象ががらっと変わったようだ。


 はんなりとしつつも、飼い主が好きすぎてじゃれる子犬のようなその姿に、より一層のファンがつき、じゃれ合われてる俺は、登校初日からそんな二面性を持つ財閥令嬢の心を射止めた男として、いい意味でも悪い意味でも注目の的となってしまって、話しかけられもせず、離れた所でひそひそと話される状況だ。


「凪君……凄いね」


 そんな俺の苦労を知ってか知らずか、隣の席に座って一緒に真面目に勉強してくれていた弥生が、俺の周りを見て顔を赤くしている。


 不思議に思ったのか、巫女が弥生の机まで歩いていき、じっと、俺の周りを観察し始めた。


 弥生のその表情に、俺も今自分が置かれている状況を考えてみてみる。


 背後にメイド。

 隣には抱きつく財閥令嬢。

 机にちょこんと手を乗せた童顔な妹。

 で、先程までは、正面に男子生徒の視線を釘付けにするたゆん。


「……ハーレ――」

「ハーレムね」


 びしっと、犯人を指差す探偵のように俺を指差す、俺と同じことを思った巫女の言葉。

 それと共に、教室中に、あらゆる感情ない交ぜになった「うんうん」という頷きが。


 ……せめて、自分で言いたかった。


 どうやら、俺には、春が来ているらしい。


 俺は否定しようとしたんだからねっ!

 べ、別にみんな俺の嫁、なんて思ってないんだからねっ!

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