03-07 話は進む?
一頻り橋本さんで笑ったところでティータイムは終わりを告げ、皆はリビングで談話をしている。
俺は三人掛けのソファーベッドに座り、目の前の木製の机に置かれた緑茶を飲みながらのんびりしていた。
その木製の机を挟むように同じ色のソファーがあるが、それは一人用が三つ並んでいる。
今はそこには誰も座っていない。
片付けは爺が行ってくれていて、静かに食器の洗う音がキッチンから聞こえてくる。
丁寧な洗い方なのであろう。洗われる食器がリズミカルにカチャカチャと鳴り、心地よく耳に届く。
その音に、少しだけ眠気を誘われているのは内緒だ。
「そろそろ、真面目に話をしようかしら」
先程の目での会話で皆と――特に女性陣と仲良くなった貴美子おばさんが、巫女達から離れて俺の正面のソファーに座ると、そう切り出してきた。
「凪くん。これからどうしたいの?」
「そうですね……まずは、父さんを探す旅に出ようかと最初は思っていましたよ」
あの世界を知っていそうな父さんを探すことは、碧をあの世界から連れ出す近道となるのは間違いない。
ただ、その父さんは、有数の各財閥が総力をあげて探しても見つからないのだ。
俺一人が探しても意味がないだろうと言うことは分かっている。
「そうね。探しても見つからないと思うわ。あの人はそういうことが得意だから」
「貴美子おばさんは、父さんが生きていると思いますか?」
「生きていて欲しい、とは思うわ」
「母さん、は?」
「
母さんについては言葉を選びたいのか、ためらいが見えた。
「自由奔放。その言葉がよく似合う人だったわね」
「あまり覚えてないんですよね……」
覚えていないどころか、会ったのはこの世界に来てからだ。
分かるわけもない。前の世界ではすでに故人扱いだったわけだし。
「あんなに好きだったのに?」
「噛まれた記憶しかありません」
「噛まれてたわね」と、苦笑いしながら同意してくれる貴美子おばさんを見ながら、記憶の共有が初めて他人と出来て嬉しく思う。
「いつも命の傍から離れなくて……ああ、そう言えば、あなたが生まれてからはあまり……消えなかったわね」
「消える?」
「ええ。よく行方を眩ましてたのよ。探しても見つからなくて……時々変なこと言うから変人扱いされてたわ」
懐かしい。
そう言いながら、爺がそっと置いていった紅茶に口をつけてまた話し始める。
「話が逸れたわね。命は大丈夫よ。……それで、これからどうするの?」
「そうですね……」
消える。という言葉に違和感を感じたが、改めての質問に、俺はどうすべきか考える。
俺は、この世界をよく分かっていない。
根本的な部分は前の世界と変わらないとは思うが、ギアのことも、今の環境さえよく分からない。
貴美子おばさんがここに移動できていることから、地域的にはギアの侵攻が思った以上の猛威を振るっているわけではないと見てとれる。
それでも、隣町とこの町の惨状を見るかぎりは、どこかで今もギアと戦っている場所もあり、住む町をなくして路頭に迷う人だっているのであろう。
父さんを探すのも難しく、今は旅に出るのも難しい。それであれば。
「しばらくは、ここで人具を作ります」
結局は、出来ることはそれくらい。
たかが中学卒業しか学歴のない俺だ。やれることは限られるし、旅をするにも元手もない。
焦る必要はない。ただ、碧を早くあの世界から救おうと考えると急ぎたい気持ちはある。
碧のことは、一番に考える。
優先順位は誤れないし、これは譲れない。
碧を最優先にするなら、まずはこの世界の知識と、あの世界の情報が必要だ。
人具を作りながら、世界の状況を知り、知識を蓄えて、そして、必ず連れ出してみせる。
「そうね。それが一番よ」
人具を作ると伝えた俺の言葉に、安心したのか吐息を漏らし、貴美子おばさんが微笑んだ。
「そうなると、私の出番かな? 水原君。いや、三原君」
「水原でいいですよ。橋本さん」
橋本さんが、貴美子おばさんの隣に座り笑顔を向けてくる。
橋本さんと呼ぶと、いちいち嬉しそうな顔をするのが少しうざいが、かなり助けられたのは確かであり、これからも助けてもらえると助かる。
「まずは、人具について――」
「その前に聞きたいのだけれど」
貴美子おばさんが橋本さんを遮る。
橋本さんが、話せなくて泣きそうだ。
「凪くん。あなた、学校は通っているの?」
「え? 中学卒業までですけど」
「それはダメね」と考え込む仕種をする貴美子おばさんの問いが意味不明だった。
朱達が気になったのかソファーに座りだす。
朱が俺の隣に上品に座ると、ナオがにやりと笑い、俺の膝に座り込んだ。
「その手が……」と朱が驚嘆することが何より意味不明だ。
巫女は呆れた顔で貴美子おばさんの隣に座り、弥生が苦笑いしながら巫女の正面に腰かける。
「貴美子おばさん。弥生も巫女も、中学までですよ」
「あら、そうなの?」
ナオに至っては通ってもいない。
この世界では、学生となって通う人は多くはない。
通信教育等が発達し、教育はそれで済ませることができるからで、学校という建物は今はあまりないとも聞いている。
もっとも、この町はつい先日まで人がいなかったから、まだインフラは整っていない。
この辺りにも同世代や子供は多いが、学習という部分は抜け落ちたままだ。
そう考えると、学校に通って、という行為は必要にも思えるが、ギアが現れてからは、不必要な外出はしない傾向も見える。
かちゃりと、皆の分の紅茶が差し替えられて置かれ、爺が静かに貴美子おばさんの背後に立つ。
気づけば皿が洗われる音は消え、綺麗に拭かれてカウンターに並べられていた。
「置場所は適当でよかったですかな? で、あれば棚に戻しておきますが、な」
「い、いや、結構でござるよ」
有能さに驚いて変なしゃべり方になってしまって恥ずかしいが、誰も気づいていないので、俺もなかったことにしようと思う。
「凪様。私と、通って頂けませんか?」
「は? 今からって……無理だろ。試験とか受けてないし。それに、どこに?」
「いい案ね。ついでだから三人も一緒に通いなさい」
貴美子おばさんがナオと弥生カップルにも声をかける。
弥生も巫女も、嬉しそうにしながらも寂しそうな表情を浮かべた。
「いや、通うための資金ないし」
二人が気にしている言葉を代弁して伝える。
俺もそれに困っているので、二人のことはついで程度ではある。
それに、この親子がなぜそこまで勧めるのかも分からない。
「あるよっ! 水原君、何を言ってるのかな!?」
急に話に参加してきた橋本さんがうざいくらいに大声で喋りだした。
ここぞとばかりに騒がしい。
「君が受け取らないから、人具の売上金が凄いことになってること、忘れてないかい?」
「……あー、あれかぁ。でも、俺だけって言うのも」
「四人分くらい三年間払い続けても余裕だよっ! 水原君はどれだけ金持ちか分かってないねっ」
なんだろう。すごい……
うざい。
言ってることは耳に入っては来るが、内容が脳に入る前に、脳が拒否するくらいにはうざかった。
いや、うざいというより、うるさい。
金持ちと言われても。目の前に本当の金持ちいるのに恥ずかしいわ。
「じゃあ決まりね」
「いや、決まりって……学校近くにないですよね? それに、今からだとダブってるみたいで……」
「そんなのどうにでもなるわよ」
金持ち発言頂きました。
やめてくれ。不正入学とか本気で勘弁だ。
「あなたがね。鎖姫を倒して、人具を作ったことで、色々この辺りは変わったのよ」
「水原君、実はね――」
「凪様は、守護者機関はご存じですか?」
橋本さんの言葉はインターセプト。
がっくり項垂れる橋本さん。
やはり、よく似合う。
守護者機関。
ギアと戦うための若者を育てる育成機関だ。
よく、よぉく覚えている。
「ああ。懐かしいですね、橋本さん」
橋本さんに、機会を与えために話を振ってみた。
「……え?」
あ、こいつダメだ。ポンコツだ。
「いや、あんた。俺を
「あ、あー。そんなこともあ――」
「先日から、この町に作っていますの」
すかさず朱が橋本さんの言葉を遮る。
やはり、最後まで喋らせない気だ。
うるさいからだろう。
「は? なにを?」
「守護者養成校をですわ。凪様」
「正しくは、守護者養成兼普通科の学校ね」
なぜに今更。通信教育でいいじゃないか。
それが何で俺が通うことに繋がるのか。
「変わったのよ。色々と。……人具が、あなたのおかげでまた増えたことで、守護者になりたい人も増えたのよ」
「あ……そうか」
今まで黙って話を聞いていた弥生が気づいたように声をあげる。
「凪君。守護者が守るのは人や町、集団だよ」
そう言われてもさっぱりだ。
「人を守る教育を兼ねてるのよ。だから普通科も併設して、守るべきものの意識を与え、集団行動によるコミュニケーションやネットワークを形成するための試みでもあるわ」
「昨今の守護者は脳筋で、軽くて、困るのよ」と、貴美子おばさんがため息をつく。
朱が同調して苦笑いしていることから、二人に関係する何かがあったのだと感じた。
ただ俺は、守護者と言う人に会ったことがないので理解ができない。
「それが、俺が通うことと関係が?」
「朱の守護者になってもらいたいのよ」
何がなんだがわからない。
どうやら、このまま話が進むと、俺は学校に通わされるらしい。
それだけは、何となく分かった。
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