03-14 一閃
俺の言葉に二人の動きが止まった。
信じられないのであろう。
目の前の、人と思っている二人が、ギアだということが。
俺はあの時、火之村さんの言っていた言葉で、考えを巡らせた。
人に似せて作られたギア。
ギアに似せるために改造される人。
素体だけが違う。
そこに違和感があった。
人だけがそれを行う。
……そんなわけがない。
ギアだって、行う、行えるはずだ。
なぜならギアは、人に似せて、人が作ったのだから。人が考えられる有象無象は、ギアにとっても起こせる、行えるものとも言える。
それこそ、人よりも、『性能』と言う意味では凌駕しているわけだ。
作り出して造反され……戦う術はあるが、追い込まれ拡神柱の中で反撃の機会を窺っている、今窮地に陥っている人類の今が、ギアより人が劣っている証拠だ。
ギアは、ただ、人を殺す為にいる。
俺はそう、思っている。
その結果が、今ここで、俺達の目の前で行われただけ。
この左目がなぜ赤いのか。
ギアと同じように赤い瞳。
そのギアと同じく赤く怪しく光る左目が映す光景は、二つの景色を見せていた。
一つは、右目が今見ているそのままの光景。
そしてもう一つは、左目が見る、俯瞰するように天井から見下ろすような景色。
今、俺の左の瞳は、上からこの空間すべてを把握していた。
その瞳で自分を見てみると、誰かに見られているような気配を俺に覚えさせた。
森に入ってからずっと覚えていた、誰かが見ているような気配だ。
俺自身がずっと俺を見ていたのだと、すぐに気づいた。自分が自分を見て、その気配に常に警戒していたとは、滑稽に思えて笑える。
だが、そうなると。
俺のこの瞳は、いつから赤かったのだろうか。
弥生達が俺の異変に気づいたのはつい先程だ。この左目の変化はさっき起きたと考えられる。
変化は先程起きたが、森にはいる前から発現していたと考えるべきだが、だからと言って納得はできない。
俺の左目が赤い理由が分からなければ。いつも見ている景色と、違う景色を映し出した理由が分からなければ、納得できるはずがない。
納得できない上に、何が起きているのかさっぱり分からない。
分からないが、その左目が映す光景は、表計算ソフトの注釈のような線の上に、はっきりと目の前の男女を『
弥生と火之村さんには、『
俺を表す表記がないことは気になるが、本人だからであろう。
「……あの二人がギア、と?」
「理由はわからないけど、この左目で見ると、識別できるみたいだ」
「その左目は……聞いても教えてくれないよね……」
少し寂しそうな弥生が右目に映った。
分かるなら教えたい。
でも、分からないから、教えられないんだ。
「弥生……俺は、お前のこと、友達だと思ってる、だから……」
やっとできた友達には、包み隠さず教えたい。
でも。
教えたらどうなる?
分からないことだらけの俺が知ること。
知っていること、分かっていること。
あの世界のこと。俺が、どうやら違う
俺がいた世界が、ギアが溢れていない平和な世界だってこと。
そこにいる
知ったら、弥生は、俺から離れていくんじゃないだろうか。
隣町で俺を見た時のみんなのように……
……話したくても、話せない。
怖くて、この世界の人に、話せないんだ。
「でも、分からないんだ。ごめん」
だから、分からないことだけでも、正直に話そうと思った。
俺には分からないことが多すぎる。
何で俺が人具を作れるのか。人具を発動できて、それを分け与えて人に発動の仕方を教えてあげられるのか。
……母さんなら分かるのだろうか。
なら、あの世界にもう一度行って、聞いてみるのもいいかもしれない。
やはり、あの世界に行く手段を見つけなければ……
「……友達と思ってくれてること、嬉しいよ。だから、今はそれで十分だよ」
弥生が、詳しく聞きたいだろうけど、あえて聞かずにいてくれるのが本当に助かる。
いつか、いろんなことを、話したい。
そう思った。
「水原様」
火之村さんが、宇多を鞘に納めていた。
弥生と俺はその姿に今から何をしようとしているのか、うっすらと気づく。
「あれが、本当にギアなのであれば、やることは一つ、ですな」
「い、いや、待ってくれ」
この瞳がギアと告げているからこそ、あれはギアだと俺は断言した。
疑う気はないが、もし違っていたら、と思うとやはり躊躇する。
あれが人だったとして、あんなことを平気で行う人に、どうやって声をかければいいのか。
弥生を止めたのも、そこが引っ掛かったからこそだった。
あちらが襲ってこないという保証もなく、問答無用でこちらが斬りかかり殺してしまっても、心にしこりが残ってしまうのは容易に想像できた。
なぜなら、それは――
「違っていれば、人殺しになる」
火之村さんの言葉に、びくっと驚いてしまった。
顔に出てしまっていたのかもしれない。
「大丈夫です、な。そうだったとしても、水原様や、夜月様にはそのような想いはさせません」
火之村さんが、俺達に笑顔を向けると、ゆっくりと立ち上がった。
「人斬りは、経験者が行いますから、な」
くるりと、俺達に背を向けると、火之村さんが岩影から出ていく。
背後の動く気配を検知した二人が、先程と同じように機敏な動きで振り返る。
火之村さんを視認すると、男が掴みかかるように両手を持ち上げ高く跳躍した。
天井まで着くのではないかと思えるほどの跳躍。
俺の左目の視界が男の背中で遮られるが、すぐに火之村さんに向かって離れていく光景が映る。
ほんの少し遅れて女も跳躍したのか、女の背中がドアップに映った所で左目を閉じると、上から見下ろす視界が消えた。
右目で火之村さんを見ると、ゆっくりとした動作で腰を落とし、宇多の柄に手を添えている。
援護のために、俺も弥生も岩影から立ち上がるが、すでに天井から照らす光が男に遮られて火之村さんに影を落としていた。
後もう少しで男の腕が火之村さんを捉える。
俺達の援護は間に合わないスピードで、男が落下してきていた。
せめて、後ろの女だけでも抑えようと岩影から飛び出したところで――
鞘走る、音がした。
「まあ、この跳躍力からして、ギアでしょう、な」
チンッっと、鞘に宇多が納まる音がして、火之村さんがギアに背を向け、片膝をたてて跪いていた。
宇多が放つ赤い光が、火之村さんの持つ宇多から漏れていた。
その光を目で追うと、空間を裂くような赤い光がまだ真一文字に残っていて、男の腹部を通り抜けていく。
「後、何回かは斬るつもりでしたが、いりませんでした、な」
その言葉を皮切りに。
男の体を縦に裂くように、赤色の光が走る。
赤色の線が、左右の肩から反対の脇腹へと走り、脚部を切り裂くような一筋が両太ももに走り。
男の喉に突き刺さるような光が通り抜けていく。
喉元に突き刺さるような光が消えると、男がそれぞれの光が通り過ぎた箇所から、ずるりと、ずれる。
まるでパーツのように各部が離れ、火之村さんの周りを、男だったものが通り過ぎ、更に先の、先程降りてきた階段の終着点に、がちゃんと、金属質の音をたててぶつかっていった。
「水原様が正解でしたな」
すっと、立ち上がると、飛び出そうとしていた俺達に笑顔を向ける。
まるで「ほっほっほっ」と、笑っているかのような笑顔。
呆気に取られて岩影から、ほんの少しだけ飛び出したまま動いていなかった俺達を現実へと引き戻したのは、その後に聞こえた音だった。
地面に落ちる金属と、塊が、地面を滑り流れてきて、俺達の側で、からんっと渇いた音をたてて止まる音。
一瞬、それがなんなのか分からなかったが、首と胴が綺麗に離された女だった。
断面から流れるのは血液ではなく、ショートしているような光を瞬かせていることから、ギアだったと、遅れて気づく。
弥生が、俺の左目と同じような赤い、見開かれたままの瞳と目を合わせてしまい、小さく悲鳴を上げた。
「おや。一撃だけでした、かな」
女の姿をしたギアの腹部に、宇多をすらっと鞘から抜くと、さくっと、とどめの一撃を差し込むと、一瞬体が揺れ、ギアの瞳が黒くなり動かなくなった。
「しぶといですからな、ギアは。場合によっては自爆しますから、な」
ああ、自爆ならよく知ってる。
あれは痛い。
痛いけど……
この人だけ調査に来たらよかったんじゃないかと思ってしまう。
「水原様から、宇多の発動を教えて頂けなかったらこんなあっさり終わりませぬ、な」
後、俺の心を読むのは止めてくれ。
「ほっほっほっ」と笑う火之村さんが、『鞘走る火』という、二つ名を持つ守護人だったと、学校に通って読んだ『守護神名鑑』を見て知るのは間もなくで――
火之村さんが、これから遥か後に。
この世界を救う英雄の一人となるなんて。
その時は、思いもよらなかった。
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