03-20 未来を選ぶ
「僕は、ね。今、君にこうやって会ってるのは、選択を与えるためなんだよ」
「選択?」
「君が戦っていたあの場はね。ちょうど君の分岐点なんだ。どっちに転んでも、君は生きてるよ」
まるでこの先を知っているかのような発言が俺の心を揺さぶった。
なんだ? この子は何を知っている?
俺のことをオリジナルといい、俺以外の俺を知っているような、これから起きることを知っているかのような口振り。
そうだ。生きていると言っても、あれをどう対処したのか。
致命傷を受け、右手もなくなり、戦うこともできなくなったはずだ。
あの状況でどうやって……。
まだ、あの場所にいるのか? であれば今すぐにでも戻って……
「刻族はね。時間や、世界をあの観測所から移動することを、『
「刻……旅行……?」
「時間や別次元の世界を旅行するように移動するからだって。安直だよね。もっといい名前つければいいのにね。凄いことなんだから」
いや、凄いけど。
凄いのは分かるが、それが俺が生きていることとなんの関係が?
「まあまあ、話は最後まで聞きなよ。僕も人と話すのは久しぶりで、会話に飢えてるんだから。もうちょっと付き合ってくれないかな?」
「いや、生きてるなら早く戻りたいんだ。あの状況を何とかして逃げないと。ああでも、聞きたいこともまだあって――」
「さっきの質問といい、強欲だねぇ……大丈夫だよ。君は死なない――」
そう言うと、ナギは椅子から立ち上がり、背後にあった真っ白な壁に手をそっと置いた。
壁一面に歪みが発生し、映画館のような大きなスクリーンが現れた。スクリーンの真っ黒な画面にざざっと雑音が飛んだ直後、映像がスクリーンに写し出される。
そこには、俺が映っていた。
あの入り口から、ちょうど溢れ出したギアと戦っている俺だ。
いや、それは本当に俺なのだろうか。
赤く光る左目。その赤い瞳は、動く度に辺りに赤い残像を残す。
目の前のギアの顔面を掴むと無造作に引きちぎる左手。
伸びて千切れたコードからバチバチと溢れる火花を撒き散らしながら、ぽいっとごみのように捨てられ地面を転がる。
覆い被さるように頭上から降ってきたギアに左手を突き刺し、振り払って他のギアさえも行動不能にする。
握られた紫の光を放つ祐成で何体ものギアを同時に切り裂く右手。
切り上げればギアが縦に真っ二つに。薙げば上下に真っ二つに。
紫の軌跡だけが俺の周りで煌めき、ギアが行動不能へと陥っていく。
蹴れば辺りに飛び散る破片と、その破片が突き刺さって活動を停止するギア。
遠くから放たれた光線を左手で弾くと、人とは思えない咆哮をあげて暴れまわる、俺。
「ほら、ね?」
ほら、じゃない。
なんだこれは。
俺なのか? これは本当に、俺なのか?
俺の右手は二の腕辺りから焼き切れていたはずだ。
なのに、何で――
「ん? 生やした」
「何を!?」
「右手」
もう、人間業じゃない。
「とまあ。僕が表に出て戦ってるから安心して。疲れてもう動けなかったでしょ」
「お前が……代わりに?」
それはつまり、俺と言う人格ではないナギが動かしていると言うこと。
俺の体を、別の何かが動かしている?
そんなこと、普通出来るのか?
「安心しなよ。終わったら返すから」
「お前……何者なんだ?」
「僕はナギだよ。君の中にいる、もう一人の君。だけど純粋な君でもない。植え付けられたみたいなものだし、植え付けられたからこそこうやって貴重な体験も出来てるし、代わって戦うこともできる」
二重人格とかじゃないからね。と、付け加えるナギが尚更分からない。
まだ俺が生み出した二重人格のほうが理解できるし安心できる。
俺の心の中にいるのだから、てっきりそういうものなんじゃないかとも思っていた。
こいつは、小さい頃の俺でもなく、今の俺でもない。
俺の中に巣食う、何か別のものだ。
そう思うと、笑顔で俺をみるナギが急に怖くなってきた。
いつか、俺はナギに体を奪われるのではないだろうか。いつか、俺と言う人格が塗り潰されるのではないだろうか。
覚えのないちぐはぐな記憶も、それを見せることで俺と言う人格を少しずつナギへと変えていっているのではないだろうか。
そう、考えが過った。
過った考えは的を得ているようにしか思えず、その俺の考えはナギにも伝わっていて。
ナギが、酷く、不気味な笑みを浮かべた。
「そんなことしないよ。……まだ時間はあるからもう少し話はできるよね?」
ただの笑顔に、体が竦む。
「もし、僕が君が思ったことをするのなら、君が小さい頃にはもうやってるよ? 君がまだ小学生低学年の頃からずっと一緒なんだから」
だから、怯えないで。
なぜか悲し気に聞こえたその声と表情に、俺が酷くこの子供に怯えていることが分かった。
かつん、かつん、と、俺へと近づいてくる度に響く足音に、体が震える。
本能的な、拒絶。
自分の中の異物を認識して、恐怖が溢れてくる。
震える体に、ナギの手が肩に置かれ、びくっと震えが酷くなる。
ため息交じりに笑顔を向けると、ナギは俺を覆うように抱きしめた。
「僕は、味方だよ。ずっと、君の味方だ」
「……味方?」
人の温もりに、その小さな子供から感じる温もりに、俺の心がこの子供を味方だと感じていく。
暖かさに、心が溶かされていく。
ただ、これさえも。
これさえも、この子の俺への浸食なのではないだろうか。
「そう、味方。だから、君にこれからの二つの選択を与えるんだ」
「選択……?」
吸い込まれるように、隙間に入るように、埋めるように、それが正しいと思えてしまうほどに、ナギの声が俺の心に染み渡る。
「僕が出てこなくても。君はあの場は自力で何とかできたんだ。
でもね……それだと、大切な者を失う君を追うだけになる」
大切な者を失う? 追う?
それは、誰のことだ?
「一つの選択。
君は、あのギアが溢れる暗闇へと入って、先にあるアレを見つける。結果的に、アレがいなくなるから、少しは人類が優位になる」
アレとは、なんなんだ?
「その代わり、君は大切な者を失う」
「何を……?」
ナギは俺を抱き締めることを止め、俺の瞳をじっと見つめる。
「弥生」
そして、俺が失う者の名を告げた。
「弥生が……?」
「そして、君が巫女を手に入れる未来」
弥生が死んで、巫女が俺に……?
「そっちのほうが、いいかな? 君はずっと小さい頃から巫女のこと好きだったからね」
無邪気な、ほんの少し茶化すような言葉。
だが、そんな選択は、俺が選ぶわけない。
巫女のためにも、弥生には生きてもらわなければならない。
それに、俺は今となっては、巫女よりも大切な人がいる。
それに。
この世界の巫女は、俺の知らない巫女だ。
「それが、君が選ぶはずだった未来だよ」
「お前は……その未来を何で知っている?」
「何度もみてるからね、並行世界で。ここに辿り着いた凪は、毎回あの先を見に行くんだ。そこで絶望し、戻ったら弥生も亡くなっていて更に絶望して行方を眩ます。その傍で、自分の心の隙間を埋めるように巫女がいて、お互いの傷心を埋めるように求めあうんだ」
なぜ、この子はその並行世界が見えるのか。
なぜ、俺はあの先へ進むのか。進んだ先に、俺を絶望させる何があるのか。
「もう一つの選択は――
あの先を見ずに、この地下から出て、逃げる。まだどの凪も選んでない――いや、選択にさえ出てこない選択。逃げれば、まだ、弥生は助かるよ」
「弥生は、そんなにまずい状態なのか」
「まずいなんてもんじゃない。肩が抉れてなくなっているんだよ? 傷口をなかったことにでもしない限りは、生きていられるわけないよ」
大袈裟だ。
だが、大袈裟でも、それに近しい状態だったのはあの時見た傷からはわかる。
確かに、致命傷ではあった。
それをどうやって治すと言うのか。
「そこは僕に任せて。僕も、君が今までと違う未来へ進むのなら是非協力するよ。で、どっちを選ぶ?」
一択しかない。
弥生が死ぬなんて未来を知ったのなら。
人類全体で考えるなら、間違いなくアレというなにかを見て、なくなる選択を選ぶべきなんだろう。
だが、俺は知ってしまった。
俺の友達が死ぬ選択。
そんなのを知ったのなら、それを選ぶわけがない。
俺は、弥生を救う選択を選ぶ。
そう、決めてナギを見ると、満足そうな表情のナギが俺の瞳に映った。
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