03-28 ストーカーと冷静な『姫』


「華名」


 イケメンユニット、モノホシの君の一人が俺達の元へと歩いてきて、朱に声をかけてきた。

 なぜか、声をかけてきたのは一番残念な顔立ちの男で、他のイケメン達は黄色い歓声に離れて応対している。


 朱はそれを無視して、いまだ俺の右腕にすりすりしているのだが、ナオも負けじと左腕を引っ張り朱を引き剥がそうと頑張っている。


「今日も美しいな、華名は」


 そんな俺の状況を無視して、男は朱に再度声をかけるが、朱は俺から離れようとしない。

 心なしか、俺の右腕にかかる圧力も強くなっている気がする。


「そろそろ君を迎えたいのだけれど、君と今後について話をしたい。今日は空いてるかな?」


 その男は無視されていることに気づいていないのか、朱に声をかけ続け、周りもその光景に、固唾を飲んで見守るように、しーんとした静かな間が訪れる。


 ……誰か、この状況を説明してほしいのだが。


「君の守護人に相応しいのは俺以外いない」


 まるで、自分が相応しいと豪語するかのように、自分に陶酔するかのように歌う男。


「ナオ、説明」

「姫、説明なの」

「華名様の元婚約者予定候補の方で、華名様に付きまとわれている方です」


 なるほど。

 つまりは、婚約者予定であって、候補だから確定してない話だった上に朱に言い寄ってるわけか。


 俺は、男をみながらため息をつく。


 ……こいつは、なぜこうも俺と関係するのだろうか。


 朱が走ってきて俺にしがみついたのも、後ろから来るこいつが怖かったからかもしれないと思えてしまう。


 もし、これからも、今も、俺の関係者に関わるのなら、俺は、こいつを――


「華名、この目付きの悪い男は誰だい? ダメじゃないか。俺以外にそんなにくっついては」


 そう、俺に笑顔を向けながら朱に触れようとした男の腕を、俺は反射的に掴んでしまっていた。

 ナオが、まるで俺がやろうとしていることが分かっていたかのように離れていたことに、流石我が妹だと感心した。


「なんだ? 離せよ」

「朱が怯えている。お前が離れろ」


 朱がびくっと体を震わしたタイミングで、俺は腕ごと朱を男の視線から隠すように俺の背後に移動させる。


 こんな屑に。

 俺の知り合いに、触れさせる気はない。

 、やることは一緒な屑野郎には。


「凪様……」


 朱が腕を離し、今度は俺の背中にしがみつく。

 何か怖いことがあるのか、俺のブレザーを握りしめる両手がかすかに震えている。


 自由になった右腕をポケットに入れ、中の祐成を握りしめると、異変に気づいたのか、取り巻きのようなモノホシの君のメンバーが男の周りに群れた。


 弥生が俺の隣に立ち、巫女はナオに近づき、手を握りしめてくれている。

 追い付いた朱の周りの黒服が、更に周りを固めてくれる。

 なんて心強い布陣なのだろうか。


「俺の華名を返せ」


 そんな布陣を物ともせず、男は朱を自分のものだと主張する。


「返すも何も、怯えている女を、はいどうぞと、出来るほど人間できてないんでね」

「怯えている? 違うだろ? 嬉しくて震えているのさ」

「頭に蛆でも沸いてんのかお前」

「御主人様。華名様は一度も彼に触れられてはおりません。ご安心を」

「へぇ。妄想癖か。やっぱ頭おかしいな」


 ため息混じりに馬鹿にするような俺の発言に、モノホシの君(イケメン勢)が武器を構えた。


 黒服達が若干浮き足だった。


 ……あれ? 心強く、ない。


「痛い目、みたくないだろう?」


 その取り巻きの行動や黒服の動きに気をよくしたのか、男はにやにやと汚い笑みを浮かべ始める。


「なあ、田舎者。俺が誰だか知らないからその態度なんだよな?」

「あ? 田舎者はお前だろ」

「田舎者。お前に俺が誰か教えてやるよ」

「興味がない」


 だが、その口振りからはなんとなく分かる。

 お偉いさんの御曹司か何かなんだろう。

 そうでなければ、華名家の一人娘の婚約者予定に選ばれるわけがない。


 だからこそ、黒服も対応に困っているのだろう。


 何かあれば財閥の名に傷がつくかもしれない。たかがボディーガードが問題を起こす訳にもいかないと思えば黒服達の動きも納得できる。


 出来るが、それ、護衛の意味なくないか?


「いいのか? そんな態度で。俺は、この学園に多大な貢献をしている。お前のような田舎者の一般人はすぐにでも退学だ」

「それで? お前に力があるわけでもないだろ」

「なに?」

「言ったよな? 俺は、「お前に」興味がないって。親の七光りってお前みたいなやつのこと言うんだぜ」


 図星だったのか、弥生が「ぶふっ」と口許を抑えて笑う。

 その行動に、男が顔を赤くする。


「貴様……後悔するぞ」

「あー、一つ言っていいか?」

「なんだ、謝罪でもする気になったか?」

「これから先、お前が朱の守護人になることはないぞ?」


 俺の背中の、制服を握りしめる朱が、ぴくっと動いた。


「知らんかったかもしれんが、俺、朱の守護人だし」


 そう、俺は、目の前の男に告げた。


 必然的に、周りに集まるギャラリーも、その言葉を聞くわけで。

 辺りが、ざわついた。


 目立ちたくはなかったが、朱が来た時点でそれも無駄に終わっている。

 このまま無視してもいいが、こんなにも怯える少女を見捨てるわけにもいかない。


 怯える朱を見ていると、あの時、ちゃんと守ってあげれなかったことを思い出す。


 碧の傍にずっといたのに、守れてなかった俺が、せめてこの子を守ってやりたい。


 朱に碧を重ねるのは申し訳ないが、今度はしっかり守ってやりたい。


 俺は、そう、決意していた。


 それに個人的にも、この男にだけは、俺の知り合いを関わらせるわけにもいかなかった。


「凪様……っ」

「まあ、ちゃんと言ってなかったが、正式に守護人として、お前を護ってやるよ」

「凪様……」

「お前、さっきから俺の名前しか言ってないぞ?」


 感極まったように俺の名前を呟くような朱に苦笑いする。


「お前が? 華名の守護人? 笑わせるなっ!」

「悪いけど。俺はお前に興味がないから笑わせたいとも思わない」

「ぶふっ」


 弥生がさっきからいちいち俺の言葉に「ぶふっ」と笑うのはなんなのだろうか。

 それに、巫女が「護ってやるよだって。きゃー」と、ぶつぶつとトリップしてナオの腕をぶんぶん振り回している。


 ほんと、お似合いの二人だよ。お前らは。


 ナオはナオで鬱陶しそうになすがままにされ、メイドにもなぜか頭を撫でられているが、妙に不機嫌そうなのはなんでだろうか。


「パパに言って、お前なんか退学にしてやるからなっ!」

「だから、自分の力でなんとかしろよ。七光り」

「貴様こそっ! 田舎者が後悔することになるぞっ! 俺の華名に手を出してっ!」


 辺りがその言葉に陰湿な空気に包まれた。


 自分の力でもなく、父親が偉いだけで周りを威圧して我が物顔していたのだろう。

 周りの生徒からも、この男に嫌な気分を味わったことが多いのか、嫌そうな、毛嫌いするような雰囲気が見て取れた。


 モノホシ達もその空気にまずいと思ったのか、今にも人具で殴りかかりそうになっている男を押さえ出す。

 人具を構えたのも、威嚇程度だったのだろう。申し訳なさそうな顔をこちらに向けている。


 どうやらこの男は、モノホシの威光にあやかって人気があったと思い込んでいただけで、本人はむしろ嫌われているようだった。

 モノホシが動くと周りの空気がほんの少し弛緩する。


 尚更丁度いい。

 

「あ。もう一つ、言い忘れてた」


 さらに調子に乗って、痛い目みせてやろう。話さなくても痛い目見るだろうが。


「一応、俺は、華名家当主・華名貴美子から朱の守護人に任命されてる。お前が戦うのは華名家当主とだが、大丈夫か?」


 守護人に勝手に任命した貴美子おばさんへの嫌がらせでもある。

 鼻息の荒い男が、耳に入った言葉が理解できなかったのか、動きが止まった。


「……お前が?」

「ああ、そう。婚約者候補にさえなれなかったお前と違って、な」


 ぐいっと、背後の朱を前に引き寄せると、朱が俺の胸元に飛び込んできた。


「俺、華名家公認のこいつの婚約者だから」


 そう、朱を抱きしめながらトドメの言葉を放つと、辺りのギャラリーから、一斉に歓声が上がった。


 辺りの歓声が、やってやった感に溢れているが、中には妬みの言葉も含まれている。

 だが、何れもスッキリしたかのような歓声だった。


 中でも一際五月蝿かったのは、


「きゃー! 認めたっ! こいつの婚約者だから、だってっ! きゃー! 弥生っ、私にも言ってぇーっ!」


 近くでちょっと主旨がずれた半狂乱な巫女ではある。

 俺もほんの少し、痛い目を見てしまった。


「お前……殺してやる……」

「やれるもんならな」


 何度もお前みたいなやつに


 目の前の男は、前の世界でも俺が知っている男だ。

 忘れるわけがない。


 固めるのに時間がどれだけかかるか分からないオールバックな髪型に、眉尻が上がってはいるが、比例するかのように目尻が下がっている目の前の男。


 ああ。俺も、お前を許す気はないよ。


 碧にストーカーして怖がらせ、俺を刺して碧を悲しませ、俺の幼馴染みのはずの朱を怯えさせる、名前さえ知らないお前はな。


「あー、凪君。よかったの?」

「んまあ、ちょっと、あいつらにはいい印象なくてなぁ」


 怒り狂いながら、校門のギャラリーを散らしながら去っていく男を見ながら、弥生が心配して声をかけてくれる。


「いや、そうじゃなくて……」

「ん? 貴美子おばさんの名前使ったことか? こう言うときにしか使わないぞ?」

「じゃなくて……」

「なんだよ。俺の名前使えばよかったか?」

「それ、ほんとに彼の人生終わるから。じゃなくて、周り」


 そう言う弥生が何を言いたいのか分からず、指差す先――背後と胸元を見る。


「凪様が……私のこと、婚約者だって……ああ、遂に認めて頂けました……っ」

「お兄たんが朱お姉ちゃんの婚約者って、認めた……ナオのお兄たんが……」

「きゃー! 凄いっ! 流石凪君っ! 朱さんの心わしづかみーっ!」


 ……ああ。そうなるよな。


 朱は俺に力一杯抱きつき嬉しそうに俺の胸に顔を埋め。

 反対に、ナオは世界の終わりのような絶望感溢れる表情を見せ。

 巫女は千切れんばかりにナオの腕を振り回し。

 弥生はそんな状況を引き起こした俺に呆れつつも生暖かい視線を投げ掛ける。


 ……ほんの少しの痛い目ではなかった。


 そんな混沌と化した中に、冷静な女性が一人。


「御主人様。私にはそのような熱い言葉をかけていただけますか?」


 これに比べたら、これから先何とかなるだろうと、そう、目の前の静かなメイドを見ていると思えてしまう。


 この、表情の乏しいメイド――

 俺の初めての敵。




   『鎖姫』を、見ていると。

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