03-21 五人の凪

 俺の選択を読んだナギが、嬉しそうに拍手をし、ぱちぱちぱちと、静かな白い部屋にその音だけが響いていた。


「よかった。僕が出てきた甲斐があったよ」


 弥生を助けてくれるというナギの言葉を信じるしかない。


「なんで、そんなことを教えるんだ」


 本来知らないことだ。

 今、俺のほんの少し先とは言え、未来が選択されたのだ。

 知ったから選べる未来。自由に選べる未来。

 それは、誰もが知りたい選択ではないだろうか。


「うーん。……が後悔しているから、かな」

「俺達?」

「その道に進んでしまった君達だよ。死ぬときはそこを常に後悔していた」


 選択した時に、もしそれが分かっていたなら、俺がそれを選ぶわけがないと思う。

 なんで教えなかったのだろうか。

 それとも、教えたけど選んだ俺がいる?


「ああ。勘違いしないで。僕がいるからオリジナルと言うわけでもないよ? 他の凪には僕はいない。君だけの中に僕はいる。だから、知らないんだよ」


 そう聞いてほっとした。

 安堵はしたが、余計に分からなくなってきた。


「俺がオリジナルなら、なんで俺より先に進んでいる俺がいるんだ?」


 オリジナルとは、俺から派生する凪がいるから、それから見たらオリジナルという意味ではないのだろうか。


「うん? ああ。そこが『統合』だよ」

「統合?」

「君だけの特権、かな。君は原初から派生した凪なんだよ。普通は同じ時間軸を平行して進むんだけどね。

 ……でもね。君達だけは少し他とは違っているんだ。時間軸さえもバラバラで、先に未来へ行く君以外の凪がいるのさ」


 俺は俺以外の凪から派生した凪。


 そう聞くと、俺が選択によって作られた者だということが不思議だった。


 俺の原初が選択していれば生まれなかった俺。

 選択しなかったオリジナルが見れなかった俺。

 少し違うというのはどういうことなのか。


「君は、この世界で生きていた原初の凪から派生した、五人の凪の一人だね。すでに原初は死んでいるから、この五人がオリジナルになる」

「俺の原初は死んでいる? だったら俺は生まれないだろ」

「原初が死ななかった選択だよ」


 原初がいないからオリジナルは繰り上げられて原初になる?

 ……原初の俺が可哀想になってきた。


「君以外の四人の内、三人が君より先のステージに向かっているよ。二人は死んで、一人はまだ生きてるけどね」

「後の、一人は?」

「君より遥か前」


 自分が死んでいるとか、先や後にいるというのが不思議な気分だ。


「この死んだ二人が重要なんだ。この二人はどちらも似たような物語を、かなり深いところまで進んでいてね。死んだ時に、消滅じゃなくて統合を選んだことなんだ。

 君への、を、ね」

「あ……そう言うこと、か?」


 俺に時々、頭痛と共に植え付けられる記憶。

 あれは、その二人の記憶の統合によって起こされた現象なのではないだろうか。

 そうであれば、俺が知らないことも理解できる。


「だから僕は先を知っている。あまりにも膨大な記憶だ。一人の生きた記憶だ。それが二人分。三人の記憶を、一人の体や脳に詰め込むなんて、正気じゃないよね」


 確かに、一人に対して、内部に自分含めた三人分を内包するというのは、体や脳が耐えきれないのではないだろうか。

 何がしたかったのかと思う。


 俺を、壊したかったのか?

 ……いや、違う。



 その二人の凪は、


『やり直したかった』


 のではないだろうか。


「やり直し?……ああ、なるほど。いい着眼点だね。それは、君がさっき僕に乗っ取られると思ったから出た発想なのかな?」


 けらけらと無邪気に笑いながら茶化すナギに、俺も苦笑いするしかない。

 だが、すぐにその笑いは終わる。


 このナギがなぜ、その二人の記憶を知っているのか。

 先程、ナギは俺自身ではないと言っていた。


「君も思ったじゃないか。三人分を内包するのは耐えられないって。

 ……僕が、二人の記憶が流れないように管理しているからだよ」

「……どうやって?」

「純血の刻族は、観測所とリンクしているんだ。そこには無限とも言える膨大な力の流れがあってね。その力を君は自由に、制限なく自分に流し込むことができる。それが、君だけの特権」


 そう言うと、ナギは俺の目の前に一つの棒を再現させた。


 その真っ赤な棒は、俺も見たことがある。


「物干……」

「こんな風に、観測所から力を流し込み、君は人具を作ることができる。これも観測所の力のおかげだよ。他の凪は、ここまで簡単には作れてなかった」


 俺がいとも簡単に人具を作り出せる理由が分かった。

 俺そのものの力じゃなかった。

 俺を通して観測所から流れる力が、俺や祐成に力を与えていたんだ。


「この流れ込む力を、ストックする応用で、流れ込んできた記憶を保管しているんだ」


 思わず、左耳の母さんの形見のピアスに触れる。

 このピアスの応用だ。このピアスの、観測所から流れてきた力をストックする原理を応用して、記憶さえもストックしているのか。


「この原理に着目したのが、死んだ二人の凪。観測所を見たこともないはずなのに、あることを自身で気付いた。

 観測所に自分の意識を飛ばして力に流れ溶け込み、記憶を残した。それを、君は知らずに受け取ってしまった。

 ……ああ、そうか。君が言ったように、記憶を上書きすることで、流れ込んだ凪に成り代わろうとしたのかな」


 なるほど。興味深い話だねと、呟きながらふむふむと納得するように大袈裟に頷くナギを見ていて、俺も考える。


 何か、何かがおかしい。

 ナギがまだぼやかして話しているから分からないことが多いのは分かるが、何か引っ掛かる。


 観測所の力ってなんだ?

 俺以外の凪は、どうやって意識だけを観測所に残した?


 ……いや、その前に。俺以外が碧と母さんのいる観測所を、見ていない?



「うん。君以外に、あの場所を見た凪はいないし、力をこうも受け取ることは出来なかったんだよ」

「なぜ?」

「君だって特殊じゃないか。見に行けたのだって、ナオの力を使ったでしょ? あの場所を見たから受け取りやすくなったのかもしれないね。もしかしたら、もっと前にあの場所を見ていたのかもしれない」


 俺が過去にも見ている?

 ……いや、見た記憶はない。

 ナギにもその記憶はないのだろう。

 あくまで推測だ。



「だから、君は面白いんだ。僕の知らない何かがある。

 だから、彼等のように、死んで欲しくないんだ。僕も死ぬことになるからもあるけど、まだ僕は君をみたいし、他の凪が選択しなかった未来も見てみたい」


 後の二人も死んで、君に統合されて僕の知識となってくれればいい。

 なんなら、観測所に流れた凪達全てを流し込んで保管したい。その記憶を君が死ぬまで愛でたい。


 そう、ナギが俺に訴えるように見てきた。

 その姿は、小さな子供には見えない。


 貪欲な知識欲だろ?


 ナギが、そう言った気がした。


 ああ、貪欲だ。

 でも、俺もナギに負けずに貪欲だ。


 観測所の力が何かは分からない。ナギも分からないんだろう。だから知りたい。

 それも、ナギとならすぐに分かりそうだと、なぜか思ってしまう。


 気づけば、俺は目の前のナギに信頼を寄せていた。

 信頼がなければすぐにでも現実へ戻っていただろう。


 もしかすると、これも俺を支配して、そう思わせているだけなのかもしれない。

 だが、そうだとしても、このナギの話は俺にとって有益だ。


 この子を、信じよう。


 そうじゃないと、俺が弥生を助けるために選んだ選択も無駄になる。


 この選択でも、もしかしたら俺がまた生まれていたのかもしれない。


 その凪が、どのように進むのかも、今となっては気になっていた。

 それは、このナギが、俺が、並行世界の俺を見ることが出来るから、記憶を保管できるから。


 それを、知ってしまったから。


 そして、ナギに聞けば、今のようにそれを答えてくれる。


 なんてチートなのか。

 「チートね」と言われて、チートじゃないと反論した俺が、今となっては馬鹿馬鹿しい。


 だが、今はそれよりも聞かなきゃならないことがある。

 これが、俺という凪がこれから進む道で、何より重要なことなんだ。


 記憶の中にあるはずの、道。



 碧を、救える、道だ。



「なあ。……碧を助けられた凪は、いるのか?」


 そこが、一番重要なところで、一番聞きたいことだ。

 聞いておいて、カンニングしているような気分になってあまりいい気はしない。


 ……カンニングしたことないが。


 だが、知らなくてはいけない。

 早く、あの世界から連れ出してあげたい。

 それが、約束だから。

 それが、俺の願いだから。

 一緒にいたい。それを、俺が求めているから。


「いないよ。だから、君が聞きたいと言っていた最初の質問の答えは、分からない、になる」


「ごめんね?」と手を合わせて謝るナギが、小さいことも合わせて確信犯的に思えた。


 なんだ、こいつ。妙に可愛いじゃないか。

 ……自画自賛だが。


 だが、その言葉に拍子抜けしたと共に、碧を救う手だてがまだ分からないということに、軽く目眩がした。


 あれ……俺の決意……。


「……そもそもね。碧は常に傍にいるからね。助けるもなにもないんだよ」

「……え?」

「君は、他と違う特異点なんだ。

 ……何が違うかと言うと他の凪は――


 ナオが生まれていない。

 碧が、焼かれていない。

 碧は一緒にこの世界に来ている。

 碧は一緒に過ごしている。

 弥生が『神夜』と名乗っている。

 神夜も巫女も、君を知っている。


  ってところが、君と違うかな」


 ……全然違うじゃねぇか。

 なんだその俺が抱える問題をクリアしているイージーモード。


 俺が考えていたチートを、見事に砕くその答え。

 ナギがもつ記憶が、俺が進む道に全く意味ないことを知った。


 俺の知っている神夜と巫女がいる?

 碧が一緒にいる?

 天使ナオが生まれていない?

 焼かれていない?


 まさか、飛行機墜落したことさえ違うんじゃないか?

 待て。俺を知っている巫女?

 え? それ、俺の初恋実らせ――


 ――いや、ダメだ。神夜が死んでる。

 じゃあ神夜が死んだら俺は……


 おおっ。

 碧が思ってたことが現実になってるわ。

 凄いな碧の直感。


 あれ?

 碧がいる?

 ん? あれ? 俺、ハーレ――

 


「後は、君が碧のことを義妹としか見てなくて、碧も、義兄としか見てないのが違うね」


 そう言われて、急にナギが記憶を保管しているという意味と、考えていた妄想に恥ずかしさが一気に込み上げた。


 そうか。こいつは、俺の記憶も見ている。


 俺が碧をどう見ていたか。

 俺が巫女をどう思っていたか。


 全て筒抜けなんだ。

 更には、俺以外の凪がどう思っていたとか、全て――


「聞きたい? 選ばなかった未来で、君が巫女とナニしたかとか。見たい?」


 見たくないわっ!


 ……あ。でも、ちょっと見たいかも。


「おさかんだね」

「年相応と言ってくれ……」


 こう言うときに、きっぱり断る意思を持ちたい。

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