03-19 悔い


「――刻族には、あまり時間の概念がないんだよ。観測所ポートに戻ると、ある一定の地点の年齢に戻るみたいだし。そうやって長いこと生きてきたみたい。だから、種族としてはあまり数もいなかったみたいだね」


 刻族について引き続き話すナギの言葉に耳を傾ける。


「貴美子おばさんが、母さんが消えていたって言ってたけど、何か用事があって観測所に戻ってたって考えるとしっくり来る。母さんはもしかしたら刻族が何をしてたのか知ってるかもね」


 話を聞きながら、部屋も狭いし、いつまでも寝たまま話を聞くわけにもいかないと思ってベッドから降りようと動くと、ベッドが急に消えた。

 いきなり消えたので地面らしき白き床に尻を思いっきりぶつけて痛かった。


「ここは君の心の中だよ。だから、君が知っている物なら何でも思うだけで消したり出したりできるんだ」


 そう言うことは先に言って欲しかった。

 しかし、心の中でこうやって話せているのも不思議な感じがする。


「あれ? 言ってなかった?」と言いながら、俺のために椅子を出して座るように促してくる。


 俺が椅子に座ると、二人の間に真っ白なテーブルが現れ、その上にコーヒーポットとカップが二つ現れた。


「飲んでも何かあるわけじゃないけど、雰囲気だけ楽しもうよ」

「いやいや、楽しめないだろ。俺、さっき死んだんだから」

「そう思ってる割には軽いよね」

「二度目だからだろうな……死ぬのは」


 一度目は飛行機墜落時。あの時は絶望した。

 何も、助けられなかった。

 父さんや義母さんは空へと消えていき、ナオや碧は目の前で焼き消え。

 俺も、墜落の衝撃で身動きとれずに死を待つだけだった。


 だけど、この世界に来て、まだ生きて、家族を探せた。

 少し長引いた程度だったわけだけど。

 それでも、大きくなったナオにも会えたし、碧ともまた再会できた。

 長引いた分だけ、いいこともあった。

 辛いこともあった。

 もっと色々やってみたいこともあった。

 俺が作る人具で救える人もいただろう。


 これから父さんを探して、あの世界へいく方法を見つけて、碧をあの世界から連れ出したかった。


 死んだのは、悔しい。


 悔しいが、あの時はあれが精一杯だった。

 悔いは残るし、悔いが残らず死ぬ人なんて少ないんじゃないかと思っている。


 だから、悔いが多いだけ。

 今更、精一杯頑張っても無理だった変えようのない事実があって、もう、事実があるから諦めてしまったからだろう。

 だから、こんなにも、あっさり認められているんだと思う。


 ただ、悔やむことはやはり、どうしようもない。


 死んだとわかったらナオは悲しむだろう。

 だけど、ナオは可愛いから、皆が助けてくれると思う。

 周りは優しい人達ばかりだから。

 ただ、前の世界を共有している人がいなくなるから、寂しい想いをさせてしまうのは心残りだ。


 ……橋本さんとこの息子がナオに手を出したら潰そうと思ってたが、手を出したら化けてでも潰そうと思う。


 朱は、会ってすぐに死んだからほとんど会話しなかったけど。俺と婚約解消すればいくらでもまた出会いがあるだろう。

 なんせ、世界に通じる財力の一人娘だ。俺が現れるまで候補はかなりいたみたいだし。

 俺がいたから彼女の人生が少しだけ変わっちゃったのかと思うと申し訳ない。


 弥生にも悪いことをした。

 人具は壊しちゃったし、一緒に来てあれだけの傷を負わせてしまった。

 生きていてくれればいいけど。


 戻ったらまた人具を作ってあげたかった。

 成政のこと、結構気に入ってくれてたから。


 ……一番の心残りは、碧だ。


 また、救えなかった。


 あの世界でずっと俺のことを待ち続けることになりそうな碧が、これからどうなるのか心配だし、あの世界から救ってあげられなかった。


 会えたのは嬉しかったけど、すぐに死んじゃって……。

 約束を守れなかったことが悔しい。

 ナギの言うことが正しいなら。あの観測所からなら降りてこれるなら。いつか降りて来るかもしれない。

 その時に、迎えて、また抱き締めてあげたかった。

 また、碧の笑顔が見たかった。


 死んだことが分かっていて、そしてこうやって悔やめることがいいのか悪いのかは分からない。


 結果は結果だ。

 罪悪感はあるし、諦めたくもない。だけど、もう……諦めるしかない。


 だが、せめて知りたい。

 俺がどうして別世界にいたのか。

 碧をどうしたら救えたのか。


 知ったところでどうなるわけでもないし、死んだらどうなるのかもわからないけど。


 せめて、それだけでも、知りたい。


 さっき、俺がオリジナルとナギは言っていたような気がする。

 であれば、この結末にならなかった俺もいるのではないだろうか。


 橋本さんから依頼を受けて断った俺。

 家に入らず町に戻った俺。

 階段を見つけて引き返した俺。


 他にも色んな分岐点があったはずだ。

 それらを選んだ俺が、生きていて、まだ先の俺の物語を紡いでいるなら。

 羨ましいが、碧を救える世界もあるはずだ。


 分岐先の俺のどれかが、そこに辿り着いてくれるなら――


 でも。


 そう思えば思うほど。

 碧や、みんなのことを思うほど。


 『俺』はまだ、生きたかった。

 生きて、俺がそこに行き着きたかった。


 そう、思わずにはいられない。

















「いや、死んでないけどね」














「……は?」



「死んでたら、精神上共有している僕も死んでるでしょ。まだ生きてるよ。まだ、ね」


 それは、俺はまだ戻ってみんなと会えるってことを言っているのだろうか。

 含みが多すぎて、よく分からなくなってきた。


「あのさ。飛行機の時もそうだけど。君、一回も死んでないからね? 死んでたら世界の移動できるわけないじゃん。生きてるから出来るんだよ」


 え? 俺、死んでない?

 あの、飛行機墜落してぐちゃってなってたときも?

 それは嘘だろう?

 じゃあ、あの喪失感はなんだったんだ。


「守れなくて凹んでただけでしょ」

「俺の人生を変える一瞬を。かつてないほどの絶望を、陳腐に変えないでくれ……」

「喪失感、喪失感って言うけどさ。そりゃ、あんだけ大怪我してたら感覚も消えるでしょ。……さっき言ったよね? 観測所に行ったらある一定の地点まで戻るって。君の場合はダメージを受ける前にポイントが設けられてて戻っただけでしょ」

「……俺の人生を変える一瞬を。かつてないほどの絶望を、陳腐に変えないでくれ……」


 大事なことだから、二回言いました。



 だが、ナギの言葉を信じるなら、俺は生きている。

 まだ俺は生きている。


 だったら、また、皆にも会える。

 可愛くて仕方のないナオにも。

 まだ内密な話をできてない貴美子おばさんにも。その娘の朱にも。

 弥生にも、拝み忘れたたゆんにも。

 抜刀術で宇多を華麗に操る火之村ひのむらさんにも。

 まだ行方の分からない父さんにも、喋るとうざい、親のように助けてくれる橋本さんにも。


 そして……母さんにも、碧にも。

 碧を、救える。また、会えるんだ。

  





 戻ったら、きっと。

 悔いがないように、生き抜いてみせる。



 ……そうなると、後の問題は。

 ここからどうやって出て戻るのか、だ。


 そう思って目の前のナギを見ると、優雅に小指を立てながらコーヒーを一口啜り、「にがっ」と嫌そうな顔をしてから俺を笑顔で見つめ返してきた。


 戻りたい。

 だけど、まだ聞きたいことは沢山ある。


 出来る限り話を聞きたいと思いながらも、早く帰りたい想いも募っていく。


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