03-13 地下室


「火之村さん、弥生。ビニール袋は何袋あった?」


 かつかつと、歩く音が壁伝いに反響して妙に響く階段を、俺達は下へ下へと降りていく。

 火之村さんと俺が先頭を並んで歩き、弥生は背後を警戒しながら降りている。


「袋の数? 数えてないけど」

「二十から三十はありました、な」


 俺も正確な数は覚えてはいないが、火之村さんの言う通りの数は優に超えていたことは分かる。

 ただ、そうなると数が合わない。


「あの数が、どうかしましたか、な?」

「……いや、気のせいであればって思うんだけど……」


 俺の思い過ごしならいいのだが。


「凪君。何に気づいたのか教えてほしいんだけど」

「……あの、ビニール袋、中身は死体だ」

「っ!?」


 大きな声を出しそうになったのだろう。俺の言葉に、弥生が口を押さえながら、驚く。


「……気づきましたか」

「火之村さんも?」

「ええ。うっすらとではありますが、な。あの染みは血、でしょうな」


 なるほど。だから黒く固まっていたのかと納得した。


「え、じゃあ……人がここにもういないって……」

「でしょうな。……推測するに」


 火之村さんが足を止めると、俺達も足を止めて次の言葉を待つ。


「あの二人が関わっているとしたら、と考えると……このような地下を作ってあることから、研究でしょう、な」

「……研究?」

「人体実験と言った所でしょう、な」


 常軌を逸した科学者マッドサイエンティストなんてこの世界にいるのかと、その言葉に疑問を覚えた。


「いますぞ。ギアと戦うのですから、人を弄くってギアに対抗しようと考える科学者は」


 俺の考えを読んだかのように火之村さんの言葉は続く。


「今はもう、ほぼいなくなりましたが、まだそう言った考えをもつ者はおります、な。なぜなら、ギアも、人をモデルとして作られているわけですから、な」


 人に似せて作られたギア。

 ギアに似せるために改造される人。


 確かに、どちらも素体が違うだけのような気もするが、自由意思をもつ人の意思を無視して自分の知識欲のために人を改造するのは、人道に反する。

 そう考えるのはやはり、俺も人だから、なのだろう。


「ただ。あくまでこれは推測ではあり……先程見た二人が関わっているのなら、の話ですが、な」


 そう。そこが気になっている。

 あの二人は、どこへ行ったのか。

 もしかすると、二階にいたのかもしれないが、二階に人が登っていった形跡はなかった。

 だとすると、この先へ向かったのだと考えているのだが、それにしては、人の気配がない。


「僕達が見たあの二人が、関わってないってことですか?」

「そうですな。……水原様はどう考えておりますか、な?」


 二人の視線が俺に集まる。


「俺は……関わっていないと思う」

「だったらっ! あの二人はどこへっ!」


 興奮し始めた弥生を火之村さんが落ち着けてくれる。


 この森林公園に入ってから、誰かに見られている気配がいまだに消えない。

 こんな、家の中に入って、そして地下へと降りているのに消えないのだ。


「なんなんだ、これ……」


 二人に聞こえないくらいの呟きとともに、俺は階段の遥か先を見つめながら目を閉じる。



 もうすぐ、階段が終わる。

 その先には広い空洞がある。

 そこはごつごつとした岩場と、四角く切り取られて、正確に詰められた遺跡のような壁があって、数人の――



「っ!?」


 今、目を閉じただけだ。

 なのに、鮮明に、これから降りていく先の場所が見えてしまった。

 まるで、その場所を知っているかのように。いや、そこに、すでにいるかのように、階段下の光景が、見えてしまった。


 なぜ先が見えたのか。先に何がある? 数人? 人だったのか? 本当に?


「……凪君?」

「二人とも。階段が終わる先に、左側に大きい岩がある。そこに身を隠そう。一気に走る」


 もし、先程の浮かんだ光景が正しいのなら。


 俺の言葉に不安そうな二人だったが、この場で話していても先に進まないと感じたようだ。


 祐成の力を循環させ、一気に駆け降りると、二人も少し遅れて、着いてくる。

 一気に階段を何段も飛び降りていく。


 階段の終わりはすぐに見えた。

 だが、力を解放せずに降りていたのならかなり時間がかかったであろう距離だったと思う。


 すぐに岩場が見つかり、身を隠しながら先を見ると、先程見た景色と一致する光景が広がっていた。


 広い空間。

 その空間は、奥の天井にスタジアムについている、ナイター照明のようなライトが階段の方角に向くようにいくつもついており明るい。

 階段側で岩場に隠れている俺達の所までは光は届かず影を落としており、俺達の周りだけ少し薄暗いので隠れるにはちょうどよかった。

 岩場が所々にあるが、壁は四角い波模様のかかれた茶色の壁。

 ちょうど中央に位置するところなのか、大小様々なチューブ状のパイプに繋がれた機械があり、細長い丸い半透明の大きな容器が付けられている。

 見た目はコンタクトレンズの点眼容器を裏返しているような形で、中には、赤黒い液体と、固形物がなみなみと入っていた。


「凪君、あそこに人がいる……」


 機械の前に、先ほど見た男女の二人組がいる。

 様々な色のボタンが光っている、コンパネ部分と思われる箇所を触る男女。

 恐らくは、先ほど俺の脳裏に浮かんだ光景で見た人はあの二人だったのだろう。


 背中を向けている女性がボタンを押すと、機械に繋がったチューブが喉を鳴らしているかのような音を立て、容器の中に入っている液体と固形物を選別して排出していく。どうやらチューブは、機械の左右に置かれたボックスの中へと排出しているようだ。


 容器の中に入ったそれらが全てなくなると、そこには平べったい布のみがその容器に残っていたが、ひゅっと音をたて、別の場所に吸い込まれていった。


 今度は男が動き出す。


 ちんっと、よく自宅で聞いたことのあるレンジのような音が鳴り、男がボックスについたボタンを押すと、ハッチバッグのようにボックスが開き、蒸気の白い湯気が勢いよく立ち昇った。


 湯気が収まると、芳ばしささえ感じてしまう焼ける臭いが辺りに充満する。


 だからと言って、それが俺達が心の底から美味しそうだと思えることがないことは分かった。


 蒸気が収まると、男はまだ熱を持っていそうなボックスの中に躊躇なく手を入れ、中から、物を取り出す。


 先程見たビニール袋だった。


 男が両手に抱いた袋から漏れる液体が――赤い液体がぽたぽたと、内部に残っていたのか、抱かれて圧力がかかって絞られ、男が一歩ずつ歩く度に、転々と床を赤く染めていく。


 どさっと、少し離れた所にビニール袋を置くと、男はまた、容器の前へと歩いていく。


 俺達は、その目の前で起きている作業を、只見ているだけしかできない。


「……あの中に浮いていたのって……」

「だろうな……」


 あの中の固形物は、恐らくは人。または、人のように、肉をもった何かだろう。


 ただ、俺は、あれを人だった物だと確信していた。

 なぜならば――


「……止めますか、な?」

「いや……」

「いや、止めないとっ!」


 目の前で起きた不可解な行動で人を処理している男女を止めない俺に苛立ったのか、弥生が岩影から出ようとする。

 俺はすぐに弥生の腕を引くと、弥生が飛び付くようにバランスを崩して俺に覆い被さった。


 かつっと、弥生の成政が地面にぶつかり小さく音をたてる。

 小さい音ではあったが、この空間ではよく響く音だった。


 男女が同時に、今までののろのろとした動きが嘘のように、ぎゅるっと音が出るかのように振り返った。

 気づかれないよう息を殺していると、しばらく静寂が訪れ、男女はのろのろと容器での作業に戻ったようだ。


 ほっと、ため息をつくと、弥生をじっと睨みつける。

 弥生も軽率だと思ったのか申し訳なさそうに俺を見て――


「凪君。目が……」

「……あ?」


 弥生が、俺の顔を見て驚いた。

 火之村さんも俺の顔を覗き込むと、一瞬驚愕の表情を浮かべ、宇多の刀身を煌めかせる。


「自分の顔を見てみるといいですぞ」


 その刀身を鏡代わりに、俺は二人が言っていることを確かめるため、刀身に顔を映した。


「な、なんだ、これ……」


 赤い、瞳。

 左目だけが、赤く、光っていた。


 それはまるで、ギアの目のように、赤く光っていた。


「……」


 俺の、その赤い左目が、あの二人を映す。


 俺の目には、はっきりと、見えていた。

 そして、それは間違いないと、脳が確信している。

 俺の左目がなぜ赤いのかは分からない。分からないが、この目は、あの二人を――


「あの二人は――いや、二体は、ギアだ」


 思わず、それを二人に伝えてしまっていた。


 俺の左目が映す、目の前で作業を行っている人は。

 人の皮の更に内側に、機械の体を持っていることを、瞳に映していた。


 それとともに、あの容器に残った布のようなものが……

 人の皮膚だってことを、俺は、気づいてしまっていた。


 やはり、ここにはもう生存者は、いない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る