03-15 脱出


 音がこの空間に溢れたのは、火之村さんが二体のギアを斬り倒してすぐだった。


 ギアの到来を告げる音とは違う、赤子の叫び声のようなその音と共に、がしゃがしゃと、金属の擦れる音が遠くから聞こえてくる。


 左目を開くと、赤い瞳が映す光景に絶句することになった。


 容器の裏。スタジアムの光のように眩しい光を放つライトの真下。全く見えていなかった死角。

 この空間には、もう一つ入り口があったことに今更気づくがもう遅い。


 点眼容器の下にある機械の中で、一つのボタンがぴこぴこと点滅していることに、女型のギアが遅れて火之村さんに飛びかかったのは、援軍を呼ぶための準備をしていたからだと、すぐに分かった。


「ギアが来るッ!」

「何体ほどですかな」

「分からない! とんでもない量だ!」


 数えることさえ億劫な数。

 反対側に隠れていた暗い入り口を見る左目は、その暗闇に赤い瞳を多数捉えていた。


「逃げるぞッ!」


 すかさず階段から地上へと向かおうとしたが、すでに遅かった。


 階段からも、金属音が聞こえてくる。


「囲まれましたな」


 ぞろぞろと、ギアが入り口から、階段先から降りてくる光景は、黒い金属で覆われた見た目も相まって、まるで蟻のように見えた。

 中には先程倒したギアのように、人と同じ姿をしているギアもいたが、数は少ない。


 蟻サイズであればなんとかなりそうではあるが、あれは俺達と同じ大きさだ。

 蟻や昆虫が人と同じ大きさだったら、人はここまで繁栄していないと聞いたことを思い出す。


 ぞろぞろと階段からも溢れてくるギアに圧され、気づけば中央の機械の前まで退いてしまっていた。


 悪手だ。


 階段から離れたら、逃げようにも逃げられない。


「凪君。その目で逃げれる場所は見つけられる?」


 弥生が成政を上段に構えて俺をちらっと見てきた。火之村さんも、いつでも抜刀できるように柄に手を掛けている。


「階段しかない」


 いつまでも、背後から溢れるギアを見ていても仕方ない。

 階段のほうへ視界を動かすと、階段には数体のギアしか残っていないことが分かった。

 階段を上がった先の地上は、流石に見ることは出来ない。


「行きます、ぞ」


 火之村さんの言葉に、俺も覚悟を決める。

 辺りを黒と赤い瞳で染め上げる、少なく見積もっても五十機はいる人型のギアを見つめ――



 ――相棒の、名を、叫ぶ。



「祐成ッ!」


 掛け声と共に、神具祐成から溢れる光。形作る刃は、ギアを倒す純白の光。


「成政! 力を貸してッ!」


 弥生の両鎌槍成政も、弥生の言葉に答えて発光する。


「宇多。久し振りの死地。楽しみましょうぞ」


 火之村さんが鞘を撫でると、喜ぶかのように血のように赤い光が鞘を覆う。


 黒い壁と化したギアが、一斉に襲いかかってきた。







 挨拶するかのように振り上げられた黒い豪腕を、横薙ぎの白い光が通り過ぎる。

 くるくると宙を舞う豪腕が、近くで戦う弥生に襲いかかっていたギアの後頭部にぶつかると、バランスを崩したギアのその後頭部から白い刃が現れた。

 そのまま横に引かれた白い刃は、ギアが刺さったまま、鈍器のようにギアを地面に叩きつけ破砕。

 叩きつけに巻き込まれまいと周りのギアが離れて、ほんの小さな隙間を開ける。


 その隙間を、赤い一閃が通り過ぎ、離れたギアを一掃する。その赤い一閃は宙へと。赤い線を残しながら上がっていく。

 高く跳躍した赤い光を、黒い塊が一斉に追いかけて跳躍し、光をかき消していくが、宙で密集する塊から、宇多の赤い光が漏れ溢れ、辺りに破片となったギアをばら蒔いていく。


 空から降り注ぐ破片をかわしながら、目の前のギアの瞳に祐成を突き刺すと、そのままギアを蹴りつけ空中をくるりと回る。

 背後から狙っていたギアの腕が通り過ぎ、祐成に半分顔を吹き飛ばされたギアの胸に突き刺さり火花を散らした。

 抜けなくなった腕を抜こうと足掻くギアの背後に降り立ちながら、祐成で両断。


 着地と同時に四つん這いのようにしゃがみこむと、先程まで頭があった場所に、今度は金属質の分厚い足が通り過ぎた。

 その足を祐成で払うと、溶解した赤い金属が辺りに弾ける。

 溶解した金属を左手で掴み、冷えきる前に適当に投げつける。

 祐成の力で解けた金属は力を秘めているのか、ギアに当たると、胴体を散弾銃を浴びせられたかのように溶解させ貫いていく。

 穴の空いたギアを踏み台に跳躍し、弥生を背後から狙っているギアを突くと、バターのように溶けて片膝を着いて動かなくなった。


 弥生と背中を合わせる。


「弥生、まだいけるか?」

「流石にきついね。凪君は?」

「俺はまだ行けるはず」

「はずって。頼らせてほしいなぁ」


 まだ笑えるなら余裕がある証拠と思いたいところだが、弥生の上半身には無数の浅い傷が付けられていた。

 すでに服も服としての機能は薄れている。


「階段に近づけませんな」


 赤い光で俺達の近くのギアを切り裂く火之村さんが合流する。

 執事服も、所々の切り傷と床に散らばる破片がついて、黒から白っぽく色を変えていた。


「後ろの入り口は無理なのかなッ」


 弥生が近づいてきたギアに向かって成政を振るいながら気迫の籠った声で聞いてくる。


 今は階段よりも近いその入り口にはギアはいない。

 

 左目で先を見てみると、暗闇だけがあるようだった。階段やこの部屋とは違い妙に暗い。

 たが、定期的にあの入り口から溢れるギアに、あそこには何があるのだろうと疑問が浮かぶ。


 すでに、当初いたギアは優に破壊している。一体ずつはただ徒手空拳で向かってくるだけなのでそこまで戦闘能力はないようだが、あの入り口から溢れるギアがいるため、数が減らない。


 そして、また。

 暗闇からギアの赤い瞳が溢れた。


「キリがないな」


 ため息混じりに気合いの一閃を放ちギアを斬り倒すと、火之村さんの宇多がその先にいた複数のギアを、赤い光を残して二つに裂く。


「いっそのこと、階段に向かって突貫しますか、なッ」


 俺の左目の視界は、他の出口を探して辺りを彷徨う。

 弥生が言うように、階段がダメなら、もう一つのギアが溢れる入り口しかない。

 一時的にギアの補充が切れるタイミングを見計らって突っ込めば道がある可能性もある。

 俺の左目は、暗闇に先を見ることができない先へ視界を巡らせる。


 更に、更に先へ。

 見えなくても先に進ませれば何か突破口が見えてくるかもしれないと、左目の視界を更に進ませる。


 右目が、弥生と火之村さんを抜けて向かってくる人の皮を被ったギアを捉えた。


「凪君ッ! ごめん!」

「大丈夫だっ! 弥生、前ッ!」


 祐成で目の前に到達したギアを袈裟斬りにしながら、左目は更に奥へと。

 右目に、火之村さんの背後に回ったギアを、弥生が石突きで吹き飛ばし、吹き飛ばされたギアが俺のほうに向かってきたので首を切り落とし、力なく倒れていく体を蹴りつけて近くのギアにぶつけておく。

 左目に、暗闇の中に明るい部屋の入り口と、その光にうっすらと浮かび上がる重厚な錆びた扉が見えた。

 錆びた扉は開かなそうで、その中に何があるのかは分からないが、いいものはないだろうと直感的に思ったので無視。


 明るい部屋に視界を進めると、真横にギアがいることを右目が捉える。

 祐成で振り払うが、左目に一瞬映った何かに意識を奪われた隙に肩を掴まれ、体を覆う光に反発し、じゅうっと音をたてた。

 焦げるような匂いを鼻で感じると、服がなく、赤く焼けた肌が露出していた。

 これくらいならすぐに俺の治癒能力が治してくれるだろう。


 辺りに群がるギアを切り払いながら、その先に突破口があることを信じて、先ほど映った何かを見る為、左目に意識を集中させる。


 左目が映す景色には、



 皮。



 大量の、人の皮が積まれた部屋の中。

 中身のない、空洞の二つの穴が映る。何百もの、なにも写さない空洞の穴が。

 真横に裂くように開かれた紫色のふっくらした皮を上下につけた切り口が、恨み言を呟いているかののように空虚に開いている。


「ぁぁぁあああっ!」


 左目を押さえて思わず蹲る。

 人の目に囲まれているような錯覚を覚えて吐き気がした。

 だが、吐いていられる余裕もない。

 俺の目の前で腕を振り上げていたギアを白い光と赤い光が両断すると、二人の背後のギアに祐成の刀身を叩きつける。



 無理だ。

 あの先には、逃げ道が、ない。

 こいつらは、人の皮を着て何をしたいのか。


 脳がキャパをオーバーしたのか、ずきずきと酷く痛む。

 左目を閉じると、少しだけ痛みが和らいだ。


「追加がきましたぞッ!」


 ぞろぞろと、先程見ていた入り口からギアが溢れてくる。


 ギアの数が殲滅する数より多く補充され、脱出する機会が、他の出口が、ない。


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