03-16 逃げるために


 一気に階段へと走り抜ける。


 俺達が導き出した結論はその一択だった。

 三人で周りのギアを切り払いながら、先へと進む。


 この地下で、ギアが何をしていたかなんて今はもうどうでもいい。

 こんな大量のギアが、俺達の町の近くに隠れていたなんて、誰が想像できたのか。


 背後から溢れだして追いかけてくるギアは、津波のように押し寄せてくる。

 その津波が近づいてくるが、空間には多すぎて、互いにぶつかり合いながらの為、進行は遅い。


 だが、階段へと進む俺達も、向かうに連れてギアも向かわせまいと密集してきて、動きが制限されている。


 まだ、進み始めて数分。

 あの、人を肉と液体と皮に分けていた容器を頭上に掲げた機械と、階段までのちょうど真ん中辺りまで進んだところだった。


 背後からの黒い津波が俺達に追い付き――







 弥生が、飲み込まれていく。


「う、うわぁぁぁーッ」


 黒に飲み込まれていく弥生の悲痛な叫び声に、俺と火之村さんが足を止める。


 駄目だ。駄目だ駄目だッ

 立ち止まったら俺も巻き込まれるッ


「ガアァッ!」


 弥生がまだ、生きるために戦う音が聞こえるが、押し寄せる黒はどんどんと集まっていく。

 時折黒から見え隠れする白い光が、まだ弥生が生きていることを伝えていた。


 俺も、火之村さんも、周りのギアから身を守ることに精一杯で動きたくても動けない。


「ぎ、ギャァアアアアッ!」


 ゴキリ、と、嫌な音が聞こえて、赤い液体が黒から噴水のように上がった。


 その、声に。飛び散る血に。

 俺は、階段に背を向けてしまった。


「火之村さんっ! 弥生を頼みます!」

「頼むとはっ!?」


 やっと出来た気を許せる戦友を。

 前の世界でも親友だった仲間を、こんな所で失うわけにはいかないっ!


 ピアスに力を籠める。

 ピアスは力を循環させ、淡く水色の光を放った。


「祐成ッ!」


 祐成がピアスの力を取り込み白い光を全体に纏うと、大きな光の槍へと姿を変える。槍は背後の階段へと突き刺さるように延び、階段前に群がる一部のギアを蒸発させた。


 その槍を、一気に投げ放つ。


 放たれた槍は、黒を切り裂きながらまっすぐと。

 まっすぐ、点眼容器の機械へとすぅっと吸い込まれていく。


 刹那、溶け込むように消えた光が機械から溢れだし、辺りを揺らす衝撃と轟音を響かせた。


 爆発で吹き飛ぶギアの中に、力なく宙に投げ出された弥生の姿を見つける。

 弥生の右肩や足から、噛み切られたのか血が噴き出し、軌跡を描く。


 吹き荒れる爆風に焼ける体を無視して、弥生へと飛びかかり空中で抱き留めるが、弥生と同じく吹き飛ばされて固形物と化したギアの胴体が俺の体にぶつかりバランスを崩す。


「火之村さんっ!」


 このままでは弥生もろとも、ばらばらと飛び散るギアに巻き込まれて身動きがとれなくなる。


 弥生を火之村さんに無造作に投げつけると、火之村さんが弥生をキャッチするのと、俺が地面に叩きつけられたのは、ほぼ同時だった。


「水原様!?」

「行ってっ! 今なら階段までギアがいない!」


 その言葉に、火之村さんが階段を見る。

 機械の爆発と、俺が投げた光の槍祐成のおかげで、ギアがいなくなっていた。

 いなくなってはいたが、すぐにまた道はなくなるだろう。


「ま、待って……」


 弥生が苦しそうに、呟くのが見えた。

 だが、俺の周りに、空から落ちてきたギアによって、視界を遮られてしまい、二人が見えなくなる。


 ピアスの力は長くは持たない。

 また溢れ出したギアに、俺は向かっていく。

 少しでも、二人が逃げる時間を稼ぐために。




 光を纏った右拳を、爆発でぼろぼろになったギアに叩きつけると、破裂するかのようにギアが吹き飛んだ。

 続いて、ギアの腹部へ刈り取るように蹴りを放つと、刃物のように足はギアを切り裂いていく。


 ずきずきと痛む左目を開け、空からの視界で弥生達を見ると、階段まで辿り着いて上っていく後ろ姿が見えた。

 弥生が何か叫んでいたように見えたが、自分の心配をしろと思わず言いたくなった。


 ぞろぞろと、ギアが俺を囲みだす。


 突き出されたギアの腕を左腕で防ぐと、激痛が走る。

 右腕を刀のように振り下ろしてギアを叩っ斬るが、これも痛みを伴った。


 ピアスの力は、すでに枯渇寸前だった。


 気づくと、背後には爆発の余波で燃え上がる機械があった。

 ちりちりと背中が焼ける。

 また、振り出しへと、戻ってしまった。


 火の手は収まる気配を見せず。


 いまだ辺りに火を撒き散らす機械の中に、成政を見つけた。

 祐成は見当たらない。


 右手を火の中に突っ込み成政を掴む。肌が焼けるが、治癒力が高まっているのですぐに治るだろう。


 いざというときの為の、切り札であるピアスに力をストックしたかったが、成政の力をピアスが拒絶したのか、それとも、祐成ほど目に見えたストックができていないのか、ピアスの力は徐々に失われていく一方だった。


 断念してピアスの力を切って、残り少ない力を温存することにし、成政のみに力を流して循環させる。


 祐成に比べると、少しばかり心許ない白い光に不安を覚える。

 だが、戦えない訳ではなく、白い光を全体に纏わせた槍へと姿を変えてはいる。

 これが、神具と人具の出力の違いなのかと、改めて祐成に助けられていたのだと気づいた。


 祐成はない。でも、弥生が残した成政がある。

 まだ、戦える。


「生きて、生きて帰るんだ」


 自分にそう言い聞かせて、階段へと突き進む。

 突き進む俺の前に、黒い壁が立ちはだかっていた。




 ・・

 ・・・

 ・・・・




「火之村さん……ッ! 離してください!」


 火之村から逃げようと必死に抵抗する力は弱いが弥生は止めどなく溢れる血を気にせずに暴れていた。


「死にますぞ」


 ギアに会うこともなく家から脱出でき、火之村は家の前で弥生を下ろしてそう告げる。


 あれほどの戦いでまだ壊れていなかったスマホを胸の裏ポケットから取り出すと、電波が辛うじて届いていることを確認。


「早く、助けに行かないとっ!」


 立ち上がろうとする弥生を抑え、自分の服を破り傷口に巻き付ける。

 弥生の肩は特に致命傷に近く、肉は食い破られ、白い骨をちらつかせていた。

 ぐっと、強く縛ることで止血をするが、思ったより傷が深く、止血した服もすぐに血で湿った色に変わる。

 すぐにでも治療と輸血が必要で、弥生が動く度に飛び散る鮮血は弥生の命を縮めていく。


「夜月様。行くなら私のみで助けに参ります。まずは、夜月様は生きることを考えるといいですぞ」


 ここで夜月様が死ねば、何のために水原様が足止めをしているのか。

 まだ地下で友達を逃がす為に戦い続ける彼は、人類にとって必要な人材だということも、宇多のこの力を見れば一目瞭然。

 だからこそ、今すぐにでも助けに行きたい。

 なんだったら、自分が代わりに生贄となり二人を逃がすのが正しい。

 老い先短いこの私が、残ればいいのだ。


 火乃村は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、弥生を再度持ち上げて肩に抱える。

 家から離れる為に、この森林公園から撤退する為に歩き出す。


「火之村さん……っ!」


 今にも意識を失いそうな弥生が、目に涙を溜めて必死に抵抗するが、逃がすわけにはいかない。

 弥生自身も、戻れるほどの力がないことが分かっている。

 すでに、自分の手元に、愛用の槍もないのだから。


「すぐにでも私が戻ります。夜月様は、じっとしていてくだされ。今に救援を呼び、私が水原様を助けにいきますので」


 そう、何度も弥生に声をかけながら、元来た道を歩いていく。

 気づけば、弥生は血を失いすぎたのか、意識を失っていた。

 この状態で意識を失うのはかなり危険な状態だが、走ることもできない。

 数時間も戦っていれば疲れも出てくる。

 体力が衰えた老体が恨めしかった。


 森林公園に入る時に、辺りに何がいるか分からず気配を殺して歩いてきた道を、今は音を立てて歩く。

 弥生を抱えながらの為歩きは遅く、入り口へとたどり着いた時にはすでに一時間は経っていた。

 宇多の力を借りて走れば良かったかもしれないが、走る衝撃で弥生の容態が悪化する可能性も高く、力がどのように作用するかも分からなかった。


 入り口で立ち止まり、周りを確認する。

 内部に、ギアがあれほどいるとは思えないほどの静けさだった。


 このように広い森の中であれば、まだ戦いようもあったであろう。

 あのように逃げる場所も少ない場所、少ない人員では退路も確保できない。

 もう少し戦える人員が要れば、誰一人欠けることなく撤退できたかもしれない。

 動ける人員がいなさすぎたことが悔やまれた。


 弥生をこのままにしておくこともできず。今すぐ助けに行くには、まずは誰かに引き渡す必要がある。

 あるが、弥生よりも、今も戦う凪のほうが優先なのは確かでもある。


 時間はあまりない。

 救援も、間に合うはずがない。


 苦悩の末、森林公園を抜け、少し先で壊れた廃屋を見つけ中に弥生を寝かせると、目印に、自分の服を柱に巻きつけておく。


 意識を失った弥生は、血の気を失い、ぴくりとも動かない。


「夜月様……必ず」


 火乃村はスマホを耳にあて、連絡を取りながら森林公園の入り口へと戻っていった。


 自分が、犠牲になることを覚悟しながら、森を突き進む。

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