03-17 不可逆な別れ


『――夜月様は致命傷を追い、水原様が現在、ギアと戦っております』


 スマホから聞こえる簡潔な説明に、水原宅でのんびりしていた全員が青ざめた。


「爺、凪くんは無事?」

『夜月様を安全な場所まで連れていく際に別れておりますが……』


 特に巫女が弥生の容態を聞いて今にも崩れ落ちそうだった。

 朱が落ち着かせるように巫女を抱き寄せているが、その朱も、凪が一人戦っていると言う事実に震えており、隣でぎゅっと巫女の手を握りしめるナオが、涙を溢さないように必死に耐えている。


 そんな二人の凪を心配する想いは、次の火之村の言葉に崩れ去った。


『すでに別れて一時間は経っております。恐らくは、絶望的かと』


 あの、いとも簡単にギアを倒してきた水原君が苦戦? いや、苦戦どころか、死に瀕している?


 何があったのか。そんなに強いギアがいたのか。鎖姫よりも?

 であれば、それは災害級ではないか。


 私は自分の人具である近衛を握りしめ、後悔していた。


 私が、調査を依頼しなければ。


 このような状況になって初めて、自分がどれだけ甘く、愚かな選択をしたのか痛感する。


「爺。ギアは……そんな、に……? あなたがいても?」


 震える声で、華名さんが聞いた。

 崩れるように、朱さん達三人が座り込んだ。


「こんな未来は見てない……お兄たんがいなくなる……」と、呆けたようにナオちゃんが意味不明なことを呟いている。


『私なぞ水原様に比べれば……二百は潰しましたが、溢れてくるのです』


 ギアが百体もいれば、町は簡単に滅ぼされるだろう。

 二百もいれば、現存する守護者が集まって、なんとか撃退できる数だ。


 それが、更に溢れてくる?

 三人だけでそんな数を倒していることにも驚嘆だが、そんなところで、水原君は一人で戦っている?

 町の近くにそんな数の?


『しかし。何としても、水原様は助けてみせます』


 その言葉の後、通話終了の文字が流れて通話は終わった。


 事態が一気に飲み込めた。


 いくら二つ名をもつ火之村さんが救援に向かっても、恐らくは無駄であろう。

 彼が弥生君を逃がすためとは言え、撤退を選んでいる。

 そのことから、単体で処理ができないレベルで事が進んでいると言うこと。


 そんな中に、水原君が一人でいる。

 確かに、生存は絶望的だと直感的に思ってしまった。


 だが、水原君を助けなければ、人類は滅ぶ。

 火之村さんは、自分を犠牲にしてでも水原君を助ける気だ。


「華名さん。車は出せますか? 車なら、数十分で辿り着ける」


 ならば、私も。

 私にも近衛がある。

 これで、水原君を助けるための壁になるくはらいは出来るかもしれない。


 それまで、彼が生きていてくれるのであれば。

 不謹慎だが、火之村さんに犠牲になってもらってでも水原君を助けなければならない。


「え、ええ……あなた達っ! すぐに出る準備をっ!」


 華名さんの号令に黒服達が一斉に動いた。

 今すぐに、彼の元へと。


 生きていてくれ。

 そう、願わずにはいられなかった。



 ・・

 ・・・

 ・・・・




「生きて、生きて帰る……」


 もう、息を吸うのも辛い。

 頭も朦朧とし、ただただ、そんな言葉だけを呟く。

 呟いていないと、自分が何をしているのかさえ忘れてしまいそうだ。


 目の前に現れた黒い塊を、持っていた棒で突くと、じゅっと音を立てて塊に穴が開いた。

 倒れていく塊の後ろからまた現れた黒い壁が行く手を塞ぐ。


 あれ? 俺は、どこへ向かっているんだっけ?


 じくじくと痛みを増す左目に、覆い被さるように遠くから飛び上がった黒い影が映った。


 明らかに俺に向かってくる影に棒を向けると、右目に、突進してくる塊が、壁が、影が映る。

 それを払い、叩き、潰し。

 作業を繰り返し、繰り返し行い続ける。







 あたりをうめつくす、くらやみをみていると、つかれてねむけさえかんじてきた。

 いらいらする。

 ねむい。

 もう、ねむりたい。


 さくっとおとがして、ぼうにささったくろいかげをみてみる。


 ひとだ。



 ひとだ。

 ひとだ。

 人……だ。

 ……人だ。


 いや、違う。

 人じゃない。これは、ギアだ。


 ああ、そうか。

 そうだった。


 俺は、今、ギアと戦っていたんだ。


 もう、どれだけ戦っているのかさえ分からない。


 自分が先程まで棒だと思っていた物を見てみると、それは確かに棒だった。


 柄しかない、成政だ。


 いつだったか。一斉に襲いかかってきたギアを迎撃していた時に、何体にも噛みつかれて途中で折れたことを思い出した。

 溶けてくっつくギアで重さが増したことも折れた原因だっただろう。


 ギアはこのように武器破壊をしてくるのかと戦慄した。

 壊れるときは壊れるんだと、人具がそんな簡単に壊れないと思っていた自分を思い出して笑える。


 今は、その棒から辛うじて残る光で戦えている程度。

 間もなく、その光さえ消えるであろう。


 祐成がどこにあるのかはすでに把握しており、もうすぐその場へと着きそうだった。


 祐成は、スタジアムのライトの下。

 暗闇の入り口前に落ちている。


 祐成があれば、もう少し戦える。

 今、頼みの綱は祐成だけだった。


 祐成を確認していると、目の前をギアの腕が通りすぎた。

 遅れて、ぱっと、左目に赤が映る。

 成政で殴るが、成政は光を失っていた。



 弥生、悪い。



 そう思いながら、目の前のギアの赤い瞳に成政を突き刺し、残り少ないピアスの力を発動。


 流れ落ちてくる血で左目の視界が赤く染まり妨げられる。

 何かを識別したのか、文字が出ていたような気がするが、今更ギアを識別したところで意味がない。


 ピアスの力が消える前に、一気に駆けていく。


 突き出されたギアの腕を叩き折り、その腕を別のギアの腹部に突き刺す。

 腕を踏み台に、ギアの頭も踏み台にして飛び上がる。

 飛び上がった先に、ギアがいる。

 そのギアの顔面を蹴りつけ、反動で再度地面へ急降下。

 着地し、くるりとでんぐり返しで背後からの攻撃をかわすと、更に走る。


 喉がからからだった。

 叫びすぎたこともあったのだろう。

 水が飲みたい。

 流れ出る血液が酷く美味しそうに思えた。


 祐成に辿り着くまで、後数歩。


 手を伸ばすと、背後から俺の傍を霞めて、幾つかの光が通りすぎた。

 祐成の柄程の太さの光線レーザーだ。


 祐成を拾い上げるとすぐに力を発動しながら振り返ろうとした。

 再度の複数の光線が、通りすぎる。


「……あ?」


 からんっと音とともに、べちゃっと地面に何かが落ちた。


 俺の右腕だ。


「うぎぃぐっ!?」


 駆け上がってきた痛みと自分の腕が離れ落ちている光景に変な声が出た。


 痛い。痛い。痛い……痛い……っ!


 痛さで頭が真っ白になった。

 それとともに。

 俺にはもう、戦う手段も、治癒する手段もないことに気づいた。


 右目には、一定の距離で囲むギアが徐々に増えていく光景が映り、左目の視界には、そのギアをモーセの海のように割りながら進む人と、左上に点滅する文字が見えるが、視界の赤さによく見えない。


 祐成とピアスの力を使えるのは、右手だけだ。左腕にはなにも反応してくれない。

 それでも、左手で自分の右腕の傍に落ちた祐成を拾おうとした。

 右腕の傍に、先程の光線が走り、床に複数の穴を開けた。


絶機様ぜっきさまのお膝元。騒ぐな」


 流暢に話す人が、ギアを割って現れた。

 見た目はその辺りにいそうな普通の人。服も奇抜な物ではなく、Tシャツにチノパン姿。

 人と違うのは、俺に向けられた掌についた、歪な丸い射出口。

 あそこから光線が出ているのか、ほんの少しの熱気がその射出口から見えた。


 その射出口と、赤い瞳を見る限りは、人ではなく、ギアだと分かる。

 分かるが、ここまで人に近づけるのかと驚いた。

 鎖姫はメイドタイプで元々がああいう姿なのかと思っていたが、あれも人の皮を被っていたのだろうか。


 ギアと会話できることに驚きながら考えてしまう。

 いや、何かを考えていないと、痛みに気絶しそうだからこそであろう。


「お前ら……なんなんだ」

「何とは? ギアと呼ばれているが?」

「何で人を殺して皮を」

「着たいから。お前達も服を着るだろ?」

「ここはなんだ」

「絶機様のお膝元」


 会話はできる。出来るが情報は少ない。


 こいつらが人を殺して皮を集めている理由はわかった。

 だが、ゼッキとはなんだ。


 何か……何かこの状況を打破できる方法はないか。

 ギアの言葉に耳を傾けても方法はない。

 逃がす気はない。皮としてしか俺は見られていない。


 このままでは、死んでしまう。


「我が同胞を何百も倒したのだ。誇るといい」


 きゅいんっと、俺に向けられた掌が光り始めた。


 まだだ。

 まだ、何とかする方法はあるはずだ。

 ここで死んだら――

 ナオが一人になってしまう。だから、生きるんだ。

 生きて、生きて碧と、また会うんだ。


 左目に映る点滅した文字が邪魔だ。

 そう思ったとき、点滅した文字が左目の視界に大きく映った。



 ⇒使いますか?


 ……何を?


 キーボードで打たれるように、左目は俺の疑問に新たな文字を映す。



 ⇒刻族の力を使いますか?



 それが、この場を打開できるなら――


「生きて、また碧と会うんだ。迎えに行くと、約束したんだッ!」

「無駄だったな、その約束。我らのふくとして生きるがいい」

「だからっ! 使えッ!」



 ギアの掌から光が走った。

 その光が俺に到達するのは一瞬で。

 目の前が真っ赤に染まり、目に映る光の束が俺を貫き、意識が途絶えた。











 ピッ




 ⇒刻族の力を不可逆流動ドライブします。


 快適な初動はつどうを。


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