03-12 家のなかにあるもの


 あまりの野蛮j――いや、いじめっk……違うな、ヤンk……とにかく、昔と今の人具の使い方に呆れていると、火之村さんが俺の両肩を掴む。


「何があるか分かりませんので、そちらの使い方を、簡単に教えていただけませんかな?」


 廊下の先に行ったはずの男女が戻ってくる気配はない。

 これだけ普通に話していれば、そのうち人の声に気づいて出てくるかもしれないので、急ぐ必要もないだろう。


 もしこれから先、ギアと遭遇することがあれば、それこそ火之村さんの力を借りないと戦えない場面もあるかもしれない。

 弥生や橋本さんに行ったように、火乃村さんにも力の使い方を教えるのは今しかないだろうと思った。


「火之村さん。宇多を掴んだまま渡して」


 俺の指示通りに目の前に出された宇多を、お互いで左右の頂点を持つ。


「離さないように」


 そう、念押しして目を閉じる。

 祐成を持ちながら宇多に触れているので酷くやりにくい。

 左手がなぜか神具の力が通らないので、こう言うときは不便だと思いながら、祐成から宇多へ、力を渡すように流し込んでいく。

 火種のように力が渡されて、その力を受け取った宇多から赤い光がうっすらと現れると手を離す。


 赤い光が宇多全体に馴染むように流れると、今度は火之村さんへ。

 火之村さんが、赤い光の感触に「おおっ」と声をあげた。


「そのまま。宇多から流れる力を感じてください」


 その言葉を聞くと、目を閉じてピクリとも動かなくなる。


「次は、その力が、体全体を巡るように……そうですね。血液が流れているような、液体が体を通っているように動かしていって、そうそう、その流れた力を、今度は宇多へ」


 火之村さんは純粋にその力を楽しむように、自然に流動する力の流れを循環させ、流れるように宇多へと戻していく。

 宇多はそれに答えるように力を内部で増やして火之村さんへと返し、また循環が始まる。


「……これが、力の発動です。常に体に纏わせておくと、ギアの攻撃さえも凌げます」


 致命傷だったはずの鎖姫の馬鹿でかい牛刀さえも弾き吹き飛ばすことも可能だ。


 ……あれは、痛いどころではなかったが。


 あの時は、俺の治癒能力も上がっていたから何とか戦えたが、他の人なら死んでいたのではないだろうか。


 鎖姫がどれだけ身の丈に合わない相手だったのか、今更ながらに身に染みて感じ、ぶるっと青ざめ体が震えた。


 そんな鎖姫の残骸は、いまだにナオの部屋に飾ってある。

 改築の時に皆がアレを見るのではないだろうかと、今頃大慌てして騒いでいる光景が浮かび、少し笑えた。


「……なるほど。こんな力が人具に……」

「その光を纏った人具で戦うと、ギアとの戦いも有利ですよ」


 弥生が火之村さんに声をかけながら、自分も体に力を循環させ、白い光を纏う。

 火之村さんは、その姿を見て納得したのか頷き、循環をやめる。


「この力が、あの時あれば……」


 続く言葉は恐らくは、友人や仲間はまだ生き残っていたかもしれない、だと、何となく思った。


「今の感覚、忘れないように。忘れなければ宇多は応えてくれますよ、火之村さん」


 人具や神具に意志があるわけではないが、常に俺達の傍らで共に戦ってくれている。


 祐成に感謝しながら、改めて廊下の先を見据えると、二人も廊下を見る。

 火之村さんは何かまだ聞きたいようだったが、後にしてくれるようだ。


 ……聞かれても俺にも分からないので答えようもないが……。


「……さっきの人達、本当に気づかないね」

「ああ……」

「どうしますかな? 奥様からは生存者を確認できたら戻るように言われておりますが、な」

「……せめて、何人生き残っているのかだけでも知りたい」


 その俺の言葉に、二人も同意見だったようで頷いてくれる。


 火之村さんは先頭に。弥生が真ん中、俺が最後尾。

 一歩進む度に舞う埃に、軽く蒸せそうになり、口許を腕でマスクしながら先へ慎重に進む。


「……あれ?」

「どうかした? 凪君」

「いや……」

「……進みますぞ」


 乱雑に置かれたビニール袋から漂う異臭に顔をしかめていると、やはり、この異臭に嗅ぎ覚えがあることに気づく。


 どこで? どこで嗅いだ?

 こんな臭いを、嗅ぐようなことはなかったはずだ。

 考えているとビニール袋の列は消え、廊下の先へとたどり着く。


 廊下の先は、更に右へ道が続いている。

 曲がってすぐの階段下になるであろう場所には襖で閉じられた部屋があるようだ。

 その先にも二ヶ所ほど同じ襖があり、何れも部屋なのであろう。


「おかしいですな……」


 ただ、どの部屋からも人の気配がしない。

 狐に化かされたという言葉が、ちょうどこんな感じなんだろうと思う。


 手前の襖をそっと開けて部屋を見てみるが、廊下にあったビニール袋が畳の部屋に積まれているだけの部屋がそこにあるだけだった。


 襖を全開にして空気を逃がす。

 先にも感じた異臭が部屋内に籠っており、凶悪な臭いとして鼻を襲ったからだ。


 あまりの異臭に、三人揃って涙目になる。


「まさか、他の部屋もこんな、臭くは……ないよね?」


 弥生が潤んだ瞳で俺を見ながら呟く。

 火之村さんは、鼻を押さえながら、何か考え事をしていた。


「開けるしかないだろうな……」


 三つの部屋のちょうど真ん中。反対側の壁に窓があったので、換気のために開けておく。

 がりがりと、錆びたような音をたてて開いた窓から顔を出して、外から入る新鮮な空気を吸うと、美味しく感じた。


「開けるよ?」


 弥生が二つ目の部屋の襖に手をかける。

 火之村さんが三つ目の一番奥の部屋へと手をかけた。


 二人が一斉に襖を開けるが、そこには異臭が漂うだけで、何もない。


 弥生がえずきながら、必死に胃の内包物を吐かないように窓へと近づき空気を吸う。


 やはり、この臭いは嗅いだことがある。


 弥生と共に窓の奪い合いをしながら、必死に新鮮な空気を取り込みながら考える。


「凪君。窓を譲ってくれないかな」

「いや、譲らない。おいた無しって言ったのに、ここに来る前においたしてたやつには譲らない」

「聞こえてたの!?」


 たゆんの声がうっすら聞こえて悶々とした夜を過ごしたあの日は忘れない。

 うっすら聞こえるのが、より想像力を掻き立てられて羨まし――。


 ああ。今度巫女に会うときにどんな顔すればいいのかと。

 碧にもっと早くに告白してれば、俺にもワンチャンあったのかと思えて悲しくなる。


「情事の話は後でいいですかな?」


 火之村さんが俺達の肩を優しく叩きながら自分が開けた部屋を指差す。


「あの部屋のみ、異臭がしません、な」


 そうだ。異臭だ。

 二人に部屋の確認を任せて、あの異臭はどこで嗅いだことがあるのか、また考えてみる。


 自分が開けた部屋を振り返ってみてみると、畳はビニール袋から溢れた液体でくすんでいる。

 この、液体もなんなのか。ビニール袋には一体何が入っているのか。

 ここに隠れ住んだ人達の食べ物が放り込まれているならこんな臭いではないはずだ。


 どちらかと言うと……肉の臭い?


「あっ……」

「凪君っ!」


 どこで嗅いだのか思いだしかけた所で、弥生の呼ぶ声が聞こえて三つ目の部屋へと急ぐ。


 二人が部屋の中で、押し入れを開けてじっと中を見ていた。

 部屋へと入り、二人が見つめているものを俺も見る。


「扉、ですな」


 押し入れの中には、扉があった。


 何に使うのかは分からないが、随分と重そうな鉄の扉だなというのが感想だ。


「二人とも。ここから先は何があるか分からない」


 俺の言葉に二人はすかさず人具を起動させると、俺も祐成を起動。

 準備が整った所で、弥生が扉に手をかける。


 見た目とは違い、軽い調子でぎぃっと音をたてて扉が開く。


 そこには、階段があった。

 三人くらいなら丁度並んで歩けそうな、幅の広い階段だ。


 壁には、外で見た太陽光パネルから引いているのか、光のついたランタンが間隔を開けて飾られており、下へと続く階段を照らしている。


「……凪君、何かに気づいたの?」

「先程から顔から血の気がひいているようです、な」

「……歩きながら、話そう」


 二人が俺を心配して声をかけてくれているのは分かるが、俺はそこまで酷い顔をしていたのだろうかと自分の顔を触ってみる。


 ほんの少し、冷たい頬。


 当たり前か。

 あれを思い出したのだから。


「多分、この先に、人はいない」


 そう二人に伝えて、俺はビニール袋から漂っていた臭いを思い出す。


 あれは、生焼けの臭いだ。


 飛行機が墜落して、辺りにガソリンの臭いとともに撒き散らされていた、人の――


 思い出したくない飛行機墜落の、あの日に嗅いだ臭いが、なぜあのビニール袋から漂うのか。


 答えはたった一つ。


 だが、だとすると、あの二人はなんだったのか。

 三人揃って幻覚を見たわけでもない。

 なぜなら、真新しい足跡が、廊下に残っていたのだから。

 それに、いまだ、誰かに見られている気配もある。



 ビニール袋の数を思い出しながら、俺は地下へと降りていく。

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